メイドが映画のメイドに憧れる面倒な事件 2
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本館は重厚にして華麗であり見学する分には楽しいが、いかんせん骨董品そのものであり、人が住めるようにはなっていなかった。我々が実際に暮らしているのはその脇に建てられた管理棟という武骨な建物で、一階には事務室や資料室、会議室があり、二階と三階が食堂、キッチン、リビング、それから各人の私室と言った居住スペースだった。
その日、夕食の片づけが終わって私室に引き上げようとしていたところ、Fヶ崎が共用のリビングのソファで、いつものようにだらしなく寝そべっているのが目に入った。テーブルには缶ビールが乗っている。隣にU月も座っていて、二人の視線はテレビの画面に向かっていた。映し出されているのは、一見して古いものとわかる外国の映画だ。
「何見てんの?」
「別に、たまたま映ったっていうだけなんだけどー」私の問いに、Fヶ崎はこちらを見もせず退屈そうに答える。「この映画、昔みたなーと思って」
「私も見たことある」U月の方は、やや感慨深げな表情だった。「なんか難しい映画だったような気がする。画面の感じなんかはビッとしてるんだけど」
「お洒落だよねー」
外国の郊外の屋敷に住む貴族の一家やその使用人たちが主な被写体のようである。カメラは登場人物一人一人の様子を忙しなく切り替えながらその生活を追い、まったく落ち着かない。始まったばかりのようであるが、悪者を倒しに行くとか少女のほのかな恋心を描くとかいうようなわかりやすい筋があるわけではないらしい。なるほど、よく全米大ヒットなどと称されて老若男女に人気が出る映画とは、一味違ったもののようである。
「あ、これ、何か賞を取った昔の映画ですよね。友人が好きだって言っていました」
「わ、古そうな映画見てますね」
まだメイド服のままのK条とパジャマ姿のA田も、リビングに集まってきていた。
「あらー、懐かしいわねえ。」
ゴミ処理を終えたI海さんが加わり、結局五人のメイドが皆テレビの前に集まっていた。
「I海さんも見たことあるんですか?」
私が尋ねると頷いて彼女は映画監督の名前を上げた。私はあまり映画に詳しくないのだが、その名前は記憶の片隅にあった。
「フランスの、私が子供の頃の映画ね。難解な作風で有名だけど、これはまだマシな方よ」
なるほど、登場人物が話しているのはフランス語で、原語でもそうなのか翻訳の問題なのかわからないが、会話がいちいち含みをもって進められ、真意を推測しないと置いて行かれてしまう。このあたりも、難解ともお洒落とも評価されている由縁なのだろう。
描かれるのは古い貴族の生活で、舞台の豪邸は我が家の本館と外見が多少似ているようである。だが、家屋以外の全てを失った我が家とは、その生活の華麗さは比べるべくもない。
調度品や衣装や食べ物までもが、一つ一つ色鮮やかに映し出されていた。くすんだ古いフィルムのはずなのだが、それが伝わってくるのはカメラや監督の技術なのか、見る側の心理なのかはよくわからない。食事のシーンが多く、きらびやかな食卓が画面を彩る。メイドや執事達が順に給仕する豪華な料理は、我々がイメージするいわゆるフランス料理そのもので、前菜、スープ、肉料理からデザートまで、華やかな色彩にあふれていた。
時折さりげなくフランスの国旗が映し出されるのも印象的だ。口髭の印象的な家長の書き物机の上に、子供の絵本に、贅沢な料理が並ぶテーブルに、三色の旗が映り込む。
おしゃれな小道具や俳優の立ち居振る舞いに目を奪われたり、ちょっとした会話のウィットにほくそ笑んだり、あるいは意図のわからない変わった構図の画面に悩んだりしているうちに、いつのまにか私とメイド五人はエンドロールまでたどり着いてしまった。
「やっぱり話の筋はよくわかんないけどさー」Fヶ崎が伸びをした「面白かったなー」
「私も実は、お話がよくわからなかったんですけど、それでよかったんですね。安心しました」A田が恥ずかしそうに後を追った。
「出てくる小物が一つ一つお洒落だったよね」黙って見ていたK条も気に入ったらしい。
「きらびやかな世界って感じ」U月が遠い目をして言った。「うちとは違うわ」
「メイドさんもいっぱい出てきましたね。私、見入ってしまいました。イギリスのメイドさんともちょっと感じが違いますね。メイド服も軽快な感じでかわいかったですね」
登場人物たちの服装は、メイドたちの注目の的だった。ファッションショーのように外連味のある衣装が次々登場し、目を楽しませた。貴族に仕えるメイドたちの制服もその一つで、実用的と言うよりはカフェの店員のような、可愛らしいものだった。
「あたしは食べ物に目がいったなー。エスプレッソとか、クロワッサンとか、本当に毎日あんななのかなー?」
「毎朝あんな朝食だったら素敵ですね。晩餐もすごく豪華でしたし、ああいうご飯も、憧れます」A田が賛同する。
「みんな、盛りあがってるわね」I海さんはこういう時いつも皆を見守るような表情をする。「若い子はこういうのを見て、憧れたり、むやみに影響受けたりするのよね」
「若い子って……I海さんだってたいして変わらないでしょ」
「あらー、ありがと。でも流石にもう、ああいう素敵な世界は縁遠くて、憧れるような気持ちはなくなっちゃったわね」
「映画に憧れたから若いって理屈はないでしょ」
「そうね」にこりと笑って彼女は答える。「単に、今回は影響を受けるほどのものがなかったってだけね」
I海さんは三階に自室に引き上げた。他の四人はまだ映画談義を続けていた。
次の朝、目を擦りながら食堂に入ると、いつものようにI海さんの朝一番の笑顔が迎えてくれた。本来、全ての家事は私も含めて全員の当番制と決めたはずなのだが、実際の所は料理が得意なI海さんに甘えてしまっていた。
おはようございます、先にいただいてますよ、といつもの挨拶を聴いてテーブルについて目を疑った。
メイド達五人が既に朝食を食べ始めていたのだが、私が驚いた理由はそんなことではない。先ほど書いたように、『雇われご主人様』である私の立場はメイド達と同じか、実質的にはやや下で、私が手を付けるまで食事を待つような義理は彼女等にはない。
そうではなく、私が驚いたのは食事の内容だった。メイド達が食べている朝食は、いつもの焼き鮭や納豆と味噌汁の和食でなく、クロワッサンとオムレツだった。
「あれ? 珍しいですね、洋食。誰かのリクエストが何かですか?」
私が席に着くとI海さん以外の四人のメイドが居心地の悪そうな視線を向け、一斉に首を振る。
I海さんが立ち上がる。
「いえ、別に誰に言われたわけでもないのよ。何となくね、今日からこうしようかなと思って」一人だけ、ご満悦の表情だ。
「今日『から』って、ずっとこれにするんですか?」
朝食が和食なのは、I海さんのこだわりだったはずだ。
「突然、クロワッサンとオムレツって……まさかとは思いますが」
「ええ。映画のメイドさんが朝食の支度をしている姿が可愛かったから、真似しようと思って」
さらに驚いたのは、午後のお茶の時間だった。
書類の山と格闘していた私とK条にI海さんが「一息いれてね」と差し入れてくれたものを見て、驚愕した。いつもの薄手のティーセットではなく、それより二回り小さい厚手のカップだった。そして中身は紅茶ではなく、真っ黒な液体だ。
「え……どうしたんですか、I海さん。今日は紅茶じゃないんですか?」
「ええ」こともなげに彼女は頷く。「エスプレッソよ」
「エス……」
「物置にあったの、試してみたら動いたから。」
彼女の視線を追うと、給湯室にエスプレッソマシンが置いてある。以前福引で当たったか何かでいただいて、使わずに物置に放り込んであったものだ。わざわざ引っ張り出したらしい。
「いつもの紅茶はどうしたんですか?」
「やめたわ。これからは、これにしようかと思って」
どうしたんですか、と問うと、朝と同じように
「映画のメイドさんがエスプレッソを運んでいる姿が可愛かったから、真似しようと思って」
と答えた。
私は他のメイド達を顔を見合わせたが、何も言えなかった。




