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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが映画のメイドに憧れる面倒な事件
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メイドが映画のメイドに憧れる面倒な事件 8(解決編)

 あの夜、戻ってきたI海さんを呼び止めて事務室へ誘った。一連の彼女の行動の謎を解くためだ。

「やっとわかりました。I海さん」

 I海さんが簡易応接セットのソファに腰掛けるのを待ち、私は切り出した。

「あら、何のこと?」

 彼女はいつもの柔らかな笑顔で答えた。

「I海さんが、映画のメイドに心酔した……ように振舞った理由ですよ」

「ようにって……どういうことかしら」

「I海さんが、なぜあの映画にこだわるのかわかりませんでした。あの映画は、全体的におしゃれな作品だし、映画史上においては偉大な映画なのかもしれませんが、それだけです。I海さんが心を動かされるようなものなんて何もない。なのに、I海さんは朝食をクロワッサンにし、紅茶をやめてエスプレッソに鞍替えし、そこの廊下の壁にフランスの国旗を貼り、夕食をフランス料理にしました。そりゃ、映画やその登場人物を気に入ることもなくはないでしょうが、たとえそうだとしてもI海さんがそんなミーハーなことをするとは思えない」

 I海さんは表情を変えなかった。

「一番驚いたのは、あんな派手でかわいらしいメイド服に替えようなんて言い出したことです。いつものI海さんの趣味からはちょっと考えられない。不思議に思っていたら、皆がメイド服を替えることに賛成した時に今度は突然翻意し、今のままにしようと言い出した。エスプレッソやフランス料理はやめなかったのに、なぜメイド服については意見を変えたのか、引っ掛かりました。それで、そうすることで何かI海さんに得があるのか僕は考えました。別の言い方をすると、I海さんが意見を変えたことで一体何が起こったのか」

 I海さんはずっと微笑んでいる。諦めているのか、他の思いがあるのか、それはわからない。

「ここで鍵を握るのは、全員一致でないと重要な物事を進めないという我が家の決まりです。メイド服を替えようと言い出した時も、やっぱり元のものにしようと言った時も、当然反対する人がいた。そりゃそうです。そんな突拍子もない提案に、簡単に全員が賛成する訳がない。I海さんだってそんなことがわからない人じゃない。I海さんは、最初から自分の提案が簡単には通らないのがわかっていてそんなことを言いだしたんでしょ。そして、時間が経って皆が賛成しそうになったら、今度は自分が意見をひっこめることで反対側に回る。そうすると、また改めて決断が延期される。いつまでたってもメイド服を発注できないと、K条が嘆いていました。I海さんが本当に狙っていたのは、その状況じゃないんですか? I海さんの狙いは、メイド服を替えることでも替えないことでもなく、発注の引き延ばしだ。そうでしょ? エスプレッソも、フランス料理も、大きな国旗も、大した意味はない。発注を引き延ばさせるというためのおかしな提案を自然に言い出すための隠れ蓑だったんです。違いますか」

 I海さんはあくまで目を細めて微笑む表情をしていたが、ふっとため息のようなものが聞こえ、どこか張りつめた雰囲気が軽くなったような気がした。

「メイド服の発注を引き延ばしたい理由はわかっているの?」

 彼女の問いかけに、私は正直に

「わかりません」

と答えた。

「なあにそれ。詰めが甘いわね、旦那様」彼女は心底おかしそうに笑った。「それじゃ、私が否定したらそれまでだし、素直に理由を答えなかったらどうしようもないんじゃないの?」

「はあ、まあそうですが」

「頼りないわね、ほんと」

 今度は明らかにため息交じりの口調だった。

「そう言われても仕方ないですが、まあ話したら何とかなると思って」

「だって、発注を引き延ばすような迷惑なことをしないようにって私に注意するために、こんなことを話してるんじゃないの?」

 上目遣いで私の表情を伺うI海さんは珍しかった。

「違いますよ」私は急いで答えた。「むしろ逆です」

「……逆?」

「何か理由があるなら、手伝おうと思ったんです。最近夕食の後どこかに行ってますよね。クリーニング屋さんが、東町駅にいるのを目撃したそうです。東町で何をしているのか知りませんが、最近ずっとお疲れのことと、メイド服の発注が関係あるんじゃないですか?  僕にはわかりませんが、何にしても、一人で抱えることはないです。僕に協力できることだったら言ってください。あんな映画に憧れるふりをするなんて、まわりくどいことしなくても、もしかして僕にだったら、K条にうまく言えるかもしれないじゃないですか。」

 I海さんはきょとんとした後、口元を押さえたと思うと声を出して笑った。私は何も言わずそれを見ていた。彼女はひとしきり笑った後、目元を右、左とぬぐった。

「そうね、私がばかだったわ。全部話すわ。でも、できれば、人に言わないで欲しいの」

 彼女は私の顔をじっと見た。

「もちろんです」

「約束してくれるなら言うけど」突然彼女は声を潜めた。「実はね、ダイエットを少々」

 I海さんの顔は真剣そのものだった。

 私はうまく相槌を打てず、沈黙が二人の間を横切った。

「はい?」

 私の口から出たのはなんとも間抜けな声だった。

「ダイエットしてるの」彼女の声が重々しいのは、照れ隠しだったのかもしれない。「年末年始でちょっと、というかとっても太っちゃってね……発注するならワンサイズ上げなきゃいけないけど、それを言うのが恥ずかしかったの。だから、突然メイド服を発注するって聞かされた時、焦ったわ」

「まさかそれで、発注を引き延ばして、それまでにダイエットしようって思ったんですか」

「我ながら変な事考えたと思うけど、どうしてもばれたくなくて」

 そこまで、とか、そんなことで、と言いかけて、何とか言いとどまった。こと話題がダイエットになった時、不用意なことを口走るのは時として大変な結果をもたらすことがある。

「寝ながら考えてたんだけど、ちょうどあの日、寝る前にあの映画を見たでしょ。それで、派手なメイド服のことを考えていて、ふと思いついたの。あれに替えたいって言えば、時間が稼げるかなって。皆が賛成し出したのは意外だったけど、今度は自分が反対すればいいんだから、利用しちゃった」

「そんな……。じゃ、こっそり東町に行っていたのは……」

「遅くまでやってる、スポーツジムがあるの。そこでエアロバイクに乗ってたわ。こんなに運動したのなんて、十年ぶりかも」

 最近疲れて見えたのは、それだったのか。

「気を使わせちゃったわね」

「いやあの……」うまい言葉が見つからず、「たいしたことが無くて良かったです」としか答えられなかった。


 私はK条に、メイド服は議論が収束しそうもないのでなんとか下半期の予算に繰り越せるように伝えた。最初渋っていた彼女も、これ以上予算を先延ばしするよりはと最終的には承知した。

 I海さんは下半期までに痩せる必要があるだろう。

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