メイドが焼き芋を焼く面倒な事件 1
メイドさん達とのことを回想録にしたらいかがですとそそのかされて、一旦は断ったのだが、あの頃はずいぶん面白い生活だったようだから是非と請われ、結局書いてみることにした。
私がメイド達と暮らしてしていた頃からはずいぶん経っているが、それでも全てをそのまま公開してしまうのは何かと問題がある。そのため、一部匿名にしたりして関係者の迷惑にならないようにしようと思うので、読者の皆様にはその点をどうかご容赦願いたい。
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焼き芋パーティーは、大盛況だった。
冷たく冴える青空に、一筋の白い煙が緩やかに上ってそのまま吸い込まれてゆく。その細い煙を絶え間なく送り出しているのは、館の前庭に積まれた枯葉の山だ。
普段はがらんとただ広いだけの庭に、既に近所の人々が数えきれないほど訪れており、芋が焼ける香りと談笑の声が満ちていた。三階建ての洋風建築である本館の白い壁と青いスレート葺きの屋根が、そんな人々を見守っているように見えた。
訪れた人たちは手にした焼き芋を齧りながら思い思いに雑談の輪を作っている。ほとんどが近所の住人であり、互いに見知った仲なので、氏神様の毎年の祭りや駅前商店街の餅つき大会の時のような、地元ならではの和やかな雰囲気に包まれていた。我が家の五人のメイドが思いつきで開いた焼き芋パーティーが、そういった古くからの恒例の行事であるかのような光景だった。
メイド達は、予想を越える来訪者の数に驚きながら、芋を手渡したり、魔法瓶からお茶を注いだり、いつも以上に働いていた。
「まだ十分ありますのでご安心くださいね」
「こっち焼けたよー。おいしそーだよー」
「熱いのでお気をつけくださいね。はい、お嬢ちゃんもどうぞ」
土と芝生の庭によく映える濃紺と白のメイド服が、くるくると踊るようにせわしなく動いていた。
館の当主である私は、そんな彼女たちを微笑ましく眺めていたかったのだが、そういう訳にもいかなかった。
「あの、あの、旦那様、アルミホイルが切れそうなので、食堂から予備を持ってきてくださいますか?」
メイドの一人が私に向かって叫ぶ。
「はいよ」
私が返事をすると、別のメイドからも声がかかる
「ご主人さまー、食堂行くならついでにお茶も持ってきてよねー。冷たい方も、結構出るみたい」
「あっご主人様! 釣銭足りません! 事務室に百円玉の束があと四本あったので至急持ってきてください! このペースだとあと五十二分で底をつきます!」
「あら旦那様、ごみ袋が一杯みたい。交換していただけます? ほんと、旦那様は頼りになるわね」
「ご主人様、ベンチを裏庭から囲んでいただけます? お年寄りが多いので、座れるところがあるとグッときます。」
次々にメイド達に用を頼まれる。側でのんびり眺めている時間はない。
新しいゴミ袋を広げ、いっぱいになったゴミ袋の口を縛っていると、三人組の男性がそれぞれ芋を片手に寄ってきて私に声をかける。
「やあ、今日は晴れてよかったですね。焼き芋、いただいてますよ」
顔と腹が同じように真ん丸な男性は、近所のクリーニング屋さんだ。
「思ったより大入りになりましたねえ」
小柄で眼鏡をかけた男性が、薬局の店主。
「相変わらず働かされてますね」
短髪で引き締まった体は、蕎麦屋の店主。私は中腰で手を動かしながら顔だけを三人の方に向け答える。
「メイド達にはかないませんからね。どっちが使用人かわからないくらいですよ」
「ご主人といえども大変だね。まあがんばってください」
クリーニング屋さんが答えて三人が大声で笑うと、それに重ねるようにして
「『ご主人』?」
と、別の声がする。
そこには、あまり見慣れない痩身の男性が怪訝そうな顔をして立っている。
我々と目が合うと慌てて
「あ、いや、失礼」
と視線を大げさに逸らす。
「どうかしましたか?」三人がほぼ同時に反応する。
「いえ、本当に、突然話しかけたりして失礼しました。先ほどからそちらの方がメイドさんと一緒によく働いていらしたので、てっきりこのお屋敷の執事の方か、あるいは業者の方か何かだと思い込んでいました。お話が耳に入ってしまい、ご当主と知って、あまりに驚いたものでつい……失礼しました」
それを聞いて三人が顔を見合わせ、噴き出す。
「また言われてますね、ご主人」
代表するように、一番おしゃべりなクリーニング屋さんが私を揶揄する。
私がこの館の当主になってから、いや、当主にさせられてから、こんなやりとりばかりで、今ではすっかり慣れてしまっている。
クリーニング屋さんが笑いを隠さずに男性に説明する。
「こちらのご主人は、訳ありでね、いつもこうなんですよ。偉そうにしないと言えば聞こえはいいですがね」
薬局の主人が続ける。
「ご覧の通り、メイドさんたちの尻に敷かれているというのが実際のところですよ」
説明を受けた痩身の男性は、本館と私の顔を交互に見る。
我が家の本館は明治期に建てられた洋風建築で、中央には先端に円形ドームを抱いた塔屋、東西に伸びる両翼には半円形アーチ窓がずらりと並び、その一つ一つが植物モチーフのレリーフで飾られている。下見板張りの外壁は何度も塗り重ねられた白い色にだいぶ時代がついていて、そのことがむしろ重厚さを増している。あちこちガタが来ており、居住には向かないが、我々は本館ではなくその横の管理棟に住んでいるので問題ではない。
自分の恰好を見直すと、吊るしのスーツに安物のジャンパーを羽織り、靴は動き回ることを見越してスニーカー、手には軍手をはめて、メイドに急かされながらゴミ袋を交換している。およそ、この屋敷の当主には見えないだろう。
「あの……実は私、最近このあたりに引っ越してきまして……。この近辺は特に、メイドや執事を雇うお宅が多いようですけど、何というか、珍しいご主人ですね。これだけの立派なお庭、大きなお屋敷、かなりの名家とお見受けしましたが、それなのに、どういうことですか……?」
先ほどからメイド達がくすくす笑う声が後ろから聞こえる。
私が肩をすくめて見せると、代わりにメイドの一人が楽しそうに答える。
「うちのご主人様は、ちょっと変わった『ご主人様』なんですよ」
私は「皆、お客様に余計ことは言わないように」と言いおいて、先ほどメイドに指示された用事をこなすために、いっぱいになったゴミ袋をもって管理棟に向かった。