メイドが映画のメイドに憧れる面倒な事件 5
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先日来、A田はやることがあると言っていたのだが、あくる日キッチンを覗いてみると団子を作っていた。
「お花見で、お茶請けの係を仰せつかりまして……」
それで思い出したが、町内会の花見が今月末に予定されているのだった。参加者はたいてい何かしら食べ物を持ち寄るものなのだが、放っておくと揚げ物と飲み物に偏るので、多少割り振りを決めていた。我が家は甘味が割り振られたらしく、その話を幹事から直接受けたA田が、元々お菓子作りが得意ということもあり、そのまま担当することになったとのことだった。
まだだいぶ先の話じゃないの、と尋ねると、腕がなまっているかもしれませんし練習をしておかないと、とのA田らしい返事だった。
しばらく食堂で暇をつぶしていると、思惑通り出来上がった団子の試食を頼まれた。みたらし団子も餡団子も、なかなかの出来だ。花見に持って行ったら取り合いになるだろう。
「本当ですか。良かったです」とA田は破顔する。
「なまってるどころか、腕をあげたんじゃないの?」
「ですよね」U月がいつのまにか隣で団子を頬張っていた。
「お店のぐらいおいしー」反対隣にはFヶ崎が出現した。
「ありがとうございます」とA田は照れながらも、「でも、他の奥さんやメイドさん達の上手なお料理と比べられたらと思うと、自信ないです」と気弱なことを言う。
「いや、誰と比べてもおいしいと思うよ」
「でも……みなさん自信があるから持ち込むんでしょうし……」
「それなら、私も何か作って持って行こうか」U月が、団子を口に運びながら妙な提案をする。
「どういう意味?」
「だって、比べられたら不安なんでしょ? 私は料理もお菓子もこんなに上手に作れないから、私が作った物は美味しくないです。そうするとつまり、はなちゃんのお団子は相対的においしくなるわけですよ」
「U月、それって……意味ある?」
「ないですよ」涼しい顔でまた一串取る。「だから、相対評価を気にしても意味がないってことです。冗談ですよ」
いまいち彼女の理屈は私にはわからないが、A田は気に入ったらしく、自信を取り戻したようだった。
団子が全部胃袋に収まったころ、その日も残業をしていたK条が二階に上がってきた。
お疲れ様、とねぎらって進捗を尋ねると、なんとか目途が立ってきました、とのことだった。
「意外と備品の在庫と不足分の把握が厄介で」
「大変だね。結局終わったの?」
「まだなんです」と渋い顔を見せる。「発注ができていないものがいくつかあるんですけど、大物では、例えばメイド服がまだなんですよね。ペンディングになってるんで……」
I海さんが突然ミーハーな趣味を見せたことが、そんなところに弊害をもたらしているのだった。
「結局反対しているのK条だけなんだよね、新しいメイド服」
「だって、派手だしかわいすぎるじゃないですか」
K条は大げさに手を振る。
「でも発注できなくて困るんじゃない?」
「そういう問題じゃないんですよ」
「でも……あの服かわいかったですよね」A田がおずおずと口を出す。「実はあれからまた考えてたんですけど、だんだんあの服、着てみたくなってきました」
「あたしは結構その気です」U月がさりげなく言った。
「うーん……」
K条が腕を組む。新しいメイド服を着た自分を想像でもしているのだろうか。こんなことで予算策定がストップするとは思ってもみなかった。なかなかうまく行かないものだ。
「まったく、I海さんはなぜあんなに映画のメイドにご執心なんだろうね」
「実はああいうかわいい物が好きなんでしょうか?」とK条は自信なさげに言うが、日ごろのI海さんを見ているととてもその説は採用できない。
「そうかなぁ……映画によほど感動したとか?」と、こちらはU月だが、あの映画は筋があってないようなものだし、感動とは程遠いだろう。時々独特な感性を見せるU月ならともかく、映画を見終わった後のI海さんはそんな様子ではなかった。
「何でもかんでも真似したいほど好きになる理由がわからないんだよな……」
「あのさー、あたしはさ、ご主人さまに何か言い出すんじゃないかって思ったんだけどね」
Fヶ崎が不思議なことを言いだす。
「僕に? 何を?」
「あの映画のさ、館の主人、かっこよかったじゃん」
フランスの昔の名優が演じていた中年の貴族だ。
「あっ、ですよね、あたしも思いました。ハンサムなだけじゃなくて優しくて」
「渋くてさり気なくて、グッときましたね」
「衣装も素敵でしたしね。エレガントってああいうおじさまを言うんでしょうね」
メイド達の賛辞がFヶ崎に続く。
「同じご主人さまでも、どっかの人とえらい違いじゃん?」
どっかの人とは誰の事か。
「えっと、それは……」
「わかるわ」
「う……」
少なくとも誰も否定はしないようだ。
「だからさー、ああやって何でも映画の真似をしていって、最終的に『旦那さまもちょっとは映画を見習ってね』みたいなことを言うんじゃないかと思ったけど、言わないねー」
Fヶ崎は真面目な顔をしている。
「そんな訳ないだろ」
「わかんないよー。いつも、『頼りない』とか『詰めが甘い』とか言われてんじゃん。そのうちもっとひどいこと言い出すかもよー」
ニヤニヤしだしたので、このあたりからはただ私をからかうのが主目的になっていることがわかる。
「そんな回りくどいことしないだろ」
と言いつつ、確かにあの『ご主人様』と比べられたらかなわないなとは思う。
「だいたい比較対象が映画の主人公では分が悪いに決まってるじゃないか」
「いや、あんたの場合、相対評価じゃなくて絶対評価でもそう」
「あっあっ、そう言えばクリーニング屋さんが言ってたんですけど、東町駅でI海さんを見かけたそうですよ。昨日の夜遅く」
Fヶ崎の口がどんどん悪くなったのを見て、A田が話題を変える。
それは初耳だったが、つまり私と一階で会った時、隣の駅へ行った帰りだったということだ。
「I海さんが? 何してたんだろう。誰か聞いてる?」
私の問いかけに四人とも首を振るだけだった。
次の日、夕食の準備をしているはずのI海さんが、椅子に座ってため息をついていた。
「どうしたんですか?」
私が声をかけると、
「大丈夫、大丈夫よ」
と言って立ち上がるが、傍目にもふらついているのがわかった。
「ちょっと、大丈夫じゃないでしょう」
と座らせて、
「最近、変ですよ。急にコーヒー派になったり、朝晩の食事はフレンチだし、そんなに映画の真似ばっかりすることないんじゃないですか?」
「たまにはいいじゃない。気分転換よ」
「それに最近、夕食の後どこに行ってるんですか? 疲れて帰ってきているでしょう」
「何でもないわ。買い物とか、散歩よ」
と、I海さんは明らかにごまかしているような答えを返す。
じっと目を見るが、そんなことで怯むようなI海さんではなくこちらを見返すだけである。
「さ、少し休んだら落ち着いたわ。夕食の準備しないと」
とさっさとキッチンに行ってしまった。




