メイドが映画のメイドに憧れる面倒な事件 6
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午後のお茶の時間、相変わらずI海さんが淹れてくれるのはエスプレッソだった。いい加減嫌になってくるかと思いきや、これだけ毎日飲んでいると不思議なことにいつの間にかこの苦味を求めている自分を感じるようになった。
それはK条も同じらしい。エスプレッソを一気に飲み干して、「ああー……」と少々おじさんのような声を上げる。仕事の息抜きとしてすっかり堪能している様子だ。
「役所に出す書類はあらかた終わりました」彼女はカップを置き、椅子の背もたれに身をゆだねて天を仰いだ。「備品の棚卸がもうちょっと残ってますが」
「そう、良かったわね」I海さんがカップを下げる。
K条が体を起こし、そのI海さんとカップを見比べるように眺める。少しの沈黙を挟んでK条が呟いた。
「あの……制服、やっぱり替えてもいいですよ」
「えっ」A田が即座に反応した、「反対だったんじゃないんですか?」
「皆が賛成らしいし。それにいつまでも発注しない訳にはいかないし、反対するのも疲れちゃった」
「ほんとにいーの?」Fヶ崎の念押しに
「いいわよ。メイド服には違いないんだし」と答えたK条は多少投げやりに見えたが、そうでもしないと話が進まないのは確かだった。
「というわけで、全員賛成ということになるから、決定ね。実はもう、見積もりももらってあるんだ」
K条の言葉に、思ってもいなかったことを反応をする人物が現れた。
「あら、そんなことないわ」I海さんがゆっくりと口を開いた。「私、やっぱり反対するわ」
「えっ」私はあまりのことに、簡単に声を出してしまった。
「は?」
「え?」
「えっ?」
「ええっ?」
と四人のメイド達にも同様に声を上げた。
「な……I海さんが言い出しっぺで、ここまでもつれたんじゃないですか」
K条が真っ先に苦情を言った。
「そうね。でもよく考えたらちょっと派手かなって思って」
あくまで笑顔を崩さないI海さんに、みんなが唖然とする。
「もう、何言ってるんですか。皆その気になってるんですよ」
反対派だったはずのK条だが、迎合したのが最後だっただけに、梯子を外されたショックは一番強いのかもしれない。
「……どうします、他の人……」
「私は、もう替える気になっていたので、せっかくなら替えたいです」A田は遠慮がちに言った。
「わたしも同じく」U月は
「あたしはどっちでもいーかな」Fヶ崎は投げやりだった。もう飽きているのかもしれない。
「じゃあ、もう一回考えてみましょうか」
I海さんは満足げに言った。
ちらりとK条の顔を見たが、多少落胆の表情を見せたのは、自分の妥協が成就されなかったからなのか、それとも予算計画がまだ決まらなかったからなのかはわからなかった。
その日はもう一つ、I海さんが我々を驚かせたことがあった。
テーブルに並んだその日の夕食を見て、我々は思わず「えっ」と声を上げた。見事なフランス料理がそこに並んでいたのだ。
クレソンとエシャロットのサラダ、ポテトのポタージュ、鰆のロースト、牛肉の煮込み。いつもの和食器でなく、それらしい皿に盛りつけられ、無駄に広い我が家のテーブルを埋め尽くしている。
「……I海さん、今日は夕飯もフレンチなんですか?」
「ごめんなさいね、あらかじめお料理を全部並べてしまって。私が順に給仕してもいいんだけど、私も食べながらになっちゃうから、それだとなんだか慌ただしいでしょ? だから先に全部並べちゃったの」
と肩をすくめる。
先に並べるとか順に給仕するとかいうのは驚いているポイントではないのだが、もはや説明する気にもなれなかった。
「それとね」I海さんが続ける。「今日『は』じゃないわ」
私と残りのメイド達は顔を見合わせる。
「まさか……」
私が言うと、I海さんは満面の笑みを見せるのだった。




