メイドが焼き芋を焼く面倒な事件 7(解決編 後半)
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「面倒な事件、と先ほど言ったのは、そこです。それを調べるのは本当に面倒でした。簡単にご説明しますが、古新聞は十年前の八月一日から十月三十一日までのものだというのは、K条というメイドが覚えていたのでわかっていました。日付順に並んでいたのですが、間の悪いことにU月というメイドがばらばらにしてしまいました。我々は三か月分の新聞の中から、ランダムな日のランダムな面を焼き芋に使ったということになります。三か月分の新聞は計算するとだいたい二千二百面になります。この二千二百面の中から、問題の記事をどうやって探すか。答えば単純、しかし作業は面倒です」
彼の顔を見たが、まだわかっていないようだった。私は続けた。
「一つの芋を包むのに、広げた新聞紙を半分に切って使いました。一枚は裏表で二面ということです。芋が三百個強なので全部で六百数面と言うことになります。
まず最初に、使われずに手元に残った新聞紙を並べます。日付順にね。そうすると、欠けている部分が出てきます。その欠けている面が、使ってしまった六百数面ということです。それぞれ前後を見れば、何月何日の何面かがわかります。それを図書館で調べればよいのです」
彼の顔が少しずつ変わる。
「六百面……無茶でしょう。一日で調べられる量とは思えない」
「ええ、そうです。しかもランダムです。流石に調べる気にはなれない。ところで昨日、ほぼ全ての人たちが庭で芋を食べ、アルミホイルは捨てて行った。新聞も、もちろん捨てて行った。だから、実は使った新聞もほぼ全て、ごみ箱に残っているのです。だから昨晩私とメイド達は、ごみ袋を全部開けて新聞紙を拾いました。そして虫食い状態の三か月分の新聞に、使った六百数面を穴埋めして復元したんです。使わなかった新聞に、芋を包んでその後ゴミになった面を加えて行けば、三か月分の新聞がどんどん復元されていく。水に浸してから焼いたので、意外にほとんど焼け残っており、なんとか並べ切ることができました。本当に、面倒な作業でしたよ。日付と面数だけ見えればよいので、鱗状に重ねて並べましたが、それでもこの本館の一階のホールと廊下が埋まりましたよ。結果、最後まで復元できずに欠けていたのは、わずか三枚、六面分だけでした。なるべく持ち帰らずに食べて言ってくれと案内しておいたのですが、それが功を奏しました。新聞紙ごと持ち帰ったのは、H岡さんの他には、留守番の家族に食べさせようとでも思ったのか、わずか二個分でした。これなら、すぐ調べられる。実際、図書館でこの六面を調べたら、すぐH岡さんの名前を発見しました」
「そんなことをしたんですか……確かにそれなら私が持ち出した新聞を特定できるでしょうが……しかし……しかし……」
「しかし、何です?」
「あなた、曲がりなりにもお屋敷の当主でしょ? 生ごみをひっくり返して並べ替えるなんて、ちょっと考えられない」
H岡氏が呆れるのももっともだった。
「面倒なことや余計なことはしない主義なのですがね。しかし、先ほども言った通り、メイド達に言われたんです。H岡さんが何に驚いて怯えていたかを明らかにして、その原因を取り除く手伝いができるならそうしろ、とね。新聞記事を見つけた時にもまだ私は首を突っ込むのを躊躇していたのですが、メイド達に相当言われましたよ。このままではH岡さんが一人で悩み続けるかもしれないから、気にしなくていい、そんな記事気にする人はいないと伝えてあげて、とね。恥ずかしい話ですが、そうしないと大伯母に言いつけるとまで言われたら、逆らえないんですよ」
「このお屋敷を守るため、ってやつですか」
「ま、その一環ですね」
H岡氏はじっと私を見つめた。
「それは、嘘ではないだろうが、それだけではありませんね?」
私が何も答えずにいると、彼はジャスミンティーを一度口に運んでから言った。
「とてもおいしいジャスミンティーです。メイドさんが淹れてくださったのですね」
「I海というメイドです。焼き芋パーティーの時にお会いしていると思いますよ。I海さんは一番背が高くて、にこにこしていたメイドです」
「メイドさんは皆さんにこにこしていたように思いますが……でもこちらのお屋敷のメイドさんなら皆さんこのくらいのお茶を淹れるでしょう。私はお茶は専門外ですけど、香りだけでわかりますよ。最初に飲んだ時にわかりました。このお茶を淹れてくれた方はとても丁寧な気遣いのできる人だ。適切な茶葉の量できちんと丁寧に淹れないと、こういう香りは立たない。『雇われご主人様』だなんて自嘲しておられたが、いいお屋敷とメイドさん達を受け継がれましたね」
「押しつけられて、苦労しているんですよ。屋敷は守る必要があるのでなんとかしますがね。メイド達は、例え私がいなくたって、困ることはないでしょう」
「いや、昨日と今日お会いしただけの私にもよくわかる。あなたが本当に守ろうとしているのは、メイドさん達です。そうでしょう? だからあなたは、些細なことでもきちんと解明して、後から万が一にもメイドさん達に面倒なことが起こらないように気を配っているんだ。お屋敷なんか、仮に放り出したところで、きっとあなた自身は少しも困らない。だけど、五人のメイドさんたちのご主人として、彼女たちを放り出すわけにはいかない、そうお考えなのでしょう。大伯母さんに叱られるからなんていうのを口実にして、それを隠してるんですね」
「それは、買いかぶりすぎと言うものです。私は自分の住む場所と楽な仕事を維持したいだけです」
彼はまた私の目を見つめた。
「……そうですか、それならそれで別にいいです。正直におっしゃる訳もないでしょう」
そう言って、立ち上がった。
「失礼、長居してしまいました。こちらのお屋敷の居心地がよいので、つい」
私は彼を屋敷の門まで送っていった。
その後、我々はH岡珈琲店でたまにコーヒーを飲むようになったし、H岡氏も家族で館に見学に来るようになった。商店街にH岡氏の過去についての噂が流れることはなく、感じのいい珈琲屋さんは商店街になくてはならない顔の一つになった。
この話はそれで終わりなのだが、最後にもう一つ書いておきたいことがある。
何日か経ったある日、外出から戻ると、I海さんがまた庭で焚火をしていた。
「一人で焼き芋ですか」
私が声をかけると彼女はにっこりと笑っておかえりなさいと言いながら、くすぶる枯葉の中からアルミホイルに包まれたものを取り出した。
「実は、焼き芋パーティーの時、何も食べられなかったものだから。ふと思い出して一人でこっそり焼いてみたの。ちょうど、焼けたわよ」
I海さんがアルミホイルを丁寧に剥がすと、中から新聞紙が現れる。ひき逃げの記事はない。I海さんがさらにその新聞紙をぐるっと剥がす。芋が顔を出す。
「じゃあ私も一つ」と私がトングに手を伸ばすと、I海さんは
「いえ、一個しかないので」と言って、手にした芋を半分に割る。湯気がふわっと広がる。芋は黄金色に光っている。I海さんは片方を私に差し出す。
「食べない?」
私は受け取って齧る。パーティーの時の芋はあまり甘くなかったが、これはしっとりとした甘さが口の中に広がる。
「おいしいです。さすがI海さん」
「うふふ。ありがとう」
芋の湯気と二人の白い吐息はゆるやかに混ざり、冷たい午後の空気に散って消える。前庭を囲む緑から、鳥の鳴き声が聞こえる。その向こうからは、近所の子供達が遊びに興じる声が聞こえる。
芋を食べている間、ずっとI海さんの視線を感じていたが理由はわからなかった。
「そういえば」私は気になっていたことを思い出した。「I海さんがおっしゃっていた、『焼き芋の時にしてみたいこと』って、結局できなかったんですよね? それって、何だったんですか?」
I海さんは私の方を見て、目を細めた。口元は笑ったような気がしたが、その表情の理由は私にはわからなかった。焼き芋のせいで体が温まったのか、頬が先ほどよりわずかに赤くなっている気がした。
少しの間をおいて、彼女は言った。
「できたわよ。今」
「えっ? 今?」
私は彼女の言った意味がわからず、間抜けな声を出した。するとI海さんは一転していたずらっぽい顔をした。そして
「わからないんだったら、きみには秘密」
と片目をつぶって、後は黙って片づけを始めてしまった。
私はしばらく考えてみたが、全くわからなかった。ぼんやり枯葉の山を見ていると、中にまだアルミホイルに包まれた別の芋が少しだけ顔をのぞかせているのに気づいた。先ほどのI海さんの「一個しかない」と言う言葉は嘘だったと言うことになるが、そんな嘘をついた理由も、やはり私にはわからなかった。
後から何度尋ねてもI海さんは「やりかかったこと」が何かを教えてくれなかった。もし読者の中に関係者がいて、I海さんの「やりたかったこと」について心当たりがあれば、私にこっそり教えてほしい。
メイドが焼き芋を焼く面倒な事件 了