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イレギュラーズ・クロニクル  作者: 佐々木 犬蛇MAX
第1章 亡国の騎士
2/12

1.0 孤島の砦〈改訂版1.1〉

評価・感想お待ちしております

 黒く、白く、荒れた海。

 黒く、赤く、覆われた空。

 鋭く痛々しい岩山。枯れた大地。

 絶海に隔たれた孤島に荒波を跳ねた寒風が吹き抜ける。

 生命の営みを感じさせない冷たく硬い岩塊は島と呼ぶにはあまりにも殺伐としていた。


 そんな荒れ果てた岩影に隠れるように建てられた石造りの建造物。

 岩肌をくり貫いた作りになっているその建造物は、外界を覗くための窓にも満たない小さな穴や狭く窮屈な出入り口、人がすれ違うのも苦労する程の手狭な通路など、生活する利便性よりも攻めにくく守りやすい造形、そんな要塞としての造りを成している。

 けれども、その実は壁や天井など崩落している箇所も多く、潮風により腐食した門や柱によって、肝心の想定しているであろう"外敵"に対する防護壁としての機能は失われてしまっている。

 とある外界からの侵入者を見張る物見台としての要塞―――としての役割の終えて久しい崩落寸前の廃墟。それがこの建物の全てだ。


 しかし、役割を終えたのは外敵がいなくなったからではない。

 敗れたからだ。

 この島には、この国には、この世界には明確な"敵"がいる。

 まさに、日も傾き、水平線へとその身を沈めようとする今この時、要塞は外敵に襲われていた。

 時は昼と夜の境界線。混じり合う光と影。交差する生と死。逢魔時(おうまがとき)

 魔と逢い対する時刻。


「我は死ぬのだろう。弱く愚鈍な貴様のせいでな。創世より続く"グリンガム"の血が絶える。どれほどの意味合いが込められていると思う? 心して答えてみよ」

 少女が問う。椅子に深く腰掛け頬杖を突く、不遜な物言いだ。

 齢15、6といったところだろうか。黄金色の髪は短くまとめられ、被服は高級そうな作りではあるが薄汚れている。

 彼女の容姿でひと際目を引くのが右顔面を抉る様に残った3本の創痕。頬もまた右に大きく裂けており、顎の付け根の辺りまで歪に歪み肉の狭間から白い歯が浮かんで見えた。

 額から振り下ろされた傷跡と眼球を失いぽっかりとあいた眼孔が、美しく整った少女の風貌に禍々しく刻まれていた。

 その凶悪な顔の対称に据えられた眼は睨みを利かせたように鋭く、強く真っ直ぐに正面に跪く男へと向けられていた。

「いえ、死なせはしません。私の命を賭して必ずや姫様を御守りいたします」

 膝をつき、頭を垂れる騎士甲冑の男。若く精悍な声色に感情の色は薄い。

 すると少女の裂けた口が開いた。

「答えになっていないな。"心して"と言ったぞ。我に対しその場しのぎの軽い言い回しをするな愚か者。貴様の気概になど一片の価値もない」

 "姫様"と呼ばれた少女の語気が強まる。張り上げてはいなくとも石壁に囲まれた部屋によく響く声だ。

 年端も行かない若年の姫君。けれどもその威風堂々とした物言いは上に立つ者の風格をも感じさせる。それを感じての事だろうか、目前の騎士も(こうべ)を垂れたまま二の句を告げずにいた。

「"彼奴ら"に囲まれ逃げ場はない。この砦はまだ見つかっていない数少ない要所だったが、今にこの数百倍の数の軍勢が押し寄せるだろう。そんな中を貴様一人でどう切り抜けると言うのじゃ? この様じゃ、外の私兵たちも無事とは思えん。下らぬ戯言に付き合っている暇はないぞ」


 そのとき建物が大きく揺らいだ。パラパラと崩れる天井を眺め、呆れたようにため息を落とす。


「非常事だ、頭を上げろ。地に付した状態でどうやって剣を振るうつもりなのじゃ?」

「申し訳ございませんヴェロニカ様」

 騎士はうつむきがちに立ち上がる。歳のほどはまだ若く、目前の"姫"と同年代か少し幼いように見える。どこか物憂げな面持ちの男の顔には特徴がひとつ。相対する姫様とは対称的に左顔面を覆う赤墨のタトゥー。鶏と鎖を想起させる意匠のそれは整った顔立ちの若者には誰の目にも不釣り合いだった。

 対する姫様は男に"ヴェロニカ"と呼ばれたことに苛立ちを隠す素振りもなく言った。

「"姫様"と呼べと、そう言っているであろう。のう? "近衛灰騎馬師団剣隊長ロスト"殿?」

「・・・・失礼いたしました。"姫様"」

 姫様=ヴェロニカ・C(クラウン)・グリンガム

 騎士の男=ロスト

 国首である主と"失せ物"の名を冠する従者、両者の間につかの間の沈黙が流れる。

 ヴェロニカが固く閉じられた扉を睨んだ。ギシギシと古木がしなり、何者かが部屋の外に溢れているのが想像できた。今にもナニカが扉を破り部屋の中へと跳び込んで来そうだ。猶予はないだろう。

「ロストよ。貴様の使命はなんだ」

「命を賭して姫様を御守りすることです」

「左様。して、どう使命を果たさんとする?」

「・・・・・」

 刺青顔を俯かせるロスト。暫し思案したのちに帯剣に手をかけ再び口を開いた。

「敵を切り結び姫様をお逃がしいたします」

「ほう! 逃がすとな! 元よりこの砦は背水の地。四方を海里で囲まれた秘地だ。今砦を囲んでいる"蟲"共にとって海こそが主戦場。スラムに全裸の美女を放るがごとき暴挙よ。貴様、我に蟲共の苗床として余生を送らせる気か?」

 嘲笑と怒気。感情を隠すそぶりを微塵たりともみせない。きっとこの姫様にとってして、自身を偽るという選択肢すら持ち合わせていないのだろうと分かる堂に入った振る舞いに、対する騎士もまた当然のことと受け止め返す。

「"渡りの間"へとお連れ致します。姫様には取り急ぎ"儀"を執り行っていただきたく」

「ならぬ」

 ヴェロニカが一喝した。

「"渡りの儀"の触媒たる"秘宝"こそは三百年、人類が探し求めた逆転の一手。我が命と秤にかけようとも捨て石には出来ぬ」

「それは違います。人類が求めていたのは"秘宝"なんかじゃない、貴女ですヴェロニカ様」

 ヴェロニカが眉を顰める。

 憎々しげに口角を吊り上げ、頬からむき出しになっている歯をギチリと噛みしめた。

「はッ! なんだ貴様、つまらぬ男だと思っていたが嫌味なんて言えたのか。無様に狼狽え、当たり散らす主にほとほと愛想が尽きたとみえる。良いぞ、構うことはない。余を捨て置けば、お主だけならあるいは逃げ遂せることも可能やもしれぬぞ」

 ロストは何も言わず、ただその目が悲しげに憂いヴェロニカを見つめていた。

 主を、ヴェロニカを置いて我が身可愛さに逃げ出すなどそんなことは絶対にあり得ぬと。

 そんなことはヴェロニカだってわかっているはずなのにと。その言葉に含まれた、どこまでも遠回しで不器用な"想い"をロストは理解し、ただ悲しい気持ちになったのだ。

 

―――― お前を拾ったのはわたしだ。お前の意思も行いも、命のすべてをわたしのためだけに使え


 ずっと昔。まだ少年だった頃。

 初めて耳にした声、交わした言葉。可憐で華奢な幼い少女の不遜極まる物言いに、驚くと共に自分の全てを捧げるのはこの人なのだろうと不思議と確信したのを鮮明に覚えている。

 今も想いは変わらない。いや、あのころよりもずっと強く。



 その時 ――― 向こう側からそれはやってきた。

 ギィィイイイイイイイ―――と古木が裂けて金属が歪む脳にまで響く咆哮にも似た音。

  一瞬何が起きたのか分からず目を見開いたロストだったが、それを目の当たりにしすぐさま状況を理解した。


 "爪"


 扉を裂いて突き出た鋭爪。

 獲物を捕らえ、命を奪う猟具。

 黒みがかった光沢のある甲殻と、そこから伸びた鋭利な鉤爪が扉―――そしてヴェロニカの肉体を裂いて突き出ていた。

「 ~~~ッッッ!!! ヴェロニカ様ぁ!!!!!!!」

「・・・・・・ごぼッ」

 ヴェロニカの口から赤黒い血がごぼりと零れた。

 扉からの距離は馬数頭分は離れていた。いつ扉が破られても間に割って入り守れるように気を張っていたつもりだった。

 けれどもロストにとって予想外だったのは扉の向こう側にいる奴の爪が伸び、まっすぐにヴェロニカへと攻撃を仕掛けたこと。そして、数十年に渡る奴ら---"魔孕蟲(まようちゅう)"と人類との戦いの記録において今のように"爪が伸び、視覚外の標的を感知する能力"を持った個体など1例たりとも存在しなかったことだった。


――― "また" 新種か!?


 驚愕するもすぐさま思考を切り替える。

 ロストが剣を抜く。刀身に(あか)みを帯びた直剣。

 弾けるように飛び出し全身全霊の力をもって剣を振るうと刃が淡い光を纏って蟲の爪へと食い込んだ。


 火花


 獣の首を絞めあげたかのような、激しい金属音が部屋に響いた。

 鍵づめの外殻が割れ砕け、緑がかった血肉が弾けた。扉の外にあるであろう本体からけたたましい叫び声が上がる。ヒトや獣のそれとは違う、どこか無機質な昆虫のそれだ。

 吹きあがる血しぶきが顔にかかるのも意に介さず、ロストは肉に止められた剣へと体重を乗せる。


「がぁああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 鬼のような形相で力を込めるが一度止まった刃はなかなか先へと進まない。

 それどころか鍵爪の主が力任せに引き抜こうとするせいで、刃の腹へと負荷がかかりミシミシと音を立てて金属が軋む。

 このままでは先に刃が折れてしまう。

 瞬時にそう判断したロストは食い込んだ剣を軸にして身体を翻し、鉄靴をはいた足を刃に乗せ勢い任せに踏み込んだ。

 再び激しい金属音が響くと、堅硬な鍵爪が両断され宙を舞い、刃は石畳を砕き床へとめり込んだ。

 扉の向こうから先の数倍大きな叫びが響く。

 両断された鍵爪を残し穴へと腕が引っ込むと、あばれまわっているのだろう壁や扉にぶつかっては地響きを起こした。


 力なく。

 支えを無くし膝から崩れ落ちるヴェロニカの身体をロストは必死に抱き留めた。

「ヴェロニカ! 血が・・・止血しないと。凝血薬が少しなら医務室に・・・・ッ」

 古布を傷口に押し当てるとすぐさま赤く滲んだ。抱えるロストの腕も血で濡れる。

「痛いわ・・・・バカ者。急所は外れてる・・・少し落ち着け」

 覇気のないヴェロニカの声色は普段の彼女とは比べ物にならないくらいに弱々しい。

 急所は外れているなどと、それでも少女の矮躯に空いた風穴は成人の腕ほども広い。

 元々シルクのような乳白色の肌が、血の気の失せた青白いモノへと変わっていった。

 しかし、出血以上にこの傷が致命的である理由があった。

「・・・・チッ。憎たらしや『虚妄奸計の悪魔王』の遺物。虫風情が・・・この我を苗床にするつもりか」

 ヴェロニカの傷口が"蠢く"。


 魔孕蟲(まようちゅう)は現代、この世界で最も繁栄している種族である。

 繁殖力が異常に強く、他の生物に対する攻撃性は比類ない害虫。

 一個体の"強さ"、捕食力も並みの原生生物では抵抗できない程に強く、鋭い爪、頑強な甲殻、そして強力な麻痺毒を持つ人類の天敵だ。

 魔孕蟲の毒が致死性ではなく、獲物の自由を奪う麻痺性のものであるのは奴らの繁殖方法にあった。

 感覚を失い、痙攣を繰り返す左腕を睨む眼には確かな恐怖の色が滲んていた。

 その時、ヴェロニカの左腕が隆起した。ボコボコと皮膚が盛り上がり、肩から腕先へと流動する。

 麻痺毒と共に体内へと打ち込まれるもの。それは魔孕蟲の卵だった。

 引き攣り起こして収縮する左手から激痛と共に"ソレ"が産声をあげる。


「「「キュイ! ギュイィィイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」」」

 皮膚を、肉を食い破り出てきたのは魔孕蟲の幼体。小指の太さほどもない小さな幼虫が傷口から指先にかけて数十匹も這い出てきた。

 魔孕蟲は生殖器のみならず、爪や牙から産卵を行う。そして別生物の体内に産み付けられた数千個の卵は血管を巡り全身へと行き渡りながらものの数秒で孵化し近場の血肉を食らい外へと出てくるのだ。

 しかし、ただ母体を食い殺すのではない。苗床とされた母体には死ぬこと以上の最悪な結末が待っている。

 それを知っているロストの判断は早かった。

 ヴェロニカが孵化による激痛に呻くよりも早く、彼女の腕が天井へと舞い上がった。

 振り下ろされた直剣は肩口から先を切り飛ばす。

「ッッッ~~~~~~~~!!!!!」

 噴き出す血流を逆手で押さえ、声にならない声で呻きうずくまるヴェロニカ。

「申し訳ございません姫様。もうしばらく我慢なさってください」

 そう言いながらロストは直剣の刃を燭台の火にかざす。

 その行為の意味を、そしてこの後訪れるであろう更なる痛みを想像し顔を歪ませるヴェロニカだったが、脂汗を浮かべた表情で必死に笑みを浮かべてみせる。

「かまわん、、、、さっさとやれ」

 熱せられ、赤く光る刀身を傷へと押し当てると肉の焼ける音と臭いとが部屋に充満した。今すぐにでも絶叫したいほどの痛みだろう。けれどもヴェロニカは唇から血が出るほどに強く噛みしめ、暴れだしそうな身体を必死にとどめる。結局、ヴェロニカは一度も声を発することなく、数度の痙攣を繰り返したのちに気を失った。

 出血は止まった。けれども流れ出た血は床に大きな血だまりを作り出すほどだ。焼けども酷くすぐにでも治療がいる。しかし、この地にそんなものはない。

 ぐったりと倒れ伏しているヴェロニカの身体を担ぎ上げる。あまりにも軽いその身体に、どれほどの重責がのしかかっているのかと、ロストは今まさに扉から入って来た蟲を睨みつけ思いを巡らす。

「この女性(ひと)を死なせるわけにはいかないんだ。道を開けてもらうぞ」

 その身体は馬よりも大きい。巨大な鎌。全身を覆う細く鋭い棘からは液体が滴っている。頭部に添えられた大きく不穏な色彩を纏う複眼には無数の目玉が四方八方へと蠢く。ぶよぶよと膨らんだ腹から生える多関節の六本脚の先には地面に食い込む爪が据えられていた。

 一目で嫌悪を抱く悍ましい外見は、まるで人間に畏怖されるために生み出されたかのような醜悪さだ。

 蟲は一匹だけではない、扉の向こう側には無数に蠢くそれらが見えた。

 ヴェロニカを担ぐ反対の手で剣を構える。

 "渡りの間"。

 目的地は砦の最上階。

 まともにこいつらの相手をしている時間も猶予もない。

 降りかかる火の粉を振り払い。

 最短距離を切り結ぶ。

 蟲に囚われては、待っているのは死よりもつらい苗床としての永久の生。

 姫様をそのような目に合わせるわけには絶対に行かない。

 ロストは深く息を吸い、はじけるように駆け出した。

 自分がどうなろうとも。

 人類の希望であるヴェロニカだけは生かして逃がす。


「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 咆哮。

 伸びる蟲の凶爪は目にもとまらぬほどに速く。

 けれどもロストは間一髪その攻撃を掻い潜り、

 仄赫(ほのあか)い剣を振るい、

 そして、

 蟲の胴を両断してみせた。

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