メイドが焼き芋を焼く面倒な事件 5
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コーヒー屋の内装は外見から想像するよりも更におしゃれだった。板張りの壁はアンティーク風で、テーブルセットや鉢植え、もちろんカウンターにある珈琲用品も全て同じテイストで統一されており、店主のこだわりと几帳面さを表現していた。テーブル席にもカウンター席にも数名ずつ客が座っていた。扉を開いた私に「いらっしゃいませ」と声をかけた女性は、焼き芋パーティーの時に見たH岡氏の奥さんだった。
その奥さんに案内されて、私はカウンターに座った。カウンターの向こう側の店主、つまりH岡氏は私を見た途端に顔色を変えた。「あなたは――」
「どうも、こんにちは」
私が当たり障りのない表情で挨拶をすると、彼は一度眉を潜めて、戻した。声を出さなくても私を訝しんでいることが十分伝わってきた。
手書きのメニューには食べ物はほとんどなく、いろんな種類の『珈琲』と、あとは他の飲料が少し載っているだった。
「この、本日のおすすめ珈琲というのを、一つください」
「え、ええ。おすすめですね」
彼が戸惑いながらネルに豆を測り入れ、一定のリズムで湯をした。私は彼を眺めていたが、コーヒーを扱っている間は一切こちらを見ないことに気づいた。
前の晩、メイド達に追い立てられ、H岡氏が突然私から芋を奪った理由を調べた。それは気の遠くなるほど面倒な作業だったが、最終的にその理由を見つけることができた。私はもう一度、この件は放っておこうと主張したのだが、メイド達が頑なにH岡氏と話し合って解決することを私に求めたのだった。
H岡氏は「おまたせいたしました。本日のおすすめです」と、湯気の立つカップを私の目の前に置いた後、彼の顔にはまた怪訝そうな眼差しが戻っていた。
「おいしいですね」
私は、側を離れようとしないH岡氏に本心からそう言った。
「それはよかった」
入り口近くでカップルらしき客の会計を終え「ありがとうございました」と言って彼らを送り出した奥さんがカウンターに一度近づいたのが、目の端に見えた。空いたテーブルの食器を下げたのだろう。
夫婦でコーヒー屋を、しかもこんなに洒落た、おそらく夫婦のこだわりを体現したコーヒー屋を営むというのは、きっと幸せに違いない。最近開店したということなので、これからその幸せを二人で、いや昨日見た小学五年生のお子さんも入れて三人で紡いでいくのだろう。
私がしようとしていることは、下手をするとその幸せを壊す結果をもたらしかねない。しかし、私はメイド達からH岡氏の疑念を払拭すること求められていた。面倒ななりゆきだが、ここは腹を括ることにする。
「今日、お店が終わったらうちにおいでいただけませんか」
「は? お宅に……あのお屋敷にですか?」
「ええ、ここではお話しにくいので」
それで何の話かは十分伝わったようだった。
「わかりました」
それからはただの客になり、コーヒーを味わった。