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イレギュラーズ・クロニクル  作者: 佐々木 犬蛇MAX
第2章 永久凍土の守銭奴
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2.0 永久凍土の守銭奴

「文字も読めねぇほど酔ってんのか? 閉店だ失せな」

 扉に"CLOSE"の札を下げた場末のパブで仏頂面の店主が吐き捨てた。

 向けられた"ソレ"を意に介することもなく広げた新聞を睨みつけている老齢の男。

 ぼさぼさのひげを蓄えた口には湿気たタバコが咥えられている。

「う、うるさいッ 黙って俺の言うことを聞け!」

カウンターを挟んで立つ男の手は震え、握られた"ソレ"、"改造銃"の引き金に指がかかっている。

「危ねぇじゃねーか。酒か? 薬か? その震える指でうっかり、なんてのは勘弁してくれよ」

店主は男を一瞥しため息交じりでそう言った。

「・・・・で? なんて言ったんだったかな?」

 バンッ、とカウンターに手を叩きつける男。よく見ると叩きつけられたのは掌だけではなく、その下に金銭が握られていた。ボロボロの服装とお揃いの汚れ塗れの札束だ。酒屋の会計にしては金額が多すぎる。この寂れた店にそこまで高額の酒など置いてはいない。

「この国で、いや、この世界で最高のヒットマンを紹介しろ。お前が"そういう"副業をしているのは知っている。"金ならいくらでもある"!」

店主はカウンターから金を無造作に拾い上げると一枚一枚数え上げ、偽札でないかをチェックしていく。

「汚ねぇ金だな。全部泥まみれでボロボロじゃねーか。それにこれは血痕だな? 真っ当な金じゃあるめぇ」

「ボロボロで後ろめたかろうと金は金だ。文句はねぇだろ! 足りねぇってんならまだあるぞ」

「はっ、十分だよ。金は貰い過ぎても少なすぎてもいけねぇ。適量ってもんがあらぁ。酒と一緒だ」

 そういうと店主は金を懐へとしまい込む。 

「"金ならいくらでもある"ねぇ、随分と大口叩くじゃねーか。そいつが本当なら苦労はねぇだろ」

 鼻で笑う店主に向かって男は足元に置いていたアタッシュケースをカウンターに叩きつけた。

 店主が訝しみながらケースを開くと、同じくボロボロの札束がケースにぎっしり詰まっている。この国で生涯働いたとしても稼げないような大金だ。その金を見てひとこと「覚悟だけはあるってわけか」とつぶやいて再び閉じた。

「酒場の店主としては三流の俺だが、情報屋としての顔は超一流だ。"世界一の殺し屋"確かに俺は知っている。だが、アイツだけはやめておけ、他に腕の良いのを何人か見繕ってやる。そのケースの中身半分以下でも喜んで仕事してくれるだろうよ」 

「それではダメなんだ!」

 男が叫んだ。店主はそんな男の態度に眉を顰める。

「半端な奴ではダメなんだ。これまでも何人ものヒットマンを使ったが尽くが返り討ちに会い殺された。奴を殺すには並大抵では不可能だって思い知らされた」

「よぉ兄ちゃん。ここまでの金をかき集めてまで殺したい奴ってのはどこのどいつなんだ?」

「いや・・・・それは・・・・・」

「安心しろ、噂話は大好きだが口の堅さは保証するぜ。それに、差し向けた殺し屋が全員ぶっ殺されてるってなら、ターゲットも知らないまま仲介なんて出来やしねぇ。信用にかかわる」

 男は暫く考えたのちに重い口を開いた。

「・・・・テオドール = フォノトフ」

「クハハッ! 武器商"ドラコン"を殺ろうってか! なるほど、酒で頭がイッチまったみてーだ!」

 腹を抱えて笑う店主。煙が肺に入ってむせ返っている。

「なるほどな。そりゃあ半端な奴じゃあ殺されるのがオチだ。殺したいほど奴を憎んでる奴なんて石を投げりゃあ当たるだろうしな」

「・・・あ、あんたの言う"世界一の殺し屋"。そいつでも無理だと思うか?」

深くたばこを吸いこむと、店主は煙と一緒に長い息を吐きだした。

そして暗い表情で口を開く。

「奴がその気になれば殺せねぇ人間なんていねぇ。絶対にだ。一国の大統領だろうが、聖人だろうが頭を吹き飛ばすのに苦労はしねぇだろう」

「そ、それじゃあ!」

「だが、ダメだ! お前に奴は紹介しねぇ。復讐なんてやめてその金で遊んで暮らせ」

 男はうつむき押し黙る。

 店主は天井を見上げタバコをふかす。

 店内に流れる静寂は、どこか不穏な空気を孕んでいた。

 そして、男が顔を上げる。

「いいからそいつを今すぐここに呼び出せ! テオドールを地獄に叩き込むためなら、こっちは死ぬ覚悟だってとっくにできてるんだ! もちろん殺す覚悟もな!!」

 カチリと引き金にかかった指に力がこもる。

「―――――死に急ぎの大馬鹿野郎にひとつだけアドバイスだ」

 タバコの握りして火を消す店主の表情はその日見せたどれよりも真剣なものだった。

「奴は腕は確かだがとにかく金に汚い。執着していると言ってもいいだろう。とにかく奴相手に安く済ませようなんてゆめゆめ考えるな。その金はもちろん、貯えがあるんだったら全部吐き出せ。あとは、もう"運"次第だ」

 店主が電話を何処かへとかける。交わした言葉は少なく、一言二言程度だった。

受話器を置き、新しいしけた煙草に火をつける。

そしてもう一度大きくため息を吐き出した。

「おめーさん。世界一強い生物って何だと思う?」

「・・・? なんだ? クイズか? シロクマ、ライオン。サメやシャチ。それともニンゲンっていうオチか?」

「残念、ハズレだ。正解は"カラス"だよ」

「は? たしかに賢いとは聞くが、最強って。どういうオチだ?」

「黒衣の殺し屋"(ヴァローナ)"。アレを知ってるやつはそう呼んでいる。殺しの天才だ。奴の行動原理は金のみ。裏社会に生きる伝説。やつは正真正銘の・・・・バケモノだよ」

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