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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが見学される面倒な事件
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メイドが見学される面倒な事件 9(後日談)

「どうした、朝からため息なんてついて」

 私が尋ねると、Fヶ崎はこちらを一瞥もしないで、肩をすくめた。

「だってさー、昨日でゆかりちゃんの宿題は終わっちゃったって言うしさー」

「もう今日からはいらっしゃらないんですね……」

 A田も箸が止まる。

「残念ねぇ」

 頬に手を置くI海さんの微笑みもやはり力がない。

「もともと住む世界が違いますからね。うちみたいなびん……庶民的な家とは縁遠いですよ。もとに戻っただけです」

 聞き分けのよさそうなK条の言葉は、それが実は自分に言い聞かせるためのものだということがありありとわかる。

「なんだかお花見の帰り道みたいな気分になっちゃいますよね」

 U月の感想は共感できないが意図はわかる。 

「そのことなんだけど」私は鯵の干物をつつきながら告げる。「また、次の連休にでも遊びに来てくれるように頼んでおいたよ」

「えっ」

 五人のうつむいた顔が一斉に跳ね上がって私に向かう。

「ほんとですか!」

「やるじゃん、さすがご主人さま」

 Fヶ崎がこういう時だけいい顔をして私の肩を力いっぱい叩く。

「でも、J泉寺家で許していただけるかしら」

 I海さんの疑問は正しい。

「わかりませんけど、目はありますよ」

「どーしてよ。お父さん、厳しいんでしょ?」

 Fヶ崎の心配も正しい。だが。

「魔法の言葉を教えたんだ」

 私がそう微笑むと、皆が不思議そうに首を傾げた。


 *


 ご令嬢は真相を私に話して詫びた後、居住まいを正してからこう切り出した。

「あの、こんなことお願いできた義理ではありませんが、このことはご内密にお願いできませんでしょうか」

 彼女はまたいつもの冷静沈着なお嬢様に戻っていた。

「もちろんです」私は微笑んだ。「将来ほとぼりが冷め、もう話してよいと言う許可をいただくまで誰にも話しません。ただですね、秘密にしておく代わりに、お願いがあるんです」

「……お願い? 私にできることなら致しますが」

 彼女は眉を少し動かしただけだった。

「できないとは言わせませんよ。約束した以上は今回の事をJ泉寺家にお伝えしたくありませんから」

「弱みに付けこむ気なのですか?」

 流石に動揺したようで、テーブルに手をついて立ち上がった。

「今時はどうか知らないけど、僕が小学生の頃、脅迫の授業があったんですよ。まあお座りください」

「小学生を脅すなんて立派な大人」彼女は腰を下ろすと、抑えた口調で言った。「私は何をすればよろしいのですか?」

「簡単ですよ」私はわざと少し間をおいて続けた。「たまにでいい。うちに遊びに来てください。ご令嬢がいらっしゃると、うちのメイド達が喜ぶ」

 小学五年生は数秒固まった。言葉の意味を理解するのにそれだけの時間がかかったようだ。私はにやりとして見せた。

「そっ……脅迫だなんて、どんなひどいことをおっしゃるのかと焦りました」

「最初に、大伯母に告げ口すると脅したでしょう。あれの意趣返しです」

「やはり立派な大人ですね」ため息を一つ落として、彼女はゆっくり頷いた。「ご指摘の通り、先代様のご連絡先を知っているというのは方便です」

「それはわかっていましたがね」私はそう返しておいた。

「大層メイド想いなのですね。御当主様ご自身は、私のことを疎ましく思ってらっしゃると思いましたのに。でも残念ですね。それは無理な相談です。私の父が、習い事のスケジュールを変えて遊びに来ることを許すはずがありません」

 私は彼女の目を見た。

 彼女も私の目を見た。

「こういうのはどうです。お父上は大変厳しい方ではあるが、道理を弁えたまともな方とお見受けしています。また、大変娘思いともね。そこで、魔法の言葉をお教えしますので、お父上におっしゃってください。きっとまた遊びに来れるように、取り計らってくれるでしょう」

「魔法の言葉?」

「ええ、こう言うんです『初めて私にお友達ができたので、今度、お宅に遊びに行っていいでしょうか?』」

「……そんなことで?」

 いくら教養と礼節を弁えた大人顔負けの彼女でも、この魔法の言葉はまだ理解できないだろう。

「そんなことで、ですよ」私は頷いた。「まあ、やってごらんなさい。ところでそれからもう一つ。なぜ誰に対しても品行方正なあなたが、誰にも見せていないあの底意地の悪い一面を私だけに見せたのか、その理由をまだ伺っていません。」

 私は彼女の目を見たが、彼女はすぐに目を逸らした。彼女が話し相手から目を逸らすのは珍しいことだった。

「正直、私にもよくわかりません。……わかりませんが、御当主様と話していると、いつもの正しい私の姿だけでない、自分でも知らなかった狡猾で黒い側面が沸々と頭をもたげてくるのです」

「ご自身にもわからない……そんなものですか?」

「……似ているのかもしれません」

 彼女の呟きが二人の間に放たれ、それをどう扱ってよいのか咄嗟にわからなかった。一体誰と誰が似ているというのか。

 私の表情を察してか、私が尋ねるより前に彼女が答えた。

「私と御当主様が、です」

「……お嬢さんと私が……? どこがです?」

 私はその真意を測ろうとしたが、彼女の真面目な顔からは言葉の他の意図を読み取ることはできなかった。

「周りの期待に応えること、それだけが私の望みです。私はいつでも、周りに期待された自分であり続けたいと思っています。あるべき自分らしく振舞うことを私自身に課している……お見受けする限り、御当主様も同じことをご自身に課されている。違いますか?」

 一呼吸おいて私は答えた。「さあ、おっしゃっている意味が分かりません。」

 じっと私を見た後、彼女は薄く笑いながら言った。「……そうですか。正直におっしゃる訳もないでしょう。あるいは、ご自身ではお分かりでないのかもしれませんね。しかしそうだとしても、いずれわかる時が来るでしょう」

 見透かしたことを、と抗うこともできたはずだが、私は何も言わなかった。


 かくして我が家はそれ以降、たまにではあるが、J泉寺家のご令嬢が遊びにいらっしゃるという栄誉に浴することになった。

 メイド達はその度にお菓子とお茶をどっさり用意して迎える。他愛もない話をしているだけだが、メイド達は「お姉さま」と呼ばれるたびに皆にやにやしている。いつも騒動ばかり起こしている彼女たちだが、かわいいところもあると思って眺めていると、そんな私を見てFヶ崎が、ご主人さま何にやにやしてんのーと言った。

 

 父上に、魔法は大変効いたとのことである。


 *


 この話を書くために、真相を秘密にするというあの時の約束はまだ有効か電話で尋ねたところ、立派な奥様になった現在でも彼女はそのことを覚えていて、自身の子どもの頃の秘話を私の回顧録に入れることを承諾してくれた。

 五人と一緒に撮った写真は今でも大切にしているという。

 

 この原稿を書いている私の机の前にも、同じ写真が飾ってある。

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