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イレギュラーズ・クロニクル  作者: 佐々木 犬蛇MAX
第2章 永久凍土の守銭奴
11/12

2.3 化物

――――――30分ほど前――――――――


 一歩足を踏み入れると瞬く間に警備員に取り囲まれた。

 凍えた夜景に聳える摩天楼。

 国内トップシェアを誇る玩具メーカー『ガリバーテック』

 地上40階建ての自社ビル。その一階エントランスに怪人がぬらりと立っていた。

 身長3メートル弱の黒衣の女。裏社会で"(ヴァローナ)"の名で呼ばれている何でも屋だ。

 そんな女がこのビルに来た理由はひとつだけ。ある人物を殺しに来たからだ。

「"テオドール=フォノトフ"、社長、いる? キミたちの雇い主」

「あの、えーと、申し訳ないのですが、アポイントはお取りでしょうかぁ?」

 受付に座る女性スタッフの笑顔が引き攣る。

 目前に立つ視界を覆うほど巨大な人間に本能的な危険を感じ取っているのか。

 けれども彼女もプロ。ぎこちない笑顔を保ちながらどうにか言葉を交わし続けた。

「・・・・あぽいんと? あー・・・うん、取ってるよ。だから、呼んで、テオドール=フォノトフ」

「し、失礼ですけどお名前は?」

「・・・・・・・・・ナノルホドノモノデハゴザイマセン」

 傍から見ると滑稽なそんなやり取りも受付嬢からみたらシャレにならない話の通じない奴が来た、といよいよ大女を取り囲む警備員らにヘルプの視線を送った。

「おい貴様いい加減にしろ! 社長にそう易々と会えるわけがないだろ! 出直せ!」

 警備員の一人がヴァローナの腕を掴んだんだその瞬間、不思議な錯覚に襲われる。

 太く強靭な腕は、高密度の鉛でも詰まっているんじゃないかというほどに重く。いくら力を込めたところでピクリとも動かない。電信柱か何かを必死になって引っ張ているような無力感に突如として襲われた。

 すると、

「もう、強引だなぁ。"女の子"をエスコートするなら、もっと優しくしなくっちゃ」

 警備員の腕をそっと握り返すヴァローナ。

 人間のそれとは思えない、無機質な万力が如き握力は、その気になればそのまま簡単に握りつぶしてしまえるのだろう。その事実を肌で実感した警備員は絶叫した。

「は、離せ! この化物がぁ!!!!!」

 その言葉を聞いてヴァローナがぱっと手を離すと床へと転がり込みそのまま這うようにして男は逃げ出した。

「・・・今日は厄日だなぁ。みんなして、バケモノ呼ばわり。深く、深く傷ついているよ」

 能面のように無感情なヴァローナの眼から一筋の涙が流れたが、そんなことなど気にする人間などおらず、殺気の込めた顔つきで皆が警棒を構えた。

 いつの間にか受付にいた人たちも何処かへ避難し姿が見えない。

 なにをするわけでもなく棒立ちしているヴァローナを取り囲む警備員たちが、ジリジリとその輪を狭めていく。けれども当のヴァローナは彼らの事など意に介した様子もなくキョロキョロと広く綺麗なエントランス内の様子を見まわしていた。

 そして視線の先に電子制御のゲートを見つけ、その先にエレベーターホールがあることに気が付くと。

「しょうがないなぁ。自分で探すか。人を見下すのが好きな"アイツ"のことだ。一番上まで行けばいるだろう」

 と、真っ直ぐにゲートの方へと歩みを進め始めた。

「おい、そいつを止めろ!」

 誰かが言ったその言葉で警備員らが一斉にとびかかる。

 警棒を振り下ろし、腕や足に大の大人が数人がかりでしがみ付く。

 けれども怪人の足を緩めることもできずに引きずられるだけだ。

 止めようがない。

 そう誰もが思っていた時、怪人の行く先、ゲートの奥の8台あるエレベーターがチンッという小気味いい音を一斉に響かせ、同時に全ての扉が開かれた。

 ぞろぞろとエレベーターから降りてきたのは黒いスーツとサングラスをかけた集団。皆が大柄な体格をしており、そしてその手には一様に拳銃が握られている。

 その中の一人、とりわけ階級の高そうな巨漢がホール中に響く声を放った。

「お前らは下がってろ! 誰もビルの中に入れるな! コイツはガリバーテック社長に用があるんじゃねぇ。"こっち側の客"だ!!」

 その言葉で警備員も、そのほかの社員たちも全員が蜘蛛の子を散らすように散会しホールの外へと駆け出す。

 なおも歩みを止めないヴァローナに向けて、黒服たちが銃口を向ける。

「"止まれ"なんて言わねぇ。くたばりな!」

 ロビー内に響きわたる何発者乾いた破裂音。その一つ一つが人間を容易に死に至らしめる弾丸=9mmパラベラム弾の発射音だ。10、20、30。人類科学の結晶ともいえる円錐状の凶弾が次々とヴァローナの黒い巨体に吸い込まれていく。辺り一面に硝煙が立ち込め、取り付けられた火災報知機の音が鳴りやまない。

 ついに歩みを止めたヴァローナがその場に蹲る。全身を外套で覆いつくした動かなくなる標的に向かって止めとばかりに銃弾の雨が撃ち込まれた。

 黒衣のベールの下では血肉が弾けて散らばっているだろう。黒服の1人がゆっくりと歩み寄る。

 常人ならば、いや、大型の獣だろうとこの数を撃ち込まれれば死に絶える。

 そして黒服が死体を確認するために外套をめくろうと手をかけた。

「デカいつっても人間相手に撃ちすぎだろ。こりゃひき肉の出来上がりだな。しばらくピロシキは食えねーな」

 と、にやりと笑ったその瞬間。突如として体のバランスが崩れ床へと尻もちをついてしまった。

「痛てッ。あれ? 急に足に力が・・・・?」

 自分に何が起きたのか分からず辺りを見回す男。すると自分を差し置いて、周囲を囲う黒服らの様子が変っていきがザワザワと騒がしくなる。

「お、おい、お前、足が」

 と、指をさされてそこで初めて自分の置かれている状況を理解した。

 左脚。膝より少し下。脛の辺りからその先が見当たらない。

「あれ? 俺の足、どこ?」

 足がない。それは理解できた。が、その現象と脳とが繋がらない。

 キョロキョロと周囲を見回すと、少し離れたところに自分の左足が転がってるのが見えた。

「あぁ、良かった、足、あった・・・・」

 手を伸ばし足を拾うため近づこうとすると、ガシリ、と残った右足が握られる。

 そして掴んだ手が握りしめられ、ひしゃげた右足がちぎり取られると、やっとそこで男は絶望する。

「あぁ、お、俺の足、、、俺の足が! 無くなって、痛い? 痛い! 痛い痛い痛い! 足が! おれの! 足! 俺の! おれのぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

「五月蠅いよ」 

 腕が伸び男の顔を鷲掴む。そして、クッキーでも割るようにあっさりと握り砕くと、男の頭の中に詰まっていた諸々が、勢いよく辺り一面に飛び散った。

 男の血や脳漿を顔に浴びた黒服のひとりが、スイカを勢いよく破裂させたらこんな光景なのだろうな、と呑気な考えを浮かべたのは、目の前の光景を受け入れられないがゆえだろう。

 そして、ぬらりと化物が立ち上がる。銃弾の雨を浴びせたはずの巨体が何事もなかったかのように。

「あまり、死人は出したくない。金にならないからね」

 そして、入ってから一貫して言い続けた言葉の主語を変え、もう一度口にした。

「テオドール=フォノトフ。"ドラコン"の馬鹿野郎だ。いるだろ。 キミたちの雇い主」

 破裂音。さっきから何度も鳴った音。

 音が響くのとほぼ同時にヴァローナの頭が勢いよく後ろに折れ曲がる。

 黒服のひとりが放った弾丸がヴァローナの額に命中して頭を弾いたのだ。

 弾の出どころは建物の3階付近から放たれたボルトアクションライフル銃。

 一瞬の沈黙。

 そんな静寂を破ったのは、弾丸を受けた張本人だった。

「ビックリするじゃないか。でも、うん、ありがとう」

 首を起こしたヴァローナの額は焦げ付き硝煙が立ち上る、それでもなお血の一滴すら流れない無感情の能面顔が正面を向いた。

「驚くというこの感情、自分も只の人間なんだって、わかるから、うれしいんだ」

「ふざけるな・・・・ただの人間が・・・」

 銃を撃った黒服が身体を震わせながら口火を切った。

「ただの人間がド頭に弾丸食らって生きてるわけがねーだろがぁ!!!!!!!!!」

 その声をきっかけに、黒服たちが一斉に襲いかかる。

 銃を撃つ者、刃物を振りかぶる者、皆が目の前の化物を殺すために走り出す。

 そんな中でヴァローナは淡々とした口調でこう言った。

「言いたくなった人は手を挙げてね」

 顏付近に撃ち込まれた弾丸を平然と手のひらで受け止めるヴァローナ。

「なるべく早くしてね。キミたちにも帰りを待つ家族くらいはいるだろ」

 受け止めた弾頭を指弾で弾き飛ばすと、黒服の頭にひとつ風穴が開かれた。

「ダメだよ、命は大切にしなくっちゃ」

 こうして伝説の殺し屋の今日のお仕事が始まった。


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