メイドが三台の目覚まし時計を拾う面倒な事件 9(解決編 後半)
9
二人きりになった時を見計らって切り出した。
「K条、パソコン買い替えただろ」
K条の目が泳ぐ。
「パパパパソコン? 何のことですか?」
「とぼけても無駄だよ。飾りつけなんてよく考えたな。見逃すところだった」
「い、いやあ、買い替えって、なんのことでしょう」
彼女が嘘を吐くのが下手だというのはよくわかった。
「K条……あんまり世話を焼かせないでくれ。こんなことで揉めるのは君も不本意だろ?」
沈黙が流れる。
「うーん」K条はあきらめたように表情を弛緩させた。「ばれましたか。すみません。つい新しいのが欲しくて買ってしまいました。ごめんなさい」
「甘く見てもらっちゃ困るよ」
「さすがですよ、ご主人様。よく買い替えたってわかりましたね。同じシリーズの、新しく発売された上位版で、筐体の見た目はほとんど同じはずなんですけど」
「シールだよ」
「シール?」
「U月が、筐体の底にシールを貼ったんだと。で、それが無くなってることに気づいたんだ。彼女はK条がうまく剥がしたと思っているようだけどね」
「そ、そうなんですか。それは気づかなかったです」
「そうだろうな。それでピンと来たんだ。シールがはがされてるんじゃなくて、パソコンの方が入れ替わってるんじゃないかってね」
「そんなことで……」
「いろいろ飾りつけをしたのは、パソコンが入れ替わることから目をそらせるためだったんだな? 全体をあんなふうに飾りつけで隠しておけば、その間にパソコン自体をよく似たものに入れ替えても、なかなか気づかない。しかも二回目まではダミーで、三回目の飾りつけの期間に買い替えるなんて、念の入ったことをするじゃないか。たまたまFヶ崎のシールの話を聞いて、入れ替わってるんじゃないかと疑ってよく見たから違いに気づいたけど、そう思って見ないと外見では違いがわからないだろうな。裏面の、排気口のあたりとかが微妙に違ってることくらいしか気づかなかったよ。何かのケーブルの差込口が増えているだろう」
「そうなんです。拡張性が少し向上していて……。ごめんなさい。どうしても新しいのが欲しくてつい買っちゃった。だって、新しいのは記憶容量が三倍くらいになっていて、処理速度もすごいんですもん。でも、うち、貧乏な予算でやりくりしてるでしょ? あたしばっかり高価な備品を買ってほしいだなんて言い出せなくて……」
「だからって、決算の時にすぐばれるようなことを……かえって面倒なことになるだろ」
K条は突如背筋を伸ばし、突然早口で「あ、それは大丈夫です。絶対ばれないようにするつもりでした」と答えた。
私は彼女の突然の変化にややたじろぐ。
「で、でも、高価なものなんだからばれるだろう。資産になって減価償却とか」
K条はますます早口になって答える。
「いえ、それなりのやり方があるんです。まずですね、量販店じゃなくて、商店街の電器屋さんで買います」
「あっ、よくわからないけどその言い回しは嫌な予感がする」
「で、パソコン一台購入じゃなくて、部品をばらばらで買ったことにしてばらばらの領収書を切ってもらうじゃないですか」
「やっぱりいい。聞かない方がいい気がする。聞きたくない」
「で、もうすぐ期末なんで、一部を買掛の仕訳にするじゃないですか」
「K条、ごめん、僕が悪かった。もう言わない。何も聞かなかったことにして」
経理は不得意だが、何かあった時に備えて知らない方がいいことと言うものがあるのだ。
K条はゆっくりと眉の角度を下げ、声ものんびりしたものに戻す。
「甘く見てもらっちゃ困りますよ」
「さすがだよ、K条」私は肩をすくめて見せる。
初めて会った頃は、彼女の眉はいつでも上がっていた。眉の緊張を緩めて軽口を言い合えるようになるまでには時間がかかった。それはもしかしたら、信頼関係と呼んでよいものかもしれない。
「そこまでして買うってことは、どうしても買い替えが必要だったんだな?」
「はい……。容量はいっぱいになっちゃってて、不必要なデータを探して削除したり、いろいろごまかして使ってたんです、ご主人様が打ち込みしてくださった時も、何度か突然落ちたっておっしゃってたでしょ? 最近はソフトも複雑になってきたから、処理速度が間に合わなくなってきてるんです」
「そういうのはきちんと言ってくれよ。買っちゃったものは仕方ない」
「ほんと? 返品しなくていいんですか?」
「その代わり、やりくりは自分でしてくれよ。もう赤字だけは出さないでくれ」
「わかった! ありがとう! だからご主人様、す……すごい!」
彼女は照れ隠しなのかおどけたように言った。
私が苦笑いをして見せると、K条はゆっくりと視線を落とした。
「ねえご主人様、恋人さんたち、結婚したんですね」
「ん? ああ、そう言っていたよ」
「ねえ、ご主人様がもし……」
彼女が急に口ごもる。
「ん? 何?」
「いえ、何でもありません」K条は急に顔を上げた。「ご主人様がもし、内緒で備品を買いたい時には言ってくださいね、手伝いますから!」
彼女は笑って事務室を出ていった。
『恋人さん』がバルコニーでプロポーズをしたことやそれに私が一枚噛んでいることは公にする訳にいかなかったので、三台目の目覚まし時計も落とし主不明ということでそのまま玄関ホールの棚に飾られた。三台の目覚まし時計はずいぶん長いことそこで衆目にさらされていた。初めて来館した人たちの目にはさぞ奇妙に映ったことだろう。
読者の中には、『彼氏さん』にバルコニーを貸してほしいと依頼されていたことや、ドアの前二人に会っていたのにそれをあえて書かなかったこと、それからK条に「恋人はここにはいない」と言ったことを、嘘ではないとはいえ公平な書き方でないとおっしゃる方がおられるかもしれない。それは承知しているが、今回は最初に、私のことをあまり信用しないようにと但し書きもしてあることなので、ご寛容いただければ幸いである。
逆に私のことをもっと信用できなくなるような話もあるので、万一読者の中でそういう話のほうがむしろ興味があるという方があれば、ご一報いただきたい。




