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五人のメイドと面倒な事件簿  作者: 杉村雪良
メイドが三台の目覚まし時計を拾う面倒な事件
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メイドが三台の目覚まし時計を拾う面倒な事件 7

 数日後、私は本館の受付で暇を持て余していた。もともと平日の午後はほとんど来館者がなく、その日は特に閑古鳥が鳴いていた。昼下がりに『三人組のおばさま』が来て、I海さんをつかまえてひとしきり近所の噂話をして帰っていった。『お似合いの恋人さん』や『梅の老人』が来館した。顔なじみでない老夫婦が来館し、一回りして帰っていった。

 何をするわけでもなく敷地を一回りして戻ってみると、『梅の老人』と『鳥好きのカメラマン』さんが、A田、Fヶ崎、I海さん、U月といつものようにストーブの前で立ち話をしていた。K条はいなかったが巡回でもしているか管理棟でパソコンの前に向かっているのだろう。

 

 突如ベルの音が聞こえた。

 音源は遠いが、轟音だ。すぐにあの目覚まし時計の音だとわかる。音が聞こえてくるのは、一階の奥の方からだ。これまでと同じ、『西の奥』のトイレの周辺だろう。

 咄嗟に後ろを振り返る。二台の目覚まし時計は、変わらず棚に収まっている。つまり、今遠くで鳴っているのは三台目だ。

 ホールのストーブの前の集団が「おっ、この音は」「また目覚まし時計?」「三台目?」「三台目ですね」「行ってみましょう。まだ落とし主がいるかも」と騒ぎ出し、バタバタと廊下を西に向かった。

 目覚まし時計はそこにあるのだろう。しかし私の足は廊下を西ではなく東へ進んだ。

 行われようとしていることは予想できた。十中八九、当たっている。私は走りながら、目的地に掃除用具入れがあることを思い出した。そうだ。掃除用具を使えば、うまくいくかもしれない。面倒なことにならないとよいが。

 

 東側の階段にたどり着き、二階へ駆け上がる。私は掃除用具入れからモップを取り出し、床を撫でた。

 

 K条がひとり階段を上がってきた。モップを動かしている私を見つける。

「こちらにいたんですか、ご主人様。あの音聞こえました? また目覚まし時計が落ちていたんですよ。三台目です」

「うん、音は聞こえたから、そうだろうと思った。落とし主はわかったの?」

「いえ、それが、今回も誰もいなかったようです。管理棟であの音を聞いて急いでこちらに来たんですが、私が来た時には、三台目の目覚まし時計が落とし物棚に置かれるところでした。三台並んだ目覚まし時計の前で、他の子とお客様たちがまたやいのやいのと井戸端会議をしています」

「そう、ありがとう。しかし目覚まし時計が三台とは、不思議な落とし物もあったものだね」

 私は困ったような顔をして見せた。

「本当ですね。……ところで」K条は少し辺りを見渡して「実は、音を聞いて管理棟から本館に向かっている時、バルコニーに誰か出ているように見えたんです」

「へえ、そう?」

「……それが、『お似合いの恋人さん』に見えたんです。でも使用禁止なのに勝手に出るわけないし、変だなと思って見に来たんですけど」

 振り返ると、バルコニーへの扉は閉まっていて、『危険 外に出ないでください』の札がかかっている。

「ご主人様、こちらに『恋人さん』のお二人がいらっしゃいませんでした?」

 私は気づかれないように腕時計を見て、注意深く「このあたりに恋人さんはいないよ」と答えた。

 K条は、そうですか、ご主人様がここにいらっしゃったのなら誰も通れませんよね、見間違いでしょうかと言って去っていった。



 長細いパウンド型で作ったマホガニー色の生地にアイシングが走らせてあるケーキだった。メイド全員に行きわたるように切り分ける。夕食後のキッチンに仄かに甘い香りが広がる。

 I海さんが、「すみません、切り分けまでしていただいちゃって」と言いながら全員分のケーキ皿を手際よく並べる。すでに紅茶が彼女の手によって用意されている。

 二人でケーキと紅茶をトレーに乗せて食堂に運び、子犬のようにお利口で待っているメイド達に配ると、口々に小さな歓声が上がる。曰く、わーおいしそうー、ここのケーキ好きなんですよー、おいしいよねー、ねー、ケーキ自体久し振りー、あたしもー。

「旦那様、本当にありがとうございます。でもどうしたんですか、このケーキ」

 I海さんが、メイド達を代表するように尋ねる。

「いただいたんですよ」

 私は、ケーキに添えられていたメッセージカードを皆に見せる。装飾されたThank you very muchの文字とともに、苗字一つと男女の名前が一つずつ書かれている。名前を見ても、誰もピンとこないようだ。

「皆が『お似合いの恋人さん』と呼んでいた二人だよ。結婚されたんだ」

 今度は先ほどよりも大きめの歓声が上がる。

「へぇ、ついに結婚されたんだー」とFヶ崎。

「お客さんの中から結ばれるカップルが出るなんて、素敵です!」とA田。

「ふふ。そういうの、いいですね」とU月。

「それはおめでたいですね。でもなぜうちにお礼を?」とK条。

 全員が私を見る。私は一呼吸おいて、「ちょっと手伝ったからかじゃないかな」と答える。

「手伝い? なんのです?」

とK条が怪訝な顔をしたが、I海さんが

「さ、紅茶が冷める前にいただいちゃいましょ」

と急かしたので、話題はケーキの味に移り、ケーキをいただいた理由は曖昧なままになったのだった。

 

 この話はここで終わりなのだが、あと数ページ使って、ケーキをいただいた理由を含むいくつかのことを読者の皆さんにお伝えしておきたい。

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