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イレギュラーズ・クロニクル  作者: 佐々木 犬蛇MAX
第1章 亡国の騎士
5/12

1.3 ヴェロニカ〈改訂版1.1〉

評価、感想お願いいたします

 魔獣。悪魔王から直接血肉を与えられた怪物。高い知能と強かさを持つ超越生物。


 ―――そんな"俺"がなぜ?

 ―――なぜ斯様な弱き者に不安を抱く?

 ―――この女はなんだ?

 

 人間の小娘を抑えつけた爪が、薄弱たる表皮を破り肉へと食い込む。

 なんと脆弱たる肉体か。ほんの少し加減を誤れば容易に臓物が弾けてしまう。

 枯れ枝を踏み抜いたような音。腕か足かが砕けてしまったようだ。

 弱い。弱い。弱い。弱い。

 生物として雌としてあまりにも弱すぎる。だのになぜ?


「魔を統べる王はただお一方”リア”王に決まっているだろう愚かな娘よ。貴様は、なぜ・・・笑う? あまりの恐怖に呆けたか? いや、それならばのこのこ此処へは現れまい。まさか、それとも自分は死なぬとでも思っているのか?」


 女を抑えつける腕に力が入る。全身の骨が軋む音が辺りに響く。

 肉体に食い込んだ爪をぐるりとかき回すと女の口や鼻から血と体液とがごぼりと零れた。

 けれども女の顔には笑みが浮かんでいる。そしてその眼は鋭く"俺"を睨みつける。なぜだ。なぜ。


「・・・・・・・ッ」

 女がパクパクと口を動かすも喉から音が漏れない。腹を抑えつけられ肺が押しつぶされているようだ。

 いったいどんな泣き言を言っている? 情けなく無様な命乞いか? 虚勢に塗れた悪態の類か?

 聴かせてみろ人間の女よ。魔王の因子を受けし本能が貴様の絶望を欲している。 

 女を抑えつける力を少し緩める。

「・・・・・カハッ! ゲホッ! ・・・・グ・・・ゲェッ 」

 一気に吸い込まれた空気に血や吐しゃ物が混じり、女の顔が苦痛に歪む。

 それでいい。魔王様に仇なす者にはその表情こそ似つかわしい。

 頭を鷲掴み、持ち上げてみると猿にも劣るみすぼらしい細躯が軽々と宙に浮く。


「乞え。我らが王に、必至に、無様に、人間風情に生を受け産まれた赦しを乞うのだ」


 幾度かの嗚咽を繰り返し、荒げた呼吸を整うのを待つ。

 すると

「放っておいても死にゆく国の王などわざわざ殺しに来る必要などあるまい。狙いが私であることは察していた。果たしてどこから情報が漏れたのか、どうやらねずみが入り込んでいたらしいな。それにしても・・・」

 下卑た笑みを浮かべる。

「・・・ふっ。畜生の分際で良く回る口だ。よほど我ら人間に苦汁を飲ませたいのだろう。貴様らの王の器が見てとれる。怯えか羨望か。そんなに我々(人間)が恨めしいか?」


「黙レ雌猿ガァッッッッッッ!!!!」


 我が王へのあまりにも不遜な物言いに感情が高ぶる。

 女の口へと爪を捻じ込むと猿が如き顔が無様に膨らんだ。

 頬をゆっくりと引き裂いてやる。幾本かの歯と一緒に血潮が飛ぶ。下らぬ戯言がこれで吐きやすくなっただろう。

 雌として顔の作りが整っているくらいしか取り柄の無い若く弱い劣等種。これで懇ろになって雄をたぶらかすことすらできなくなった。

 悲痛な表情を浮かべて、だが、それでもなお、笑みを絶やすことはなく。


「なんだ・・・その眼は・・・?」

 右の眼球を抉る様に爪を突き刺した。深く、深く、傷は脳にまで達しているやもしれぬ。だのに。

「真を突かれて逆上するしかできぬとは貴様らもニンゲンと変わらぬな?」

 痛みを、恐怖を感じないのか? いや、違う。

 滲む汗が、震える身体が、強張る筋が、それを否定する。

 この女は、痛みに襲われ、恐怖に身を食われ、それでもなお上回る何かを持って我を睨み、挑発をする。

 わからない。

 "それ"は我々にはないものだ。


 だが!!


「"死"だけは何者にでも平等だ。我が王を除いての話だが、な」

 噛み殺そうとしたときに健気にもみすぼらしい細腕を鼻先に突っ張ってきた。

 手始めに、と、食いちぎってやる。

 ほとんど身のない、ガラが如き食いがいのなさだったが、眼の前で腕を千切られ嬌声発する女の様を見下ろすと血が滾る。個としての強さを持って生まれた我は生殖機能など持ち合わせていないが性的な興奮というものはこれと似た感情なのだろうか?

 たのしい。

 楽しい。愉しい。樂しい。虐しい。

 やめだ。

 我慢はもう。

 やはり、やはりもっと殺したい。

 もっと多く、もっと残虐に殺したい。

 この女の頭蓋を叩き割ったあとはこの城の、この国の人間を片端から。

 引き裂き、叩き潰し、螺子切り、喰らう。 

 殺す。殺す。殺す。殺す!!!!!

 あぁ、そうだ、貴様もいたのだったな。

 主を眼の前で嬲り殺しにされても何もできぬ弱き人間の騎士。

 そうして地べたに這いつくばり、惨めったらしく顔を歪ませている。

 もののついでだ。

 貴様もちゃんと殺してやる。

 だが、いまは、この女だ。

 顔を引き裂かれ眼を潰され、腕を食い千切られた、"王"に仇なす雌。

 さぁ、ちょっと力を入れたら容易に砕けてしまう小さな頭を。

 踏み抜いてやろう。 

 痛いだろう。苦しいだろう。 

 当然の報いだ。

 だが、それも終わりにしてやる。

 王の勅命は苦しみを与えることでも、恐怖を与えることでも、陵辱でもない。

 確実な"死"ただそれだけなのだから。

「終わりだ女。つまらぬ、無意味な人生だったな」

 


 その時、異変



「・・・・・? なんだ?」

 なぜ女の頭が潰れない。その愚かな思考を生み出す脳漿が弾け飛ばない?

 なぜ、なぜ我の身体が動かない!?

「女、何をしたッ!!!!!」

 もはやぐったりとしたきり身じろぎもしない女の身体。

 言葉を発する余裕もなくか細い生命の灯火が揺らめくだけの死に体を、なぜ?

 俺自身の身体からも力が抜け膝をつく。


 そして熱。

 宙を舞うのは女を掴んでいたはずの俺の腕。

 それを目で追う刹那に視界が赤く染まる。

 そこで再び額から喉元へと灼熱が突き抜けた。

 腕を斬り飛ばし、視界を血で赤く染めたその剣を握っているのが死にぞこないの一兵士であることにやっと気が付いたのは俺の腕から逃れた女を引きずり離れた場所で守る様に身構えるそいつの姿を観た時であった。


「主が嬲られ壊されるのを只黙って眺め、機をうかがっていたと。そういうことかッ!! 随分と呑気なものだな! その女、もう死んでいるぞッ!!」

 腕を失い、顔面を半分潰された。残った面に血の気はなく微動だにしない肉人形。

 それを守る騎士も壊れかけのガラクタだ。

 だが、しかし、

「主従か、愛情かは知らぬが壊れた玩具など捨ててさっさと逃げ出せばよいものを・・・ 貴様も! 他の猿共も! 鏖殺だ!」

「・・・ハァハァ、強がるな・・・獣」

 騎士の眼は、まだ。

「先の違和感、今もなお追撃せず、治らぬ傷。ヴェロニカがなにも用意しておられぬはずもない、か」 

 傷が塞がらぬ。

「舐めるな猿風情が!!」

 四肢が動かぬ。

「その女の躯を寄越せ、肉塊になるまで叩き潰してやる!!」

「やらん。この御方は人類を夜明けに導く異財。このようなところで獣如きにくれるほど安くはない」

「殺す! 食らい殺す! 叩き殺す! 貫き! すり潰し! 犯し! そいつは確実に殺す!!!」

 動かぬ! 動かぬ動かぬ動かぬ動かぬ動かぬ動かぬ!!!

 "腕"、だ。

 食らってやった女の腕。

 いったい。

 いったい、なにを仕込んだ!?

「人間如きが扱うる"毒"が、我々魔に通ずる道理など・・・ッ」

 女をそっと地面に寝かせると騎士の男がゆらりと立ち上がった。

「ここで死んでもらうぞ魔獣よ。姫の覇道にお前は邪魔だ」


 動けぬ俺に、僅かながらに体力を回復し剣を構える騎士の男。

 勝敗は決している。やるまでもなく。

 それでもなお、俺の方が遥かに強い。

 剣を突き立てるべく、間合いに入れば殺す方法はいくらでもある。

 毒の抗体など数分もあれば作れる。

 騎士を殺し、解毒を待ってからでも遅くはない。

 女の頭を叩き潰し、この国の人間を鏖殺する。

 この動かぬ身体で、コイツを殺す事さえできればいい。たったそれだけの簡単なことだ。

 さぁ、コイ、弱き人間ヨ。

 キサマノ身体に風穴ヲ穿っテクレルわ!!!!!!


§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


 夜明け。いつのまにやら辺り一面に薄明かりが降り注いでいた。

 橙色に染まる森で相対する騎士と全てを飲み込む漆黒の獣。

 朝の陽ざしを受け、騎士の剣が蒼白い光を帯びる。

 並び立つ両雄に情や、信念といった思いなど欠片もなく。

 目の前の獲物の息の根を止める。

 ただそれだけの思考しかない。

 ただそれだけの何よりも強い殺意。

 ロストが光を纏、駆け出そうとしたその時だった。


 一本の矢が魔獣の眼前へと突きたった。

「!?」

「!?」

 集中力がピークに達していた両者ともに突如入れられた横やりに驚き目を見開く。

 聞こえてきたのは通りの良い老齢男性の発声だった。

「総員構え! 姫様を御守りしろ!! 全射魔獣へ向け射てぇ!!!! 」

 一斉に放たれた数百の矢が隙間なく魔獣の元へと飛翔した。

 現れたのは焼き払いへと出払っていた正規軍の騎馬隊。先陣に立つのは馬を駆る騎士甲冑の老人だ。

「ガルパス将軍!?」

 その姿を捉えたロストが驚きの声を上げる。

 早い。

 魔獣の出現を聞きつけ足の速い騎馬隊のみの編成で急ぎ駆けつけたのだろうがそれにしても早すぎる。

 英雄と呼ばれる歴戦の軍人。その指揮能力の高さに舌を巻くロスト。

 そして全身に矢を受けた魔獣が苛立ち吠える。

「邪魔をスルナァ!!!!!!」

 咆哮が空気を震わす。

 その常軌を逸した怒気に騎士たちは怯むもガルパスの号令で一斉に馬を駆った。


 許さん

 人間風情がこの俺に。

 よくも撤退などという屈辱をっ!


 禄に動かぬこの身体でも無様に尻尾を巻いて全身全霊逃げ出せば生きながらえることはできよう。

 我が命は、我が王のもの。

 たとえ逃げ出した後、怒れる王に奪われる命であっても無駄に捨てることはできぬ。


 だが!


「キサマノ首だけは獲っていくぞ」


 ただ一点。狙うは死に体の女の首。

 既にこと切れているかもしれぬ。だが、王の勅命。不確定要素は残して行けぬ。

 最期に首を刎ね飛ばす。

 そのためだけに注がれた視線の先で確かに見た。

 女の、笑みを。

「聴いているのだろう魔の王よ。"13個目の鍵"は私が手に入れてやる・・・・」

「ッッッッッッッッグ!!!!!」 

 それは、風の音、騎士の駆る馬の蹄、若い騎士の粗い呼気。

 それらにかき消されるほどのか細き声。

 それでも、超越生物たる魔獣の鼓膜を震わせた。

 瞬間、頭が砕かれるような強い痛みが迸る。高音の波が脳を支配し激しい耳鳴りが襲ってきた。

 まさに駆けだそうとした脚が止まり、脳に直接言葉が響いく。


 この声は。


 我が魔王のモノだ。


『―――・・・――・・――・・・・――――』


「!?」


 響いた言葉は静止と帰還の命。

 王を侮辱した女を生かしおめおめと帰れ、と。


「ナゼ!!!!!!! ナゼコノ女ヲ生カスノデスカ!!!???」


 女を殺せぬ怒りのあまり我が王へと疑問をぶつけてしまった。

 王へ疑問を持つなどととんでもない。

 当然、王はそのことが気に入らなかったのだろう頭の痛みは激しくなり俺は頭を抱えて転げまわる。


「グゥガァァガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! 申シ訳アリマセン!!!!! 我ガ魔王ヨ!!!!! オ許シヲォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 痛みを、怒りを振り払うように俺は駆け出した。


「殺ス! 殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!!!! イツカ必ズ貴様ニ絶望ヲ与エテヤルゾ! ハイデリア乃魔女メ!!!」 


 途中、捕えようと剣を向けてくる兵たちを、城下に暮す民たちを、その尽く肉塊に変えひた走る。

 闇を夜を翔け、冷たい空気を引き裂いて、どれだけの人間を破壊しても怒りが治まることはなかった。

 許すまい。

 必ずいつか。


 すべての人間どもに、そしてあの魔女に絶望を・・・・



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