メイドが三台の目覚まし時計を拾う面倒な事件 5
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I海さんの鳥団子鍋はみぞれ仕立てが定番だった。大根はよく洗って皮つきのままおろすと栄養も風味も増すということを当時よく語っていた。
炊事も掃除も花壇の水やりも全員のローテーションということになっていたが、実際の所は自然とそれぞれ得意な人間に回数が偏っていくのは無理のない話で、朝食と夕食はI海さんが準備してくれることが多かった。
食堂は管理棟の二階にあり、毎晩皆が揃ってテーブルにつく。その日の献立は鳥団子鍋と酢の物、トマトサラダ、いただきものの煮豆だった。
「うちへのプレゼントのつもり、ってことはないわよね」
いただきますの後で、I海さんが思い出したようにそんなことを投げかける。
「プレゼント? ああ、目覚まし時計のことですか」私はお玉争奪戦に負け、Fヶ崎が鍋を取り皿へ山盛りによそうのを横目で見ながら答える。「それは無いでしょう。箱にも入れずに包装もされずに落ちていたし、そもそもプレゼントなら名乗り出ない理由がない。うちに目覚まし時計を贈る理由もわからないし……」
「そうよね。忘れ物じゃなくてわざと置いて行ったのかもって考えたんだけど、そんなことないかしらね」
二台の目覚まし時計は相変わらず本館の棚に並んでおり、持ち主が現れる気配はなかった。常連さん達は目に入る度に、おやまだありますね、だの、誰が落としたのかわかったら教えてくださいね、だの、楽しんでいるようだった。「二度あることは三度あると言いますし、きっともう一台拾うことになりますよ」と誰かが笑ったが、私は面倒なことにならなければよいのだが、と憂慮せざるを得なかった。
「やっぱり二台は別々の忘れ物なんじゃないでしょうか」
A田が自分の皿に控え目によそうが、そのまま置いて、すぐに箸をつけない。ひどい猫舌なので冷めるまで待つのだ。お玉はU月、K条を経由して私の所に来る。私は自分の分を鍋からよそうと、お先にと言ってI海さんにお玉を渡す。
「でもそんな人が二人もいる? 無関係な二人がたまたま同じような目覚まし時計をたまたま同じ場所に連続して置き忘れたってこと?」
私が率直に尋ねると、
「うどん、まだですか?」
とU月が話の流れを遮る。
「毎回言うけど、うどんは最後よ」
I海さんの言葉を聞いてU月が、いまいち納得していないような顔で鍋を掻きこむ。
それを見て遠慮がちにA田が話を戻す。
「あの……でも、常連さんたちの物ではなさそうですし、一見さんが落としていったとしか思えないんですよね」
「確かに、常連さんは皆さんご存じないっておっしゃってたわね」I海さんが指を折って常連を数える。梅のおじさまでしょ、鳥好きのカメラマンさん、クリーニング屋さんのご主人……」
A田がそれに続く。
「珈琲屋さん、○龍軒さん……あっ、お似合いの恋人さんは?」
『お似合いの恋人さん』は、二十代後半くらいの男女二人組で、よく一緒に来館される新しい常連だ。休日に来館し、仲睦まじく来館しては館を見て回る。定番のお散歩デートコースに組み込まれたというところだろう。どちらも礼儀正しく丁寧で感じの良い人たちなのでメイド達には評判が良い。
「違うってさー。あたし、会った時に聞いた」
Fヶ崎が答える。
「またいらしてたんですか、恋人さん」
「来てたよー。一昨日くらいに会った」
「そろそろうどんですか」
そんなに〆のうどんが待ちきれないのか、U月がまた割って入る。
「もうちょっと待ってね、うどんは最後よ」
またI海さんが優しくたしなめる。
「……いいですよね、あのお二人、仲良くて」
A田がうっとりと遠い目をすると、他の四人が揃ってうんうんと頷く。
「彼氏さんも優しそうで頼りがいがありそうだし、彼女さんも明るくていい人そうだし、本当にお似合いの恋人同士って感じで、素敵よね。私もあんな風に手をつないで洋館デートなんてしてみたいわ」
とI海さんが頬に手を当てて目を細める。
わかるー、わかりますーと、他のメイドが同調する。Fヶ崎はI海さんの方に身を乗り出して
「手をつないでデートしてくれるような人いないの?」
と尋ねる。
I海さんは「全然いないわねぇ」と即答する。
「近くにそーゆー人いないの? 例えばさ、この人なら一度デートしてみてもいいかな、みたいな人」
Fヶ崎がさらに追及すると、I海さんは一度私の目を見て、Fヶ崎に向き直り、
「さあ、どうかしら」
と首を傾げる。
他のメイドが四者四様のひきつった笑い方をするので、
「今の、何ですか? 何の笑いですか?」
と全員の顔を見渡すが、返事はない。
「そろそろうどんタイムじゃないですか」
「みんなごはん残ってるし、もうちょっと後にしましょうか」
Fヶ崎が、鍋をお替りしつつ
「あのさー、嫌がらせなんじゃないの? 誰かの」
と物騒なことを言う。
「誰かのって、誰だよ」
「うちを悪く思っている誰かよ」
Fヶ崎の言葉に、おそらく全員が同じ人物を思い浮かべる。誰も口にしないので私が仕方なく口に出す。
「日傘のマダムか」
メイド達から微妙な吐息が漏れる。
『日傘のマダム』は近所の資産家の奥さんで、広大なお宅に住んでいる。フェンス越しに車が何台も停まっているガレージと、いつでも青々とした芝が見えるお宅だ。いつも執事やメイドを侍らせて日中から遊び歩いているのだが、必ず日傘を差し出させている。なぜか我が家に敵対心を持っているらしく、たまに来館しては突如無理難題を持ち掛けたり、自分の自慢話を滔々と語ったりして帰っていく。どうやら我が家の本当の事情を知らず、同じような資産家だと思い込んでいるらしいのだ。
「嫌がらせって、目覚まし時計を二台置いてかれたからって、何が困るというんだよ」
「時限爆弾になっているとか」
U月が突然呟く。
えっ、あらやだ、怖い、まずいじゃん、と他のメイド達が動揺する。
「日傘の奥さんがうちを破壊しようとして、時計に仕込んだ時限爆弾を」
U月は構わず続ける。
「いくらあのマダムでも爆弾はないだろ。それにあのなりじゃ我々に気づかれずに忍び込むなんてこともできないぞ」
別にマダムの肩を持つわけではないがあまりにも荒唐無稽と言わざるを得ない。
「そっか、そう言えば、目覚まし時計が見つかった日に来館していた人が容疑者なんですよね」
A田が一人納得して拳を握る。
「覚えてないよー、そんなの」
すぐにFヶ崎が嘆き声をあげる。
するとK条がメイド服のポケットからスケジュール手帳を取り出し「二台目の時はご主人様がストーブの前でお仕事をさぼっていて私に叱られた日ですよね!」と余計な事を得意げに言う。その日はメイド達も皆さぼっていたのだが、それには触れないらしい。
「梅のおじさま、鳥好きなカメラマンさん、お似合いの恋人のお二人、クリーニング屋さんのご主人、『○さ木』のご主人」とその日に来館した人たちの名前を挙げる。彼女の手帳にはおよありとあらゆることが記されているらしい。
「えっ、まさか『○さ木』のご主人がうちに爆弾を」
A田が真っ青になる。
「駅前商店街の寿司屋の大将がうちに何の恨みがあるって言うんだよ」
「それは……いつもみんなでおしかけて安いコースしか頼まないからとか……」
「そんな理由で爆弾仕掛けてたらこの界隈が紛争地帯みたいになるだろ」
「じゃあ、カメラマンさんはどうですか。機械とか得意そうだから」
K条が、次の名前を挙げる。
「確かに得意そうだけど、あの人、普通の会社員だぞ。あんなに真面目で温厚そうなのに爆弾なんか作れるわけないだろ」
「見た目じゃわからないじゃないですか。人を見かけで判断するのはよくないと思います」
K条は鼻息を荒くするが、どうも筋違いのことで怒られている気がしてならない。
「うーん、そう考えると、皆さん爆弾犯に思えてきます。一体どなたなんでしょう」
とA田が頭を抱える。
「常連さんの中に爆弾犯がいる前提で話をするのはやめてくれ。最初の目覚まし時計を見つけてから何日経ってると思ってるんだ? そんな呑気な時限爆弾あるわけないだろ」
「冗談はさておき」U月が制するように呟く。自分が最初に言いだしておいて、冗談だったらしい。彼女は更に続ける。「落とし物にしては不自然すぎる。わざとにしては意味がなさすぎる」
メイド達は一斉に頷く。そんなまとめがあるのなら時限爆弾なんて言わず最初からそう言って欲しかった。
皆が考え込み、沈黙の中にしばらく箸の音だけが響く。
「えーっと、話も煮詰まったことだし、そろそろ、うどん入れましょうか」
I海さんが立ち上がると、U月が
「あ、私お腹いっぱいなんで、ごちそうさまでした」
と席を立ち、皆があっけにとられた。




