メイドがダックスフントを集める面倒な事件 7
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「ちょっと皆さんにお伝え事項があります」
K条のこの出だしで、楽しい話だったためしがない。事務室に集められた我々は、応接セットのソファや事務椅子でそれぞれ居住まいを正した。
「先月の赤字額が、記録を更新しました」
四人のメイドと私は顔を見合わせる。皆、うすうす気づいてはいたがという表情だ。K条はというと、眉の角度から、機嫌が控え目に言って良い状態ではないということがありありとわかる。
「いいですか、いつも言っていますが、うちはびん……コンパクトな予算で切り盛りしているので、もうすこし経済観念を身に着けていただかないと困ります」
「はい……」
彼女の苦言は全くの正論で、私としても何も反論できない。
「割と節約してるつもりだけどなー」
ソファに座ったFヶ崎が頭を掻く。
「基本的に、予算計上されていないイベントを突然開催すると、丸々赤字になると覚えておいてください」
「あー、先月の炊き出しかー。でもさー、豚汁みんなで食べておいしかったじゃん。近所の人も喜んでくれたし」
Fヶ崎はあっけらかんと答える。
「確かに野菜たっぷりでおいしかったですし、鍋ごとに味噌の種類を変えるアイデアも良かったですけど、そういう問題ではありません。予算の話をしてるんです。野菜も味噌も予定になかった出費なんです。しかも買いすぎなんです」
「はーい」
「他にも、園芸用の棚は本当に新調する必要があったのか、肥料はこんなに種類が必要なのか非常に疑問です」
K条が伝票をひらひらさせるとU月が肩をすくめる。
「せっかく清掃業者さんに入っていただいたのにその後不注意ですぐ壁を汚してしまい、もう一度来ていただいたこともありました」
K条が別の伝票をひらひらさせ、今度はA田がしゅんとする。
「そういうところも含めて、皆さん自分の仕事ぶりも見直していただく必要があります。そもそも予算というのは……」
「あの、まあ、みんな反省していることだしそれくらいで……」
K条の口調が徐々に早く熱っぽくなり、他に人間の目に覇気がなくなってきたのを見て、私は口を挟む。
「ご主人さまはですね」K条は緩いが熱そうなため息を吐く。「二月にもなって、新年会と称して館の交際費で呑みに行くのをやめてください」
「だってあれは立春のお酒が入るからって酒屋のおやじさんが無理に……」
「行くならご自分のお小遣いでどうぞ」
脇からくすくすと笑い声が聞こえる。一瞥するとFヶ崎とU月が口を押えている。
「だって年末年始で呑み会が多くて財布が……それに近所付き合いも当主の仕事だって、みんなが僕に押しつけたんじゃないか」
「だからって全部行けとは言っていません。交際費の予算は決まってるんですから、その限度内で取捨選択してください。他の予算に影響が出ることくらいおわかりでしょう。聞けば、再来週も呑み会に誘われてるそうじゃないですか」
「あの、蕎麦屋さん達が、『忘年度会』やるから来いって……」
「ですからそういうのはご自分のお小遣いで行ってください」
「だったら小遣い上げてほしい……」
「だからその予算が無いって話をしてるんです!」
今度は反対側から声が聞こえる。見るとA田とI海さんが俯いて肩を震わせている。
「そもそもご主人様が面倒を避けて大伯母さまに何も言わないからこうなってるんですよ。かといって節約の具体案を出すわけでもなし」
我が家は実質的に大伯母からの寄附だけで運営しているので、それを言われると私は反論できない。
私が身を小さくしていると、徐々にくすくす笑いが大きくなってくる。Fヶ崎に至っては私にだけ聞こえるように「ご主人さますっごい怒られてるー」と囃す。気が散って仕方がないので小声で「もう、笑うのやめてよ」と窘めると、
「人が説教してる時によそ見しないでください!」とK条の雷が落ちる。
「はい……」
くすくす笑いがさらに増す。
節約の話をしていたのにいつの間にか私に対する個人的な説教になったのはなぜなのかよくわからないが、とにかく頭を下げているしかなさそうだ。
K条はひとしきり当主たる私の運営手腕に関する疑問点を挙げた後、皆に予算の基本的な考え方を講釈し、ようやくまとめに入った。
「とにかくそういうわけで、月ごとの予算というのは限りがあるんですから、月末までその予算でやりくりできるように考えて使ってください。使いすぎたらその月は少し節約するとか、そういうのが経済観念なのです」
はーいと他のメイド達が声を揃える。
私はK条の言葉に、別のことを重ねていた。
限りがあるものは、使いすぎたら節約する必要がある。確かにそうだ。
「あっ、あれ? 今朝はお早いんですね」
起きてきたA田に意外な顔をされる。どうやら私は寝坊のイメージが強いらしい。
「いつも朝食の支度は任せっぱなしだからね。たまには手伝おうと思って」
I海さんに目配せして、K条と一緒に配膳をする。A田はちらちらとテレビの占いを見ながら手伝う。私はそんなA田とテレビをちらちら見ながら、箸を並べる。
始めて見たが、確かに人気のありそうな占いコーナーだ。そしてA田のラッキーカラーはピンクだった。
いつの間にか席に座っていたU月や、いただきますをするぎりぎりに起きてきたFヶ崎も加わり、揃って手を合わせた。
一人だけパジャマだったA田は、食べ終わった後自室に着替えに戻った。
A田はかなり手の込んだことをしているんだなというのが、私の印象だった。




