メイドが映画のメイドに憧れる面倒な事件 3
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「おかしいですよ絶対」
屋敷の周りを掃いていたところ、A田がわざわざ寄ってきて、言わずもがなのことを言うのだった。
そんなに力説しなくても、私もおかしいと思っている。
「いつも、『朝はしっかり食べないとね。それには和食が一番よ』なんておっしゃってるじゃないですか。それが、突然クロワッサンですよ。そんなに映画のメイドさんが気に入ったんですかね」
「仮に気に入ってもさ」私は頷いた。「だからって自分も真似しようってのが普段のI海さんらしくないんだよな」
「ですよねえ」
しかし実際に朝食はクロワッサンだったし、その理由も、映画に影響されたからだと彼女自身がはっきり説明した。
「そんなミーハーなひとじゃないはずなのに……」
「あの映画のどこがそんなに気に入ったんですかね」
「昨日だって、映画に憧れるなんてないって言ってたんだよ。それが、一晩経ったら突然……」
「突然、どうしたの?」
後ろから急に声をかけられて、私とA田は飛び上がった。
I海さんその人だった。
どこかに行っていたらしいI海さんは、大きな袋を手に下げていた。私の視線を感じたのか、にこやかに言った。
「ちょっとお裁縫しようと思って」
袋から取り出したのは、駅前の手芸屋さんの大きな袋だった。
「ちょっと……本気なのー?」
Fヶ崎がまず怪訝そうな声を上げた。
私は言葉を失った。
I海さんは、管理棟の入り口すぐの壁に大きな布を貼った。それは鮮やかな赤と白と青からなる、壁一面のタペストリーだった。映画にも繰り返し登場したフランスの国旗だ。
「手芸屋さんで布を買ってきて、縫い合わせたの」
上機嫌なI海さんに比べ、他の四人と私はただあっけにとられていた。日頃見なれた管理棟の入り口が、何か能天気な催事の会場にでもなったような雰囲気だ。今後この建物に出入りするたびに壁一面の自由・平等・博愛に出迎えられることになる。
「あの、素敵ですけど、これはちょっと……」
A田が反対しようとして言い方を選びあぐねているのが良くわかる。
「う、うちには似合わないんじゃないですかね……」
K条が悪くない言い方を思いつく。
「どうして? とっても合ってると思うけど」
I海さんは意に介さない様子だ。そもそもI海さんは普段から、物腰は柔らかいが押しは強い。よほど気に入っているのだろう。
「まー、いーんじゃない?」
「悪くないですね」
Fヶ崎とU月はそう言うと事務室へ戻ってしまった。本当に悪くないと思ったのか、今のI海さんに苦言を呈しても詮無いと思ったのかはわからない。
夕食は筍の炊き込みご飯だった。朝は突然のクロワッサン、昼は時間が無くてサンドイッチで済ませたので、妙に和食が懐かしく感じた。
洗い物を手伝って風呂に入ると、普段であればキッチンでなんとなく片づけをしたり明日の料理の仕込みをしているI海さんの姿が見えなかった。
そこにいたA田に尋ねると、
「わかりません、私も気づいたときにはいらっしゃらなくて……」
と彼女も戸惑っていた。
「準備はできてるみたいですけど……」
A田と顔を見合わせているうちにI海さんが戻ってきた。どこに行っていたのか恐る恐る尋ねたものの、
「ごめんなさいね、ちょっとお買い物。さ、明日の用意して寝なくちゃ」と慌ただしく動き始めたのでそれ以上追及することができなかった。
ただ、I海さんの表情になんとなく疲れのような陰りが混じるのを、確かにその時感じたのだった。




