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1話 来訪者

「あっ!」


 俺の体が落ちるのを感じたのはその直後だ。

 トラックの荷台に上ろうと半分開けた扉に手をかけ、年甲斐もなくさっそうと上ろうとした。

しかし、体が上りきる前に手袋をはめた手が滑り背中から地面めがけて落ち始めた。

 このままでは地面に叩きつけるように落下してしまう。


「ヤバい!」


 そう思った瞬間、とっさに空中を掴んだ。

 一瞬だが掴める筈の無い空気をまるで個体を掴むような感覚を感じた。


「!!?」


 気が付けば背中からふわりと硬いアスファルトに背中が着き、痛みも怪我も無く寝転んでいた。   何が起こったのか?

 理解が出来ない。

 本当なら背中を叩きつけそのまま後頭部を強打していたはずである。


 何が起こったのか?。


「∈⊇∋∩∃・・」


 聞いたこともない声の様な音が聞こえ、はっと我に返った。

 そして道路に横たわっている事を思い出た。

 早朝で人は居なかったものの、恥ずかしさが急に沸き上がり、あわてて立ち上がった。

さっきのは何だったんだろう。

 それと声?

 

 気にはなりつつも周囲には何もなく、時間通りに終わらせるため再び作業を進め、先程の事を不思議に思いながら残り三時間ほどの仕事を終えた。



 俺の名前は日向斗真。


 運送業に従事するドライバーをしている。

 主に早朝から午前中に、食品をスーパー等に配送センターから各店舗に運んでいる。

 世間に何処にでもいる34才のおっさんだ。

 未だ独身のまま、ふらふらと生活をしている。


 実は不思議なことは今日に始まったことではなかった。

 度々、何かしらの不思議な出来事が斗真の周りで起こっていた。

それは、非科学的ないわゆる“オカルト”と言われる現象の事だ。

 原因は住んでいる町が“京都”だからなのか、配送であちこち回っていると色々な場面で実に怪しい物を見かけることがある。

 いわゆる古くから伝わる“あやかし”と呼ばれるエネルギー生命体と言える生き物だ。

 これが京都の町では中々に頻度が高く遭遇する。

 幽霊や魑魅魍魎と言った“あやかし”達と遭遇するのだ。


 実はあまり人には言えない事なのだが俺は“霊能力”と呼ばれる力が強いらしい。

 いわゆる目には見えない住人達の世界が見えてしまうと言うことだ。

 この科学が進んだ世界で、普通に生きていれば会うことのない世界の生命が存在している。

 それらが時々こちらにも干渉してくる事がある。


 見かけが明らかにそのものという奴から、気配のみの者もいる。

 普段なら何て事がないのだが、そういうものはちょっとしたきっかけで変化をするものがいる。

 厄介なものでソイツらをそのままにしておくと周囲の仲間や、周辺にあるエネルギーを材料にして時間をかけて成長し、これが良いエネルギーならば土地神化するのだが、悪いエネルギーだと悪霊化するものも少なくない。

 これらは放っておくと生物の精神体に影響を及ぼし、悪魔憑き等を産み出し影響が出る。


経験からそれらを見つけると、我流ではあるが悪さをしそうな場合は“想念”で作った結界で捕らえて処理を施す。

 方法は俺自身が“あやかし”そのものを体内に取り込み、自らの“気”と同化し“昇華”と言うプロセス通して害のないエネルギーに変えていた。

 そうすることによって見えない人たちの周囲に影響が出ないようにしていた。


 通常、“あやかし”と呼ばれる者達には物理的な攻撃が効かない。

 希に実体があるものも居るが極めて希で、殆どの場合実体の無い精神体で現れる事が多い。


 俺の使う“想念”は、あらゆる所に存在する“気”のエネルギーを自らの意思で集め、コントロールすることで彼らと同質のエネルギーを作り、自ら意識した形に変化させて結界を作り“あやかし”を捕まえているのだ。


 これは陰陽師や修行を積んだ修験者、僧侶がよく使う古来からある方法だ。

 事例を挙げると結界や式神等の呪詛を介して“想念”を作用させる呪術系の技で、実体を持たず、エネルギーとして存在する“あやかし”達に直接作用する事の出来る方法だ。

 中国では仙道、ヨーロッパでは魔術として存在する事は有名だ。

 俺はこの力で“あやかし”達を簡単に無力化することが出来る。


 今の能力獲得の話は少し昔に戻る。


 物心ついた時には、周囲にごく自然に“あやかし”を見ていたため、普通に居るものとして見えていた。

 当然、他の人たちにも見えているもの物心つくまでは疑問にすら思わなかった。

 おかげで“あやかし”の見えない家族や友達に、その存在がいることを話すと気味悪がられ、距離を取られることを沢山経験してきた。

 だから今ではもう誰にも話すことは無くなった。

 こうして普通を装う俺ともう一つの“裏の顔”を持った今の俺がいる。


 先ほどにも説明した通り、物心つく頃には“あやかし”も周囲に普通に居たため、存在そのものが当たり前となっていた。

だから同じようにみんなが見えていると思っていた。


 “あやかし”達と遊んでいると、自然と“気”を使える様になり、端から見ると一人で誰かと話し、笑ったり、怒ったりと“一人で遊んでいる不思議な子”として見られていた。

 その時はは能力の使い方を知らず、“あやかし”達が遊び相手だったり、単純に威かくされる事が良くあり、それらに対応するために自然と“気”を使っていた訳だ。


 そしてその力を発展させるのにきっかけとなった事があった。

 それが8歳の頃に見ていたテレビ番組で“仙道”と言うものがあることを知った。

 “仙道”には“気”を体内の経絡に巡らせ、“気”を凝縮した形に変化させ、体内の丹田と呼ばれる場所に蓄えて“念”と言う方法を用いて使える形にするのだ。


 この頃には悪さをする“あやかし”達にウンザリしていたこともあって、これなら撃退できると思い、すぐに真似をしてみた。

 子供ながらに“気”のエネルギーを使っていたおかげで“気”を練ると言う作業は体が理解していた事と、相性も良かったのか直ぐに正しくコントロール出来るようになっていた。

 そうすると面白いように“あやかし”に対して触れたり、追いやったりすること面白いように出来るようになっていた。


 現在は“想念”と言う“気”を意思の力で多様な形に練り上げる技法で悪意ある“あやかし”を小さな結界で捕らえ純粋な“気”の状態まで戻し、自分の“力”として吸収事が出来るようにまでなっている。

 分からぬままに自然と能力を使っていたが、“仙道”と出会い、“気”存在を確信し、またそれが世界のあらゆる物質に在る構成要素であること、そして世界が見える事以外にも世界があり、全ての物質は“気”エネルギー無くしては存在できない事を高校生になる頃には理解するまでに至っていた。


 ただ、高校生の頃には調子にのっていた事もあり、小さい頃の苦い経験を忘れ、一時期はこの力を自慢したくて世に公表しようかと考えたこともあった。

 しかし、異質な存在は一時的には認められるものの、高校生が霊媒師のようなことをしても最後にはインチキ、詐欺として見られることが多くなり、仲良くなった友人達を失ってまでする事じゃないと思い、誰にも知られずに今日まで過ごしてきた。


そもそも“仙道”の目的は、簡単に言えば気をコントロールして集約し、不老不死得ると云うのが最終目標である。

 今では、独学で知識を付け能力の発展、実践する方が楽しく思えるようにもなっていたので、時間があれば色々試す様な生活をしてきたのである。


 今では俺は“不老不死”と言う他人が聞けば笑う様な目的を密かに持っていた。

 とにかく生き続けて、“未だ見ぬこの世の色々なものを知りたい”思っていた。

 “仙道”に興味を持ったがゆえに能力を伸ばしてきたが、実際には普通の生活をしながら、不老不死に至る探求は、世間に漏れでる程度の薄い情報であり、欲しい“仙道”の情報は核心を捉えたものがほぼ無い。

 独学と言うこともあり、ある程度の力がついたところでその先が見えず、働き始めた事もあってか、その糸口が見えないまま今日まで至っていた。


 そんなときに今日のこの出来事だった。

 あの様な物理の法則を無視した出来事は初めてだった。

 自由落下を制御する力。

 荷台から落ちたのは間違いなかった。

 まるでポルターガイストが見せてくれるような物質に作用する力。

 なんとか発動した力を自分のモノにと思いながら帰路についていた。



「ただいま。」


 誰もいない部屋に向かって声をかけ、シャワーを浴び、いつもの場所に座ってくつろいだ。

 帰りに買ったビールをツマミと共に飲みつつ、今日に起こった出来事を思い出していた。

 今回は明らかに今までとは違い、“あやかし”由来現象ではなく、自らが発した“掴む”と言う意識から出た自由落下をコントロールする力であるという事だ。


 ビールを喉に流し込みながら考えていた。

 今までのイメージをきっかけとする“昇華”とはまるで違う力。

 落下の時に危険を感じ、咄嗟にからだの内面より生じた力。

 まるで“念動”にも近い力のように思えた。

 ただ、もう一度となると同じ危険な落下を体験しなければならず、同じように助かる保証もないので再現は怖くて出来ない。

 結局なんだったんだろうと思うばかりで時間だけが過ぎていった。


 「∈⊇∋∩∃・・・」

 「∈⊇∋∩∃・・・○▲×。」


 突然、何処からか意味不明な言葉が聞こえる。

 いつの間にか眠ってしまったようだ。

 誰かが呼んでいるようだ。

 酔ってしまっているからだろうか?。


 「∈⊇∋・ロム様。」

 「∈⊇・クロム様。」


 気のせいか、少しずつ日本語になってきた。

 とても小さな声で呼んでいる。


 「ん?。」

 「誰だ?。」


思わず斗真は声に出して返事を返してしまった。

頭のなかに誰かの声がハッキリと聞こえた。

どうも女性の様だ。


 「レスクロム様、やっと見つけました。」


 んんっ?

 誰の事だ?と思った時に。


 「あっ!! 切れ・・」


と叫んで聞こえなくなった。

 確かに誰かに呼ばれたような・・


 ふと目が覚める。

 夢を見ていたようだ。

 疲れていたせいか、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 呼ばれていたことが、夢を見ていてなのか、実際に誰かが呼んでいたのかが判らなくなっていた。

 時計を見るといい時間になっていた。

 もうすぐ仕事にいく準備をしなければならない時間だ。


「なんだったんだろう?」


 思わず声に出ていた。

 どうもいつもと違う気になる夢だった。

 といっても、仕事にいく時間が差し迫っているので、ここは気にはなりつつ、仕事に向かう準備の為に起き上がった。



「おはようございます。」



「おはよう。」


 挨拶を返してくれたのは、先輩の椎名さんだ

 点呼と云う、運行前の出勤時間や、その日の仕事内容の作業をしている。


「今日はどうした?、 あまり寝てないのか?、 やけに眠たそうに見えんで。」 



「いつもと違いますか?。」



「そう言う所から事故や失敗が発生するんやから、ゲームでもしすぎたんやないやろな。」



「してません!、寝過ぎたくらいですよ。」

 どうやら寝不足気味の顔をしているらしい。



「なら、ええんやけど。」

「そしたら今日も一日気を付けて安全運転でお願いします。」



「はい、行ってきます。」


 担当の車両に乗り込み車庫を出発する。

 今日は京都市の北部を回るルートだ。

 センターで荷物を積み込み出発した。


 午前0時。


 出発してから、賀茂川と高野川が合流し鴨川となる所の賀茂大橋を渡るときだった。

 橋の上から2本の川が合流する所にうっすらと光る人影が見えた。

 おっ、幽霊か? 

 にしては存在感がハッキリしている。

 橋の中程を通過する際には金髪の外国人の女性である事が判った。

 しかも、コミケなどで見かけるファンタジーなコスプレの様な姿だ。

 おまけにぼんやりと光っている。 


 こんな時間に、しかもうっすら光ってる人間などまともなはずがない。

 今までの経験から、ここまで具体的に形を成すものは強力なものが多く、命の危険もあるかもしれない場合が多いので無視することにした。


 無視すれば因縁が無ければ大概やり過ごすことが出来る。

 普段から絡まれるのは面倒なので基本的には力をセーブして普通の人と変わらないようにしている。

 そうすると“あやかし”たちは悪戯や、悪さをなにもしてこない事が多い。

 でも、今回は違った。


“待ってください”


 頭に響く声。


 話しかけてきた?。

 声を無視して通りすぎようとすると女が消えた。


 「えっ!。」


 思わず声が出た。


 突然、女がトラックの目の前に現れた。

 思わずブレーキを踏んだ。

 タイヤの摩擦音が夜空に響く。

 女はトラックの運転席から2メートル位の正面に浮いていた。

 “あやかし”に馴れているとはいえ、いきなり目の前に現れると驚いてしまう。


 「驚かすなよっ!。」


 思わず大きな声で言ってしまった。

 心臓の鼓動が分かる位に激しく鼓動している。



“すみません。”

“気付いておられるのに知らぬふりをされましたのでつい。”


 女の声が頭に直接響いた。

 しかも、流暢な日本語だ。

 顔を見るとロシア系の俺好みのかわいい顔立ちの女だ。

 だが少し視線をずらすと耳が長い。


「エルフ!?」


 よく見ると服装も変わっている。

 ゲームの中に出てきそうな見慣れない格好だ。

 “あやかし”相手に可愛いもなにもないのだがとにかくいい女だ。


“ずっと探し続けてやっと見つけましたのに、知らぬふりは悲しすぎます、ご主人様。”


 ご主人様?。

 こんな“あやかし”の知人はいない。


“レスクロム様、私をお忘れですか?”



 レスクロム?


“姿はレスクロム様のお好みに反映して成り立ちますので以前の姿とは違いますが、波動を見ていただければ判るかと・・”


 波動?


「ごめん、“波動”と言われても君みたいな可愛い子忘れるわけは無いんだが。」


 “あやかし”相手に返事をしていた。



“そうですか、そこまで力を封印されているんですね”

“・・・”

“解りました”

“私の出来る範囲ですが“縁”をもって少し力の断片をお渡し致します”



「ちょっとまって!。」


 ここでなにかを渡されても困ることは間違い無さそうだ。


「ごめん、仕事中なんだ。」

「それから、いきなり出てこられて“はい、そうですか”とはいかないし。」



“それもそうですね、見つけられた嬉しさで現状を省みてませんでした。”

“どの様にいたしましょう?。”



「ともかく仕事が終わったら話を聞くから、一旦帰ってくれるかな?」



“分かりました、御身の影に潜ませてもらいます。”


 と言って、女は消えた。

 静寂が戻る。


 暫くしてエンストしてしまったトラックを発進させ配送の続きに戻った。

 さっきのは何だったのか?

 急に現れた“エルフ”?


 色々な“あやかし”は見たことがあったか、これほどリアルに現れたことはなかった。


「そういえば、“ご主人様”と言っていたな・・・。」

 

 いくら考えても、そんな“あやかし”の女など関わることはなかった。

 せいぜい飲み屋のおねーさん位である。

 やはり考えても思い当たることは何一つない。

 疲れて幻覚でも見ていたんだろうと思いたい。

 昨日はお酒のせいであまりいい寝付きはして無いとはいえ、ましてや異世界大好きオタクの会いたいキャラクターの代表格の“エルフ”を見るとは・・・。


 もはやこれは夢に違いない。

 うん。

 そうだ、境目の判らなくなった夢と言うことにしておこう。


「あ!」


 そう言えばさっきのブレーキで・・・

 一部荷物がダメになっている可能性があることを思い出した。



 午前9時30分。


 仕事が終わり、急ブレーキをかけたことで一部商品がやはり破損していたことをしっかりと叱られ、気落ちしながら帰宅の途についていた、夜中の出来事を思い出していた。


「こんな事、誰も信じてくれないだろうな。」

「本当にリアルだったな~」


 しかも、“エルフ”ってこの年になってこんな妄想めいた“あやかし”をみるなんて。


「何かストレスがたまってんのかな?」

「このところ、仕事と家の往復だけで何もしてないもんな。」


 この年になって、ストレスが厨二病と云う形で発現したのだろうか?

 何度思い出して考えても馬鹿げている。

 ポケットに入れている携帯が鳴っている。

 んー、まだ仕事で何かあったのだろうか。

 立ち止まって画面を見ると雫からだ。


 秋山 雫 


 俺の幼馴染みだ。

 妙に勘のいい子で、こんな変わった俺に小さい頃から付き合ってくれるいいやつだ。   


「斗真、久しぶり~」



「なんだよ急に・・」



「ん~とね。」

「何か急に電話しなくちゃと思って。」

「仕事が終わる時間だし、暫く声聞いてなかったから元気かなと思ったらつい。」


 何時もながら良い勘をしている。

 なにか事が起こったときに必ずと言って良いほど連絡をしてくる。



「おう、良い勘してるな、今日は仕事で失敗してな・・」



「どうしたの?」



「鴨川大橋渡っていたら、動物が出てきて急ブレーキ踏まされて。」

「商品破損。」

「凄く怒られたわ。」



「珍しいじゃない。」



「そうだろう。」

「あんなところに鹿が出るなんて思わないし。」


 確かに飛び出しては来たんだけど、流石にそれが“エルフ”とは言えないし、言った所で厨二病の変態扱いされてしまう。


「ふ~ん。」

「確かに、鹿って珍しいね。」


 少し引っ掛かる物の言い方だった。


「まあ、いいわ。」

「元気そうなら、あんたからも時々は連絡しなさいよね。」



「わかった、わかった、悪かったよ・・・」


 後はいつも他愛の無い会話が続いた。



「ところで、本当何もない?」



「何が?」



「なんとなく何か隠してることがある気がして・・」


 これが女の勘なのか、未だ気になる事に俺が応えていないらしい。

 いつもと違う事がどうも言葉尻に出ているようだ。



「何にもないけどな~。」



「本当?。」



「何もないって。」

「もうすぐ家につくからまた今度な。」



「もうっ。」


 これ以上話せば突き詰められそうなので携帯を切った。

 “エルフ”と出会ったとは言え、女だったからなのか、怪しさ満開のまま電話を切っていた。

 俺の微妙な変化に対して本当に良い勘をしている。

 そうこう考えてるうちに、マンションに着いた。


 おおっ?


 マンションが妙な気配に包まれている。

 明らかに自分の部屋の方向からあの“あやかし”の気配が感じ取れた。

 どうも夜中に見た女が真面目に部屋で待っているようだ。


 玄関前に着き気配を改めて探る。

 敵意は無いようだ。


 あの時会った容姿を思い出していた。

 自分の家なのに妙な緊張感が体を巡る。

 そっと玄関を開け、そこから部屋を覗いてみる。

 そこには三つ指を立てて平伏している半透明なエルフがいた。

 フローリングの標準的な間取りの部屋にエルフが鎮座しているのである。

 なんとも見慣れぬ光景だ。


“おかえりなさいませ。”


 またもや頭に直接エルフが話しかけてきた。



「ただ い ま・・・。」


 思わず返答してしまった。

 やはり幻覚ではなかった。

 一般的な独身者用の決して広くない部屋にエルフが一人。


 部屋までの短い廊下を通り、エルフの前まで行き俺も同じく正座をして向かい合った。

 不思議と恐怖などはない。


「お待たせしたかな?。」


 少々、警戒しながら声をかけてみた。

 


“いえ。問題ありませんご主人様”



 またご主人様か・・。

 こうなれば、開き直ってゆっくりとこのエルフの話を聞こうと気持ちを改めた。



「頭を上げていいから、まあ座って。」



 “エルフ”に小さな強化ガラスのテーブルを挟んで向かい側に座るように促した。

 まばたきをしている瞬間にテーブルの向こう側に座っていた。

 いつも座っている所に俺も座り“エルフ”と対峙している。



「まず、何がどうなって俺に君が会いに来ているのかな?」



“すみません。”

“その前にご主人様のお力をお借りしてこの空間に“授肉”してもよろしいでしょうか?”



「ど、どういう事?」

「俺の力?、“授肉”?」


 受肉?。

 言葉通りなら肉体を作るって事か?。

 どういった意味の言葉なのだろうか?

 そんな簡単に体を作る事が出来ると言うのだろうか?。



「何か良く分からないけど、都合がいいなら取り敢えずどうぞ。」



 そう言って返すと彼女が静かに目を閉じるた。

 少しずつ半透明の彼女の体が渦を巻く眩しい青色の光に包まれ始めた。

 と、同時にゾクッと俺の体から何か抜かれる感覚が生じた。

 不快では無いが胸部からスッと何かが動いた感じだ。

 手のひらで光を遮りながら指の隙間から見ていると信じられない事に、みるみる彼女の体の内に青い光が肉体を作り上げていった。



「すごいな。」


 

 思わず声がでてしまった。

 およそ1分位だろうか、目の前には先程まで幽霊の様だった彼女が現実の肉体を持った“エルフ”として立っている。

作り話の世界の種族としての設定通り、髪はシルバーブロンドで耳は長く尖っており、瞳は蒼く美しく目が離せなくなっていた。

 あまりの出来事に驚きを通り越して冷静に見ている自分に気が付いた。

 ふと我に戻り、全身を見た。



「ちょっと待った。」

「裸じゃないかっ」


 俺は慌てて後ろを向いた。



「さっき着ていた服はどうした?。」



「すみません。」

「受肉は文字通り肉体を構成する技なので服までは再現されません。」

「私はこのままでも構いませんが・・」


 手で隠す事もなくこちらを見ている。



「そっちが良くてもこっちが困る!。」


 正直、見たい気持ちが無いわけではないが、流石に出会って数分で可愛い子の裸を眺める趣味はない。



「何とかならないか!」



「ご命令とあらば・・」


 気のせいか少し残念そうに聞こえた。

 彼女が何か言葉を発した。

 同時に背中越しに部屋が青く光った。



「終わりました。」


 ゆっくり振り向くと先程の服を着ていた。

 気持ちを取り戻し、深呼吸をして改めて話しかける。



「で、君は?」 



「はい、改めて申し上げますと私はこの空間層で云う異世界人の様なもので、ご主人様におよそ三千年前に産み出されました。」



「んんっ?。」

「生み出す?。」

「三千年前?。」



「はい。」


 三千年前ってどれだけ前の事だ。

 しかも俺はまだ34歳なのに、おれ自身産まれてない遥か過去にって・・・。

 あり得ない。

 第一、胡散臭すぎる。

 でも実際、目の前にファンタジーの代表格のエルフらしき“あやかし”がいて、しかもそれがたった今現実の人?として存在し、俺に向かって経緯を語っている。

 とりあえず現実を受け止めて信じるしかないようだ。



「名前はあるの?」



「テラミアです。」

「思い出せませんか?。」



「う~ん。」

「では、テラミアさん。」



「ご主人様、お仕えする私になど“さん”は要りません。テラミアとお呼びください。」



「そう言われても初対面だからな~。」 

「では、改めてテラミア。」



「はい。」



「全くもって、三千年前とか君を産み出したとか、覚えのないことで、すでに理解できないことだらけなんだけど。」



「はい、心中も理解致しますが、ご主人様は元々この空間層でお生まれになられた訳ではありまん。」



「どう云うこと?。」



「簡単にお話し致しますと、ご主人様はおよそ一万二千年ほど前に別の空間層でお産まれになられました。」



「空間層?」



「能力に恵まれ、やがて成長と供に真理に触れられ、絶大なる印を手に入れられました。」



「印?」



「はい、この世界のすべての印です。」


 テラミアは続けて語った。


「もっとも真理に近づいたときに現れる物です。」

「簡潔に申し上げますと、“方”と呼ばれる至高の印です。」

「この印を発現された方の殆どは新たな神となるべく空間層の幾つかを創造し、管理、統治されます。」

「通常は“方”一つで世界が創れます。」

「神としての扱いを世界から受けるのですが、ご主人様は“六方”もの印を得られていました。」

「ご主人様はこの印を手に入れられた後も世界の創造は為さらずに人である事に重きを置かれ、その生活を楽しんでおられました。」

「ところが、ニ千年ほど前に“アーキア”がご主人様が体を新しくされる為の転生の際に、干渉を施し記憶と力をご主人様から分離したのです。」

「その上、ご主人様の魂をこのような“アビス”に幽閉するに至ってしまいました。」

「私はすぐに“アーキア”を退け、ご主人様をお探ししたのですが巧みに封印されていたため、直ぐに探索をかけたものの間に合わず、最近になって神魔力の無い“アビス”の空間に飛ばされていることだけが判ったのです。」

「“アビス”はマナの極端に少ない所です。」

「いくつか存在しているので、何処に飛ばされたかが分かりませんでした。」

「その上、すでにご主人様の御身はこの空間の輪廻に組されていて、神魔力を使われるまで全く探しす方法が無かったのです。」


 テラミアは更に続けて言った。


「そして、遂にご主人様の小さな神魔力を感知したのです。」

「その時は本当に嬉しくて、直ぐにこちらに向かって今に至った次第です。」


 本当なら信じがたい話だ。

 俺は何処にでもいるしがないおっさんである。

 確かに人とは違う力を持ってはいるものの、まさかそんな壮大なチートな能力を“貴方が持っています。”と突然言われるとは思ってもいなかった。



「と言うことは、テラミア。」


 深く息を吸い込み聞いた。


「探していたという事の理由は、ここではない何処かへ俺を連れ帰るってことかな?」



「はい。」


 彼女は満面の笑顔で答えた。

 確かにこの人生に違和感を少々持っていたのは事実だが、34年間ここで生活をしてきた。

 当然、急に沸いた荒唐無稽な話と、友人が少ないとは言え、たまに会う仲のいいやつもいる。

 両親と可愛いい妹もいる。


 この世界から居なくなると言う事は突然、あるあるの行方不明とか、不慮の事故でなんて事になって死んだことになるというわけだ。

 残された者からすれば知らぬとは言え、大迷惑である。


「帰らない選択肢はあるのかな?」


 テラミアの笑顔がみるみる曇った顔で


「ご主人様がどうしてもと言われれば、私は従う他ありません。」


 ずいぶん、寂しそうだ。

 彼女は彼女で、ニ千年間主人を失うと言う失望の中暮らして来たのだ。

 彼女の事は、先程リンクが繋がった時に少しばかり彼女の思考、感情が流れて来て理解が出来た。

 おかげで俺の心が少し動かされたのだ。

 こうして俺は、この世界から別の世界へ力を取り戻しに戻るかどうかを選択をしなければならなくなった。




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