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イレギュラーズ・クロニクル  作者: 佐々木 犬蛇MAX
第1章 亡国の騎士
6/12

1.4 狭間渡り〈改訂版1.1〉


 ロストは言葉を失った。

 顔を覆っていた包帯がゆっくりと外され、ベロニカの傷跡が露になる。

 3本の創痕で左顔面は大きく抉れて裂けた頬は耳の付け根にまで達している。傷もまだ乾ききっておらず血が滲み膿んでいた。

 そして右腕。乱雑に引き千切られた上腕部を治療の為に肩から切り落とした。

 麗しき少女であることを差し引いても、傍から見れば誰もが目をそらしたくなるような凄惨は状態だ。

 けれども当のベロニカはというと看護婦がかざした鏡を覗き込みさして気にした様子もなく笑った。

「くハハッ。ひどく凶悪な面構えになったな。眼が一つというのはなるほど思いのほか不便そうだ。書を読むにも片目だけでは一苦労よな」

「・・・申し訳ございません。ベロニカ様」

 幾度目か。膝を付き頭を深く下げる。

 その様子を残った左目で一瞥すると。ベロニカは鏡を放った。


 魔獣の襲撃を受けたあの日。それから半月ほどが経過していた。

 あの日から今日に至るまでベロニカは酷い高熱に侵され、生死の境を長く漂った。

 ようやく意識を取り戻したのは昨日未明。目が覚め、目の下に大きな隈を作り焦燥しきった顔で覗き込んでいたロストに向かって口にしたのは、「貴様を拾ったあの時と逆だな。乙女の寝顔をまじまじと眺めるな馬鹿者」といつもと変わらぬ憎まれ口だった。


「ちょうどいい。父に仕組まれた見合い話をどうはぐらかしたものかと考えておったがこの醜い顔なら向こうから取り下げて来るだろう ・・・っ! ・・・うむ、やはり口元がすこし引き攣るな」


 包帯を取り換え看護婦を下がらせると城仕えの老医師といくつか問答を交わす。

 魔獣に踏みつぶされた左脚は幸いにして切断せずに済んだということ。しかし、完治したとしてもこれまでのように正常に歩行するためには辛く厳しい訓練が必要だろうということだった。

 そんな話をされてもベロニカは、魔王の手先に命を狙われその程度で済んだのは幸運だったと決して悲観することはなく医師に治療の礼を言い、ロストと二人きりにしてくれるよう部屋にいた従者も含め全員を退室させた。


「・・・それで? なにか言いたそうじゃないか。なにを分不相応に責任を感じておる?」

「私は騎士失格です。ベロニカ様の盾であり、剣たる立場でありながら、あまつさえ護られるなどと」

「なるほどな、それで、どう贖う?」

「・・・・・それは」

 騎士失格。その言葉を否定も肯定もせずにまっすぐ送られてくる視線にロストはひとつの答えを返した。

「姫様付きの騎士の御役目。罷免していただきたく」

 わずかな間があった。ほんのわずかな空白。

 それを破ったのは大きな音。

 ベロニカの枕元に置かれた水の入った杯が、勢いよく投げつけられ、ロストの額を切りつけ大きな音を立てて床へと転がった。

 額から流れる血を拭うこともせず、傷つけられた相手にほんの些細な負の感情を抱くこともなく、申し訳ございませんと謝罪を述べる。

 杯を感情任せに投げつけたベロニカの表情にあからさまな怒りの感情は浮かんでおらず、冷たく睨み膝まづく騎士を見下ろす。

「私の元を離れると?」

 しかし、その声色には確かに。

「私の所有物の分際で、そのような勝手が許されるとでも? 意思も、望みも、貴様には不要だろ。人ならざるモノの分際で笑わせるな」

 確かに怒りが籠っていた。

「死ぬまで私の傍にいろ。私の傍で私の為だけに戦えって死ね。貴様の生涯に。それ以外のことは何一ついらぬ」

「私の役目はベロニカ様のお傍にいることでも、戦って死ぬことでもありません。来る魔王無き新時代、その実現まで何があっても貴女を御守りすることです。けれど、今のままでは魔獣一匹退けることもできない。"力"がいるのです」

「誰が、いつそのようなことを命じた?」

「・・・・貴女に・・・きみに拾われたあの時、僕の魂に誓ったんだよベロニカ」

 鳥の声が聞こえてきた。

 この国の、この世界の置かれている現状とは似ても似つかない清々しいほどの青空。

 窓から望む空ははるかに遠く澄み渡っていた。

「・・・どこへ行くつもりだ」

「存命する唯一の"勇者"、西の大陸に渡り"英雄王"の国へ。ガルバス将軍の伝手で彼の国の騎士団にて修行させていただけることになりました。人類の持つ戦力でただ一つ魔王の軍勢と渡り逢えているあの場所で数年身を置こうと考えております」

「"英雄王"に"剣聖"の国、か。それにガルバス卿とは。あの一件でうやむやになっていたが彼奴の存在はこの国の主権を私が握るのに邪魔であるのは変わらぬ。死んでもらうのが一番確実なのだがな」

 冷たく静かな物言いに不思議と怒りの感情は見えなくなっていた。

「よい、逝ね。金輪際言葉を交わすこともなかろう。今この場をもって騎士の任を解く、それと」

 もうロストに視線を送ることもしなくなった。

「二度と我が"名"を口にするな。姫様と呼ぶように。良いな"元剣隊長殿"」

 うつむいたまま。静寂が過ぎる。

「必ず貴女の元へ戻ります。・・・姫様」

「・・・失せよ」

 一瞥することもなく外を眺めるベロニカに深くお辞儀をするロスト。

 後ろ髪引かれる思いの中強い足取りで部屋を出て行った。



§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 なぜ昔のことなど思い出しているのだろう?

 あれから、

 色々あった、

「―――・・―――・―――!」

 あの日、

 魔王軍にハイデリアが攻め滅ぼされたあの日、

 ベロニカを連れて逃げ出した、

「―――ませ! ―――・・――――ル!」

 ハイデリア王も妃様も、

 一緒に戦った騎士団のみな死んだ、

 それで私だけは、

 私はどうしたんだっけ?

「目を―――せ! ―――― 死ぬな! ―――ロスト!!」

 ボクは、

 ・・・ベロニカ?

 ベロニカは無事なのか?

「いい加減に目を覚まさぬか!! 貴様の死に場所はここではないぞロスト!!」

「あれ・・・姫、様? なにを・・・?」


 冷たい石壁を背にしてロストは意識を取り戻した。

 全身に大小さまざまな傷を負いボロボロだ。

 そんなロストの胸ぐらを掴み、鬼のような形相で揺さぶり起こしていたベロニカもまた傷を増やしていた。

 ロストの視線の先、開かれた視界の彼方で今ちょうどに日が水平線へと完全に沈み入った。

「なにをではない。のんきに眠っている場合ではないぞ。"渡りの儀"には送る者と送られる者の最低2人必要だ。さっさと起きて最後の役目を果たさぬか」

 "渡りの儀"。その言葉でロストは自分がどこにいるのかを思い出した。

「此処は"渡りの間"? そうだ魔孕蟲の群れと戦い、それから・・・?」

 ロストがゆっくりと立ち上がる。ふらふらと足元もおぼつかず、酷い頭痛に額を抑えた。

 ロストとベロニカがいる場所は砦の最上部に位置している石部屋の前だ。屋上に作られ扉以外の一切が硬い大理石で覆われたその一室は、外装に特殊な文様が隙間なく刻まれており、砦の他の部分に比べても異彩な雰囲気を漂わせている。

 灯りは無く、満点の星空と満ちた月光によって照らされたその姿は、この世ならざるどこかへと誘う魔界の門といった趣だ。

 ロストはあたりを見回した。

 そこには幾つもの魔孕蟲の死体が転がっており、その死体の足跡は砦内へとつながる階段へと続いている。魔孕蟲の死体、その尽くが剣によって腕を、脚を、身体を両断されており、狭くはない屋上には緑色の血液で湖が出来上がっていた。

「そうか、間に合ったのか・・・」

「呆けている暇はないぞ。すぐにここも奴らに浸食される」

 ベロニカの睨む先。砦の周りの岩山に蠢いているのは節足をカサカサと動かす凶悪な魔孕蟲の群れ。岩肌を隙間なく埋めるほどの大群が暗黒の海から這い上がり際限なくその数を増やしている。

 ロストが死力を尽くして切り倒した蟲の数など、奴らにとっては数にも満たない些細なことだ。

「ちょうど夜が来た。すぐに"渡りの儀"を始めるぞ。ロスト、これを持っておけ」

 そう言うとベロニカは下げていた首飾りを胸元から取り出しロストへと手渡した。

 手に握られたのは掛紐につながれた黒く曇る石。加工された宝石のような長方形の飾り石は濡れているように滑らかな石肌をしている。

 けれども王侯貴族の煌びやかな宝石のような輝きは持たず、月明かりを飲み込みその空間に穴でも開いたかのような漆黒を手のひらに作り出していた。

「これは?」

「あまり見つめるな。飲み込まれるぞ」

 夜の海や、大樹の洞。そんな不気味な暗がりがこの石には閉じ込められているのではないか。黒石を見ていると魂を吸い取られるような錯覚にロストは陥っていた。

 「『墨影流秘石(すみかげるひせき)』。我がハイデリア城の宝物殿。その深奥に秘匿されていた国宝だ」

 ベロニカは淡々と述べていく。

「その正体は、今から300年前、ハイデリアの英雄『光の勇者』が相打ち滅したとされる『影統べる魔王"ハムレット"』が死する時に力の一部が結晶化された唯一無二の魔石だ。魔王ハムレットは、強大な力を持つ魔王の中でも唯一"界と界の狭間を渡る"能力(ちから)を持っていたという。要するに墨影流秘石はこれから行う"渡りの儀"の触媒であり、こことは別の世界への扉を開く魔術を行うために必須の魔具だ」

「・・・・ま、、、魔術!? なぜ姫様が魔術など!? それに魔術は・・・・」

「それは・・・説明している暇は無いな」

 眼下で続々と砦に押し入る蟲の大群を睨みベロニカは舌打ちをした。

「とにかく魔術に必要な陣と装飾の準備は終わらせてある。あとはこの石室に送られる者が入って、外から墨影流秘石を触媒にした儀式を行い"異界"へと送る。本当なら我も含めパーティを組んで異界へ渡り"目的"を果たすつもりだったが、この様子じゃ砦の兵たちも全滅だろう。せっかくあの災禍を生き延びたというのにつまらぬ死に方をさせてしまった」

 悔しそうなベロニカだったがすぐに気持ちを切り替えた様子で扉を開け放つ。

「姫様! 儀式の手順を教えてください! 奴等がもう登ってきております! 姫様は早く中に入り指示を―――!」

「あぁ、そうだ。もう―――"時間がない"」

「 ・・・・・・・え?」

 胸に熱を感じ不意に声が漏れる。熱を感じた部分、自身の胸部へと視線を落とすと一本の針が突き刺さっているのが目に入った。何事かと状況を飲み込めずにいると、その針を手にして突き立てた張本人が聴きなれない優し気な口調でこう言った。

「やはり便利だなこの"毒"は。お前との別れではあまり言葉を交わしたくない」

 ぐらりとロストの身体から力が抜ける、そんなロストの腹をけ飛ばすと踏ん張りの利かない脚は慣性に従って後ろへと進み石室の中へと倒れ込んだ。

 ばたりと扉が閉まる。光ひとつ入らない暗黒にロストの叫び声が響いた。

「なにを,なにをしてるんだ!? ベロニカァ!!!!!!」

 部屋の外からベロニカの消え入りそうな声が聞こえる。

「言っただろう? 送る者が必要で、そのためには儀式が必要だと。そして、お前に手取り足取り教えている時間なんてないんだ。私が送る他あるまいが?」

「ダメだ! 絶対にそれだけは! 貴女が言ったんだ! ハイデリアの血筋を持つ自分は特別なんだと! 私の命は貴女のためにあるのだと! 戦います! 外にいる蟲達だって全部倒す! 貴女を傷つけてまで手に入れた力だ! キミを守るから! お願いします! 此処を開けてください! ベロニカ!」

 全身に痺れが回り力の入らない身体を無理やり動かし、扉を押すがビクともしない。外から錠のような何かで封じられているようだ。それでもロストは何度も、何度も拳を扉に叩きつける。皮が破れ、骨が砕け、石壁に血が飛び散っても何度も何度も何度も何度も。

 その時、床に描かれたサークル上の魔法陣が淡い光に浮かび上がる。そしてその光は徐々に輝きを増し、眩しいほどの光に包まれたかと思うと、手に握られた墨影流秘石から純黒の闇が広がった。

 ロストは慌てて石を床にたたきつけ踏み砕こうとするが、すでにそこに石としての物質は消えうせており、ただ空虚な闇を踏みつけただけだった。

「『草葉の陰 月夜の綿津見(わだつみ) 秘する想い 境界を払いて闇に溶ける ――― 』」

「ベロニカ! 私はキミがいないと生きる意味がないんだ! 貴女が私のすべてなんだ! キミがいない生に意味なんてない!!」

「『拓け扉 陰に潜む混沌の獅子よ 繋がれ扉 光背負いし開闢の鳥よ 我が名はベロニカ・オーベム・クラウス・ハイデリア 我が真名の元に魔王ハムレットに願う 世界の枢を開けよ!』」

「ベロニカァ!!!!!!!」

 涙が止まらない。ロストは理解していた、世界を魔王から人間の手に取り戻す。その願望の為にベロニカは自分を犠牲にするつもりなのだ。

 ひと際強い光と何物をも飲み込む闇とが溶け合いロストの周りを包み込んだ。

「ロストよ、やることは分かっておるな? 世界から失せたはずの"魔王の魂"が向こう側にある。お前は必ずそれを取り戻し、再び帰ってこい」

 ロストは叫んだ。けれど、声すらも闇が飲み込み溶かしてしまう。喉が裂けて血が噴き出るほどの必死の叫びも空気を揺らす前に飲み込まれてしまった。


「・・・・待っているぞ」


 そうして世界は繋がった。たった一人、戦う意味を失った騎士を連れて。




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