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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが見学される面倒な事件
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メイドが見学される面倒な事件 3

 3

 先代とは、私の大伯母のことだ。私に面倒な当主の座をおしつけ、自分は資産をすべて持って高跳びしてしまった。今は、その日プライベートビーチで飲むドリンクの種類に迷うだけの生活をしている。我が家は大伯母からの夜露のような寄附で運営しており、彼女の機嫌を損ねることは私にとって重大な結果を招くことになる。

「最近の小学校は脅迫の仕方も教えてくれるんですか」

「あら、これは交渉の部類ですのよ。脅迫なんて大それたこと、したこともありませんわ。お望みでしたら挑戦してみますが」

 彼女の目はますます鋭く、あざ笑うように私を見下ろす。表情と話す内容はがらりと変わったものの、あくまで慇懃な敬語の口調は変わらないのが、むしろ不気味であった。

 私は努めて動揺していない風を装って返す。

「お嬢さんが大伯母と仲が良かったのは百歩譲って本当かもしれませんが、今は彼女に連絡を取れないはずです。彼女は隠遁する際、連絡先を私以外の誰にも教えていかなかった」

 本当は私以外にも彼女の連絡先を知っている人物がいるが、それは黙っておいた。

「どうでしょうね。それはそれとして、この方法ではだめですか。ではもう少しご当主様がお引き受けやすい手段に変えましょう」

 彼女は、先ほどまでの狡猾な猫のような目つきを、一転して元の深沈とした表情に戻し、私の脇をすり抜けてメイド達の待つ事務室へ戻る。

 

 五人のメイド達を観客に、彼女は軽く曲げた人差し指で目じりを押さえ、訥々と述べる。

「お姉さま方、やはり思った通り、ご当主様にはお許しいただけないようです。本当に残念ですが、ご迷惑のようですので……」

 最後まで言い終えるのを待たず眉を吊り上げた五人のメイドから、遠慮のない異議申し立てが起こる。

「なんでよご主人さま! オッケーしてあげたらいーじゃん、お嬢ちゃんが困ってるんだから!」

 とFヶ崎が真っ先に口を尖らせる。

「我々に迷惑がかからないようですし、当家の名誉のためにも良いことですので、お受けしてよろしいのではないでしょうか。断る理由があればご教示いただけますか、具体的に」

 淡々と詰め寄るのはK条だ。

「旦那様、J泉寺さんにはお世話になることもありますし、地域の方には親切にするものよ」

 I海さんも圧力のある笑顔で加勢する。

「こんなにかわいい子の頼みを断る、これはもう裏切り行為に近いです。ビッとしてません」

 U月が詩でも読んでいるように爽やかに不穏当で意味不明なことを言う。

「あ、あの、断ったら、お嬢様、かわいそうです……」

 A田に涙声を出されるのが一番心情に訴えかけてくる。

 五人のメイドと令嬢の視線を浴びて、私には選択肢はなかった。

「わかりましたよ。皆で言うことないでしょ。どうやら断れないようですね。……おうちの方には当然ご了解を得ているのですね?」

「それはもちろんです」

 即答だった。

「さすが名家だけあって鷹揚ですね」

 私が言うと、ご令嬢がまた目の端でこちらを睨んだような気がした。何か文句でも言われるのかと思ったが、それより先にFヶ崎が快哉をあげた。

「よかったねー、ゆかりちゃん。ご主人さまがいいってー」

「どうもありがとうございます、お姉さま方」

 その一言に、Fヶ崎が一瞬破顔する。いやその言葉に反応しているのは、彼女だけでなく、他の四人も同様だ。

 先ほどから、『お姉さま』という単語がご令嬢の口から出る度に、メイド五人の顔がかすかに反応するのに気づいていた。この言葉に全員がほだされているらしい。どうやら私が事務室に来る前に、メイドたちは『お姉さま』という言葉と、ローテーブルに置かれた高そうなバタークッキーで既に懐柔されていたようだ。

「御当主様も、ご協力誠にありがとうございます」

 そう言ってご令嬢は私にも微笑んだ。素直にしていればなかなか可愛らしい少女ではある。しかしその微笑みの奥には大人もかなわないような巧緻な輝きがあるのを私は知ってしまった。


 熱心なことに、彼女は月曜から金曜まで毎日通ってきた。誰かが本館から持って来た頑丈なオークの椅子を置いてそこにちょこんと座り、予告通り四十分ほど見学している。見学と言っても、時々思い出したようにメモを取ったりする以外は、ただ部屋の様子をじっと見ているだけだった。彼女は時間に正確で、また行動のパターンを決めた通りに実行するタイプの人間の用で、「見学」の前後に必ず、お手洗いをお借りしてよろしいですか、と管理棟のお手洗いに行き、時間が来れば礼を言って去っていった。

 服装についても、決まった様式を崩さない主義らしく、連日の暑さにも関わらず必ずブラウスに薄手のカーディガンとロングスカートだった。カーディガンは少し大きめなのが独特の愛嬌を醸し出していた。綺麗に手入れされた長い髪はまとめたりせず、いつもおろしていた。

 

 我が家の場合、メイド達が少しでもメイドらしく振舞っているのは、本館や庭での話である。そこでは、見学に訪れた人たちに簡単な説明をしたり、展示物の整理や点検、あるいは掃除をしたりする五人の女性たちを見学することができる。

 一方管理棟の事務室に座っていて見学できるメイド達の行動は、ファイルを整理したり行政に提出する書類をチェックしたりといった、事務仕事ばかりである。おそらくそれはご令嬢が期待しているメイドの働く姿ではないのではないかと思うのだが、彼女は特に何か言う訳でもなく、そんな地味な作業をするメイド達の様子を見ていた。

 

 管理棟という建物もそれなりに歴史はあって外見には見るべきものがあるのだが、その一階にある事務室はあくまでもただの事務室で、事務机が三台、パソコン、書類棚、事務用キャビネットとその上の事務用品、それに応接セットがせいぜいである。一般的な中小企業の事務室と同じような、地味な仕事場と言っていいだろう。

 彼女が椅子を置いた場所は部屋の中央壁際で、事務室内を移動する導線の真ん中に位置している。それにすぐ後ろのキャビネットは上に事務用品や電話や何かが置いてあるため、そこに居座られると大変差しさわりがある。もう少し奥に移動して導線からずれるか、いっそのこと入り口近くの応接セットのソファに座ることにしていただけませんかと丁重にお願いしたのだが、

「ここが皆さんの様子を見るのに最適ですので」

と動こうとしなかった。

 メイド達にとっても邪魔になっているはずなのだが、五人とも彼女の言うことは全てかなえようと言う気構えになっており、彼女がそこがいいと言えばそれに反対する者はいなかった。

 確かに部屋の真ん中なので見通しはいいが、人が奥側と入り口側の両方にいる時には自分の左右両側に注意を払う必要があるので、見学という目的のためにはあまり最適とは思えない。

 だが、彼女は全く意に介さず、ただそこに座っていた。J泉家の末っ子として我々庶民には測り知れない思慮があるのか、それとも単にお嬢様らいい無意味なこだわりなのかはわからなかった。

 

 自分が決めた場所から動こうとしないことの他にも、彼女の行動には奇妙な点が見受けられた。

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