メイドが見学される面倒な事件 6
6
ご令嬢は連日忙しいということだったが、見学の時間を終えた後は少しだけ余裕があるらしく、徐々にメイド達と遊んだりする時間ができていった。彼女は「見学」の時間が終わると必ずお手洗いに行くのだが、その後、ありがとうございました、ごきげんようと去るまでの時間が日に日に伸びていった。
お嬢様が、リバーシも七並べもやったことがない、というのはメイド達を驚かせた。 しかし、リバーシのやり方を教わったその日にK条やFヶ崎を負かせたことや、七並べで全員の出したカードを順にすべて覚えているので誰がどこを止めているかを看破したことは、それ以上にメイド達を驚かせた。「お姉さま」達にすごいすごいと囃されて、まんざらでもない顔を見せるのだった。
ごく短い時間だし、たわいもない遊びばかりだが、彼女もつかの間の息抜きを楽しんでいるようだった。
足繁くご令嬢が「見学」に通い、時間がたつに連れてお互いに打ちとけ、メイド達はますますご令嬢を気に入っていった。澄まして見えるご令嬢の方もまんざらではないようだった。だが時間が経つというのは、ご令嬢の「見学」の残り期間が少なくなっていくということでもあった。
ご令嬢の帰り際毎回のようにメイド達が引き止めようとするとご令嬢も名残遅そうにするが、習い事や他の宿題があるし、父に時間を告げてあるため、帰らなければならないとのことであった。
「習い事って何やってるのー」
Fヶ崎が尋ねる。
「今は、ピアノとバイオリンと英語とお茶とスイミングです」
「いかにもだねー。そんなのやりたくないって言えばいいのにー」
Fヶ崎は眉をしかめた。彼女も人並み以上に厳格な両親を持っているので、実感が籠っているのだろう。
「そうもいきません」しかしご令嬢は賛同しなかった。「何を習うかは父と私がよく話し合って決めました。英語はいわずもがなですが国際的感覚と、手に入れられる知識や情報の制限を減らすため。ピアノやバイオリンは芸術性と表現力を養い、社交界で共有できる素養を学ぶため。お茶は花鳥風月についてや歴史、思想など幅広い知識を身に着けるため。スイミングは、私が小柄なものですから、なるべく丈夫な体をはぐくめるようにと、それぞれ意味があります。また先生方はどの方も、父が時間をかけて選んでくださって、特にお願いしておいでいただいている方ばかりです。いずれもおろそかにはできません」
皆口を開けて聞くしかなかったが、Fヶ崎は納得しきれないようだった。
「ゆかりちゃんはさー、友達と遊びたいとか思わないの?」
「さあ……同じ学級の方達も、私と同様に習い事やご家庭のご用事で忙しいですし、一緒に遊ぶということは考えたこともありません。学校でも話題に出ませんし……」
「それは」私は思わず口に出してしまった「お父上も心配でしょうね」
私の呟きに頷いたのはI海さんだけだった。ご令嬢自身はもちろん全く意味がわらなかったようで、不思議そうな顔を見せた。
「父も母も、私が立派な淑女になることを期待しています。身内のことを申すのはよろしくありませんが、私から見て兄たちは、J泉寺家の子息として恥じることのない人物になりつつあります。兄たちも唯一の妹である私に期待を寄せるとともに、様々なことを教えてくれます。私はそれに報いて、皆の望むような人間に早くならなければなりません」
余りに立派な心がけに、メイド達は感心しきりであった。
幼い彼女の完璧なお嬢様ぶりは、そうした期待に応えるために彼女が身に着けてきた、身につけざるを得なかったものかもしれない。彼女の完璧なまでの振る舞いや態度の原動力が、周りの期待への応答にあると思うと、それまでに感じていたかすかな違和感が理解できた気がした。
*
朝、食堂に出るとたいていA田、I海さん、K条は先に朝食を食べている。Fヶ崎は私より更に朝が弱いので私が起きた時に食卓についていた例がない。U月は日によって起きる時間が違うがその日は既に食べ終わったらしく新聞を読んでいた。
私がおはようございますと声をかけると四人から元気なおはようございますが返ってくる。A田は襟付きのルームウェアで眠そうに鮭を齧っている。I海さんはメイド服のブラウスにスカート、K条はきっちりエプロンにカチューシャまでつけて、既にフル装備だ。U月はTシャツにジーンズで、その恰好で寝たのか起きた時に着替えたのかよくわからない。
広い窓にレースのカーテンがかかっているが、朝から夏の日差しはそれをものともせず食堂を照らしている。
キッチンでコンロのスイッチをつけて味噌汁を少し温め直しているうちに、グリルを開けると焼鮭が二枚乗っているので皿を二枚出して一枚ずつ乗せる。茶碗に白米を盛っていると、I海さんが自分の食事を中断してキッチンに来て、黙って味噌汁の面倒を見てくれる。ゴボウとニンジンのきんぴらは既に小鉢に取り分けられている。
一式を乗せた盆を食卓に持っていくと、ちょうどFヶ崎がまだ半分夢を見ながら「はよー」とやってくるので、持って来た料理を彼女と私の席の前に配膳する。私が皿を置くとFヶ崎は「ありあとー」と目をこすってあくびをする。彼女のキャミソール姿は私にとっては下着姿も同然なのだが、何度そう言っても本人が気にせず共用部分に出て来るので、既に半ば諦めている。
「今日もゆかりちゃんくるよねー」
二人でいただきますをした直後に、Fヶ崎が誰ともなしに言う。
「朝、第一声がそれか?」
「だあってさー、いっつもすぐ帰っちゃうからさー」焼鮭を頬彫りながら愚痴を言う。「リバーシもう一回やろうって約束したし」
「私も、お嬢様コーラ飲んだことないっておっしゃるんで、一緒に飲みましょうって約束したんです」
A田も楽しそうな笑顔を見せる。
「ピアノも聞かせてほしいですよね」U月が新聞から顔を上げた。「本館のピアノ、調律してもらっておかないと」
「でも、もうすぐ三週間終わっちゃいますね。見学が終わったら、もう来ないんでしょうか」
A田の言葉に誰も答えないのが、答えだった。
「そもそも私達とは住む世界が違うんですよね」
K条の嘆きに、メイド達は朝からうなだれるのだった。
その日事態は急変した。




