メイドが見学される面倒な事件 1
私がメイド達と暮らしていた頃は面倒な出来事が次々に起こったので、この回顧録の題材には事欠かない。だがそれらの中には様々な事情で当時真相を秘密にせざるを得なかったものもあり、文章にまとめたら面白そうでも、すぐには公表できないような事件もある。
これから述べる事件も、これまで真相は私と当人の二人だけの秘密であったのだが、最近やっと公開できることになったので、今回晴れて回顧録に加えることとなった。
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電話の内容は特筆すべきものではなかった。季節ごとに剪定をお願いしている庭師からの確認の電話で、予定通り明後日で良いかとの問いに、はい、予定通りお願いします、と答えて話は終わった。ものの一分で、取り上げた受話器を置いた。
しかしその間、電話機の前を避けて不自然に体を曲げ、横から回り込むような姿勢で電話をしていたために、日ごろの運動不足もあいまって、私の腹筋は悲鳴を上げた。
電話機の前に置かれた大きな椅子に座って私の妨げになっていた人物は、泰然とした笑みを浮かべていた。
「あの、お嬢様、できれば少々場所を移動していただけませんかね」
私が申し出ると、近所に住む資産家の末娘は、小学五年生とは思えないような大人びた流し目で私を一瞥し
「いえ、せっかくですが、ここが見学に一番よいので」
と涼し気に答える。
「でもですね」私は言葉を慎重に選ぶ。「そこですと、キャビネットの真ん前ですから、今みたいに電話を取るのにだって苦労しますし、下の棚からファイルだの何だのを取るのにもとても困るんですよ。何より部屋の導線上になりますので、もうちょっと端に寄るか、むしろあちらのソファに座るかしていただけるとお互い具合が良いかと思うのですが」
だがご令嬢は鷹揚に微笑んだまま、諭すような声を出す。
「お察ししますが、この位置が皆さんを見学するのにとてもよいので、ここで見学させてください」
しかし、と私が言いかけると、五人のメイドが割って入る。
「本人がそこがいいって言ってるんだからいーじゃん!」
Fヶ崎というメイドが真っ先に言い放つ。
「やり方がおありでしょうから、尊重いたしましょう。お嬢様ご自身の宿題ですから」
K条というメイドが冷静に述べる。
「せっかくいらしてくださっているのですから、迎える側の我々が気を使ってあげないといけませんね」
おおらかな口調はI海さんというメイドだ。
「まだ小学生なんですから、邪魔なくらいがちょうどいいですよ」
U月というメイドは、いつもながら意味がわかるようなわからないような発言で、反応に困る。
「えっと……旦那さまも、お嬢様と仲良くしてください」
最後にA田というメイドが、控え目だが確固とした眼差しで私を見つめると、私は何も言えなくなる。
「ありがとうございます、お姉さま方」とご令嬢が微笑む。すると、五人の眉や口角がぴくっと反応する。そしてごまかしたように何か言いながら、慌ててそれぞれの仕事に戻る。
五人の視線が自分から外れたのを確認し、ご令嬢は私の方に向き直る。その顔はメイド達からは見えず、私だけに見える角度だ。途端に、それまで張り付いたような微笑みを見せていた彼女の口の端がにやりと上がり、目つきも鋭くなる。それまでの楚々としたご令嬢の表情とは打って変わって、意地の悪い猫のようなたくらみ顔、彼女が私にだけ見せるもう一つの顔だ。
私はその表情に特に言及せず、目立たないようにため息を落とす。
「そりゃまあそこまでおっしゃるなら座る場所くらいご自由にしていただいて結構ですがね」私は軽くため息をついた。「しかしそもそも、このメイド達を見学する意味なんてあるんですかね?」
私が形式上の当主として雇用している五人のメイドは、どこに出しても恥ずかしい勤務態度だった。F田は着崩したメイド服の前ボタンをいつも以上に広げてエアコンの前でアイスを食べている。U月はソファでなにやら仕事と関係なさそうな業界紙を三種類も広げて熱心に見比べている。I海さんは裁縫セットを持ち出して取れかけたボタンをつけなおしており一見メイドらしいと言えなくもないが、それは私服のボタンであって、つまり私用である。A田はK条に言われて何かの書類を日付順に並べなおしているようだが、I海さんとの雑談に気をとられており、先ほどから全く進んでいない。
唯一K条だけは伝票をパソコンの表計算ソフトに入力するという業務をしているのでそういう意味ではまともだが、それは一般的にメイドと言ってイメージされる仕事とは程遠く、ご令嬢の望む「メイドさんのお仕事の見学」には相応しいとは言えないだろう。
ご令嬢が「三週間メイドの見学をしたい」と突然我が家を訪ね、実際に見学をし始めた時には、普段しないようなメイドらしい仕事に勤しんでいた五人だったが、すぐにそれに飽きたのか、いつも通りの勤務態度になった。夏はそれでなくともエアコンの利いた事務室に入り浸って暇をつぶしていることが多かったので、時期も悪かった。
だが、そんな光景を見てご令嬢は
「いえ、大変勉強になります」
と宣う。
仕事もせず、暇に任せてただダラダラと過ごしているメイド達を「見学」して、なんの勉強になっているのか理解できず、釈然としない思いで肩を落とす私に対し、ご令嬢はまた私だけに見える角度でにんまりとした狡猾な笑みを見せるのだった。




