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イレギュラーズ・クロニクル  作者: 佐々木 犬蛇MAX
第2章 永久凍土の守銭奴
9/12

2.1 鴉(ヴァローナ)


 街の繁華街が賑わいを見せる深夜0時。

 今朝仲介人である店主と話した同じ店に男は来ていた。

 閉店中の寂れた雰囲気とは対照的に店内は賑わいを見せている。とは、とても言えず書き入れ時の週末にもかかわらず閑古鳥が鳴いている状況だ。

 店内には男の他に、近くの工場から仕事終わりの工夫が二人、隅の席で愚痴まじりに酒を飲みかわしているだけだ。

 カウンターにひとり腰掛、男は酒をちびちびと飲む。

 この店で一番強い酒をくれと店主に行ったらコイツが出てきた。スピリタスという世界一アルコール度数の強い酒らしい。ひと口喉を通しただけで焼けるような痛みとアルコール臭さでむせ返ってしまった。緊張している自分を落ち着かせるためにと普段飲みもしない酒を注文したことに後悔しつつ、舐めるようにして少しずつショットを減らしていく羽目になった。

 店主も分かってて出したに違いない。嫌な奴だと男は思った。

「なぁ、本当に来るのかそいつは?」

 いらだちを込めて店主に尋ねた。

「さぁな」

「・・・・ちッ」

 苛立っているのは酒の事だけではない。情報屋である店主が指定してきた待ち合わせ時間は夜の10時。もう2時間も待ちぼうけている。殺し(ヒットマン)との密談に営業中のパブを指定してきたことには驚いたが、店の奥には個室もあるらしい。先方が到着したらそこへ移動でもするのだろう。そんなことを考えているのもはじめのうちだけで30分も経てばやることもなく、ただ小さなイラ立ちが募るばかりだった。

「暇だったらステーキでも食うか? うちのTボーンステーキはうめぇぞ」

「飯なんて食う気分じゃねぇーよ」

「もったいねぇな、うめぇのによ。酒のお代わりはどうだ?」

「い、、、、いや、まだいい」

 心の中でもう一度舌打ちをする男。

 そろそろ、引き上げた方がいいだろうか? この糞おやじを懐の銃で撃ち殺して、くれてやった情報料を奪い返してやる。

 そんなことを考えていたら、入り口のチャイムがなった。さび付いた鐘の鳴る特徴的で耳障りな音だ。

 客でも来たのだろう。今日は週末。こんな寂れた酒場にも客くらいは来るだろう。と

 期待もせずにそっと眼をやる。

 と同時に、男は絶句した。

「・・・・・・ん・・・なっ」

「やぁ、モーリー。繁盛しているようで何よりだよ」

「暫くぶりだな。随分と好き勝手にやっているらしいじゃねーか」

 モーリーと呼ばれた店主が仏頂面のまま口元だけにやりと笑った。

 男が見たのは入り口を潜り抜ける"人"影。

 正確にはヒトの形状をした謎の影。 

 黒いコートにつば広の黒い帽子。

 なんといっても目を見張るのはその巨体。ドアを屈みながら入ってきたそいつは、ぬらりとした長身を揺らしながらゆっくりと歩みを進めた。

 身体全体のバランスだけを見るとひょろりと華奢な印象を受けなくもないが、ちらりと覗き見えた腕は隆々とした筋繊維を纏っている。2メートル半ば、いや、下手をすれば3メートル近くある長身。ぐにゃりと曲がった猫背に異様な角度のなで肩を差し置いても見上げるほどの大きさは見た人に錯覚を覚えさせる。

 薄暗い店内では帽子の陰になった顔は良く見えないが、纏う雰囲気はもはや人間のそれではない。ここが森やなにかだったらば、UMA(未確認生物)の類が現れたと大慌てで逃げ出すだろう。

 ゆらゆらと体を揺らす巨人はカウンターで席に着いた。

 ミニチュアみたいなサイズ感の椅子とカウンター。巨人は感情の無い声で囁いた。

「一番強い酒、ジョッキで。あとTボーンステーキ、ブルーレアで、店にあるだけ全部だ」

「だからいつも言ってるだろ。酒の飲み方を覚えろってな。お前さんのはアルコールを接種したいだけ、そんなに酔いたきゃエタノールでも喰らってな」

「酔いが回って腹が膨れればなんでもいいさ。食事を楽しみたければこんな店には来やしないよ。そんなに言うなら次来る前に、店の照明をアルコールランプに代えておいてくれ」

 まさか、と、男は息をのんだ。

 店主の言っていた"化物"という言葉が頭に浮かぶ。

「あ、アンタが"ヴァローナ"か?」

 (ヴァローナ)。殺し屋のコードネームにしては随分と小狡そうな名前だと思っていたが、実物を目の当たりにすると、なるほど納得した。この黒さをとってつかられたのだろうと納得がいく。 

 漆黒の怪人=ヴァローナの前にジョッキが置かれた。この店で最も大きなタイプのやつだ。そこに店主のモーリーがスピリタスのボトルからドボドボと注いでいく。ジョッキにはそのまま、ボトル2本分がなみなみと注がれた。

 怪人は男には目もくれずジョッキを持ちあげる。

――― おいおい、冗談だろ? 死ぬ気かコイツ!?

 ジョッキを勢いよく傾けると、ごくごくと喉を鳴らして身体の中に流し込んでいく。

 男がショット一杯で辛酸を味わったアルコールの塊が、見る見るうちにジョッキから姿を無くしてく。

 一口飲むたびに、ヴァローナの長く腰まで伸びた黒髪がゆらゆら揺れる。

 時間にして10秒にも満たないだろう。

 ジョッキを一息に飲み干すと、ぐふぅー、と勢いよく胃に溜まったガスを吐き出すヴァローナ。アルコールの息が男の方にも流れて来て目に染みむせ返ってしまう。

 ジョッキが割れそうなほどに勢いよく置かれ、そこで初めてヴァローナの顔が男の方へと向けられた。

「おや? おやおやおや、ナンパされるだなんていつぶりだろうねぇ。だが、生憎と今は男の気分じゃあないんだよ。キミ、妹か姉はいるのかい? 母親でも構わないよ」

 抑揚が無く、感情が読み取れないしゃべり口調。首をぐるりと曲げて下から男の顔を覗き込む。

 そこで初めて男は怪人の風貌を目の当たりにした。青白く薄い血色。切れ長の眼に光沢のない黒い瞳が浮かんでいる。起伏が少なくのっぺりとした作りの顔は、以前テレビで見た日本(ヤポーニア)の伝統芸能で使用する"能面"と呼ばれていた仮面に似ていると男は思った。

 感情は読み取れないが、文面からおちょくられていると激怒した男は不気味な怪人相手に声を張り上げた。

「ふざけんじゃねぇ! 誰がテメェみたいな不気味な野郎を口説こうってんだ! 俺にそっちの気はねーよ!」

 内心びくついており、事実冷や汗も流している男だが散々待たされ、命がけに得た情報がガセであった可能性に思い当たり感情が激しくなる。

 するとヴァローナは。

「酷いことを言うねぇ? レディに向かって不気味だなんて。傷つくなぁ・・・・あぁ、腹が減った」

――― レディって、コイツまさか女なのか!?

 容姿からは女であることはおろか人間であるかも疑わしい怪人を前に男が驚愕していると、店の奥、厨房から姿を現した店主がカウンターに大きな皿を置いた。その皿の上には1枚1000グラムはあろうかという骨付きのTボーンステーキが山のように重ねられている。

 近くにいる男にもスパイスと油の匂いが強烈に香ってきた。

 そんな肉の山が置かれるやいなや、ヴァローナは白い手袋をつけたまま、そのことを全く意に介さずに鷲掴みにすると切り分けることもなくかぶりつく。

 巨大なステーキ、とは言っても通常サイズの人間に対しての比較であり、ヴァローナが持つととてもそうは見えないから驚きだ。両手で肉を持ち、肩をすぼめどんぐりを齧るげっ歯類のように黙々と平らげていく様を見て男は諦めたようにため息をついた。

 この大女も、店主も、ついでに他の客も皆撃ち殺して他の殺し屋を探すとしよう。ゆっくりとした動作で懐に忍ばせてある銃へと手を伸ばしたその時、店主が男を静止した。

「安心しな兄ちゃん。こいつが間違いなく世界最強の殺し屋だ。情報屋のモーリーの名に誓って嘘じゃねぇ」

 モーリーの真剣な物言いにとりあえず話だけは聴こうと落ち着く男。

 そんな二人をよそ眼に、ヴァローナはバリバリとステーキを食らう。Tボーンステーキの骨をクッキーでも食べるようにサクサクと噛み砕きながら。

 その時、ガチャリという銃の撃鉄が起こる音が店内に響いた。

 俺じゃない。と男が驚き店内を見まわした刹那。

 店の角で酒を飲んでいた二人組が銃口をこちらに向けているのが目に入った。

――― 殺される!

 と身構えたのもつかの間、銃口の向きが自分でも店主でもなくヴァローナへと向けられていることに気が付いた男が、危ないと声を上げようするよりも前に乾いた銃声が店中に激しく響いた。

 1発、2発、3発、4発、5発、6発・・・・・・・・・・・・・

 あたまを抱えてカウンターの裏へと逃げ込んだ男の耳に数えきれないほどの銃声が重なり合い聞こえてくる。確実に徹底的にターゲットであるヴァローナに鉛弾を撃ち込み殺す気だ。

 流れ弾が当たらぬよう、銃声が鳴りやむのをひたすら待つ男。カウンターの裏には肩に弾を食らったと思しき怪我を負ったモーリーもまた頭を抱えてうずくまっている。

 壁に飾られていた酒瓶の数々が木っ端みじんにはじけ飛び散らかる。壁やカウンターの木片も飛び散った。

 そんな長く感じた銃声の嵐も、もしかしたら数秒に過ぎなかったのかもしれない。

 銃声が鳴りやみ、1分ほどが過ぎただろうか。カウンターから頭を出して店内を見たら、どれだけ惨たらしいヴァローナの死体が転がっている事だろう。ゾッとする男はすぐに確認する度胸もなく、店主が動き出すのを待っていた。

 更に数分が過ぎた時、モーリーがゆっくりと立ち上がった。傷は浅く、命に関わるものではなさそうだ。続いて男も恐る恐るカウンターから顔を覗き込んだ。

 銃撃犯たちはもう逃げ出したのだろうか?

 惨たらしい血の海を想像し、直視しないように目を細めて店内を眺める。

 すると

「・・・・うおッ!?」

 そこには先ほどの何も変わらず、Tボーンステーキを咀嚼するヴァローナが座っていた。

 能面のようなのっぺりとした顔もそのまま。頭が割られて脳がブチまけっれているようなことはない。

 バリバリと骨ごとステーキを食らう黒衣の怪人がそこにはいた。

 なにが起きたのかと頭が混乱している中で、男は先ほどまでのは全く異なる点があることに気が付く。

 ヴァローナの顔に点々とした血痕が付着している。よく見ると顔だけではなく、黒衣や帽子にも見づらいが血が付いているようだ。やはり怪我をしたのかと一瞬考えたが、ヴァローナの手、白くステーキに肉汁がたっぷりと沁み込んでいたはずの手袋が、真っ赤に染め上げられ真新しい血がぽたぽたと滴っている。

 血など気にせずステーキを掴んで食らうヴァローナの口元は血で染まり、紅化粧のように不気味に白い顔に浮かび上がっていた。

 ごくり、と唾を飲みこむと男は恐る恐る床へと目を向ける。

「・・・・・・・・っっっ!!」

 そこには銃撃犯の男が二人倒れ込んでいた。さっきまでと異なるのは首から上、頭部が二人とも粉砕されており、その中身が床一面に飛び散っている。

 突如起きた銃撃。けれど結果として死んでいるのは狙われたヴァローナではなく、襲ってきた二人だ。

「"世界最強の殺し屋"・・・」

 と無意識に口をついた。

 すると

「殺し屋と呼ばれるのは不本意なんだ。金さえもらえれば何でもしてきた、たまたま殺しの依頼が多かっただけでね」

 初めて能面顔に表情が浮かんだ。口角を引き上げ、血まみれの口がぐにゃりと笑う。

 その姿を見て男は関わってはいけないモノと関わってしまったのではないかと冷や汗を流した。

 目の前にいるこの生物をどう表したらいいのだろう。

 男は不意にそんなことを考えていた。そしてそこで初めて店主の言っていた"言葉"の意味を理解する。

 体格や風貌の話などではない。この女の異質さを現した最も適切な"言葉"を。

「・・・・・・ば、化物」

「・・・・・・傷つくなぁ」


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