筋肉痛はそこまで痛くないと思う
早朝、カエデはベッドの上で目を覚ましたが、体に変な違和感を感じた。
次第にその違和感は痛みへと変わり、苦い顔をしてゆっくりと体を起こした。
「やばい…間違いなく筋肉痛だ」
特に痛みの酷いふくらはぎに手を当てると、カチコチに固まっているのが分かる。カエデはしばらくベッドで横になり、動かなければ痛みを感じないだろうと思い、2度寝をした。
次にカエデが目を覚ましたのは、扉がノックされる音が聞こえた、朝6時40分の事だった。おそらく、キサツが浴場の誘いをしに来たのだろうが、今日ばかりは行けそうにない。
キサツには申し訳ないが、寝たふりをしてやり過ごす事にする。
しかし余計な事にも、チャラ神がそのノック音で目を覚まし、勝手に返事をした。
「はいはい、空いてますよ〜!ったく、今何時かわかってるのかな」
もうすぐ7時になる時間は、目を覚ますには早すぎる時間ではない。むしろ起こさなければいつまでも眠っていそうなチャラ神は、不貞腐れた声で答えた。
しかし今日ばかりは余計な目覚めで、その声を耳にしたキサツが、カエデを起こそうとお姉さん面で入って来た。
「カエデさん、いつまで寝てるんですか!もう7時になりますよ!!」
キサツがベッドに目を向ける頃には、カエデは体を起こしていた。
「や、やあ…おはよう。キサツ」
「カエデさん、起きてたんですか?それとも、今のエイハブさんの声で起きたとか。そうなんでしょう?」
昨夜の仕事のMVPに対して酷い待遇だと思ったが、その事だけに執着はしていられない。カエデは立ち上がろうとしたが、痛みのあまり、立ち上がる途中でその場に転けてしまった。
「カエデさん、大丈夫ですか!?」
床は絨毯だったので、特に家具に体を打ち付けていないカエデに、転んだ痛みは無かった。
しかし当の筋肉痛が、カエデの両足にひどく響いた。
「イテテテ…あのさ、こんな格好で話して悪いんだけど、実は筋肉痛で、ご覧の有様なんだよね。…悪いんだけど、起き上がるの手伝ってくれない?」
キサツは一瞬驚いたが、クスッと笑ってカエデの両脇に手を入れ、持ち上げベッドに腰掛けさせた。
「カエデさん、張り切りすぎだったんですよ。力も体力もなさそうなのに、無茶したりするから」
キサツはそう言いつつ、カエデの前で背を向け、しゃがんだ。両手を後ろに差し出し、カエデに言う。
「おんぶしてあげます。朝ごはんを食べなきゃ始まりませんから、とりあえずお店に降りましょう」
躊躇うカエデだったが、ここ数日の食生活のバラつきを気にして、仕方なくおぶって貰う事にした。やはり動くたびに体がいたみ、キサツの背におぶられるのも一苦労だった。
「ごめん、キサツ」
「いいんですよ。でもやっぱりカエデさん軽いですね〜。シーヤンより背は高いのに、あの子以上に軽いんじゃ無いですか?」
おそらく食が細いのが原因だろうか、この体のカエデはとても弱々しい。ビールを持った時の基準で言えば、1kgの重りを片手で持ち続けるのはしんどく、3kgも重さがあれば、おそらく片手では持ち上げる事は出来ない。
それほど華奢な体のカエデが、数センチしか身長の変わらないシーヤンより軽いのは、当然と言えば当然だった。カエデは今日からしっかり3食は食べようと思ったが、なんだかんだ夕食の1回だけで、1日の活動分のエネルギーを確保出来る。エネルギー変換効率を考えると、やはり1食でいいのでは、と悩んでしまった。
しかしそれは夕食にこれ以上食べれない程、口に強引に詰め込んだ結果であり、数回に分けなければ、絶対体を壊すと、カエデは思った。
キサツはカエデを背負うと、ついでにテーブルに乗っているチャラ神も持ち、部屋から出て、店のある1階に降りて行った。
店に降りると、キサツはカエデをテーブルの席へと座らせ、バッグをテーブルに置いた。そこで、カエデとチャラ神に告げる。
「じゃあ、私はお風呂に行ってきます。朝ごはんはママが作ってくれるので、そこに座って待っててください。それじゃあ、また後で」
「ごゆっくり〜、…はぁ」
キサツが店を出ると同時に、大きなため息をついた。
「どうしたの?カエデくん。そんなため息つくような事ではないと思うけど。おんぶして貰ったけど、筋肉痛なんだから仕方ないよ」
「いや違うんだチャラ神、今日はせっかくの休み、店も院の仕事も何一つ無い日なんだ。今日くらいはゆっくり休もうと思ってたんだけど、筋肉痛じゃあなぁ…心も体も休めねえよ」
「まあ、痛みが引いて多少動けるようになっても、休めはしないだろうね。じゃあ今日は何もしないで、昔みたいに休日ニート?」
「それも嫌なんだよなぁ…昔は何もしなくていい日が嬉しくて嬉しくて仕方なかったけど、今はそう言う気分じゃねえしなぁ。多少動けるようになったら、エルバの所に顔を出しに行こうかな」
「それじゃあ、院の仕事と変わらなくない?」
「だな、今日はおそらく街民から要望とか相談を聞いたりする日だろうし、行ったとしても意味ないか」
「それとも、筋肉痛の白亜さんが、相談相手にでもなってあげる?」
「はっ、冗談きついぜ」
久々に気の置けない友人と話せたかのような、カエデは随分気が楽になった。この頃、変な使命感やプレッシャーを感じ、絶えず何かをし続けてきたカエデにとって、随分と久々な事に感じた。
そこに店主が朝食代わりに、料理を持ってきた。
「ほら、あんたの分の朝飯だよ。コーンスープ、好きなんだろ?」
「えっ?私がコーンスープ好きだって、ママさんに教えましたっけ?」
「そのバッグが昨日言ってたのさ。他にも、あんたの好みは色々聞いておいたからね。これから毎朝、楽しみにするんだね」
「カエデくん、昨日僕は、何もしてなかったって訳じゃ無いんだよ!!」
自信満々に言うチャラ神、しかし冗談を言う訳でもなく、カエデは素直に礼をいった。
「そうか、ありがとな、エイハブ。ママさんもわざわざありがとうございます。その、量の事も考えてくれて。人並みの量は食べきれないって、それもこいつから聞いたんですか?」
「それはあたしの独断さ、カエデは体自体が細いから、小さい頃から、それほど食べなかったんだろうと思ってね」
実際は現実世界でモリモリ食べていたが、今のカエデはあくまで田舎からひょっこり出てきた食の細い白亜の少女。話を合わせる他は無かったが、もう嘘の話にも慣れ、疑いの無い顔で店主に答えた。
「私の母は料理はうまいんですけど、胃が小さいのか、昔からこんな感じでしたね。それと白亜は食べ物のエネルギー変換効率がとても良いですから、そこまで食べなくても、ある程度は動けるんです」
「へぇ、便利な体だねぇ」
飲みやすいようお皿によそったのではなく、マグカップに入れられたコーンスープをちびちびと飲み、カエデは朝のゆったりとした時間を満喫していた。
筋肉痛の煩わしさはあったが、先程カエデの言った心も体も休められない、と言うのはどうやら間違っていたらしく、穏やかな気持ちが、カエデを包んでいた。
店中を見渡し、コーンスープを啜り直すカエデは、ある事に気付いた。今まで接してこれなかった、他の店の従業員たちがカエデを隠れながら様子を見ていたのだ。
あまり積極的で無い人なのかと、カエデは手招きをしたが、それが間違いだった。カエデは瞬時に囲まれ、突然質問攻めにあう。
「カエデさんって、田舎出身なんですよね?具体的に、どの村から来たんですか!?」
「白亜の服ってどうやって手に入れたんですか?白亜だから、やっぱり支給とかされるんですか?」
「カエデさん!昨日のカエデさんみたいに、私もあれくらい仕事が出来るようになりたいです!どうしたらそこまで動けるようになるのか、秘策みたいのがあったら、教えてください!!」
「カエデさんって今おいくつなんですか?小さいですけど、どこか大人びている所とかあるし、やっぱりキサツさんと同じくらいの年齢なんですか?」
「カエデちゃん!どストレートですが3サイズを教えてください!!」
「おい待て誰だ今3サイズ聞いた奴!!」
おおよそ想像はついたので、チャラ神には白状する前に制裁を加えた。しかし質問攻めは終わらず、その後小一時間、カエデは解放されなかった。
「はぁ…酷い目にあった…名前も知らない奴に質問攻めにあうのが、これほどしんどい物だとは…おまけに年も近そうだし、どう見ても可愛い物によって集ってるクラスの女子にしか見えないんだよなぁ…」
カエデはテーブルに体を倒し、チャラ神に話しかけた。
「なあチャラ神、女子と良い感じの距離感を取りつつ仲良くする方法、何か無いか?お前なら、それくらい知ってるんだろ?」
だがチャラ神は簡単には答えようとしない。躊躇う風にわざと見せかけちょっかいをかけるチャラ神に、カエデはもう一回制裁を加えようとしたが、先程の制裁で無茶をしたせいか痛みがさらに増した。
「いたたたたっ!あーもう、チャラ神、ふざけないで教えてくれよ」
「え〜?でもぉ〜、カエデちゃんが言うには僕って見境いなく女の子に声掛けちゃうみたいだしぃ〜?むしろ積極的にしてる僕から良い感じの距離感を保ったって変な条件がついてる答えは聞けないと思うんだけどなぁ〜?カエデちゃ〜ん、どう思う〜?」
「お前…本当に俺と信頼を強める気ある?」
制裁が出来ぬのなら言葉で、と思ったが、その言葉は案外カエデの心も抉り、言っている自分が悲しくなってきた。
しかしその分チャラ神にも堪えたらしく、やけに反省した声で、カエデに謝った。
「…ごめん、調子に乗りすぎてた」
「うん、よろしい」
よろしくも無いカエデ、しかしチャラ神を許さない訳にもいかず、カエデはそれだけを言い、会話を止めた。
しかしカエデは何かを思い付き、痛みながらも元気よく立ち上がった。
「そうだ!俺にはエーテルが大量にあるんだから、自分で健康と言う現象を与えれば良いんだ!!」
「おぉ!カエデくん、それ名案!!」
しかしエーテルの使い方などこれっぽっちも知らないカエデ、これを気に勉強しようと思い、現在一番色々な事を聞きやすい、カルナを呼び止め聞いてみる事にした。
「カルナ!ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど!!」
「なんですか?カエデさん」
珍しく私服のカルナを見て、カエデは一瞬ドキッとしたが、今はその事を考えず、本題だけを聞いた。
「エーテルの使い方について聞きたいんだけどさ、具体的にどうやればいいのかとか、教えてくれない?」
だがカルナの答えは期待とはかけ離れた言葉で、カエデの計画を簡単に撃ち砕いた。
「エーテルの使い方?何を言っているんですか。エーテルは無意識の内に使用する物であり、故意で使う物ではありませんよ。確かにエーテルは万能ですが、無意識でなければ効果は発揮されませんよ。カエデさんがおっしゃりたい使い方をするなら、皇鳳試験に出てくるような事を1から覚えないと、エーテルは自由には使えませんよ」
「えぇ!?そんなぁ…」
「ちなみに、どのような使い方をしようとしたんですか?」
「筋肉痛を治そうと…」
「ああ、そう言う事でしたら」
カルナは目を閉じ、左手をカエデに翳し、人差し指と中指だけを立て、何やら呪文のような言葉を唱え始めた。
「完了しました、これでもう、痛みは無いはずです」
「えっ、嘘?あれ、本当だ!!」
カエデは両手両足を大げさに動かし、痛みが無い事を確認した。
同時にカエデはある疑問が生まれ、カルナに聞いた。
「カルナ、エーテルは自由に使える物じゃないんじゃ無かったの?それとも、まさかカルナって、皇鳳を目指してたとか、その手の勉強をしてた事とかあるの?」
「いえ、無意識下で、痛みの根絶を行ったのです。エーテルにより痛みの無意味性を主張し、カエデさんのエーテルに影響を与えました。エーテル量の関係で、対象者に影響を与えられない場合があるのですが、カエデさんに限っては、自身に害のない影響は受け入れてくれるようですね」
「ちょっと待ってそのメカニズム初めて聞いた!それって無意識の内なら、無理矢理人に影響を与える事が出来るって事じゃん!」
「例外はありますが、カエデさんほどエーテル量が多ければそうなりますね。ですので、カエデさんが無意識に思っている事は、周りにも影響されてしまうんです。くれぐれも、気を付けてください」
「そっか、じゃあ暗い気持ちとかになるにはやめなきゃな…負のオーラが周りの人にまで影響されちゃったら、大変だしね」
「ですので、自分の心には常に正直に生きてください。嘘ばかりでは、偽りの影響が、周囲に与えられてしまいますから」
カエデは数々の心当たりがあった。カルナはまるで、わざと偽りの影響と言う、ピンポイントの例えをしたとさえ感じられた。
「そ、そうだね。出来るだけそうする」
エーテルは確かに必要な物、それはカエデの中でも、変わらなかった。しかし白亜の存在は、エーテルと言う前提が無ければ、邪魔者以外の何物でもないのではないかと、考えてしまった。仮にこれがエルバの言う、白亜に幸福エーテルが無ければ、周囲も同じ不幸になると言う言葉の意味のメカニズムだとしたら、今のままでは大変な事になる。
どうにかして嘘を止めなければいけないと思ったが、今のカエデには、それを止める事が、出来なかった。
どうも、読者さん。投稿主のブックです。
今回は題名の話ですが、皆さん筋肉痛で動けなくなった経験ってありますか?
私はありませんが、両親が筋肉痛で寝込んでいた事があったので、動けないくらい痛い時ってあるんですかね?
運動系のスポーツバリバリマンではありませんが、多少の運動をしていたのが良かったのでしょうか。
皆さんも、たまには運動をしてみてはいかがでしょう。水泳とか、もうすぐシーズンで楽しいですよ。