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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが焼き芋を焼く面倒な事件
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メイドが焼き芋を焼く面倒な事件 2

 そもそも、メイド達が「何か楽しいことをやって人を呼びたい」と言い出したのが発端だった。

「漠然としすぎだよ」私は箒がけの手を止めずに答えた。「それだけ聞いても、良いとも悪いとも言えないな」

「えっとですね、何か楽しい会を開いて、近所の皆さんにこのお屋敷にいらしていただけないかなって、皆で話してたんです。皆で、何かしたいねって……」

 一緒に掃き掃除をしていたメイドがたどたどしく言った。この回想録では仮にA田と呼んでおくが、他の四人から妹のようにかわいがられているメイドだった。


 昼下がり、本館への見学客は数名の常連だけだった。

 私はその日、来館者受付の担当だった。しかしあまりに暇で、仕方なく本館の入り口周辺の掃除を始めたところだった。暇つぶしで仕事をするというのも我ながら奇妙な話だが、この館の当主にさせられてから私たちの生活はこんな調子だった。我々、つまり私とメイド達の仕事は、この館を維持すること、それだけだった。敷地の中でも一番大きくて古い本館は、無料で市民に開放されており、誰でも自由に見学ができることになっていた。多少の手間はかかったが、高価な美術品や学術的な価値のある資料が展示されているわけではなく、当時の生活の様子を伝える骨とう品や古道具、それに書籍などが置きっぱなしにしてあるだけだったし、我々は学芸員とか研究者という訳ではなく、本格的な修繕はなじみの業者に依頼してしまうので、我々自身の日々の仕事は忙しいものではなかった。

 季節によって来館者の数は多少変動した。仕事が暇になってくると、メイド達が簡単なイベントなどを思いついたりすることはよくあったが、大抵ろくでもないようなことだった。例えば先日も、館をライトアップして夜も見学者を招こうと誰かが言い出して、照明機器のレンタル料のあまりの高さにたちまち頓挫したばかりだった。


「何かって言っても……できることは限られていると思うけど」

「あの、うちにいらっしゃる見学者の方ももっと増えてほしいし、近所の皆さんにも喜ばれるようなことを……」

「うーん、でも、慣れないことを思い付きでやってもうまくいかないし、何かトラブルでも起こるのが関の山だと思うんだ」

「あの、でも……」

 掃き掃除の手を休めてA田の方に目を向けると、いつの間にか彼女の後ろに残りの四人も揃っていた。勤務時間中なので皆それぞれ今日の受け持ちの場所で仕事をしているはずなのだが、そこを放り出して集まってきたらしい。

「でも、何かできることだけでもやりたいねって、皆で話していたんです……お屋敷のためにも……」

 A田に上目遣いで懇願されると、無下に却下できない自分がいる。A田はどこか小動物のようないじましさとあどけなさがあり、彼女の潤んだまっすぐな瞳には、言い知れない力がある。彼女は既成のメイド服の上にポシェット斜め掛けにして、かわいらしいケープを羽織っている。そのやや幼い服装の趣味によってさらにその言い知れない力が増幅されている気がする。

 しかし後ろに見える四人の顔には、それをわかっていてA田に言わせているのだと書かれていて、かえって私は冷静さを取り戻す。

「そもそもうちは、通常業務である本館の無料開放以外はできないんだ。勝手なことをやったら、大変なことになる恐れもある。あまり面倒なことはしてほしくないな」

私の返事にA田はおろおろしだす。

 すると、後ろで見守っていた四人のうちの一人、Fヶ崎というメイドが、我慢できなくなったのか身を乗り出した。彼女はメイド服のブラウスを、三番目のボタンまで開けてルーズに着ており、その上からヴィンテージのフライトジャケットを着こんでいた。なかなか変わった着こなしだが、それが彼女のスタイルだった。彼女はそのフライトジャケットの肘を私の肩に置いて、にやにやしながら話し出す。

「そう言わないで、皆が楽しめることならいいじゃない。例えばさ、バーベキューなんてよくない? 庭でじゃんじゃん肉焼いてさー、客もどんどん呼んで、儲けようよ」

「屋敷の庭でバーベキューなんてできるわけないだろ」

「なんでよ、別にいーじゃん、肉食べようよ、肉」

「危なくてしょうがないよ。しかもお客さんを入れるんだろ? 火も刃物も、一歩間違えれば大事になるぞ。何かあったら責任とれないだろ」

「むー」

 Fヶ崎は私の肩から腕を離して、ぷいっと横を向く。不満そうだが、庭でバーベキューをすることの危険性を一応は理解しているのか、反論はしてこない。

「私は、焼き芋なんていいと思うのよね」

 のどかな声でそう提案したのは、I海さんというメイドだった。

「落ち葉で焚火をしてお芋を焼いたら、ほくほくになっておいしいのよ。今の季節にぴったりだし、近所の皆さんもお招きしたら喜ばれると思うけど」

 彼女は、本人曰く「もうそんな歳じゃないから」という理由で、メイド服は皆と同じ規定のものを着つつも、エプロンやカチューシャはフリルやレースのない地味なものを着用していた。その上から、暖かそうなニットのカーディガンを羽織っていた。

 この回想録ではなるべくメイド達の容姿や年齢のことは書かないでおこうと思うが、一つ言えるのは家庭的という点ではI海さんは抜きんでており、家事は何でも得意で、もちろん料理の腕も立つ。私は、彼女が焼いた焼き芋はさぞかしおいしいだろうなと思いつつ、

「やっぱり火を使うじゃないですか」

と答える。

「でも、落ち葉での焚火ならいつもやっているし、コンクリートブロックで囲んだ中で燃やすことにすればさらに安全だわ」

「うーん」

 私が唸っていると、また別のメイド、K条がためらいがちに言った。

「焼き芋なら、バーベキューなんかよりは比較的客単価が安く済みますし、必要な道具なんかもそれほどありませんね。消防への連絡、食品衛生上の確認など、必要な手続きは私のほうで確認しておきますので大丈夫です」

 K条は一人だけメイド服を規定のものから全く変えずに着用している。決められたものを自分の判断で変えるという発想そのものが彼女にはないのだと思う。

 K条は我が館の経理を実質一人で担っているうえに、役所への対応も完璧にこなせるので、頼りになる。というよりは彼女がいなければ我が家は瓦解するだろう。その彼女に大丈夫とまで言われると、実現可能性が一気に上がる。だが。

「K条、きみもよく知っているだろ。うちは商売をする訳にいかないんだよ」

「それも大丈夫です。芋の頒布ということにして、利益率も低く抑えれば商売には当たらないでしょう」

「うーん」

 だんだん反論の余地がなくなってきた。しかし今までやったことのないイベントを簡単に許す気にはなれない。

「甘酒がいいんじゃない? 甘酒。ふふ」

 突然前の会話とつながらないことを言いだして全員の思考を一瞬止めたのはU月というメイドだった。館で働くメイドとしてはなんでもそつなくこなす彼女だが、たまに、いやしょっちゅう、独特の感性を発揮するので油断できない。メイド服もそれほどおかしなアレンジをしているわけではないが、どことなく不思議な着こなしをしていることが多い。中でも、彼女はいつも長いマフラーを首にぐるぐる巻いている。冬だけでなく、夏でも、マフラーと言うのかスカーフと言うのか知らないが、必ず首に巻いている。多分彼女の趣味なのだろう。

「……甘酒も、客単価と固定費という観点からは悪くないですね」

 K条が甘酒案を冷静に評価するが、持て余している様子である。

「甘酒、いいですよ。飲み物だし。ビッとしてます」

とU月が涼し気に付け加える。飲み物だからどうだと言いたいのか全くわからないし、『ビッとしている』の意味も分からないので不安になるのだが、他の四人の表情を見ると、それが私だけの感想と言うわけではなさそうだ。

「甘酒もいいけど、やっぱり焼き芋がいいです」I海さんが話を戻す。「焚火で焼き芋を焼くって、意外にご家庭じゃできないから喜ばれると思いますし。それに、焼き芋なら、一度やりたいことがあるの」

「何ですか、焼き芋でやりたいことって」

 A田が尋ねるが、I海さんは片目をつぶって

「秘密よ」

と軽く受け流す。

「えっ、えっ、気になります。何ですか?」

「ふふ、やったらわかるわ。たいしたことじゃないけど、恋人がいたら一度はやりたいって思ていることがあるの」

「わ、そんな方がいらっしゃるんですか?」

「もしいたら、よ」

「えーっ、本当ですか?」

「話がずれてるよA田。というか焼き芋どころか、何か催しものをやるなんて決まっていないぞ」

 私はそう諫める。

 するとFヶ崎がたまりかねたのか声のボリュームを上げて割って入る。

「いーじゃん、やろうよ。やったことないからダメなんて言ってたら、何もできないよ。みんなで考えて準備すれば大抵のことはできるよ」

「僕が言っているのは、面倒が起こりそうなことは、なるべくしないほうがいいってことなんだ。平穏無事に暮らせればそれが一番いいに決まっている」

「あのさー、ご主人さま、そればっかりじゃん。面白いことをやろうと思ったら、多少の面倒やトラブルは覚悟しなきゃ。」

「君たちに任せていたら、『多少』じゃすまないだろ。僕は当主としてこの家を維持するっていう責任があるんだよ」

「だからってパーティーの一つも開いちゃいけないなんて、本当にケチだな」

Fヶ崎の余計な一言に、私もつい意固地になってしまう。

「ケチとはなんだよ。よしわかった。焼き芋パーティーなんか絶対やらないぞ。やったとしても準備は絶対に手伝わない」


 私は盛大に咳き込みながら倉庫から出た。

「火ばさみやっと見つけたぞ。六本もあった。それと、ブリキのバケツもあった。防火用に使えるだろ」

 仕事用のスーツを埃まみれにして得た戦利品をメイド達に差し出しながら言った。

「ありがとうございます。よかった。買わずに済みますね」

 A田が屈託のない笑顔を見せた。

「すごい埃だ。中を歩くだけで大変だよ。でも役に立つものがあって良かった」

屋敷の敷地には、本館と、私とメイド達が寝泊まりする管理棟の他に、倉庫、使われなくなった温室、裏庭の東屋がある。倉庫は図面によると八畳くらいの大きさなのだが、入ってみるとそれよりもかなり大きく感じる。暗さのせいもあるし、ごちゃごちゃにおかれたスチール棚で迷路のようになっているせいもある。

 倉庫にはガラクタ同然のものが乱雑に詰め込まれているだけなので、普段は全く使用していないのだが、誰かが「火ばさみがあったはず」と言ったことから、いつの間にか私が探検する羽目になったのだった。

「もー、埃ぐらいでだらしがないなー」

 Fヶ崎が他人事のように笑う。

「あのね、君たちがこんな埃っぽい倉庫に入るのが嫌だと言うから僕が代わりに探してきたんだよ。もっと感謝しろよ。だいたい僕は手伝わないって言ったのに」

「まあまあ旦那様、それくらいで」

I海さんが諫めてくれるので、いつも私とFヶ崎は本気の言い争いに発展する前に留まることができる。

 私は気を取り直して、もう一つの戦利品をどさりと置く。

「こんなのもあったよ。古新聞の束だ。焼き芋には役に立つだろ」

「おー、雰囲気出るじゃん。いいねー」

「新聞紙で包むんですか?」

「あら、焼き芋のやり方知らないのね。まず新聞紙を濡らして、それでお芋をぴったり包むのよ。それで、その上からしっかりアルミホイルで包んで、それから焼くの。こうすると、蒸し焼きみたいな感じなるのよ」

「さすがI海さん、詳しいですね」

「子供の頃よくやったのよ。燃え上がってる時じゃなくて、火が少し落ちついてきてから入れるの。低温で、なるべくゆっくり焼くと、しっとりほくほくでとっても甘くなるのよー」

「うわー、今から楽しみになってきました」

「これ……十年前の新聞ですね」

 K条が束の一番上の新聞紙の日付を指さすと、その指に集まるようにメイド全員が新聞の束の上にかがんで頭を寄せる。

 U月が

「ほんとだ。全部そう?」

と、せっかく束ねてあったものをさっさとほどいてばらばらにしてしまう。

「ああ……こんなところでほどいたら、まとめ直すのがやっかいだろ」

 私の言葉を、彼女は全く意に介さず

「全部同じ年ですね。ふふ。記事がどれも懐かしいな」

等と言いながらますます新聞を散らかしていまう。

「十年前の新聞って……焼き芋に使って大丈夫でしょうか?」

 K条が神経質そうな声を上げる。

「スチール製の棚に密閉されていたから、ほこりもかぶってないし、状態もいいし、かえって綺麗なくらいだろう。新聞を食べるわけじゃないから平気だよ」

と私が言うと、全員が納得する。

「でも、こんな古い新聞よく保存してありましたね」

 A田が当然の疑問を呈する。

「保存と言うより、しまいこんでそのまま忘れていたようだね。奥にもっとあった」

 私は服についた埃を払い落としながら言った。

「こういうガラクタは置いていったんだな、大伯母は」

「発掘すれば、お宝が眠っているかもしれませんね」

「いーね! お宝を探して、それを売って貧乏生活にお別れしよーよ!」

 Fヶ崎の目が光るが、大伯母が金目のものを残していくとはとても思えない。倉庫にたっぷり詰まったガラクタだが、業者を呼んで査定してもらって売っても、かえって査定料の方が高いくらいのものだろう。

 Fヶ崎がそれを聞いて勝手にすねる。「そーなのかー。つまんない。……じゃーさー、こんな邪魔な倉庫、壊しちゃおうよ。それで売店かなんか建てて、商売するとか」

「何度も説明しているが、絶対だめだ」

「なんでよー。貧乏が少しはましになるかもしれないじゃん」

「大伯母が決めたんだよ。建物は全て現状を維持して、改築したり増築したりしないこと調度品や建具の場所を変えないこと。勝手に商売をしないこと。他にも諸々、諸々。逆らったりして、面倒を起こさないでくれよ」

「またそれ? 面倒を起こすなって、それしかないの?」

「それしかないんだよ、僕にはね。この館を維持する、平穏無事に毎日を過ごす、そして君たち五人の面倒を見る、それが僕の使命だ」

「ご主人さまなんだから、そんな決まりなんか変えちゃえばいいでしょ!?」

「僕に変える権利はない。君たちもよくご存じのように『雇われご主人様』の僕にはね」

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