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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが見学される面倒な事件
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メイドが見学される面倒な事件 7

 7

 相変わらず事務室で五人がだらだら過ごし、ご令嬢が黙って座っている午後、事務室の電話が鳴った。

 しかしそのベルは一瞬で途切れた。ご令嬢が、すぐに受話器を取ったのだ。何の前触れもなかった。我が家にかかってきた電話にご令嬢が出るというのはあまりにも奇妙な事態だった。

「はい……はい、そうです。ゆかりです」彼女は名乗った。なぜか下の名前だ。いや、J泉寺と名乗られてもそれはそれで困るのだが。

「はい……はい、ありがとうございます。もちろん毎日。そうですか。はい、はい、ありがとうございます。はい、……はい、がんばってください」

「な、何の電話だったの?」

 彼女が受話器を置いたので私が思わず尋ねると、ご令嬢は放心状態で、なぜか目が潤んでいるようにも見えた。

「はい、私あてに、父からです。きちんと見学しているか、確認なんです」

 父上からということであれば、下の名前だけを名乗ったのは合点がいく。それにしても「がんばってください」は意味不明だが。

「それだったら、あらかじめ電話がかかってくることを教えていただかないと。仕事の電話がかかってくる電話だから、勝手に出られたら驚きますよ」

 私が苦言を呈したが、彼女は心ここにあらずの様子だった。かと思うと突然彼女はうつむいて肩を震わせた。そして顔を手で覆い、後ろを向くと震える声で絞り出すように「ご、ごめんなさい」と呟いた。

「あーっ、ご主人さまが泣かせた!」

「旦那様、相手は小学生なんですよ。加減していただかないと」

 理不尽この上ない状況だが、正論でメイド達と渡り合う体力も気力も持ち合わせていない。

「あ、どうもすみません」

「いえ、私が悪いので……。申し訳ありません」

 ご令嬢は気分を害したわけではなさそうだったが、その日はいつも以上に何も話さず、早く帰宅したのだった。


 事態が急変したと書いたのは、その日を境にご令嬢がメイド達の「見学」をやめたからだ。無意味とも思える見学にあれほど固執していた彼女が、翌日我が家に来るなり、U月に例の子供サイズのメイド服を要求し、あわただしくそれに着替えた。先日U月が提案した時はけんもほろろだったが、今になってメイド体験をする気になったらしい。

「いかがでしょう、似合いますか」

 臨時の更衣室となった応接室から出てきた彼女は、ブラウスに紺のロングスカート、白を基調としたフリル付きエプロンにカチューシャという一般的な既製品のメイド服のミニチュア版に身を包んでいた。小さなメイドはしかしその気品を失わず、使用人の服は着ているが立ち居振る舞いは明らかに使用する側のそれで、しかも幼い華奢な肢体にも関わらず大人にも負けない落ち着いた態度という、不思議な雰囲気を纏った代物だった。

 五人は歓声を挙げた。

 記念撮影をしようということになり、U月が三脚を持ち出した。まだ高い日差しの中、わざわざ本館の前まで出て、カメラの角度やポーズをどうするか一頻り騒いだ後、結局無難に並んで正面から撮影した。なおその時のカメラはまだフィルムカメラで、駅前のカメラ屋で現像してもらうまで仕上がりを確認できず、それが楽しみだ楽しみだ、と話し合う六人のメイドの姿こそが楽しそうに思えた。

 撮影後、なぜ突然メイド服を着る気になったのかと尋ねると、

「見学は十分させていただいたので、今度は是非メイドさんのお仕事の体験をさせていただこうと思いまして」

 そう言って、竹ぼうきを持ち出し、門の前を掃除し始めた。

 小さなメイドは、暑いので外の仕事でなく室内で別の何かをしてはとの私の進言にも関わらず、暑いのは平気ですので、などとしばらく一人で掃いていた。私もメイド達も見ていたいのはやまやまだったが、とにかく暑いので退散して事務室で彼女の掃除が終わるのを待っていた。

 二十分ほど掃除をすると、気が済んだ様子で管理棟に戻ってきて、自分の服に着替えた後、「今日はこれで失礼します」と帰宅していった。


 翌日も翌々日もご令嬢はメイド服を着て門の前を掃除した。

 Fヶ崎が応接セットに寝そべって、まだ硬いアイスクリームをつつきながら言った。

「『来館者の方にご挨拶するのも勉強になりますので』とか言ってたよ。『一人でないと意味がないので、ついてこないでくださいね』だって。この暑さじゃ、もともとついていく気にもならないけど」

 小学生に門の掃除をさせて自分はエアコンの下でアイスクリームを頬張るというのは大人としてあり得べからざる行動だと思うが、彼女自身は何とも思っていないようだった。

「突然どうしたんだろうね。あれだけ仕事を体験するのを嫌がってたのに」

「さーねー。座ってるのが飽きたんじゃないの」

「もしそうなら、こんなところで時間を浪費しないで、家帰ればいいのに」

「きっとさー、家に帰っても勉強とか習い事をさせられるだけで、つまらないんだよ。家にいるよりここにいて呑気に掃除でもしてた方がのんびりできるんじゃない?」

「そんなものかね」

「あたしんちも堅かったからさー、わかるんだよ。あれやっちゃだめ、これやっちゃだめ、そんなのばっかりでさ。叱れば子どもをコントロールできると思ってるのかねー」

 アイスクリームをつつくスプーンに一層強い力が加わる。

「J泉寺のご両親はもう少し話がわかりそうだったけどね。習い事だってたくさんあるけど、そんな頭ごなしじゃなくてよく話し合って決めたって言ってただろ」

「かもねー。ゆかりちゃん自身も親のことを悪く言わないし、多少は子供の言うことに聞く耳を持もってんのかもねー。うちはほんと、ひどかったよ。なんでも頭ごなしでさー。漫画なんかもとーぜん禁止されてたから、こっそり買って、友達の家に置かせてもらったりしてたよ。勉強会の振りをすれば友達の家に行くのを許してもらえるから、そう言って漫画を読みに行ってた。そんな親っている? あんな家、もう戻る気ないからどうでもいーけどさー」

 私の頭の中で鈍い音がなった。

「Fヶ崎、今なんて言った?」

「もーあんな家に戻る気はない」

「そうじゃない、その前」

「へ? 何だっけー、『自分で買った漫画を友達の家に置かせてもらった』」

 少しずつ、意味がつながっていく。

「漫画を読みたいがために友達の家に入り浸ってたってわけだな」

「そーだよ。悪い?」

「悪くはないさ。おかげでわかったことがある」

 私が答えるとFヶ崎は怪訝な顔をしてアイスクリームに興味を戻す。

 

 ご令嬢があんな邪魔な位置に椅子を置いたこと、私が側頭部に触れようとした時にあれほど狼狽したこと、彼女が出た電話、突然掃除を始めた意味、やっと全てがつながって一つの姿になった

 名家のご令嬢も、何というか、いろいろ大変なんだなという感想を持った。それにしても、彼女は何という面倒なことを考えたのだろうか。


 彼女が掃除をし始めて三日目、猛暑に負けずせっせと箒を動かす彼女の目の前で一台のバイクが停まった。運転していた男性は、ご令嬢に何かを渡した後、再びバイクを走らせ、去っていく。ご令嬢は、渡された幾つかのものをあらためているようである。

 私は管理棟の二階の窓から隠れてそれを見ていたが、ご令嬢が小走りでこちらへ向かってくるのを見て階段を降り、棟の入り口で彼女を捕まえる。

「届きましたか、お嬢様」

 私が声をかけると、ご令嬢は

「え? み、見ていらしたんですか、御当主様。……ええ、お宅への郵便物が届きました。お受け取りしておきました」

と、手に持っていたものを私に差し出す。先ほどのバイクは郵便配達のバイクで、彼女が受け取ったのは我が家への郵便物、数通の封筒だった。私はそれを受け取る。ダイレクトメールの類ばかりだった。

「それはありがとうございます。でも私がお尋ねしたのは、お嬢さんが待っていたものの方ですよ。今、左手で後ろに隠しているのがそうですかね?」

 逃げ隠れできないと覚悟を決めるまでの間、今まで見たこともないようないろいろな表情を見せてくれた。


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