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昨日の記憶

作者: 暇人間


(あなたの記憶をランダムに消去することを代償に時間を巻き戻しますか?)

突然腕時計から響いた無機質な声に私は

「は?」

思わず口からそう飛び出ていた


週の初め、なんとも気怠い気分でいつも通りの道をスーツ姿で歩いていた。

一つ違ったのは「ドンッ!」という何かがぶつかる音、一瞬送れて響く悲鳴、歩道では子供が泣いていた。

道路を見てみれば助からないであろう怪我を追った女性。

あぁ、私が下を向いて歩いている間に事故が起きたのだろう、朝から、しかもこんな月曜日からなんとも嫌な気分にさせられてしまった。


ふと今が何時か気になり腕時計を見る。


繰り返される。

(あなたの記憶をランダムに消去することを代償に時間を巻き戻しますか?)


「…はぁ?」

ずいぶん素っ頓狂な幻聴だ、そう思った。この酷く凄惨な状況に少し頭がおかしくなったのか、そう思った。

でももし幻聴でないなら?この嫌な気分を変えられるなら?

ランダムに消去される記憶、それに一瞬躊躇させられたが一度だけ、そう一度だけなら試してみても問題ないだろう。

「時間を巻き戻そう」

そう答えていた。

瞬間頭の中でこれから消えるのであろう記憶が流れ出した。これは昨日ゲームでレアアイテムを手に入れた記憶か?この程度で良いのか?時間を巻き戻す代償にしてはあまりに軽く思われたがランダムならそういうこともあるのかもしれないな、と思った。


腕時計が強い光を放ち目が開けられなくなる。

光が収まった時私はいつも通りの道を再び歩いていた。先程までの悲鳴やら怒号は影も形も感じられない。

ただ先程と違うのは同じく気怠く歩いてるさっきまで地面に横たわっていたはずの女性、そして道路向かいに同級生を見つけたのであろう元気に手を振る子供。

成程、さっきのは幻聴ではなかったのか、ならば先程までの光景は寝ぼけた自分の頭が作り出した光景か?いや、それにしては声も音も匂いも全てがそれを現実だと示していたはずだ。

そしてここから先起こることを俺は知っている。少なくとも結果は。


まず子供が道路に飛び出した。近くに居た女性は一瞬の逡巡の後その子供の手を引き身代わりになり撥ねられた。私がさっき下を向いていた間にこんな光景が起きていたのか、なぜか冷静にその光景を見ていた。


(あなたの記憶をランダムに消去することを代償に時間を戻しますか?)

そりゃこのままじゃ嫌な気持ちのまま一日を過ごすことになる、そしてこれを回避する力が今俺にはあるんだ、代償の記憶…何が消えたのかはわからない、というよりはもう思い出せなくなっているんだろう。

「もう一度時間を巻き戻そう」

先程と同じく腕時計から強い光が放たれた。

今度は何の記憶が消えるんだ?そう思ってると今度は子供の頃母親に好きな食べ物を作ってもらった時の記憶が流れ出した。少し寂しさを感じたがこれで人を救えるなら後悔もないさ、そう強がった。


光が収まりさっきとまったく同じ光景、気怠げに歩く女性、はしゃぐ子供。

さっきと同じく飛び出す子供の腕を私は掴み、止めた。ちょうど車が猛スピードで通り過ぎた。


「道路を渡る時は確認するか横断歩道を使いなさい。飛び出しは危ないからね。君も怪我なんてしたくないだろう?」

そう子供に言い私は立ち去った。


それから一週間私はこの腕時計の力を使い自身の失敗を帳消しにしたり、身近で起こる事故を事前に防いだりこの力を謳歌していた。

消えた記憶は思い出せない、というよりも思い当たるものがないのだ。

それも当然思い出せたのなら記憶の消去ではないのだから。


ただこの腕時計をどこでどう手に入れたのか、その記憶だけは消去されたことがはっきりわかった。

どうしても思い出せなかったからだ。


誰にも出来ないことをして人知れず人を助ける、そのことに誇らしさを覚えつつ達成感を覚えつつも、それでも変わらぬ日々を送ることに少し辟易しながら帰路についていた。

少し先の方で金属が激しく叩きつけられた様な音が聞こえる。

近くに行ってみると工事現場で鉄骨が外れ落ち下に居た人が無残な姿に変わってしまったらしいことが見て取れた。


(あなたの記憶をランダムに消去することを代償に時間を巻き戻しますか?)

もう何度も聞いたこの無機質な声に俺は

「巻き戻そう」

そう答えた途端いつものように腕時計は光り始めた。

今回消える記憶は…これは父が近所の川で溺れた子供を助けた記憶か。溺れた子供を見るや一も二もなく飛び出した父、子供を岸に上げたが自分はそのまま力尽き溺れて流されていってしまった、その光景を見てあぁ、最近思い出さなくなっていたがこれはまだ消されていなかったんだな。そう安堵を覚えると共にここで見るということはこの記憶が消えると言うことだ。無性に寂しさを感じた。


光が収まり私は帰路を歩いていた。この先で起こることを知っている。防ぐすべも私は持っている。

そしてそれを防ぐために私は記憶を代償に戻ってきた。

だが私はそれをする気が全く起きないことに気がついた。


金属のぶつかる音、悲鳴、怒号。それらを背に私は帰路につく。





(あなたの記憶をランダムに消去することを代償に時間を巻き戻しますか?)





「いや、巻き戻さない」

私は家路を急いだ。




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