視線・独占・瓶の栓
解説はしたの欄に!
別の捉え方がとかこんな風に読めたとかありましたら、コメントいただければ幸いです。
カランと音を立てて、グラスの氷が崩れる。すっかり薄くなったビールが喉に流し込まれ、頭が冴え渡る。さっきまで饒舌に喋っていた彼も話題が尽きたようで、グラスを傾けている。最も彼はアルコールに弱く、すぐに酔ってしまうのを嫌うからウーロン茶だけど。
「つまり、またフラれたんだな?」
「はっきり言うなぁ。まぁ、その通りだけどさ。」
そう言うことだ。随分と長く腐れ縁が通じている一也に、やけ酒を付き合ってもらっているのだ。ただ、私の名誉の為に言うとフラれたからやけ酒に走ったのは二回目だ。何度もフラれた事なんて無い。
「もうさー、何度経験しても心に来るよ?失恋って。あんたは分かんないだろーケド。」
「うるせーよ。俺にだって失恋の経験くらいあるわ。」
「えー、無い無い。あるんなら言ってみ?」
「出たよ、美那子さんの絡み酒。そうやっていじられんの極端に嫌うやつもいるんだぞ?」
「一也も?」
「内容によりけり。」
「今のはどうなの?」
「続けたい話ではないかなぁ。」
少し考えたあと、そう言って一也は唐揚げを一つ口に放り込んだ。
「えー、からかったら少し子供っぽい反応が可愛いのになぁ。」
「可愛いも言われると少しショックな言葉じゃね?」
「えぇ、男の子って複雑なんだねぇ。」
「男からしたら女心は秋の空らしいけどな。」
「なにそれ。」
なんだか彼の話し方が面白くてクスリと笑ってしまう。お酒に酔っているのだろうな、とぼんやり考えた。
「おっ?やっと笑ってくれたな。やっぱり美那子さんは笑ってるのがいいよ。ショボくれてるとらしくないぜ?」
「別にずっと笑ってない訳じゃないからね?フラれてからの三日間でも笑うこともあったし。」
「俺が見てねぇんだよ。お前、一人で悩む時間が長いんじゃないか?」
「あれ?心配してくれるの?嬉しいねぇ~。」
「ハイハイ。絡んでないで不満なり愚痴なりぶちまけなって。聞き流してやるからよ。」
「そこは受け止めて欲しかったな。そんなだからモテないのだよ、一也は。」
「余計なお世話だっつーの!」
そう言って一也は唐揚げを掻き込む。お酒に弱い彼はやけ食いに走りやすい。全然太らないのは、大学のサークルでボルタリング?をしているからかな?
「ふー、飲んだ飲んだ。いっぱい愚痴ったし、もうお開きかな。」
「おう、勘定は割勘でいいな?」
「そこは奢ってよ~。」
「俺、愚痴られただけだよな?」
「アハハ、冗談冗談。」
支払いを済ませて居酒屋を出ると、冷たい夜風が火照った頬を撫でた。心地好い酩酊感に浸っていると、一也が車を回してきた。
「どうする?乗ってくか?」
「おっ、気が利くぅ~。ありがと。タクシー代無かったんだよね。」
「お前、どうやって帰るつもりだったんだよ...。」
「ん~、ヒッチハイク?」
「...まぁ、乗ってけよ。」
一也の車に乗り込み、シートに深く身を沈める。発進した車はスイスイ進み、細い道を次々と通りすぎていく。
「あっ、ラジオつけるね。」
「いいぞ。」
『昨晩、目をくりぬかれた死体が発見されました。死後2日は経過しており、警察は被害者の身元の確認を急いでいます。』
「うわっ、物騒だな。て言うかお前のフラれた日とか、また凄いタイミングだなお前。」
「嫌なこと言うな~。」
「でも、お前が風邪引いたときは何枚も窓割れたりしたろ?後はお前が食欲無いって保健室で寝てたら小さいけど地震が起きたり...。昔からタイミング凄いよな。」
「それ、私が一番不思議だよ。この前だって、会社で大きなミスやっちゃった時に、同期の娘が男の人に襲われかけたんだってさ。なんか嫌なことって重なるよね。」
深い溜息がこぼれ、憂鬱な気分が膨れ上がる。
「へー、そんなことが、ね。」
「そうなんだよね。ハイエナに食べられちゃうみたいだったとか言ってたし、余裕はあったみたいだけど。食べられたことあんのかい!ってね。」
「ところで、さ。お前、今の状況分かってる?」
「へ?」
顔を上げると、ハンドルから手を離した一也が此方を見つめていた。
「あっ、もう着いた?」
「それ、本気でいってる?」
暗い道に建物や人通りはなく、少なくとも到着と胸を張って言える物では無いだろう。
「か、一也?ねぇ、どうしたの?」
「ハイエナ、だったっけ?でも、俺は人の獲物を横取りしたりはしないな。」
「一也っ。」
「車って鍵掛けたら密室だぜ?最近物騒なのに、油断しすぎだな?美那子?」
押し倒されて、近づいてくる顔。思わず強く目を瞑る。
そして...
「と、まぁこうなんだよ。」
「へっ?」
赤い顔で外を見ながら一也は言った。
「えっ?一也?」
「だーかーら!お前は塞ぎ混んでるし、最近物騒な話が多いし、見ず知らずの人にヒッチハイク仕掛ける計画立てるし、少しは気を付けろって事だよ!ダアッ、恥ずっ!二度とやんねえ!」
一気に捲し立てた一也にそっと美那子が近寄る。
「なんだ、怒ったか?悪かったよ。...ここ、お前のアパートの裏だから、すぐに帰れるぞ?」
「おい?そんな怒んなって。今度奢ってやるからさ。」
「じゃ、じゃあ俺はそろそろ帰るからさ。もう降りなよ。な?」
これだけ喋る間に一也はずっと前を向いていた。
「ふあぁ、残業たりぃ~。結局少子化だかなんだかで学校は無くなるし、経理の仕事しんどいわぁ。」
俺の愚痴は夜空に吸い込まれていく。疲れからか頭がポワポワしている。
こんな時はどうせなら美人の嫁さんと飲むお酒でポワポワさせて欲しい。美人なら嫁さんで無くてもいいや。結婚とかしんどいし。
「ん?ありゃ上の階の人か?」
確か、み...みナントカさんだった。挨拶を交わす位の仲だが...なんで瓶詰めの白玉なんて持ってんだ?
「まぁいっか。二つしか無いんじゃ俺までお裾分けも無いだろうし。」
なんか並々ならぬ拘りがあるみたいだし、今度はちゃんと目をみて挨拶してあげようかね。
解説
解説
美那子さんは、目を逸らすらされることが嫌なんですね。ちょっと並々ならぬ拘りと言われるくらい。でも、目って動かせるのは相手だけの筈なのでどうにも出来ない。
ところで別れ話を切り出すときって気まずくって目を逸らしませんか?一也は恥ずかしさで目を逸らしてしまいました。理性の薄れた美那子は...。
最後に持っていた瓶。中にあるのは二つの目玉、ですよね。絶対に逸らされないように、ね...。