メイドがベビーシッターをする面倒な事件 7(解決編)
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その日も朝から良く晴れた。カズキ君と、そのパパ、つまりT橋さんの旦那さんが我が屋敷の庭を走り回るのを、T橋夫人が木陰から目を細めて見つめていた。私と五人のメイドもその傍ら、休日の父と子を眺めていた。
私は何となく、T橋氏をいかついスポーツマンタイプだと想像していた。初めて挨拶した彼は、どちらかと言うと呑気そうな体形と顔つきのパパだった。だがそれがかえって人間としての堅牢さを表しているようにも見えた。一流企業の責任ある役職で、連日深夜までの勤務とのことだが、なるほどそれに耐える芯の強さと体力はありそうだなと思われた。
しかし今日は、そんな企業戦士もひとりのパパとなり、息子と追いかけっこをしたり相撲をとったり、有給休暇を芝生の上で堪能している。二人の笑い声が青空に上がってゆく。
「ほんとに、あらためてお世話になりました」奥さんが我々に向かって深々と頭を下げる。
「あらそんな。お礼を言われるようなことはしていないわ」I海さんが驚いた様子で手を振る。
「旦那様が気づいてくださったんですってね、『数字の練習』の本当の意味」
私に向けるまなざしにやけに尊敬の念が込められている気がして、私は慌てて答えた。
「いや、別にたいしたことではないです。ちょっとヒントになるようなことがありましてね。それにしてもカズキ君って賢いんですね。あんなことを考えるなんて」
「賢いって言うのかしらね……」T橋夫人は苦笑しながらも、やはり嬉しそうだ。「本当に、思ってもみないようなことを考えるのね。カレンダーが全部日曜日だったら、パパがお休みなるかもしれない、だなんて」
カズキ君は聞き分けがよくて頭がいい。ママだけでなく、本当はパパにも、もっともっと遊んでほしいのに、毎日朝早くから夜遅くまで仕事で家にいないパパに、無理を言ってはならないことを理解している。
T橋夫人はカズキ君にパパの仕事がいつお休みなのか問われた時、「日曜日はお休みだからパパが一緒に遊んでくれる日で、土曜日はお疲れだからゆっくり休ませてあげる日。この日とこの日は祝日だから特別にお休み」と、カレンダーを指し示して説明したとのことだった。
私は想像した。賢いカズキ君は、きっとこんな風に理解したのではないか。「くろいじですうじがかいてあるひは、パパはおしごと。あおいすうじのひは、つかれてねてるひ。あかいすうじじのひだけは、パパがあそんでくれる! と。
あるいはもしかしたら、カズキ君にわかりやすいように、ママが実は「赤い数字の日は……」と説明したのかもしれない。いずれにしてもその説明を理解し、咀嚼したカズキ君は、こう考えたのだった。じゃあこの「かれんだー」をあかいすうじやあおいすうじだけでつくったらどうだろう。ひょっとして、パパのおしごとがやすみになるんじゃないか。
「お電話でI海さんからそのお話をうかがって、なるほどと思ったんです。夫にそのまま伝えて相談したら、半信半疑ではあったけど、カズキのためならって、無理して休暇を取ってくれたのよ。明日休みにしたから遊べるよって言った時のカズキの喜びようったらなかったわ。それで、聞いてみたの。パパの仕事がお休みになってほしかったからでしょって。そしたら、やっと話してくれたの」
「だから、画用紙をすぐ片づけようとしたら嫌がったのね。片づけられちゃったら、赤い字の日が休みにならないと思ったんでしょうね」
「でしょうね」
I海さんの言葉に私も頷く。
「でも、何日かして箱にしまった時は何も言わなかったのよ。それはどうしてかしら。やっぱり、忘れちゃったのかしらね?」
「それはですね、T橋さん。月が変わったからですよ。最初に彼が『かれんだー』をつくったのは、先月の終わりころですよね。7月になって、キャビネットの上の本当のカレンダーを7月にしましたでしょ。それを見てカズキ君も、『かれんだー』を作り替えなきゃいけないって思ったんですよ」
私の説明に、T橋夫人は驚いたように何度も大きく頷く。
「なるほど、それは気づかなかったわ。そっか、だからまた新しいものに書き直したのね」
私とI海さんがT橋家にお邪魔したのは7月2日。たまたまその日にカズキ君はカレンダーを作り直したのだった。
「ええ。もし奥さんが画用紙を片づけなくても、そのうち自分から取り換えを頼んだでしょう。先月は6月だったから数字は30まで、今月は7月だから31まで、なかなか細かいですね」私は頷く。
「ほんと、賢いわね」I海さんの口調に、お世辞の色はなさそうだ。「だって、教わったことをもとにして自分なりにいろいろ考えて、新しい可能性を思いついたんだもの。三歳児とは思えないわ」
「それだけじゃありませんよ」私は付け加えた。「思い出してください。カズキ君は、最初のカレンダーは、青いクレヨンで作ったんですよね。つまりカズキ君は、自分と遊んでくれる『あかいひ』でなく、パパが一人でゆっくり休めるように、『あおいひ』を優先したんですよ。カズキ君にも、パパがかなり疲れていることがわかってたんですね」
「本当ね」T橋夫人はもう一度夫と我が子の様子に目を向けた。「子どもって、大人が思っている以上に色々考えているのね。いつもカズキのことを見ていてなんでもわかってるつもりだったけど、何にもわかってなかったのかもしれないわ」
カズキ君はパパに何度も芝生に転がされ、その度に大きな声で笑っている。私やI海さんと遊んだ時も楽しそうにしていたが、やはりパパと思い切り遊ぶ彼の満面の笑顔は、その時とはまったく違うものだ。
「カレンダーを自作した理由を話さなかったのは」I海さんがゆっくりと呟くように言う。「パパに休んで欲しいって思ってるってことを、隠しておきたかったからね、きっと」
T橋夫人はじっとカズキ君の方を見つめる。「まだまだ赤ちゃんだと思っていたけど、いつの間にか親のことを心配なんてするような歳になったのね。産まれた時からずっと一緒にいて、あの子のことなら全部わかっているつもりだったけど、これからこうやって一人の人間になって、親の手から離れてしまうのからしら」
子を見つめる母の表情は、柔らかくもあり、どこか寂しそうでもあった。




