メイドがダックスフントを集める面倒な事件 5
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「ねー、トースター欲しいって人いたよー」
Fヶ崎が事務室の扉を開けるなり叫ぶ。
他のメイドたち、つまりA田、I海さん、K条、U月は事務室に揃っており、応接セットでお茶を飲んでいた
私は一番奥の机で仕事らしきことをしていたが、面倒な文章の推敲が煮詰まっていてちょうど気分転換をしたいところだった。
私は書類の束から顔を上げ、Fヶ崎に、へえ、誰だいと応じた。
「『鳥好きのカメラマン』さんだよ。ちょうど使ってたのが壊れたんで、欲しいって。」
彼女の後から、四角い顔の小柄な中年男性が顔をのぞかせた。『鳥好きのカメラマン』さんだ。常連の一人で、実は会社員なのだが、いつも庭に遊びに来ては鳥の写真ばかり取っているのでそんなあだ名で呼ばれている。
「すいません、いいんですかね、いただいちゃって」
「いーよね、箱のままリビングに置いてあるし。誰かもらってくれる人捜してたんでしょー?」
Fヶ崎がA田に問うと、
「もちろんいいですよ。 ぜひ使ってください。今持ってきますね」
と腰を上げかけた。
「あ、いーよ。場所はわかってるから、あたしが持ってくるー」と返事も聞かずにFヶ崎は二階のリビングに向かった。
とんとん、と軽快に階段を上がる足音を背にカメラマンさんは人の好さそうな笑顔を見せる。
「いやあ、お庭でFヶ崎さんと話していたら、トースターの話になりまして、なんとちょうど余ってるって言う話じゃありませんか」
「え、ええ。スーパーの福引で当たっちゃったんですけど、その、うちは使い慣れたのがあるので、使い道がなかったんです。もらっていただけると、あの、嬉しいです」
あまり流暢でないのはA田にとってはいつものことだ。彼女の場合、例えしょっちゅう遊びに来ている常連さん相手でも、まじまじと顔を見られながら話されると緊張の面持ちになる。
「で、大したお礼はできないけど、A田さんの私物だというので、家にこんなものが余ってるのを思い出して急いで持ってきました」
カメラマンさんがバッグから出したのは、ペンギンの小さなマスコットだった。5センチにも満たない。よく見ると、コウテイペンギンの雛をかたどった小さなフィギュアだ。
「これがお礼になればいいなと思いまして」
差し出した掌にそのペンギンの雛を受け取ったA田の顔が、あからさまにふわっと明るくなる。
「あっ、これ、『雛』ですね」
私はA田に勧められてこのペンギンを集め始めたからわかるのだが、これはいわゆるレアものだ。このペンギンのマスコットは、コンビニやスーパーで、あるブランドのお茶を買うとついてくる、販促品と言うやつだ。マスコットは数種類あって、コウテイ、アデリー、イワトビ、マゼランなどそれぞれの種類を模しているのだが、購入した時にどの種類が入っているかはわからない仕組みになっている。だからこそ集め甲斐があるのだが、中にはシークレットといって出会う確率が非常に低いものがある。カメラマンさんが差し出したコウテイペンギンの『雛』はまさにそのシークレットだった。
彼女はこのペンギンのミニチュアシリーズを集めていて、山ほど持っているが、このシークレットだけが手に入れられずにいた。
「いっ、いただいていいんですか?」
「ええ、たまたま買ったらついていまして、私は特に集めていませんので」
U月が横から覗いて
「そんなにいいものなの?」
と尋ねるので、A田が簡単に説明すると、U月は
「へー、じゃあ、トースターが当選したのは結果的にラッキーだったってことだね」
と小さく拍手した。
その瞬間、A田の動きが止まる。掌に灰色の羽毛の雛を乗せたまま、固まってしまった。固まっただけではない。その顔から笑顔が消え、だんだん青ざめてゆく。
「どうしたの、A田」
「いえ、ど、どうもしません……。そうですか……、ラッキーでしたか」
「良かったじゃない。『雛』は、なかなか手に入らないんだろ。A田も何本もお茶を買ったし、僕も応援のために買ったけど出なかったよね。不要になったものと交換してもらえるなんて、相当ラッキーじゃないか?」
「んん……ひえええええ」
A田は変な声を上げてどこかに行ってしまった。去り際、ポシェットの裏側にダックスフントが所在なさげに笑っているのが見えた。
『カメラマン』さんと他のメイド達は事態を飲み込めずに口を開けて立っていた。欲しがっていた珍しいマスコットが手に入ったことも、行き場のなかったトースターが役に立ったことも、どちらも喜ばしいことのはずだ。A田が悲鳴を上げて狼狽した理由は誰もわからないようだった。
コウテイベンギンの雛は、応接セットのテーブルの上で首を傾げていた。




