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あるゴリラりずむ

作者: 関谷光太郎

短いです。よろしくお願いいたします。

 彼はゴリラの中でもイケメンすぎる存在だった。岩場の頂上から世界を睥睨する瞳に知性が溢れ、逆三角形の肉体を西日にさらし天を仰ぐ姿は、神々しい光を纏う軍神のようだった。


 あの最後の夜。星々が輝く満天の空を見あげながら、静謐な空気の中に異変のリズムが刻まれるのを知った彼は、覚悟を迫られた。


 ツギニユキガフリハジメタトキ、メイシュノイレカワリガオコナワレル。


 数日前。大いなる存在からゼウスと名付けられたゴリラは、さらに耳元で自らの使命をも与えられていたのだ。


 ソノトキ、オマエガ『シキ』ヲトッテミナヲミチビクノダ。


 自分の元へ多くの仲間たちが集まってきたのを確認して彼は意を決した。


 ゼウスが自らの胸を両の手で激しく叩き始める。発達した筋肉が打ち鳴らす音は、嵐の如きドラムの響きであった。


 広大なゴリラ園に、緊張が走った。


 それは、次代を担う覚悟を託された『新たなる盟主たち』の武者震いであった。


 闇夜を白い雪が舞い落ちる。

 眠りに落ちた街を白く染めあげるその雪に、無数の氷の結晶が花を咲かせた。結晶には、現生人類にだけ影響する死のウイルスが含まれている。優しく降り積もる雪に覆われて人々は永遠の眠りについた。花開いた無数の氷の結晶に、世界は沈黙したのだ。


 そして、白く沈んでいく街並みを見つめながらゼウスは声を聞く。


 コンドハ、オマエタチガヤッテミセロ。


 白い雪が落ちてくる天空の、さらに遠くからの言葉。


 ゼウスの瞳に映るのは、遥か太古からの進化の経路図。葉脈の如く伸びては消え、消えてはまた伸びるという栄枯盛衰のその先に、ゴリラという存在が追加されるのを目の当たりにした彼は総毛立った。体に降り積もる雪を払うことも忘れてその興奮に身を委ねると、彼を中心にして集まった同胞たちが声をあげた。


 ホウホウホウホウホウ!


 白い世界に響く類人猿たちの命の叫びは、彼ら同胞たちの鼓動と重なって妙なるリズムを刻み始めた。人類の覇者に選ばれし者たち。その中心に自分がいることをゼウスは自覚していた。類人猿の未来を決める一歩を、自らが率いるという現実に身のひきしまる思いがした。


 その夜、人間の文明は終わりを告げた。


 せめて今は、一面の雪が溶けるまで人類の健闘を称え、心から喪に服すことに全力を尽くそう。さぁ涙を流すのだ。流した涙で彼らの無念を洗い流すのだ。


 神よ。我に力を!


 勝利の因は、敗者を称えることから始まる。


 その瞳から流れる涙の一筋一筋が、滅びた人類に対する哀悼の意だった。


 背中を向けたゼウスの視線の先。地平に沿って陽光の赤が滲み出した。


 一面の雪はいずれ溶けるだろう。その時が時代の幕開けだ。なに、長大な時間をゴリラとして甘んじてきたのだ。わずか数時間を長いと思うものか。


 ゼウスのかんばせが陽光に輝いた。

 その眼差しは、遥か千年先まで見透しているようだった。


 やがて、日が昇る。


 さぁ、アルゴリズムを打ち鳴らせ!

お読みいただきありがとうございました。

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