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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

昔話アレンジ

英雄の凱旋

作者: バルスィ


 村に英雄一行が凱旋した。

 メンバーは1人の少年と犬1匹、猿1匹、そして雉が1羽。

 現代の読者ならもうお分かりだろう。

 何を隠そう、その英雄とは桃太郎である。

 彼等は鬼が隠し持っていた金銀財宝を奪い、村へと持って帰ってきたのであった。


 遡ること一年前、桃太郎は手に負えないほどの腕白小僧であり、盗みや悪戯を繰り返していたが為に村八分に処されたのだが、それが今や村人全員が桃太郎に様を付けて呼ぶ始末である。

 村人達は自身らの滑稽さに気付きながらも、桃太郎に媚び諂う日々を送るのであった。


   * * *


 兎は困っていた。

 村人達も困ってはいたが、兎は別の意味で困っていた。

 と言うのも、兎はつい先月、狸への仇討ちという勧善懲悪の伝説をやってのけた。

 正確には捏ち上げたのであるが、それはまた別の機会に語るとしよう。

 そうこうして兎の一連の活躍は『兎の大手柄』という題目で周囲の村々に伝播した。兎が英雄視されていったのは勿論のこと、兎の人里内に於ける地位も着実に上がってきていた。

 これはともすると、人間の最高のパートナーであり続けた犬と、その地位を逆転し得るのではないか? と、そんな淡い期待と伴に、兎は調子に乗っていた所だった。


 それがこのざまである。


 全く、犬という種族は抜け目のない生き物だ。

 彼らの人間奉公ぶりには、他の動物が及ぶところではない。

 いくら兎が策を講じたところで、人間からの信頼に於いて犬を超えることは到底起こりえないだろう。

 犬には敵わないのだ。潔く諦めるしかない。


 問題は残りの二匹である。

 ちゃっかり、勇者一行として参加し、あたかも活躍したかの如く振る舞う猿と雉。

 犬と違ってこの村の出身ではないはずだが、堂々と村に居座り、村人達が献上する食事をさも当然の如く食す、誠に図々しい奴らだ。


 そもそも、彼等は本当に活躍したのか?

 勇者一行として参戦しただけであり、そのお零れを頂戴しているだけなのではなかろうか?

 兎がそう感じたのも無理はない。

 まず猿だが、犬猿の仲という単語があるように、犬と猿が終始仲良く旅を共に出来るとは想像に難い。

 ましてや、雉が何故そのメンツに加わっているのか。


 犬・猿・狐・狸と言った比較的人間に身近な動物が活躍するのは理解出来るが、ここに雉が加わるのは余りにもおかしい。

 雉が活躍した話など、他に聞いたことがない。

 烏や鳩、雀に燕、鶏などなど、他にも鳥は居るのに、何故よりにもよって雉なのか。


 そうは言ったところで、あくまでも最大の活躍は桃太郎本人である。

 そして折角の地位名声も、3匹それぞれに分散する。

 兎の先月の活躍を覆すには遠く及ぶものではない。しかしながら、彼らの存在が兎の名声上昇のブレーキとなっていることは紛れもない事実である。


 彼らの名声を地に落とす策を、なるべく早くに打ち出す必要があるのだ。


   * * *


 猿には友達と呼べる存在が居ない。

 友達づくりとか、そういったものが苦手とかそう言うのでは決してなく、猿は敢えて友達を作らないで居るのだ。


 村人から食べ物や金目の物を盗んだり、他の動物にちょっかいを出したり、或いは夜道を歩く人間に悪戯を仕掛けているのにだって全て理由がある。

 自らが悪役を演じることで、他の者同士が仲良くなる。

 そういうシナリオなのだ。


 不幸になるのは自分だけで良い、それで他の奴らが幸せになるのなら。

 猿はそうして、自らの献身と偽善の愉悦に浸る。


 そんな猿を、犬は馬鹿だと評した。


 それは前回の旅――則ち鬼退治――の道中での事である。

 犬が「何故そんなにも意地悪な生き方をするのか?」と質問されたので、本心を返したまでなのだが、犬は心底軽蔑した様子であった。


 「くだらない言い訳にしか聞こえないな」

 「信じるか信じないかは好きにせぇ。ほんでも、お前さんの人間に媚びる姿勢の方が、よっぽど滑稽やで」


 軽い挑発のつもりだったが、犬は牙を剥いてグルルと唸る。

 そんな姿を見て、猿は驚いたふりをしておどけてみせる。


 「おお怖い怖い」


 そう言ってゲラゲラと笑う猿だが、内心では犬もただの畜生と侮蔑する。

 当たり前のことではあったが、犬にはお利口さんのイメージが着いているものだから、猿は少し失望したのと同時に驚いたりもしている。

 

 「……仮にさっきの……君の生き方の話が本当ならば、きっと君は後悔するだろう」


 怒りを抑えた犬が、くだらないお節介を焼いてくれる。

 あれだけ挑発しても未だこんな事を言ってくれるのは、犬だけだろう。

 そんな犬はきっと良い奴なのだろうが、猿には寧ろ偽善者に見えて仕方ない。

 自身の優等生ぶりに自惚れている、としか映らないのだ。


 ただの猿の卑屈なのかも知れない。

 或いは同族嫌悪か。

 方向性は違えども、お互いが自身に自惚れている。


 まぁ、どちらにしろ犬とは仲良くなれそうにないな、と独りちる。


 「ワイの生き方は、ワイの自由やろ」

 「……そうかい、好きにしな」


 その後は犬とはまったく会話をしていない。

 村に帰ってきてからもだ。


 村に帰ってから暫くは、人間達から色々な供物を捧げられたし、宿屋でも無銭飲食が許されていたが、毎日たらふく食っていれば半月で白い目で見られ、一ヶ月も経てば出禁を喰らった。


 「これで良いんだ」


 猿は自分に言い聞かせるように声に出す。

 お零れを頂戴し、過去の栄光に縋っていつまでも傲慢に振る舞う、厚顔無恥な野郎。

 負のレッテルを全部自分が背負えば、矛先が自分以外に向くことはない。

 そうすれば皆幸せになって……


 「……あれ? おっかしいなぁ、涙が止まらねぇ」


 涙を拭いつつ、なんて馬鹿な生き方なんだろうと改めて思う。


 「……友達、欲しいなぁ」

 「友達が欲しいって?」

 「おわっ、ビックリした!」


 いつの間に居たのか?

 其処に居たのは兎だった。


 「そ、そんな事言ってねーよ」

 「ふふ、素直じゃないねぇ君も」


 ぐいぐいと遠慮なく物事を言ってくる兎だが、猿が泣いていたことや目が赤くなっていることを指摘してこない辺り、そう言った配慮はしていると言うことなのだろう。


 「な、何か用でもあるんか?」

 「蟹君が呼んでるよ、君のこと」

 「……蟹が?」


 予想外の名前に、猿はきょとんとする。

 蟹とはまったく関わりが無かったと思うが。


 「猿君、種をあげたんでしょ?」

 「……?」

 「ほら、柿の……」


 そう言われて、ぼんやりとだが猿は思い出す。

 もう何年も前のことだが、猿は蟹からお握りを奪い取った。その変わりに柿の実……の種を交換してやったのである。


 「蟹君あれからずっと、毎日種に水を与え続けててさ、そして今年やっと実が生ったのさ!」

 「ずっと? 馬鹿じゃねぇのか?」


 猿がそう思うのも無理はない。

 桃栗三年柿八年という言葉があるように、柿は種を撒いてから最初に実を付けるまで、実に8年も要するのだ。

 その間ずっと毎日水を与えていた?


 「蟹君が君と一緒に柿の実を食べたいってさ。それに、ボクや蟹君は樹に登れないからね。君に採って欲しいんだよ」


 反射的に猿は断ろうとした。

 それは猿の長年の悪癖によるもので、他者から感謝されるような事は自分には似合わないと思っていたし、そのように行動してきたからだ。


 しかし、凱旋から二ヶ月。

 暇を究め、同時に孤独も究めた猿に、ちょうどこのように話が舞い込んだのである。


 「ふん、馬鹿やな」


 その独り言は自身に向けたもの。

 兎はきっと、蟹に向けたものと勘違いしたかも知れない。

 でも構わない。その程度の勘違いで下がるほどの好感度はない。

 猿の好感度なんて、とっくに地の底よりも低いのだから。


 「……案内してくれや」

 「ふふっ、いいとも」


     * * *


 「あれがそうだよ」


 兎が指差す方向には立派な木が生えていた。

 猿の住処から歩いて四半刻。

 それは村から外れた場所にあった。


 「随分立派やなぁ」


 恐らく猿以外の動物では、柿の実が落ちてくるまで待つしか出来ないだろう、と猿は推測する。

 それ程までに木は成長していた。


 「あぁ、猿さん。お久しぶりです。貴方と交換して貰った種がこんなにも立派に生長したのですよ」


 足下から声が聞こえたので目をやると、其処に居たのは案の定蟹であった。


 「猿さん、申し訳ないんですけど、柿の実を採ってきてくれませんか? そして、一緒に食べましょうよ」

 「ボクも一緒に食べたいな」

 「勿論、兎さんも一緒にですよ」


 蟹と兎の和気藹々としたその姿を見て、猿の眼から再び、しかし先程とは違い、温もりを持った涙がこぼれ出す。

 或いは、蟹の温かい言葉のお陰だろうか?


 久しく掛けて貰った温かい言葉。

 ここ数年は冷たい言葉や、上っ面だけの言葉しか掛けられなかった。

 それは猿自身が人々に対して、そして他の動物に対して冷たい態度をとっていたから。


 兎が誘った後も、本当は自分を揶揄っているのでは? とも思わなくもなかった。

 八年間も毎日水やりをする訳ないだろバーカ、などと嘲笑される可能性も考えた。


 でも、そんな未来がまったく描くことが出来なかったのは、猿の想像力が乏しいからではなく、兎の日頃の行いに因るものなのかも知れない。


 村一番の孝行者。

 それが村での兎に対する評価で有る。

 桃太郎達の遠征中にも狸に仇を討ったとか何とか。


 「あれ? 猿さん、何で泣いてるんだい?」

 「ちょっ、蟹さん」


 猿は急いで顔を背けると、うるせーやいと返す。


 蟹の図々しさは、もしかすると不器用の裏返しなのかも知れない。

 そうでもなければ、八年間も実のつけない柿の木に水を与え続けたり等しないだろう。


 「……蟹さん、ワイと友達になってくれへんか?」


 猿は恐る恐る尋ねた。

 断られたらどうしようか、と。

 今までの過去の自分の行動を顧みれば、馬鹿みたいな話である。

 でも、本当は友が欲しいことに今日、やっと気付いたのである。


 「ワイは今まで散々他人様に迷惑を掛けてきたけど、反省するつもりや。だから……」

 「柿の実を採ってきて。そしたら友達になったげる」


 その答えを聞いて、猿は胸が熱くなった。

 本当に不器用な奴である。

 それは自らへの評価。


 「おうさ。採ってきてやるから、そこで待ってな」


     * * *


 舞台は整った。

 兎はニヤけそうになるが、まだその時ではないと感情を抑える。


 桃太郎一行の名声を落とす作戦。

 結局何も出来ないまま二ヶ月間、手をこまねいて居た。


 雉はその“けんもほろろ”な態度で動物達――特に鳥――からの評価は悪く、果ては猟師の鉄砲に撃たれて死んでしまったらしい。

 犬の名声は一朝一夕にどうこうなるものでもないし、猿は他動物との交流がない上、元から評判は最悪。


 兎が手を下す必要もないのではないか。

 そう思っていたところに一つの情報が舞い込んできた。

 なんでも、村はずれに棲む蟹が育てている柿の樹に、ついに実が生ったというのだ。

 最初はどーでも良いと一瞥しただけであったが、その種は猿から貰ったものだと聞いた途端、兎は即座に謀略を巡らし、そして現在に到るのである。


 「猿君、青柿をこっちに寄越してくれるかい?」


 猿の赤い尻を見ながら、兎は枝に向かって声を掛ける。


 「……? まぁ、ええけど」


 怪しまれるかとは思ったが、猿は快く了承してくれた。

 まだ熟していない、堅い青柿が、兎や蟹に当たらないように、二者の近くに丁寧に落とされる。


 兎はそれを拾い上げると、思わず笑みがこぼれ出した。


 「ふふっ、あはは、ふはははは」

 「ど、どうしたんだい、兎さん?」


 蟹が此方を心配そうな目で覗き込んでくる。


 「ボクの勝ちだ」


 兎はその手にある青柿をぐっと握りしめると、目の前に居る気持ち悪い生物の出眼に向けて、思い切り投げ付ける。


 何の声も上げずに泡を吹く赤い生物に目もくれず、兎は青柿を拾い上げて、再度それを叩きつけた。

 グシャッと何かが潰れる音。

 素晴らしく快感だ。


 「おい! 何をやってるんや!」


 今更異変に気付いた猿が、樹からするすると降りてくると、蟹の意識の有無を確認する。


 「……返事がない」

 「それ、ただの屍だよ」


 そう言って、兎は腹を抱えて笑った。


 「ねぇねぇ、やっと出来た友達が死んだ感想はどうだい? あっ、まだ友達じゃなかったっけか? あはは」

 「何でこんな事を……!」


 猿は大層ご立腹な様子で……。

 まぁ、当然か。

 兎のシナリオでは、猿と蟹が仲良し小好しになる予定など全くなかったのだが、これはこれで最高の見世物である。


 「その蟹を殺したのは君、猿君だろう?」

 「は? 何を言ってるんや、お前」


 全く状況が掴めずに居る猿には、兎が狂って見えるだろう。

 怒りと困惑がその顔から見てとれる。

 さて、猿にでも分かる解説をして差し上げよう。


 「昔々、貪欲で意地悪な猿が居ました。或る日のこと、彼は、蟹が大事に育てた柿の実を勝手に食べてしまいました。その現場を蟹に見られてしまい焦った猿は、未だ熟していない堅くて青い柿を投げ付けて殺してしまったのです」

 「……?」


 ここまで話しても尚、未だ良く分からないと言う顔をしている猿。

 人間の次に頭が良いと聞くが、大したことは無いなと兎は軽蔑する。


 「不幸にも、もう1匹目撃者が居たのです。その動物は兎。猿はその兎も殺そうとしますが、脱兎の如く逃がしてしまいます。後日、村々の者によって、猿は仇討ちを取られるのです」


 此処まで話して漸く気付いたのか、猿の顔から一気に血の気が引く。


 「狂ってやがる……」

 「狂ってる? それ褒め言葉だね」


 猿はギリリと歯を立てるが、襲ってくる様子はない。

 いや、襲い掛かる振りはしているが、兎を捕らえることが出来ないことくらいは承知しているはず。

 今頃そのちっぽけな脳で、必死に対策を練っていることだろう。

 実に愉快なことである。


 「ボクは日頃の行いが良いからね。ボクが喋れば、嘘も“事実”になるのさ。対して君はどうだい? 日頃の行いの悪さ故に、無罪を主張したところで誰も信じてくれないだろう?」


 クッ、と猿は悔しそうな表情をする。

 本当は優しいとか、本当は残酷とか、そう言ったものは無意味だ。

 例え人を惨殺する妄想をしようが、強姦をする妄想をしようが、相手を軽蔑していようが、表面を取り繕いさえすればそれは善人になる。

 犬という存在はそれをとても良く理解している種族だ。


 慇懃無礼な態度を見抜けない奴は沢山居る。

 自分はそう言うのは見抜ける等と主張している輩も、実際の所はどうだか。


 まぁ、所詮猿の場合は精根から腐っているタイプだ。

 自ら悪役を買って出ているなどと妄想をしていたのなら、それはただの言い訳に過ぎないであろう。


 「……何が望みだ?」


 猿が兎に問い掛ける。

 それは猿の最後の命乞い。

 兎の一生の奴隷となるか、或いは村から追放されるか。

 追放だけで済めば良いが、流れによっては死ぬかも知れないだろう。


 戦慄する猿に向かって、兎は微笑む。


 「死んでくれるかな?」


     * * *


 あれから一週間が経った。

 逃げ隠れしていた猿だが、どうやら昨日死んでしまったらしい。

 蟹と仲の良かった蜂に殺されたのだと聞く。


 一方、猿の殺害現場を目撃し、それを命辛々村に伝え帰った兎の活躍は余り重視されず、寧ろ面倒な程に当時の状況を聞かれただけでしかなかった。

 いっそのこと猿を奴隷のように扱った方が良かったかと後悔するが、足元を掬われる可能性を考えると、間違った判断ではなかったように思う。


 「兎さん、蟹さんの葬式は明日だから。是非出席してくれ」

 「教えてくれて有り難う、犬君」

 「……それじゃ」


 葬式の日程を伝えに来た犬の背中に、兎は殺意の視線を送る。


 「次はアイツだな」

 


【解説】

十二支では東方の卯と西方の申酉戌

非常に相性の悪い組み合わせ


雉に関する諺や語句

 ・けんもほろろ

 突っ慳貪な態度のこと

 雉の鳴き声から来ている


 ・雉も鳴かずば撃たれまい

 余計なことを口走って自滅すること

 石川県の民話が由来


兎に関する諺や語句

 ・年劫の兎

 長い年月を生き抜いて悪賢くなった兎

 仏教用語


蟹に関する諺や語句

 ・蟹の死にばさみ

 欲深さや執念深さの例え

 カニがいったん物を挟むと、爪がもげても放さないことから

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