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あなたに捧げる恋の歌

作者: 霧原瑞奈

もはやn番煎じの婚約破棄のお話。

婚約者の身分が低く、ライバルの令嬢が身分が高い場合は何が理由だろうと思って書いてみましたら、こうなりました。

あなたに捧げる恋の歌。

夜通し歌うナイチンゲール、張り裂けんばかりに歌っても。胸をバラのとげに刺してバラを染めても。

決して結ばれない、あなたと私。


「お前との婚約を破棄する!」

この国で、子爵令嬢と言う身分である少女、サルビア・スプレンデンス。その少女に指を突き付けてその言葉を投げた人こそ、ウィステリア・ハイドランジア。この国のただ一人の王子にして、第一王位継承権を持った存在。

その横に立つ、彼女と王子と同い年でありながら、少女と言うより女性と言った方が正しいと思われる、17歳にしては威厳や風格を持った一人の娘。それこそが、ドロセラ・ロツンディフォリア公爵令嬢。学園に通う前からウィステリア王子とは仲が良く、幼なじみであったのだが、学園に入ってから、前にまして仲を深めていた。

そして、この婚約破棄を突き付けているこの場所は、何を隠そう、彼女、サルビアと王子の婚約披露パーティだったのだ…。


「何故、ですか?王子殿下」

涼やかな声で、サルビアは問う。予感でもしていたのか、随分と落ち着き払っている。

「何故だと?」

ギン、と強いまなざしで睨み付けてくる王子の顔。元々、整った精悍な顔つきなので、にらまれると迫力がすごくて恐ろしい。

「ウィステリア、おやめなさい!」

王妃様が必死で駆け寄り止めようとするが、この婚約披露パーティの為に整えられた正装で、大変重い衣装のために駆け寄るスピードは遅い。そもそも淑女である王妃様が走るなど、まずありえない事である。

一方、国王陛下は、まだこの場に現れていない。重々しさの演出で、国王陛下は後から少し遅れて現れる事になっていたからだ。今は、それが裏目に出ている…のか、王子がそれを狙ったのか。そもそも、この婚約披露パーティで婚約破棄を突き付ける算段であった事すら知らなかった。ただ、このパーティに参加者として立っていた私を引っ張り、この場を作り上げたのだから。

…あきらめる、つもりでいたのに。

「この国の次期王妃が、子爵令嬢であることがまずおかしい!それでありながら、子爵令嬢の分際で、公爵令嬢であるドロセラの事を虐げたそうだな!私の婚約者となった事で、既に王族気取りか。お前のような卑しい女を、王家に入れる訳にはいかん!」

「ウィステリア!」

王妃様が必死に止めようとする。だが、カッとなった王子は聞かない。

「サルビア。お前は、ただの子爵令嬢だ。それでありながら、ドロセラに申したそうだな、『貴女がウィステリア王子と結ばれる事など有り得ない』と。私がお前を愛するなど、それこそ有り得ない。私の妻となる娘は、後にも先にも、このドロセラだ」

そう言うと王子は私の手をそっと取った。とても大事な宝物のように。

「身分も、教養も、美しさも、成績も。何もかも、お前など、ドロセラの足元にも及ばぬのに。何故、お前ごときが私の婚約者などと言う、大それた立場に居座っている?」

心底見下された視線が、彼女に突き刺さる。

「私とドロセラ、我らが婚姻して。果たして、誰が反対する?お前のような子爵令嬢との婚姻などよりも、ずっと」

冷たい目で見下されるサルビア嬢。ああ、この人はずっとずっと、彼女を嫌悪していたのですね。改めて、痛いほどに思い知る。

「お話は良く分かりました、王子様。ただ、考えても欲しいもの。子爵令嬢が王族と婚約を結べた理由を。適齢の公爵令嬢が居て、その人が選ばれなかった理由を」

「何だと」

「ウィステリア、おやめなさい!理由があるのよ!」

王妃様が悲しい声を上げる。

「理由、ですか?この娘と婚約した理由?どうせ、この娘の家が裕福だったとか、そんな理由でしょうに」

王妃様に向かって、鼻で笑う態度を取る王子。確かに、スプレンデンス家は、子爵家としては破格なほど、裕福な家だ。隣国との貿易を家業にしているのだが、ここ数年で立ち上げた家にしては、目覚ましいほどの勢いで、貿易をこなしている。

このような家を、あまり軽く扱うのは宜しくないのは、私でも分かる。基本的に、ウィステリアは少し視野が狭い。見たいものだけを見て、それ以外の、自分の視界に入らないものは存在していないとばかりの態度を取るのだ。それでも、正面から見つめられて、大切にされて、他の娘など目にも入らない。そんなにも深く大事に思われる事が、たまらなく嬉しかったのだ。昔から、ずっとずっと…。

そんな中、悲しげな眼で、サルビア嬢はぽつりと呟いた。

「私の事を、お忘れなのですね」

私は、静かに王子の横顔を見つめた。ただ驚いた顔をしている。

「忘れる?何をだ」

彼女がそっと微笑んでみても、王子は嫌悪感しかない顔をしていた。

「私の名を。私の本当の名を」

「何を、言っている」

「本当に忘れていたのですね。愚かな王子様。

私の名は。サルビア・スプレンデンス、では、ありませんわ」

「な?」

「私の名は…コメリナ・コムニス。

コムニスと言う名は、さすがにご存知…ですわよね?」

「まさか」

「あら、さすがにそれは分かりますのね」

くすくすと笑ってやれば、顔をかっと赤く染める王子。侮辱されたことが分かるようだ。

「私は…隣国の王女ですわ」

「は?」

唖然とした顔で、彼女を見る王子様。突然の言葉に、私も唖然とする。コメリナ姫と言えば、隣国コムニス王国の二番目の姫で、あまり表舞台に立ったところを見ない、深窓の姫君と言われている。私も、姿を見た事が無い。そのコメリナ姫が、このサルビア嬢?

「何で…隣国の公爵令嬢が、この国の子爵令嬢など…?」

「それは全て、貴方のせいですわ、ウィステリア・ハイドランジア様」


コメリナ姫は語る。

それは、10年前の話。お互いがまだ7歳の時、私たちは出会った。協定の調印式で訪れた、コムニス王国の王宮の庭で、私たちは出会った。庭で移動のために歩いていた私にぶつかってきた少年が、まさか隣国ハイドランジアの王子なんて、本当に驚いたもの。

その際に、転ばされて、軽いと言えども負わされた怪我。他国の王女に怪我を負わせたと、王子様はひどく怒られて、ふてくされていたのも、私は覚えている。貴方は忘れているみたいだけれど。怪我の責任もあって、7歳で婚約を結ばれたものの、私には不安があった。当時は7歳、でも、謝ることもろくにしない、尊大な性格。そんな人と、将来結婚ですって?そんなの、こちらとしては冗談じゃない。だから、ハイドランジア陛下にお願いをして、私はこの国の貴族として、生活することになった。貴方を見定めるために。本籍が隣国の私は、国政に深く携わることの無い、子爵の地位を得て、と。

「子爵の地位?」

「はい、スプレンデンス子爵は私です」

「子爵令嬢では無いのか!?」

「誰が私を子爵令嬢だと言いましたか」

「ぐ…」

「おおよそ、フォローの為に国から来てくれた執事をスプレンデンス子爵だと勘違いされたのでしょうね。

ねえ、王子様」

彼女が笑って見せる。まるで弱いネズミをいたぶる猫のように。

「コムニス王国からしたら、別にハイドランジア王国と婚姻による同盟を結ぶ必要は特にありませんから、私と貴方が結婚する必要性は、別にありませんわ。ですが」

はっと、私は顔を上げた。そこに立つ人を見るために。

「あなたがドロセラ様と結婚できない理由は、きちんとあるのです」

顔を青くする王妃様を。


「コメリナ姫…どうか、この場でこれ以上は」

ふるふると、真っ青な顔を振る王妃様。遅まきながら、話を聞いて駆け付けた国王陛下も隣に立った。

「いいえ、私は、知らぬことと言えども、真正面から非難され、侮辱されたのですわ、やってもいないいじめ、公衆の面前での一方的な婚約破棄。そもそもドロセラ様に告げた言葉はただの事実の上に、ドロセラ様に告げたのではなく、友人との話を勝手に王子が拾い、話していた相手を確認もしていなかっただけの事、私の友人をドロセラ様と勘違いしただけの話。私はこの国では子爵の身分、公爵令嬢に前触れもなく話しかける不敬な真似など、しませんわ。

王妃様、仮にも王族ですわ、私も。その侮辱は雪がせていただかねば」

「姫…」

「いえ、仮に王族でなくても…やってもいない罪をかぶるのは、許しがたい事ですわ」

コツ、と一歩、足を踏み出す。

「私とて、王子様がこの場であのような事を言わなければ…せめて、別室で告げられていたのであれば、このような事は人前で言わずに済んだでしょうに」

呆然と立ち並ぶ、王子と私。その二人を、彼女はちらりと見る。

「似ておりますわね、やはり。お二人は」

「は?」

「王子は軍で鍛えられて精悍さを付けられましたから、一見はそれほどかもしれませんが…意識して見れば、似ておられます」

コツン…と、二人に向き合う。

「さすが、二卵性とは言えども双子」


「な、にを」

「私と、ウィステリアが、双子?」

「公にはされておりませんが…間違いありませんわ」

「う、嘘だ」

「嘘ですわ!」

「ふふ、反応もそっくり」

「「!」」

ふわりとコメリナ姫が振り返ると、真っ青な顔をした王妃様が立っていた。

「王子様は参加しませんでしたが、私は月に一度は王様、王妃様とお茶会をしていました、そこでお二人から色々なお話を聞いていましたのよ。王妃様…王妃様と、王弟閣下の奥方との17年前の出産予定日は、ほぼ同じでしたわね」

「…」

王妃様は立っていることもままならず、王にすがってかろうじて立っている状態だった。

「そして、いざ出産…王妃様はひどい難産でした。落命してもおかしくない出血に、子の命と王妃様の命…どちらも救う事は出来ませんでした」

「やめて…」

「王妃様を深く愛する国王陛下は、王妃様の命を優先しました…。しかし、王妃様のお腹の子の命は、叶いませんでした」

「お願いです…」

「お子は助からず、王妃様は生死の境をさまよっている…その間に王弟の奥方は、双子の男女を産みました。国王陛下は、王弟に土下座してまで頼みました。男の子を自分の子として育てさせてくれ、と。自分と実際に血の繋がりもありますし、このままでは王妃様も命が危うくて、国王陛下は縋れるものが欲しかったのでしょう」

「やめて、ああ…」

「やがて王妃様は一命をとりとめ…国王陛下の元には息子が、王弟閣下の元には娘が産まれたと国民に知らされ…王妃様が落ち着いた頃に、陛下も話をされた事でしょう。実際には甥を、自分の子として育てていること」

「……」

「その双子の男の子がウィステリア様…そして」

「女の子が私、ドロセラなのですね」

呆然と立ち尽くす、私たち。私とウィステリアが、双子?


今にして思い返すのは両親の言葉。子供の頃から何度か両親にウィステリアとの付き合いを願ったが、返事はいつも同じだった。

「ウィステリアは駄目だ、お前たちは血がつながっているのだぞ」

「お父様!」

「お願い、ドロセラ、考え直して。他の人なら私たちもちゃんと考えるわ、だけど、ウィステリアだけは、あの子だけは。あなたたちは、血がつながっているのよ」

「お母様!」

血がつながっている。確かに、お父様と国王陛下は実の兄弟。私とウィステリアは従兄妹になる。それはそうだが、何故、こんなにも反対するのでしょう?従兄妹と結婚した例だって、いくらでもあるはずなのに。

毎年、私の誕生日会にはウィステリアも呼ばれ、私と両親、ウィステリアの4人で盛大に誕生日を祝う。同じ日に産まれた私たちは互いにプレゼントを交換し、幸せな時を過ごす。

毎年誕生日パーティを開いてくれるような間柄なんだから、きっといつか…認めてくれる。

そう思っていた。

「血が繋がっている」の意味が…それが…

従兄妹ではなく、兄妹。

それも、双子、ですって?

誕生日パーティにウィステリアを呼んでいたのは…その日だけは、本当の親子水入らずで過ごしてもらおうとの、国王陛下の配慮…。


「血の繋がった、実の兄妹…さすがに婚姻は許されません。しかしながら、他に侯爵家、伯爵家に婚約者候補となる娘は居りましたが、なかなか決まりませんでしたわね」

「…ああ、どうしても、その年代の娘たちの中では圧倒的にドロセラは優秀で。先にあやつが言っただろう、身分も、教養も、美しさも、成績もと。まぎれもない事実だ」

「そうですわね。正直申しますと、私も、せいぜい本当の身分くらいしか勝っているところなどありませんもの」

「事実を伏せていた私たちの前で、わずか7歳で次期王妃はドロセラだとささやかれ始めて…我らは焦った。そこで目を付けたのが」

「私…コメリナ・コムニス、でしたのね」

「利用するようで申し訳なかったが」

「いいえ。そこは問題ではなかったのです」

「ああ…」

そう、問題は…ウィステリア王子が一切、あてがわれた娘を受け入れようとしなかった事。王女としても、子爵令嬢としても。幼い頃から王子の心の中にはドロセラ嬢しか居ない。何をどうやっても。

「せめて二人が、いとこであったら良かったのでしょうに」

「せめて…異母でも異父でもいい、せめて…同父母でなかったら」

「あ…ああ、あああ!」


幼い頃からお互いに捧げられていた想い。

私のすすり泣く声に、王子の悲痛な視線が重なる。

婚約破棄を受け入れて去っていくコメリナ姫を、止める手段は無かった。

「血が繋がっている」と言う言葉を正確に解釈していなかった私たちは、今後…どうなるのか。誰にも分からないけれども、明かりが消えた暗い道だけが見える気がした。

そこに響くのはナイチンゲールの歌声か。私たちの慟哭か…。


あなたに捧げる恋の歌。

張り裂けんばかりに歌っても、決して許されない報われない、悲しい歌声が、いつまでも…いつまでも。

命をかけてと染めた恋のバラの花は、ただ、握りつぶされ、捨てられた。


ウィステリア=藤。花言葉は「陶酔」 ハイドランジア=あじさい。花言葉は「移り気」「浮気」

サルビア・スプレンデンス=サルビアの学名。花言葉は「良い家庭」とか「家族愛」とか。

ドロセラ・ロツンディフォリア=もうせんごけの学名。花言葉は「詐欺」「無神経」とかもありますが「物思い」「あなたに捧げる恋の歌」もあったり。

コメリナ・コムニス=つゆくさの学名。花言葉は「なつかしい関係」


冒頭と最後のナイチンゲールの話は、オスカー・ワイルドの「ナイチンゲールとバラ」のイメージです。ナイチンゲールの報われなさが切ない話です…。(恋に悩む青年が好きな人に赤いバラを捧げたいと思っていたが白いバラしかないところに、そんな悩む青年の恋心のすばらしさに感銘を受けたナイチンゲール(鳥)が胸を刺して命懸けでバラをナイチンゲールの血で染めて赤いバラを作り出しナイチンゲールは落命する。しかし思い人は宝石を別の人から貰って浮かれ、血染めのバラなど要らないと言い、青年はバラを捨てて去っていく、と言う話)この話も何故か頭の中にあって、思い人は国家権力かな、と。(抗ってもどうにもならない感じが)


連載小説もあります。良かったら覗いてみてください。

「見た目幼女の転生者は聖女の道をひた走る!」RPGっぽい話です。

https://ncode.syosetu.com/n4909gk/


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[一言] 悲恋と言うか…喜劇。 悲恋だと思っているのは当事者の兄妹のみ。 自分には心の弱い国王夫妻が、国に混乱と破滅を呼び込んだ話にしか思えませんでした。 兄妹とは知らずに育った男女間でGSA(G…
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