メイドがダックスフントを集める面倒な事件 8(解決編)
8
I海さんと玄関ホールで一緒にいる時にA田が通りかかったので呼び止めた。
「何でしょうか」
大した話じゃないんだけど、と前置きして「外から見える所には身に着けてないね。ハンカチとか、そうでなければ……そうだな、ペンか何かかな?」
「え? な、なにがでしょう」
A田は動揺を見せ、I海さんも不思議そうに私を見ている。
「黄緑だよ。黄緑の物を何か身に着けてるんだろう。今日は買い物に行かなかったところを見ると、もともと持っていた物だろうね」
「どっどうしてわかったんですか?」
A田はぎょっとして後ずさった。
「反対、だからさ」
私はそう応じたが、I海さんは「はんたい?」とまだわからないようだった。
「う……ばれてましたか……。確かに黄緑の物、身に着けています。でも今日は、ちょっと旦那様には言えない物なので……」
A田は俯きながらI海さんに小さく手招きする。二人で小さな玄関ホールの隅に行って背中を向け、なにやら内緒話をしながらごそごそしていたかと思うと、私の方に向き直る。
I海さんが真顔で
「見せてもらったけど、確かに黄緑だったわ。何がかは言えないけど」
と告げる。
A田は目を閉じてやや顔を赤らめている。
「でもどうしてわかったの? はんたいってなあに?」
「それにはまず、A田に説明してもらいましょう。何か具体的に狙いがあるの? それともぼんやりした話?」私はA田に優しく問いかける。「トースターを当てたのを後悔してるんだろ?」
A田はバツが悪そうにこくりと頷く。
「実は…………がりの……が……」
俯いたまま小声でぼそぼそと話すのでほとんど聞こえない。
「何だって?」
「なあに? どうしたの?」
「…ごがりの……しょうが……」
「聞こえないって」
「もう、どうしたのよ、はなちゃん」
A田はすっと息を吸う。
「スーパーでイチゴ狩りの懸賞があって、それに応募したいんですっ!」
「イチゴ狩り……」
「イチゴ狩り……」
私とI海さんの声が重なる。
「はい……」
一層顔を赤らめて俯いてしまうところを見ると、イチゴ狩りの懸賞に当選したいという告白は彼女にとって恥ずかしいことなのだろう。そのためにいろいろな策を弄したと言うことも含めて。
「ははぁ、それか……当選者はイチゴ狩りにご招待、というわけだね。そのために、穴埋めというか、回復というか……バランスを取りたかったんだな」
A田は私の言葉に再び小さく頷く。
「ちょっとまって、イチゴ狩りに応募したいのはわかったけど、何の話? バランスって何のバランス? 黄緑が反対ってなあに?」
「補色ですよ」
話したくないであろうA田の代わりに答える。
「ほしょく……あっ」
怪訝そうなI海さんの顔が驚いた表情に変わる。
「そうです。今朝の占いで、A田のラッキーカラーはピンクだったでしょう。黄緑は、ピンクの補色なんですよ。色相って言うんですかね。色を環になるように並べて、真反対に来る色」
「ええ、それはわかるわ。でもラッキーカラーの反対の色をわざわざ選ぶなんて……」
「A田は最近、スーパーの福引でトースターを当てましたね。高価なものだそうで、かなり運がいいということになります。でも、残念ながらうちには必要なかった」
「そうね……トースターはもうあるから、使い道がなかったわ」
「A田はこう考えたんじゃないですかね。『せっかくの幸運を無駄遣いしてしまった』」
A田はますます小さくなっている。図星のようだ。
「スーパーで、イチゴ狩りの懸賞があって、それに応募したい。しかし、今月は要りもしないトースターが当選してしまった。運を使い果たしてしまった。こんなにいいことがあったのに、また続けて何かの懸賞に当たるとはとても思えない」
A田は黙ったままだ。
I海さんは微妙な笑いを浮かべる。「そうね……続けて当たることもあるかもしれないけど、でも運を使ってしまうっていう考え方も確かにわかるわね」
「ええ、運というのがそんな風に、バランスを取りながら増減するものかどうかはよくわかりません。予算やお小遣いなら、減った分は節約するとか、具体的な対策ができますけどね。運は目に見えないので……。でも少なくともA田はそう考えたのでしょう。そこで、イチゴ狩りの懸賞に当たるようにするにはどうすればいいか考えた。それには、これ以上続けて幸運なことは起きずに、むしろ一度起こった幸運を無しにするほど、悪いことが起こればいい。そうすれば、次にはまた幸運が舞い込むかもしれない。さあ、悪いことが起きてほしい時、I海さんならどうします?」
「なるほど……。だからテレビの占いを見て、ラッキーカラーの反対の色を身につけていたのね」とI海さんは納得した。「白がラッキーなら黒を身に着ける、黄色と言われたら紫、ピンクの時は黄緑、ね」
「ラッキーカラーじゃなくてラッキーアイテムを言う時もあるらしいですね。きっと天使だったんでしょう。あの、悪魔柄のアクセサリーをつけていた日はね。天使柄はともかく、悪魔柄の物なんか持ってなかっただろうから、昼に抜け出しに買い物に行ったというわけですよ」
「それで、最近買い物に行くことが多かったのね。紫とか、はなちゃん、持ってなさそうだものね。ラッキーカラーの逆の色のものをわざわざ買いに行ってまで、悪いことを起こそうしていたのね」
「トースターの貰い手が現れた時に狼狽したのも、それが理由です。トースターが当選したのが、後からやっぱり幸運だったってことになって、余計に焦ったんだ。そうだろ」
「はい……」A田は聞き取るのも苦労するような消え入りそうな声で答える。
「で、幸運を帳消しにするためにあの大きなダックスフントのぬいぐるみを買ってきた」
「そこがわからないのよね」I海さんがA田と私の顔を交互に見る。「ラッキーカラーの反対はアンラッキーっていう考え方はわかったけど、ダックスフントは関係ないじゃない。それにラッキーカラーみたいに1日単位の話じゃなくて何日もかけて増えて言ったし」
「あれは、特別です。元々彼女が集めていたものの反対です」
「集めていたものの反対?」
「A田、言ってもいいよね」
A田が諦めたようにこくんと首肯する。
「あれは、招き猫の反対なんですよ。A田はキーホルダーやミニチュアやぬいぐるみを集めていますが、中でも招き猫モチーフのものをたくさん持っています。招き猫はA田にとって幸運を招くものですから、今回のように幸運が不要になった時は邪魔になってしまうわけですが、かといってまさか一時の都合のために大切な招き猫を全部捨てるわけにはいかない。そこで、ラッキーカラーの反対の色のものを身に着けるように、招き猫の反対のものを一時的に集めようと考えたんです」
「招き猫の『反対』がダックスフントなの?」
「ダックスフントってもともと、狩りの時に人間の手伝いで、獲物を穴から追い出すという役割がある犬なんです。招き猫が福を『招く猫』、その反対で『追い出す犬』という風に見立てたんでしょう」
「へえ……」I海さんがよほど感心したのか、何度も頷く。「それで、ダックスフントを集めて、福を追い出そうとしていたのね」
A田はゆっくり話し出す。
「はい……。悪いことを起こす……アンラッキーになる方法ってわからなくて、一生懸命考えました……。で、いろいろ犬のこととか調べて思いついたんですけど、我ながらちょっと恥ずかしくて……それにそれを説明したらイチゴ狩りのことも話さなきゃならないし、それはそれで、私ももう大人なのに、恥ずかしいし……」
「別にイチゴ狩りに行きたいというのが恥ずかしいだなんて、誰も考えないと思うけどね。それに招き猫の反対がダックスフントだというのは、面白い見立てだと思うよ。でも、それで実際に悪いことが起きて、懸賞に応募する段になったら、今度はダックスフントが不要というか邪魔になるよね。そしたらどうするつもりだったの?」
「それは、また招き猫のグッズを買い足せばいいと思って……」
「そんなものかねえ」
そこまでくると本人の気持ち次第だろう。もっとも最初から気持ち次第の話ではあるが。
「で、それだけいろいろアンラッキーなことを重ねて、悪いこと、起きたかい?」
「ちょっと起きました……」
私とI海さんが身を乗り出す。
「起こったの?」
「どんな悪いこと?」
「今……」A田が再び俯いて、声を絞り出す。「今、とっても恥ずかしいです」




