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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが鉢植えを愛でる面倒な事件
27/54

メイドが鉢植えを愛でる面倒な事件1

 メイド達と暮らしていたあの頃、人にはそれぞれこだわりというものがあるものだなと思うような出来事がよくあった。

 U月というメイドが鉢植えの置き場所にこだわった時の話を思い出したので、今回はそれを書いてみようと思う。


 私が当主として五人のメイドと暮らした屋敷は、駅前商店街を抜けて少し入った辺りに建っていた。賑やかな駅前と、静かな住宅街と、明るい公園や学校のある地区とが接する場所だった。近隣の住人たちは、多少変わった人たちもいたが、朗らかで良い人達ばかりだった。

 中学校や高校が近くにあるので、朝晩塀の脇の道を通る生徒たちの若さにまかせた大きな笑い声が聞こえることもある。元気なのは構わないのだが、まだ寝ぼけながら庭掃除をしている時に突然聞こえると驚いてしまう。U月というメイドは、そんな場合でもあまり動じることなく黙々と掃除を続けている。私は大げさに驚いてしまったのが恥ずかしくて、ごまかすために彼女に照れ笑いをしたりするのだが、反応がないので一層バツが悪い。

 彼女はそんなふうにいつも泰然としているうえに、独自の感性を持っていた。熱心に雑誌を読んでいるので覗いてみると、なぜか工場管理に関する雑誌だったりする。そんな分野に興味があるのかと尋ねると、

「ないですけど、機械って眺めているだけで楽しいじゃないですか。機械とか文房具とか地図とかって、ビッとしてます」

と、わかるようなわからないようなことを言う。人工物全般が好きなのかなと思っていたのだが、『梅の老人』に寒桜の鉢上をいただいた時に一番喜んだのもU月だった。


「すごーい」

「立派ですねぇ」

 メイド達から感嘆の声が上がり、梅の老人の頬が緩む。

「その年毎の気候で少しずれますが、だいたい一月から二月にかけて見頃だそうですよ」

 大きな鉢に植えられた立派な寒桜だった。まだ花の時期ではなかったが、力強い幹からいくつもの枝が豊かに伸びる様は素人目にも雄々しくかつ艶やかで、満開時の美しさを自然と想像させた。

 U月を見ると、よほど気に入ったのか目を輝かせて見入っていた。屋敷は多くの種類の庭木が並び季節ごとに花や紅葉で我々の目を楽しませてくれるうえ、小さな花壇やいくつか鉢植えもあるのだが、そう言えばそういった植物の面倒を一番見ているのはU月だった。

「でもよろしいんですか、こんなに立派な鉢植えをいただいてしまって」

「ええ、私の学生時代からの友人が大の園芸好きで、彼の鉢植えや盆栽のコレクションは、長い年月をかけて育てた力作ばかりなんですよ。そのご家族から無理やりたくさんいただいてしまってとても拙宅の庭に置ききれないので、ご迷惑でなければこちらで引き取っていただけないかと」

 『梅の老人』は、そんなあだ名で呼ばれるほど立派な梅の木を庭に抱えていることからもわかるように、自身も緑が好きで、その庭には既に多くの鉢が並んでいた。

 A田というメイドが無邪気な顔で

「えっ、でもそのお友達、どうしてそんなコレクションを突然手放すことにしたん……」

と言い終わらないうちに

「はなちゃん」

「A田」

とI海さんと私が同時に制し、私が続けて

「では、せっかくですのでお預かりしましょう。本館入り口の脇に置けば、来館者の皆さんにも楽しんでいただけるでしょう」

と微笑んで見せると、梅の老人も穏やかに笑って礼を言った。


 すぐに台を出して、寒桜を乗せた。見学無料の我が館だが、日々の来館者は多くなかった。五人のメイドと私の他は、常連さんたちせいぜい数名が、いつ咲くか、きっと見事な花を咲かせるだろうと楽しみにしていた。

 松の内を過ぎると淡いピンクのつぼみが目立ち始め、大寒の頃には一斉に開花した。大小の枝から、まるで競うように花びらが開いた。春の霞のような桜並木ももちろんよいが、こうして小さな花一つ一つを間近で見ることのできる良さが鉢植えにはあるのだと初めて知った。館の青いスレート葺きにも良く映え、普段小さなストーブに群がっているメイド達も表に出て、寒さも忘れて堪能していた。


 ところが、駅前までお使いに出ていたU月が帰宅し満開の寒桜を見るなり呟く。

「これ、違いますね」

「は?」

 言葉の意味がわからず彼女を振り返る。メイド服の上からコートを着込み、腕組みをして立っている。真剣な眼差しが鉢植えを見つめているが、マフラーに顔をうずめており、その表情はいまいちつかみきれない。

「この鉢植えはここじゃない。全然ビッとしてない」

「なんだ突然?」

「庭の東側の端に持っていきましょう。あそこの方がいいです。それに棚は別のがいいです。温室に、使ってない背の高い棚がありましたから出していただけますか」

「ちょっと待って。せっかくここに置いたんじゃないか。人も通るしここでいいじゃない。あんな庭の端じゃ、来館者の目に留まらなくなっちゃうよ」

 冷たい風が館の庭を駆け抜け、桜の枝を震わせる。花が揺れる。U月の紺のスカートとマフラー、そして艶のある髪がなびく。

 風が止むと、はらりと顔にかかった髪をかき分けもせず、U月は

「それでいいんです」

と確信に満ちた目で言った。

 意図のわからない彼女のこだわりに私が戸惑っていると、彼女はたまたまその場にいた『鳥好きのカメラマンさん』というあだ名の常連を捕まえて、宣言した通り庭の東の端、塀の前に棚を設置し始めた。お客さんだけにやらせるわけにいかず、仕方なく私も腰を上げた。

 

 倉庫から台車を引っ張り出し、『鳥好きのカメラマンさん』や同じく居合わせたクリーニング屋さんに手伝ってもらって寒桜の鉢を移す。一度設置した大きな鉢植えを理由もわからないままに移動させられるのは面倒この上ない作業だったが、なんとか無事完了させた。

 U月が指定したのは何故か背の高い棚で、鉢の置かれた位置は目線よりも上になった。見上げる形になって気づいたのだが、咲いた花は下向きについており、花を鑑賞するという点においては確かに高い位置に置くのも悪くない。だが、庭の隅に置いた理由は全く分からない。それに加えU月は、鉢の向きにもこだわりを発揮して、もっとこっちへ回してください、もうちょっと、少し行き過ぎ、と置く向きを私に調節させた。

「ここはちょうど庭木が途切れているので、空が見えてピンクが映えるじゃないですか。それに、向きもこれでいいんです。ちょうどいい角度というのがあるんです」

「だけどこの置き方だとおかしくないか? 枝が反対側に向かって伸びているし、それに花の付き方もこっち側の方が少ないよ。これじゃ、庭に後ろを向けているみたいだ」

「いいんです。この方がビッとしてます。グッときます」

 U月は満足そうに言い放ち、満足そうな顔で枝ぶりをみあげていた。

 彼女のこだわりの理由はさっぱりわからなかったが、二、三日経った頃、ようやく私にもわかった。

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