メイドが三台の目覚まし時計を拾う面倒な事件 2
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Fヶ崎の不満はもっともだが、私はご主人様とはいえ何の決定権もない。実権と財産は全て私の大伯母が握っている。私はいわば『雇われご主人様』なのだ。
このあたりの事情は既に別の話に書いたのだが、必ずしも読者の皆様全員が読まれたとは限らないので簡単に説明しておくと、先代の当主だった私の大伯母は、面倒な館の業務とメイドの管理を私に押しつけ、資産を全て自分のものにして突如隠遁してしまった。今でははるか遠方のリゾート地で余生を過ごしている。私は、彼女から小出しに送られてくる寄附金を頼りに、館とメイドの面倒をみるというだけの役目だ。大伯母は引退したのにも関わらず未だに我々の素行を監視しており、意に沿わないことをすると猛烈な勢いで電話がかかってくる。私は現在、形式上の当主なのだが、実質大伯母に雇われているも同様なので、『雇われご主人様』という訳だ。
「残念ながら何ともならない。大伯母の機嫌を損ねないようにするだけで精一杯だ」
「あんたそればっかりだけど情けなくないの?」
Fヶ崎が私に向かって眉をひそめる。
「仮にも雇用主に向かって『あんた』はないだろう」
「偉そうにするんなら待遇改善してよね!」
「できるんなら真っ先にしてるよ。ストーブを買い替える余裕さえないんだぞ」
「そんなもんあんたのポケットマネーで買ってよ」
「じゃあ僕の待遇を改善してくれよ!」
「だからあんたがご主人様なんだから自分で何とかしなさいよねー」
Fヶ崎の口の悪さはメイドとは思えない程で、他のまともなお屋敷には務められなかっただろう。ちなみにFヶ崎を雇ったのは先代の大伯母である。もし私が面接官だったら採用したかどうかは疑問だ。
私とFヶ崎のやり取りを聞いておろおろしているのはA田くらいのもので、I海さんは温かく見守っているし、U月は我関せずといった風にストーブの暖かさを味わっているし、お客さんたちはにやにやしている。
「ちょっと、お客様の前で何ですか!」
突然聞こえてきたのは、K条というメイドの声だった。ストーブの前に引き寄せられずまともに仕事をしていた唯一のメイドだ。
「喧嘩なんかしないでください。皆さん見てるじゃないですか。お二人はこの館の主とメイドなんですから、慎みというものをわきまえてください」
設備点検でもしてきたのだろう。現れた彼女の手にはチェックシートが挟まったバインダーがある。それと、もう片方の手に持っているのは――。
「やだなー、ちょっとふざけてただけだってば」
Fヶ崎が弁解がましく頭を掻く。
「もう……。勤務時間中なんですから、ふざけてる場合でもなんですよ。そもそもここで皆さん何をしていたんですか」
そう眉を吊り上げられては、私と四人のメイドは返す言葉がない。こういう場合は早く謝るのが一番良い方法なので、私はすぐに頭を下げる。
「ばれたか。すみません。ついストーブにあたって仕事をサ……、小休止してました。ごめんなさい」
「ごめんなさい」
彼女の剣幕に、お客さん達も頭を下げる。
「お客様たちはいいんです。問題はご主人様です。まったく何を考えていらっしゃるんですか。ご主人様はご主人様なんですよ!」
皆、言うことは同じだ。
K条は数字に強く、我が家の経理業務を担当している。私も簡単な伝票入力程度は手伝うが、あまり戦力にはなっていないので、実際はほとんど彼女が一人でこなしていると言ってよい。それから彼女はお役所に出すための小難しい報告書の類もきちんと作成できる。そういう書類は作成するのがとても面倒でわかりにくく、さらに作成の手引きの類は大抵それに輪をかけてわかりにくくできているので、慣れていない者が手を出せるものではない。そういう訳で、この二つの仕事はK条の管轄だ。
大変な仕事を任せてしまって申し訳ないと思うのだが、どんな煩雑な仕事でも、彼女の目の前に山積みにして、どうしてもK条でなければこなせないんだ、助けてくれないかなどと言うと、彼女の眼鏡の端がキラリと光るのだ。
「だってさー、寒いじゃん? ストーブくらい当たりたくなるじゃん。Kちゃんは寒くないのー?」
開き直ったFヶ崎の問いかけにK条はきっぱりと答える。
「仕事中は寒いとか寒くないとか考えてる暇はありません」
「ほんとかなー」Fヶ崎はK条の体をじろじろと舐めるように見た後、「無理してない?」と疑いのまなざしを向ける。
だらしなく着崩したメイド服の上からフライトジャケットを羽織って毛糸のレッグウォーマーを履いているFヶ崎に対して、K条は長袖ブラウスとロングスカートの規定通りのメイド服で、冬用の厚手の生地とは言え気温の割には薄着と言えるだろう。もちろん、どちらがきちんとして見えるかは言わずもがなだ。
「寒くても、仕事に集中していれば気にならないし、動いていればだんだん暖かくなるんです。私たちはメイドなんですから、お客様に気持ちよく過ごしていただくように、身なりを整えておくことも仕事のうちなんです」
この言葉に、常連からは「おおー」という歓声、他のメイド達からは「流石ねー」「しっかりしてますねー」「やるなー」「ビッとしてる」という声が上がる。賛辞に惰性がついて、ぱらぱらと拍手まで起こる。
それくらいのことで拍手までされて戸惑うだろうと思ったが、K条もまんざらでもない様子で、少し照れながら胸を張っている。
「ふふん、そもそもメイドの心構えというものがですね」
「それはいいんだけどさ、K条、その右手に持っているのは、もしやまた……」
「あっ、そうでした。これを発見したことを報告に来たんでした」K条は右手のものを差し出し、「落とし物です」と付け加えた。
「これは……」私は絶句する。彼女が持って来た落とし物は大きなベルを頭に二個乗せた目覚まし時計だった。
「これって……」メイドの誰かが言う。
「そうです」K条がその声に神妙に答える。「また、目覚まし時計が落ちていました。先週に続いて二台目です」




