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イレギュラーズ・クロニクル  作者: 佐々木 犬蛇MAX
第1章 亡国の騎士
3/12

1.1 姫と少年〈改訂版1.1〉

以前一度上げたものを改定中です。内容は大きく変わっています。

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 思い出される幼き日の古傷。

 孤児だった少年が歳の近い姫の世話係として城へ雇われた。

 当時"グリンガム"はすでに魔王の軍勢から侵略を受けており戦争の日々。国は疲弊し、戦闘や飢餓、疫病による死者数は全国民の4割にも及んでいた。

 そんな時世に幼い姫へわざわざ従者を付ける余裕などは無かったのだが、それでも数多いる孤児の中でその少年だけが雇われたのは、ただの姫の気まぐれで、泥雪が積もる街路の傍らで空腹と病で今にも凍え死にそうだった時、たまたま彼女を乗せた馬車が通りかかり、行き倒れの死体など珍しくもない世の中で、これもまたたまたま、ただ何となく目についた少年を気まぐれで拾った。ただそれだけの事だった。

 姫様からしたら子猫を1匹拾ったようなものだったのかもしれない。

 失せ物=ロストの名も姫様から頂いた。

 生まれながらの名は長ったらしくて呼びづらいからと捨てさせられた。


「あたしが拾ったんだから、あなたの全部あたしのものよ。あたしの為に命をかけて、あたしが死ねと言ったら死になさい」


 城のベットで目を覚まし、顔を覗き込んでいた彼女から最初に言われたのがそんな言葉だった。

 朦朧とする意識の中、幼子ながらにこんなに美しい人がいるんだなと、息を飲んだのを覚えている。

 金糸のような柔らかな髪が顔にかかって、むずむずとくすぐったかった。

 滅私奉公。

 命を拾われ、毎日パンとスープにありつける。

 人知れず消えうせるはずだった命。忠義などという言葉を知らずとも、この少女へ全てを捧げることに疑いの余念など浮かぶはずがなかった。


 城の中で働きだしてから始めて知ったのだが、ヴェロニカは城内で悩みの種だったそうだ。

 『傍若無人なちいさな暴君』

 お転婆などど可愛いものではない。

 「末娘のヴェロニカ様には悪魔が宿っている」

 城の外には絶対に漏らしてはいけない秘密事だった。

 齢6つの時。城の小間使いの顔をナイフでめった刺しにした。

 幸いにして命は助かったが、怪我を負った女性はほどなくして故郷へ帰った。

 なぜそのようなことをしたのかと問われたヴェロニカはひとこと「あいつは笑っていたわ。卑しく醜かったから」とだけ言った。

 その後も家財を壊したり、動物を殺して広間に飾ったりと、少女の奇行が治まることはなく、8歳の誕生日に部屋に火を点け別宅を全焼させるほどの大火事を起こした事で、頭を抱えた父王が矯正すべく教会へと娘を送り込んだ。

 信仰を学び、感謝と奉仕の日々。

 ロストを拾ったあの日は教会を出たヴェロニカが3年ぶりに城へと帰る途中だったそうだ。

 あの手の付けられなかった"悪魔憑き"が行き倒れの少年を助けた。それを情けを持つ真っ当な人間に成れたのだと喜んだ王と妃が拾った少年を世話係へと抱え上げることに口をはさむ者はいなかった。

 慈愛に満ちた貴族の少女と拾われた戦争孤児の少年。

 傍から見たらそれは悲哀情緒な戯曲の一場面、そう思える運命的な出会いだったろう。

 しかし、当の"少女と少年"は裏腹な思いを抱えていた。


「第2王位継承者、王弟ガルバス将軍を消す。アレが生きているとお父様の死後わたしが実権を握る際の枷となる」

 そう言い放つ少女ヴェロニカの声色は冷たい。

「・・・・しかし、ヴェロニカ。ガルバス様の重鉄鎖騎士団は我が国軍の筆頭、軍の要です。将軍が亡くなれば貴族の身内で固めた気位の高いあの軍を率いられる者はいません。魔王の侵攻が強まっている今そのようなことになれば軍は瓦解してしまいます」

「お前は余計な事を考えなくていい。いつから私にモノを言えるようになった?」

 眼光鋭くヴェロニカの射抜くような両の目がロストへと向けられる。

「お前は"はい"とだけ答えればいい。これは只、命を下しているだけだ」

 場所は城の地下にある大書庫。戦時下において書をたしなむ者は少なく、いまは人の出入りなどほとんどない。城に帰ってからのここ数年はもっぱらヴェロニカの住処となっていた。

 棚から引っ張り出され、床に散乱している数万冊はあろうかという古書の山並み。ヴェロニカが腰かけている場所もまた大量に本が積み上げられたものだ。それらすべてがヴェロニカによって読み漁られたものだ。

「・・・・申し訳ございません」

 頭を下げるロスト。ヴェロニカはさしたる感情もみせず手に持った分厚い書物に視線を落とす。まだ幼く小柄な彼女には不釣り合いに大きな古書だ。

「・・・・後釜にはロームス家の嫡男を当てる」

 その言葉にロストは驚いた。

「ロームス家? まさかロームス・ウェイン氏ですか? たしかに家柄は問題ありませんが、彼は騎士訓練から逃げ出した男です、軍の指揮なんてとても、そもそもそのような下知自体受けるとは・・・」

「彼奴はガルバス夫人と不義を働いている」

 あっけらかんと告げられたその言葉にロストは目を丸くした。

「相手はグリンガムの実質的No.2の奥方ですよ?」

「そうだ。不義を働いたことを将軍にバラさないという脅しと、将軍が死ぬことでそのこと自体をなかったことにできるという甘言。彼奴はもはや言いなりだ」

「将軍暗殺の事をあの軽薄な男に教えたのですか!? まさかキミが彼と接触を?」

「ふっ、まさか。彼奴は古き良き貴族階級らしく地位を鼻にかけた自尊心の強い男だ。いかに王族とはいえ、実権を持たぬ小娘の話をまともに聞くことなどあるまい。間者を通じてさる上流貴族からの進言だと伝えている」

 ヴェロニカの顔には明白な嫌悪が浮かんでいる。そして苛立ちの色も。

「欲に駆られ後先考えられない無能。女たらしの根性無し。親の七光りのボンクラ息子。傀儡にするにはああいう馬鹿が一番いい。扱い易く切り捨て易い。軍の実質的な指揮は子飼の者に採らせる。彼奴はロームス家という看板といざという時にガルパス将軍暗殺の責を取らせる蜥蜴の尻尾だ。言いなりな分半端な貴族連中よりかよっぽど使い道がある。捨て石としてだがな」

 ヴェロニカは能の無い人間を嫌う節があった。彼女が信を置くものは城内においても非常に少ない。そしてそれはそのまま人並外れた才覚を持ちながら幼き事と女であることを理由に国政への口出しを禁じた父王をはじめとする国家首脳に対する苛立ちの表れだった。

 このままでは創世より続くグリンガム王国の歴史が終える。魔王の軍勢は人類の有するそれよりも圧倒的までに強大だ。凡人よりも遥か先を見通す彼女の焦りにも似た怒りの感情は、敗戦を重ねたこの国においても誰よりも強く明確ものであった。

「持っていけ」

 投げ渡された小瓶を握りしめロストの表情が重く沈んだ。

 これが何なのかは直ぐに分かった。だがヴェロニカにあえて尋ねる。

「なんですか? これは・・・」

「"魔孕蟲(まようちゅう)"生かさず殺さずの麻痺毒だ。"国仕錬金術研究所"で研究飼育されている蟲から採取されたものを用意させた。試しに侍従長のババアに盛ってみたが、飲み物に混ぜ口にしおよそ10数えるほどで手足が動かなくなり、更に10数えて泡を吹いて倒れた。老体であっても決して死に至ることはなく完全に意識を失うこともない。蟲にとってしたら卵を植え付け苗床にするためのものだが、あとは殺すも"削る"も意のまま。我ら人間をいたぶるためだけに産み出された魔物らしい実によくできた毒だ。魔の王の呼び名は伊達じゃない。人間の嫌がることを良く理解している」

 ならば、と。その毒を自分に渡す理由はひとつしかない。

 信を置いていただいている数少ない家来として。

「ガルバス様を殺すのですか、私が・・・」

「必要であればガルバスだけではない。状況次第では夫人も、一人息子もまとめてだ。知っているか? 今年七つになる子供の前では鬼と呼ばれる将軍も子煩悩な父親となるそうだ。不義を働いていたとはいえ夫人との仲も睦まじく、家族3人共に食事をとるときが何よりの幸せだと、お父様に話していたよ」

 そこでヴェロニカは立ち上がった。しっかりとした足取りでロストの目前にまで靴音を鳴らし歩み寄る。そして人差し指を一本、ロストの胸に突き立てた。

声色はハッキリと、重く。

「それを壊してこい」

 と、

「この不幸な世の中で、確かな幸せを築き上げた家族の絆を、お前の手で」

 と、

「ただ私の出世の為だけに、罪もなく、国の為に、家族の為に戦う英雄をお前が殺せ。当然、できるな? 」

 と。

 そしてロストはただ一言。

「もちろんです」

 とだけ返した。

 その返答に満足したのかはわからない。ただ真っ直ぐにロストを睨みつけ。ほんの数秒の間の後に踵を返し再び書物を読みだすのであった。


 ヴェロニカは変わっていなかった。城を追い出された”悪魔憑き”の頃からなにひとつ。

 ただ城内の誰に対しても“影”の面をみせていない。ただひとり、ロストだけを除いて。そして、自分にだけみせる冷酷で、実利的で、ある種悪魔的ともいえるその一面こそが、ヴェロニカ本来の顔なのだろうともロストは理解していた。

 なぜ自分だけにそのような態度を見せてくれるのか、ロストには皆目見当もついていない。信頼の表れなのか、それとも取るに足らない存在だからこそさらけ出してもかまわないと思われているのか。ロストにとってしたらどちらであろうとも構わないし、どちらであって欲しいなどと言う感情もない。ただあるのは、彼女を支えられる唯一の存在に成れたのだという喜びだけだった。

 彼が尽くす主君、ヴェロニカ・C(クラウン)・グリンガム。間違いなく彼女は天才であった。変人奇行に隠れていたが、おそらくはこの国の誰よりも。

 男女8人いる王子達。その中でも末子である彼女の才は群を抜いている。

 幼くしてその頭脳は国仕錬金術研究所の学者連中と混じり研究者として大成するほどに賢しく、遊びにと行われた彼女を長とした軍事演習では長兄の率いる正規軍を圧倒してみせた。

 そんな彼女のカリスマ的ともいえる天賦の才は信奉者を産み、幼き姫君のヴェロニカを慕い尽くす配下もいる。

 もちろん突出した才覚というものはそれを妬む敵対者も産む。若い才女に対する徹底的までの圧力は兄姉たちによるものが大きい。

 惜しむらくはあと5年。彼女が男として早く生まれてさえいたならばここまで魔王の軍勢に対し、一方的な敗北を期することは無かったろうとロストは確信していた。

 けれどもそれすらも、彼女にとってしたらさしたる足枷にも感じていないのだろう。既に自身が国主を執ったその先を見据えていた。


 だが、しかし。

「そろそろ食事にしましょう。 朝からまだなにも食べてないでしょう?」

 幾刻か過ぎたあたりでロストはそう問いかけた。

 食事の用意からヴェロニカの私室の清掃、湯あみの手伝いまで彼女の身の回りの世話全般もロストの仕事だ。特に彼女は放っておくと碌に食事もとらず、湯あみもせずに何日も没頭してしまうのでほとんど幼子か老人の世話をするかのように忙しく世話を焼いていた。

 そして今日も朝から碌に何も食べず書物を読み漁っては研究室に閉じこもることを繰り返す。

 そんな彼女をいたわっての何気ない先の言葉。

 たった一言「わかった」と返せば済むようなたわいのない言葉。

 けれども彼女の反応はまるで先ほどまでの冷淡な女と同じものとは思えないような気の抜けた表情で、目を丸く見開き不思議なものを観察するようにロストの顔を見つめていた。

「なにを言っている? まだ・・・・・」

 と、そこでヴェロニカの言葉が途切れ何やら考え込む。

 額に手を当て、そしてどこか浮ついた物言いで

「・・・いや、そうだな。そうだったな」

 と溢すとふらりと立ち上がりそのまま部屋を出て行ってしまった。

 その後ろ姿を追うように歩くロストは、今の奇妙な反応になんらかの感情も見せず、ただただその小さな背中を見つめ、あとを追うのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「山火事・・・? いや、あれは」

 食事も終え、ヴェロニカを私室へと送り届けた後にロストはその光景を目にした。

 窓の外には普段、漆黒に染まった広い森が広がっている。城の裏手側、そんな森のなかでポツリぽつりと火の手が上がっていた。

「魔孕蟲の巣の”焼払い”。もう駆除を始めたのか」

 数日前、裏手の森に蟲巣のコロニーが形成されていると報告があった。

 魔孕蟲の巣は地中に広くコロニーを形成する。大型のものだと人間の住む街よりも遥かに広大な巣が作られることもあるほどだった。夜行性の魔孕蟲は日が傾きだすと、巣に籠っていた虫たちが獲物を求め外へと這い出して来る。その隙に巣へと入り込み火薬や燃料を撒いて広大なコロニーを一気に燃やし尽くすのが"焼払い"と呼ばれる手法だ。

 巣を失い攻撃性を増した魔孕蟲達を駆除する手間と危険が発生してしまうが、コロニー内には地表に出た魔孕蟲の数百倍に及ぶ孵化する前の卵を孕んだ苗床が蓄えられている。その苗床を完全に排除することが魔孕蟲駆除で最も重要なことだった。

 裏山のコロニーもそれなりに大きなものだったのだろう。巣穴への出入り口が森のいたるところに点在し、その穴から火を噴いているため森全体のシルエットが浮かび上がるほどに明るい。これから数日にわたって巣穴の外にいる魔孕蟲の狩りが正規軍によって行われるのだろう。

「討伐隊の指揮をとられているのは・・・ガルバス様だったか」

 ロストが拳を固く握りしめる。蟲は強い。また、多くの兵が死ぬだろう。

 そして天井を仰いで大きく息を吐いた。

――― 情けない。俺にもっと力があれば

 城に雇われてすぐに騎士団の演習へと参加した。この国の男子は軍兵への参加が義務づけられているが、貴族階級の子供らは城内の騎士団庁舎で暮し騎士としての訓練を積む。ロストもまたヴェロニカの命でそこに加わった。

 幾度かの訓練の後に行われた模擬剣での試合。その場でロストは対戦相手と向かい合った瞬間に、嘔吐しその場に倒れ込んでしまった。

 騒然とする演習場。同年代の貴族の子らは"臆病者"だと言って陰口を叩き。指導をしていた騎士団の大人たちは呆れてものも言えなかった。ロストを笑う者にはロームス家の嫡男もいた。そんな中で演習を視察していたヴェロニカだけは、人目もはばからずケタケタと笑い声をあげながらも落ち着くまでずっと背を擦ってくれていた。 

「とんだガラクタを拾わされたものだな"臆病者のロスト"よ。そう肩を落とすな。ヒトには向き不向きがある。適材適所、最も能力を発揮できる場への采配が上に立つ者の役割だ。わたしがお前を使ってやる」

 歳の親しい無様な男を哀れんだのか、(まつりごと)からのけ者にされた自分自身の身の上と重ねたのかはわからない。けれどもその時、初めて彼女の優しさに触れた気がした。

 自分の全てを捧げて守ると決めた女性に役立たずの烙印を押されなかったことに安心こそしたが、気にするなと言われて開き直れるような前向きな性格はしていない。その後の正規軍の訓練から外された下男としての生活の中、常に鍛錬だけは欠かさなかった。


 そんな数年前のことを思い出す。そして現在ロストはグリンガム正規軍の筆頭戦力に数えられるまでになった。まだ14歳の少年がである。その才覚と誰よりも強くあろうと訓練に望む姿勢は弱き心を覆すには十分だった。

 しかし、ロストは知っている。自分という戦力がいかに矮小なものであるかもを。”強く”なった今だからこそ敵の強大さが身にしみた。国の、いや世界全体での人類の存亡はすでに決まっているのだ。それを覆すほどの強さは自分にはない。

 眼前に広がる薄明るい森を見つめ、”焼き払いへの参加を禁じられた”自身の不甲斐なさを恨む。万が一があっては先に起こる大戦での貴重な戦力を失ってしまうと。

――― バカバカしい、この程度の蟲を相手に万が一があろうなどと、そんな俺に一体何ができるというのだ。ヴェロニカを死んでも守ると。そう決めたんじゃなかったのか?

 確かな思いと朧気な自信。

 ロストの胸中は森を焼く炎のように揺らいでいた。



 

「・・・・・なんだ?」

 異変に気づいたのはその時だ。

 ”絶望”というのは来る時と場所を選ばない。

 それが降ってきたのは”その時”だった。

 炎灯りを眺めていると不意に外から喧騒が聞こえてきた。バタバタと城内を走り回る音も聞こえる。騒いでいるのは衛兵と従者達のようだ。

 焼き払いでなにかトラブルでも起きたのか。

 ことの次第を探ろうと階下へと降りるロストの目に異様な光景が飛び込んできた。

 窓の外、普段は固く閉じられている城門が大きく口を開けていた。しかしそれは、現在行われている焼き払い部隊との伝令を行いやすくするための措置。異様なソレはその内側にあった。

「なにか・・・・いるのか?」

 思わずこぼれた言葉は誰に聞かれるでもなく闇夜に溶けた。

 十数本の篝火。その灯りのひとつひとつが城の警護に残された兵士たちの持つ松明であることはすぐにわかった。けれども不思議なことにほんの数秒ほどの感覚でひとつ、またひとつと灯りが消えていく。

 その灯りの合間で揺らめく”闇”をロストの眼が捉えていた。

 まばらな間隔で居並ぶ衛兵を、瞬きほどの速さで渡り歩き灯りを飲み込んでいく闇。

 まさかと、生唾を飲み込みその闇の正体に思い至ろうとしたその瞬間、玄関扉が勢いよく開け放たる。

 飛び込んできたのは血に塗れた衛兵だった。

「キャァアアアアアアアアアアア!!!!!」

 異変に気づき玄関広間へと集まっていた小間使いらがその姿を見るやいなや城中に響くような甲高い悲鳴を上げる。

 血まみれの兵士。その上半身は肩口から先を大きく欠損し、心臓の鼓動に合わせて勢いよく血を吹き出していた。そして兵士は朦朧とした意識の中フラフラとした足取り駆け出し大きな声で一言、

「ま・・・・・・・”魔獣”だぁあああああああああああああああ!!!!」

 と、絶叫した後に広間の中央ほどへと顔から勢いよく倒れ込み血の池の中で絶命した。


 ”魔獣”


 その言葉を聞いた途端にロストの全身から血の気が引いた。

 先に思い至ろうとした答えが暴力的な光景とともに殴り込んできた。


 なぜ?

 どうしてここに?

 何体いる?

 狙いはなんだ?

 

 様々な疑問が脳裏をよぎる。

 けれども次の瞬間には広間で状況を飲み込めずにいる従者や衛兵らに向けて指示の言葉を張り上げていた。


「すぐに全員叩き起こせ!! 非番の兵士も従者連中も全員だ! 魔王の尖兵だ! すぐにここまで来るぞ!!」

 水を打ったような一瞬の沈黙。状況把握に脳の処理が追いついていないのだろう。

 しかし、次の瞬間には城内が天地を返したような大騒ぎとなった。

 当然だ。

 今この瞬間、本拠地であったはずのこの城は”敵地”となった。たった一匹の魔獣の出現で。

「た、隊長! ロスト剣隊長殿!!」

 衛兵らの一部がロストのそばへと駆け寄り指示を仰いだ。

「すぐにヴェロ・・・姫様と陛下らを御守りしろ! 地下道を通って城の外へ! 焼き払いへと出た正規軍もすぐに呼び戻すんだ、ガルパス将軍に伝令を出せ! 急げ!!」

 その時また一人、城内へと恐怖に顔を歪ませた兵士が駆け込んできた。

「大変だ! もうやつが! 魔獣がそこまで来てる! バケモノだ全員一瞬で殺された!!」

 もう猶予はなかった。

「私が足止めをする。お前たちは陛下たちを死んでも守れ!」

 そしてロスト逃げ帰ってきた衛兵から剣をひったくると闇夜へと駆け出した。

 ヴェロニカを守るために絶対に魔獣を城の中に入れるわけには行かない。

 たとえソレが自殺行為であろうとも魔獣の元へ向かうしかなかった。

「くそッ! よりにもよって兵の出払っているこのタイミングで!」

 暗い道を城門に向かってひた走る。

 道の先に待つのは絶望を振りまく”魔の獣”。

 剣の柄を握る手には冷たい汗が滲んでいた。


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