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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが焼き芋を焼く面倒な事件
3/54

メイドが焼き芋を焼く面倒な事件 3

「『雇われご主人様』? それって一体何なんです?」

 痩身の男性が尋ねる。

 午後三時半を回って、焼き芋パーティーの参加者の波はひとまず落ち着いてきたようだった。パーティーと言ってもただ焼き芋を安く提供するだけという催しに、どれくらいの人が来てくれるかは未知数だったが、駅前商店街や住宅街を含む近隣の住人で、顔を見知っているような人達は大半が訪れて、実際に食べる機会はあまりないであろう、『焚火で焼いた焼き芋』を我が家の庭で堪能していった。ピークの時間には広い庭が埋まるほど、とは言わないが、かなり多かった人数も、徐々に減っていった。

 中には見慣れない顔もちらほら混ざり、噂を聞きつけて遠くから足を運んでくれたか、あるいは最近ご近所さんの仲間入りをしたような人達だと思われた。そう言った人たちには当主なのにメイド達に顎で使われるという私の姿は奇妙に映っただろう。

 先ほど私が場を離れた際に、痩身の男性への説明は中途半端な説明で終わってしまったらしい。彼はよほど気になったと見え、私とメイド達の手が空いたころに、また現れた。

メイド達の雑駁な説明に、男性の反応はまったく正常なものだった。

「『雇われご主人様』というのは、ご主人様なのに、誰かに雇われているということですか?」

「ええ、変わってますでしょ」

 I海さんがにこやかに答える。

「お客さんに余計な事言わないでくださいってば」

 私は抵抗するが、他のメイド達も面白がって集まってくるともう手には負えない。

 Fヶ崎が嬉々として説明し出す。

「この人さー、失業して困ってた時に、就職先を世話してやるとか何とかって甘い言葉に誘われて、この屋敷に来たのよ。それが先代の罠でさー、だまし討ちみたいにして、ここのご主人さまにさせられたんだー。おもしろいでしょ」

「Fヶ崎、笑い事じゃないんだよ、ほんと……」

「先代というのが、旦那さまの大伯母様に当たる方なんですけど」と、A田がお茶を男性に手渡す。「突然、当主の座を旦那さまに押し付けて、引退してしまったんです。ご本人の意向も聞かずに」

「あ、お茶ありがとうございます。……それで、その大伯母さんという方は今……?」

「はるかかなたのリゾートビーチで愉快に暮らしているらしいですよ。よく調べたら家の預貯金は全て大伯母様の個人の名義で、館にお金は一円もなかったそうです。今のご主人には、ただ大きくて古いというだけのこのお屋敷を守っていかなければならないという義務だけが取り残されました」

 U月が、淡々と、しかしどこか嬉しそうに説明した。私は、おまけに五人のメイドの面倒も押し付けられました、という説明は付け加えずにおいた。

「我が家の家計は、大伯母様が毎月送りつけてくる寄附に頼っている状況です。寄附と言っても元々は家に伝わる資産なんですけどね。館の維持費、修繕費、税金はもちろん、私やメイド達の給料、生活費もそこから出ています。実質、大伯母様に雇われているのと同じです。だから、雇われご主人様」

 これまでこの説明を受けてきた人たちと同様、男性は半ば呆れるように聞いていた。

 他の商店街の店主連とベンチで世間話をしていたクリーニング屋の主人と薬局の主人と蕎麦屋の主人が、いつの間にかまた話に入ってきた。クリーニング屋の主人がまたおかしそうに笑う。

「こちらのお屋敷、おもしろいでしょ。メイドさん達はご覧の通りなかなか個性的な人たちでね、いろいろ騒動を起こして私たち近所に住む者を楽しませてくれるんですよ。私なんかも、何か起こらないかとしょっちゅうこちらに寄らせていただいているくらいです」

「去年でしたかね、こちらのご主人がこの館を引き継がれたのは。先代の奥さんが突然引退された時には驚きましたが、新しいご主人もメイドの皆さんも良い方々です」

と薬局の主人。

「ご主人もメイドさんたちも、もはや町内には必要な存在ですよ。いろいろ騒動を起こしてくれますが、それがなかなか楽しい」

と蕎麦屋の主人。

「三人とも、余計な事を言わないでくださいよ。騒動を起こしているなんて大伯母に知られたら、我々は路頭に迷うことになるかもしれないんですよ」

 私が苦言を呈すると、Fヶ崎がじろっと私を睨む。

「まったく、ご主人さまが大伯母さまに頭が上がらないせいで、あたしたちまでこんなに慎ましい生活をしなきゃらならいんだよ。もうちょっとなんとかできないもんかね」

「資金源を押さえられてちゃどうしようもないだろ」

 そんなやり取りを聞いて、痩身の男性は、Fヶ崎の私に対する口調に戸惑う様子をありありと見せるが、周りが何も言わないので何も言わないことにしたようだ。彼は私に尋ねる。

「そんなにお困りなのでしたら、何か商売でもはじめたらどうです? これだけの資産があるんだから、何とかなるんじゃないですか?」

 ままある提案だが、採用できない理由があった。


 そこへ小学生くらいの男の子が走ってきて、我々の間に割って入ると、痩身の男性の袖を引っ張る。

「お父さん、友達と公園行っていい?」

 スポーティーなジャンパーに、小ぎれいなジーンズをはいた溌溂とした男の子だ。

「同じクラスの友達も来ててさ、お芋を食べ終わったから、一緒に遊ぼうってことになったんだ。お母さんも来てくれるって言うからさ、行っていいでしょ、ねえ、お父さん」

「ああ、いいとも」

 お父さんと呼ばれ、痩身の男性が頷く。

「ありがと! 行ってくる!」

 男の子は、焼き芋と平らげた後のごみをゴミ袋に捨て、門の方へ走っていった。そのすぐそばで見守っていた女性が、こちらに会釈をして彼を追う。明るいブラウンのウールのコートをすっきりと着こなしていて、同系色のブーツもよく手入れされている、おとなしい雰囲気の女性だった。

「息子と妻です」

 痩身の男性が我々に説明する。

「元気でいいですね。小学生ですか?」

「ええ、五年生です。実は先月、一家で引っ越してきたのですが、子供はすごいですね。もうクラスメイトと仲良くなったらしくて、しょっちゅう遊びまわっているんですよ」

「こちら、珈琲屋さんなんですよ」クリーニング屋さんが言った。「駅前に新しくできたお店、わかるでしょ、ご主人」

「ああ、確かに最近コーヒー屋さんがオープンしましたね、あそこでしたか」

私は、クリーニング屋の二つ隣のテナントを思い出していた。

「H岡と申します。先週ようやく店のオープンまでこぎつけました。また今度是非いらしてください」

 何度か店の前を通ったが、木材と緑を取り入れてリフォームされた店構えは、古くから駅前商店街に軒を連ねる他の店より二段階ほどおしゃれで、温かみもあり、清潔感も感じさせた。男性は痩身だが骨太のようで、しっかりしたあごや凛々しい眉は意志の強さを思わせ、こだわりの珈琲店のマスターと聞くといかにもそのように見えてくるのだった。

「それはどうも開店おめでとうございます」

 私は笑って見せたが、H岡氏は軽く会釈をしただけだった。彼は緊張しているように見えたが、その時はただ、引っ越してきたばかりで周りに馴染んでいないからだろう、などと考えてあまり気にしなかった。

「ところで何の話でしたっけ」

「商売でも始めたら、経営にも余裕ができるのでなないですかという話です」

「そうそう、それでしたね。それがですね、我々が何か商売をするのを大伯母が許さないんです。風変りなくせに変なところで保守的な人で、『我が家系はこれまでの歴史を守って、未来につなげなければならない。我々の代で、素晴らしい伝統を変えてはならない』と、とにかくそればかり言っているんですよ。彼女によると、我が家がやっていいのは本館の無料開放だけ。なぜならこれまでずっとそうだったから。とにかく、これまでの伝統を守って、何も変えちゃいけない。反するようなことがあったら、大伯母の逆鱗に触れ、寄附金はストップし、私は路頭に迷うんです」

「自分は引退したのに?」

「人間、安全な位置から権力を振るうことほど楽しいことはないですね」

「なるほど……」

「だから私としては今日の焼き芋パーティーも本当は乗り気じゃなかったんです。もし大伯母が聞きつけたら恐怖ですよ。一応、参加費は儲けのためじゃくて、芋の頒布価格ということになっています。でも彼女がどう判断するかはわかりません。もし彼女が、我々がが禁忌を破ったと解釈したら、大変なことになるんです。だから、もし大伯母に会ってもこのことはどうぞご内密に」

 最後の一言は笑いながら言った。

「ところでH岡さん、芋を召し上がりましたか」

 I海さんが尋ねる。

「いや、妻と息子がいただいたので、私は……」

「人数分の参加費をいただいているはずですよ。一個は召し上がってください」

 私が勧めるのに合わせて、I海さんが芋を一つ差し出した。

「こちらどうぞ。ちょうど焼けたところです。あつあつですよ。ご遠慮なく」

「いや、そんな……では、お言葉に甘えてごちそうになります」

 H岡氏は、断るそぶりを見せていたが、I海さんに差し出されてはそれも無粋と思ったのだろう、素直に受け取った。

「で、旦那様はこっち」

I海さんは私にも、アルミホイルの塊を渡した。ほかほかの熱が両手に伝わってくる。

「僕もですか?」

「ええ、旦那様もまだ召し上がってないでしょ? ちょっとお味見してくださいな。これ、スタッフの味見用なので」

「仕事中なんですけど……ま、そういえば味見くらいはしなければなりませんね」

 私がアルミホイルを剥き始めると、I海さんはいたずらっぽく微笑んだ。

 半分ほどアルミホイルを取り除き、新聞紙を剥がして芋を露出させると、I海さんが「ちょっと割ってみてください」と促す。

 言葉のままに芋の先を割ってみると、中はよくある黄色でなく鮮やかな紫だった。

 傍から見ている限り、来客が食べている芋は黄金色で、目の前でH岡氏が受け取って遠慮がちに食べている芋もその色だった。私に渡された芋だけが紫、それも鮮やかな色だった。

 今でこそサツマイモと言ってもかなりの種類があるが、当時は、食用のサツマイモの品種と言うのはそれほど多くは出回っていなかったのだった。

「ふふふ、紫芋なんです。びっくりしました? これ、アヤムラサキって言う今年売り出し中の品種なんですって。知ってました?」

「いえ、紫色の芋は見たことある気がしますけど、こんな鮮やかな色は初めて見ました。着色してる訳じゃないんですよね?」

「サービスで、お芋屋さんがいくつかくださったんです。たくさんはないので、身内の味見用にいくつか焼いてみました」

 私は彼女の説明を聞きながら、欠片を口に入れた。

「うーん、あまり甘くないかな? 普通の芋の方がおいしい気がします」

「あら、やっぱりそうですか。お芋屋さんが、そんなことをおっしゃっていました。甘さより、見た目用だよって。製菓とかにいいのかもしれませんね」

「なるほど」

などとI海さんとのやり取りに、突然割って入ったのがH岡氏だった。

「それ……」

 うめき声ともつかない言葉に驚き彼の顔を見る。眉を寄せ、目を見開いている。先ほどまで話していた時の真面目な顔とはうって変わって、鬼気迫る表情だった。口を動かしているが、うまく言葉が出てこないようだ。驚愕してるようでもあり、怒りに震えているようでもあり、苦悩しているようでもある。

「あの……それ……」

 みるみる、顔が青くなっていく。

 突然のことで、私もI海さんも、商店街のご主人も、動きが取れなくなる。

「それ……その……その芋、ください」

「えっ」

 私は、芋を要求する彼の言葉と、その表情がうまくつながらず、思わず聞き返す。

「その芋、ください、いや、これと交換してください」

とかすれた声で低く唸りながら、彼は自分が持っていた普通の芋を私の胸に押し付け、アヤムラサキなる紫色の芋を私の手から奪い取る。あまりにも意外な出来事に、私はなすすべなく芋を手放してしまう。かろうじて出た言葉は

「はあ……あの、甘くありませんよ。おいしくありません」

というなんとも間抜けなものだった。

 しかしH岡氏には全く届かないようで、

「いや、これ……これをください……これを……」

と繰り返す。私から奪った芋を隠すように胸に抱き、ふらふらと門の方へ歩いていく。

 私もI海さんも、ただそれを見送ることしかできなかった。

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