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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが見学される面倒な事件
33/54

メイドが見学される面倒な事件 5

 妙な事と言えば、ご令嬢は体を触られることにも大きな反応を示した。

 Fヶ崎が風船をうちわで仰いで遊んでいた後だったので、ほこりが舞っていたのだろう。ご令嬢の横を通る時にふと見ると側頭部に糸くずがついているのに気づき、取って差しあげようと思って

「失礼、糸くずが」

と手を伸ばすと、

「あっ!」

と一言叫んで身を捻って立ち上がった。私の手が近づいた左耳のあたりを、髪の上から押さえている。彼女の声があまりに強かったため、その場にいた全員が一瞬茫然とした。

 すぐにご令嬢は

「あ、あの、ごめんなさい。その、体を触られるのが、苦手なものですから……失礼しました」

と取り繕った。

 ご令嬢は青ざめたような顔で俯き、メイド達は突然の意外な大声にあっけにとられ、私はおそらく馬鹿みたいな顔をして立ちすくんでいた。

 私がもごもごと謝るとI海さんが気を使ってくれたのかお茶を淹れましょうと立ち上がり、Fヶ崎がおいしいあられがあるから日本茶にしてーとはしゃいだ。

 後で、あまり不用意に女性の髪を触らないようにと五人から別々に小言を言われた。


 ご令嬢の行動で最も奇妙な瞬間は突然起こった。

 事務室でいつもの通り仕事をしていると、お嬢様が突然そわそわし出した。様子がおかしいと思っていると、そのうち頭を押さえだした。

「頭痛ですか? 大丈夫ですか?」

私が声をかけるとその場にいたメイド達もご令嬢を見る。注目された彼女はうろたえつつ

「いえ、平気、何でもないわ」

とごまかそうとする。

「しかし、頭を押さえていらっしゃるじゃないですか。それにどうやら少し顔色がすぐれないようですよ」

「大丈夫、大丈夫よ」

彼女は立ち上がった。

「どうされました」

 私が駆け寄ると、彼女の返答はあまりに突拍子のないものだった。

「あの、リモコンありますか?」

 意味不明な要求だったが、彼女の目は真剣そのもので、切羽詰まっているようにさえ見えた。

「……は? リモコン? 何のですか?」

「何でもいいの、何かリモコンを」

「何でもいいって……じゃあ、これはエアコンのリモコンですが……暑いですか? それも利かせすぎ?」

 彼女はじっとエアコンのリモコンを睨んだかと思うと、それを私に返し

「……いえ、やはり結構です。そういう訳にはまいりません。ありがとうございます。それより、少し出てきます」

 と珍しく慌てて事務室を出て言った。

 私が彼女が置いて行った日傘を持って追いかけると簡単に追いついた。

 ご令嬢は私に気づくと「ついて来ないで」と叫ぶが、はっとしてすぐ「取り乱して申し訳ありません。すぐお宅に戻りますから、十分か十五分で戻りますから、どうぞご安心してお戻りください。日傘をありがとうございました」と懇願するように述べた。

 彼女の背中は、自分の屋敷のある住宅街の奥ではなく、駅前の方角に向かっていた。


 私が門まで戻り待っていると、彼女は言葉通り十五分程度で戻ってきた。

「まあ、お部屋で待っていてくださればよかったのに」

 驚く彼女だったが、私は黙っていた。私の表情を察したのか、彼女は呆れたように呟いた。

「お優しいのですね」

「仮にも当主で、責任者なのでね」

と、なるべくぶっきらぼうに聞こえるように答えると、なぜか彼女は目を細めた。

 強すぎる日差しを避けて管理棟に入りまだ会話が事務室の中まで届かない辺りでさりげなく

「いったい何を企んでいるんです? なぜうちに入り浸るんですか?」

と水を向けてみたが、

「別に何も企んでおりません。最初申し上げたように、宿題のために見学させていただいております」

と、取り合わなかった。

「お父上に確認してもよろしいですか?」

とつついてみると、突然あの意地の悪い猫のような鋭い目つきになり、

「無駄ですよ。追い出そうとしたら、またメイドさん達の前で泣いてお見せするまでです」

と声を落として私を睨んだ。

 小学生ながらその眼力には計り知れないものがあった。だが私には、その表情もどこか表層的であるように見えた。

「普段からそんな顔で大人を操縦していらっしゃるのですか?」私は思い切って尋ねた。「いつもの完璧すぎるほどの姿はどこか表層的な感じを受けます。まるで、名家のご令嬢としての役割を演じているかのように思えることすらあります。その奥にはそんな面を隠し持っていたと言う訳ですね。大人顔負けの策士だ。そうやっていつも周りの人間を手玉に取っているのですか?」

「見透かしたようなことをおっしゃるのですね。やはりご当主様は……」と言いかけて、冷たい目の猫が口をつぐむ。

 私は続く言葉を待つが、彼女は思い直したように言いつくろう。「何でもありません。……いえ、こんな顔を見せるのはご当主様だけですよ。自分の心の中にこうした狡猾な面があるのは自分でも気づいていましたが、外に出したのは初めてです」

 そこらの大人よりもはるかに自省的な答えであった。

「なぜ私にはその顔をさらけ出すのです?」

「それには答えないでおきましょう。いずれにしてももう少しお付き合い願います」

とそのことについては口をつぐんだ。


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