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平和が為の慢心

「…以上で、ご説明を終了します。カエデさん、何か質問はございますか?」


皇鳳の職場とも言える、周星院で改めて仕事の内容を聞かされていたカエデは、頷いた。聖職者補佐の仕事はごく簡単で、実際聞いた事は、出勤時間や業務日数の事だけだった。後の事は、エルバのやろうとしている事を、手伝えばいいだけらしい。


「連日業務無し、1日仕事をしたら1日は休みってか。いいご身分だなぁ」


変わりの無い声で嫌味のような事をいってしまったが、エルバは気にすること無く、木製の椅子に腰をかけた。裏付けがあるように、自信に満ちた声でカエデに返す。


「実際に休みになる、と言う訳ではありません。1日は街の 復興の手立てを探り、もう1日はこの場で民の皆さんと1人1人談話を取る時間にしているのです。カエデさんには街の復興を手伝って頂きたいので、1日置きに休みになるのは、その為ですよ」


「ああ、なるほど」


カエデは、院の妙に診療所に似た間取りに、ようやく合致がついた。2日に1回、エルバはこの場で街民から直接、街の直して欲しい事や、新たに取り入れて欲しい事を聞いているらしい。仕事熱心なエルバに、カエデは関心した。


「で、今日は街の復興の為に案を探して外回りって訳?それでばったり俺に合ったと。そう言う事だろ?」


「ええ、その通りです。先程も言いました通り、カエデさんとなら、この街を復興させられると、確信しております」


先程から、エルバは街の復興、と言っていた。以前はそれほど景気の悪い街では無かった事を、間接的に語っていた。

しかし、いくら仕事熱心の皇鳳が街の為に苦労しようと、所詮は発展していない社会への浅知恵、カエデには、街を復興させられる絶対的な自信があった。明らか年が上の皇鳳に対しても口調を改めなかったのは、その為だった。


「じゃあまず俺から聞きたい事がある。どうせエルバの事なんだから、相談料とか街民から金を取ったりはしてないんだろ?」


「そのような事は出来ません!街民の皆さんも、失礼ながら少ない収入の中で、必死にやりくりしておられるのですから!!」


「でも、多少のお礼金くらいは貰ってるんだろ?自分が生活出来る分くらいは」


「はい…街民の皆さんは、皇鳳には感謝をしても止まないと、いつもお分けになって下さるのです。私は、皆さんに何も良い事はしてあげられていないのに…」


「よし、じゃあこれからもっと街民から金を取ろう」


「カエデさん!?急に何を言い出すのですか!話を聞いておられましたか!?」


「ちゃんと聞いてたよ、でも俺は白亜だ。俺がエルバのそばにいれば、より多くのエーテルを人々に分け与えれる。そして人のエーテル量が多くなれば、自然と景気は回復してくる。それは皇鳳様自身、よく分かってる事じゃないの?」


「いえ、それでも私は無力です。この街に、あなたのような立派な白亜がいたとしても、今までこの有様を解決出来ずにいました。…私は、白亜様のエーテル量を増幅させただけで自己満足し、それ以外何も出来ていないのです。街民の皆さんに、エーテルを分け与えれるなど、今の私にはそんな…」


口振りから、エルバはエーテル流に対し、これと言った動作を必要としていない様子であった。皇鳳は自然と白亜から漏れ出たエーテルを吸収し、人が体内に吸収し個々のエーテルとして所有する事が出来るようにするだけの、変換器としての役割としか自分を見れていなかった。

だがエルバの言う事は1つ間違いがある、カエデは確かに白亜の衣を纏った白亜だが、この街に来たのはつい3日前の事だ。たった3日で人のエーテル量が増加し、一気に景気が良くなるなど到底思えぬ事から、ただの思い込みだとカエデは思っていた。


「俺、この街に来たのはつい3日前の事なんだけど。白亜からエーテルが漏れたとして、それを皇鳳が一旦吸収し、人に分け与えれるようになるまでのタイムロスの事を考えると、普通の事なんじゃないか?」


「3日前に?そうでしたか…それでは、ようやくこの街にも白亜が来た、と言う事だったのですね…私はてっきり、自分の無力さが、招いている事態だとばかり思っておりました。その言葉を聞けて、嬉しかったです。ありがとう、カエデさん」


まだ何もしていないけど、とカエデは付け出し、照れ隠しにエルバに背を向けた。そのついでに、カエデは周星院にある、奇妙なグッズの数々を見物し、何も考える事無く、すげ〜と小学生並みの感想を口に出した。


「そう言う事でしたら。確かに白亜のエーテルを手に入れた私なら、街民の方々に幸福現象を与える事も可能です。仮にそれで景気が良くなったとしても、集めたお金はどうされるおつもりですか?まさか自分へのご褒美などと言う、甘い誘惑の為ではございませんよね」


「違う違う。これは俺の元いた街の言葉なんだけどな、街民から取るお金を、税金って言ったんだ。そしてその税金は、人の役に立つ為に使う。そしてその金は、ロードピープルの職業訓練校にしようと思ってるんだ」


「職業訓練校、ですか?それは何をする場になるのでしょう」


カエデは近くにあったボードを引っ張り、エルバが見える位置に持ってきた。何か書く物がないかと探っていると、たまたま触れてしまった場所が黄色く変色していた事に気付いた。

感圧式なのだろう、カエデはそれに気付くと、それぞれ絵を描き、矢印でその絵と絵をつないだ。


「まず、ここにロードピープルがいる。このロードピープルは、両親に捨てられ仕方なく路上暮らしをしている、と言う設定にしよう。このロードピープルを集め、職業訓練校で仕事の勉学を積ませるんだ。そして業績の見込めるロードピープルは、それぞれ仕事につき、金を稼ぐようになる。そうすれば、そいつは立派な一人前に自立出来るって訳だ」


「待ってください、それでは奴隷商人とやっている事が全く同じです!ロードピープルを集め、労働を強要した後、不要ならば他の商人に身売りをする。そのような非道な事、私には出来ません!!」


「そう来たか。やっぱりロードピープルを集めて仕事をさせるって聞いたら、普通はそうなるんだろうな。だがこの職業訓練校は違う!!」


カエデはボードに手をかざし、その手を左右に動かして今書いてある絵を全て消した。黒板消しをイメージしながら適当にやったが、案外上手くいった。

そして新たな絵を描き加え、再び説明を続ける。


「まずこの職業訓練校では、ロードピープルの身柄を保護する!家、食事、服など全てをこの職業訓練校が準備し、まずは身なりを整える!この衣食住の基準ははっきり決めてある、腹一杯美味しい物が食べれて、誰に見られても嫌な顔一つされない服を着せ、凍える事のないあったかい布団のある家を提供する!!」


「なっ!?そ、そんな事が!しかし金銭面はどこから!?」


「だからー、さっきも言った通り街民から税金として集めるんだって。まずはエーテルの力で、景気を良くさえすれば街民も喜んで出してくれるだろ」


「なるほど、つまりカエデさんは、エーテル流を使い、人々に幸福現象を与えた後の事まで考えていると言う事ですか…そこまで頭の周る人を、初めてお目にかかりました…!!」


9年間も義務教育を受けなければならない環境で育ったカエデにとっては、もはや当然な事であったが、パルドランドには義務教育はおろか学校すらもない。子供はそれぞれ個々に知識を付け、大人になっていくらしい。

しかしその知識の幅が狭さが、不景気の現状だとは、あえて言わなかった。


「そして、普通の街の子供となれたロードピープル、以後生徒と呼ぶけど、生徒はそれぞれ仕事の勉強をする。身なりを良くしても、言っちゃ悪いけど仕事と言う面で見ればまだまだ使い物にはならないからな。勉強の内容は様々だな、商人、職人、なんでもいい。その生徒がやりたいって言った事を、教えてやればいいさ」


「しかし、その教える人物とは誰なのです?自慢ではございませんが、私は商業には疎いと、自覚しているのです」


「それも簡単、税金で人を雇うのさ、その手の専門の人を。専門家に教えられるんだから、おそらくすぐ身につくと思うぜ。そして俺らは、生徒が勉強している間に就職先を探す。皇鳳と白亜が手に掛けた自慢の生徒って言えば、仮に元がロードピープル出身だったとしても、結構受け入れてくれる所も多いと思うんだよな」


「ですが、それほど上手く仕事が見つかるのでしょうか?今はどこも、人を安く雇う事しか、考えていませんから」


「景気が良くなればどんどん忙しくなるさ、そうすれば多少高い金はたいてでも、人が欲しくなる。そこで我が職業訓練校で訓練を重ねた即戦力となる自慢の生徒を入れてみろ、奴隷よりはるかに合理的で、なおかつ生産性のある労働者の出来上がりって訳さ。これぞ、ロードピープルに対する、先行投資って訳だ」


「…素晴らしいお考えです。あなたの祖国は、それ程まで文化が発展しているようですね。…これでは、パルドランドが敗戦国となるのも、不思議ではありません」


カエデは、敗戦国と言う言葉を実質初めて聞いた。日本も昔はその肩書きを背負わされていたが、今のご時世にまで日本をわざわざ敗戦国呼ばわりする国はまずない。

そして思い出した。歴史の教科書に乗る、敗戦国に対する制裁と言う物を。


「まさか…この街のエーテルが枯渇していたのって、戦争で負けて白亜が全員連れて行かれたからとかじゃ…無いだろうな?」


「はい、その通りです。パルドランドは隣国のハレガンドルの侵略を受け、まんまと敗北してしまいました。敗戦国となったパルドランドに対し、彼らハレガンドルが要求して来た事は、多財な賠償金と、白亜の提供でした。…どうやらハレガンドルも、白亜がいなくなり今のパルドランドと同じ状況であった、と耳にしております」


カエデは黙り込んでしまった。白亜が原因で戦争になるなど、今まで考えてもいなかったから。

仮にもし、自分の存在が戦争という事態を招いてしまったら、どうすればいいのか。カエデは不安になりつつ、偽りの笑顔をエルバに向けた。


「それなら、隣国周辺も全部エーテルの力で平和にしてやればいいさ!白亜は元々エーテル量がバカみたいに多い。いっその事、人並みのエーテル量になるまで、搾り取ってもいいからさ」


「そうはなりません!カエデさんは白亜戦争の原因を、ご存知でないからそう言えるのです!ハレガンドルが起こした、我々パルドランドに対し侵略行為を行った、誤った仁義。彼らは白亜のエーテルを脅かし、白亜の幸福その物まで奪ってしまった。それが白亜戦争の、本当の発端だからです!」


「おい…じゃあ白亜が幸福でなければ、周りがどれほど平和であろうと、戦争が起こるって言うのか?」


「つまりはそう言う事になります…」


「くっそ!何なんだよハレガンドルって国は!!結局自分の事ばっか考えて、勝手に自爆して戦争を起こしただけじゃねえか!白亜を白亜でなくして、それでもなお新たな白亜を連れてくるだって?狂ってやがる!!」


カエデは珍しく、自分以外の事で怒った。多少は関与している事であったが、この世界に誕生してからわずか3日の身からすると、自分からは掛け離れた出来事に感じた。

エルバは怒るカエデを止める訳でもなく、カエデに告げた。


「だから私は、パルドランドまで同じような事をさせたくはないのです。カエデさん、約束してください。どうか、この街が平和を取り戻すまで、この街にいてください」


カエデは複雑な心境だった。カエデの本来の目的は、元の世界に戻る事。それは同時にパルドランドから白亜が消える事を意味し、再びパルドランドの景気は脅かされてしまう。帰りたいけど、帰れない。酷い板挟みに、カエデは言葉を失った。


だが、エルバはその言葉を、自分のわがままだったと、弁解した。何千、何万との人の幸福がかかった、大切な事であるのを忘れたように。


「…少なくとも、新たな白亜が現れるまでは、この街にいる事にするよ」


それが、今のカエデの精一杯の言葉だった。エルバの言葉は、わがままなどではない。人々の幸福をかけた、皇鳳としての、当然の言葉だった。カエデはその言葉にはっきりとした答えを出せず、誰にも聞こえないほどの小声で謝った。


「…ごめんな」


その言葉がエルバに届く事もなく、気を入れ替えた。


「さて、じゃあ早速、溢れたエーテルで人々を幸福にしてくれよ。その大前提がなければ、俺の計画は動かせないからな」


「その事ですが、カエデさん。実はお話があります」


エルバは椅子から立ち上がり、部屋の奥にある金庫らしき物に、懐から鍵を出して、重い金属の扉を開けた。


「戦前、私が皇鳳に即位した時、報酬として王宮から頂いたお金です。もしもの時に、人の為になる事に使おうと、とっておいたお金です。こっそりロードピープルに分け与えてしまった分はありますが、おおよそ、50万ゲルはあります」


「50万ゲルも!?よくそんな大金、とっておいたな…」


「これでも相当危なかったのですよ。終戦後、財政の苦しくなった王宮が、このお金を返上しろとせがんで来たり。その時は、もう全てロードピープルに配ってしまったと、嘘をついて、逃れました。まあ、そう言っても、諦めずに何度も査察に来られたのは事実ですが」


「これだけあれば何とかなる!今からでも、 職業訓練校を立てよう!!」


「もちろんです。それと、院の裏にある聖堂の話ですが、聖堂には大きく分けて4つの間があるのです。1つは大聖堂パルドラ、2つは臨時の聖堂パンド、他の2部屋は、それなりの大きさがあり、空室となっています。聖堂にロードピープルを招くのは反感を買いますが、その2つの空室なら、問題は無いはずです。その場を職業訓練校の場所としましょう」


「教室も、これで決まりだな。あとはロードピープルの子供達が暮らす家か、50万ゲルと言っても、建物一つ買うには、難がありそうだな…」


「郊外に構えれば、安く済むでしょう。おまけに、広い家も確保しやすいはずです」


「いや、ダメだ。街の人たちに、ロードピープル達が頑張る姿を見てもらわないと、意味が無い。でなきゃ、ロードワームとしての偏見が根強く残って、誰も雇ってくれない」


「…カエデさんがそうおっしゃるのなら。ですが全員のロードピープルを保護する事は難しくなってしまいますが、その場合、受け入れられなかった子供達は、どうなるのでしょう?」


「放っておく」


「えっ?今…なんと?」


エルバはカエデの言葉を疑った。素晴らしい事ばかりを思い付く、天才的な白亜のその人物は、エルバの理想像を一瞬で打ち砕いた。


「なりません!保護するのは、全員同時で、差別無くしなければならないのです!そんな事、私は認めません!!」


エルバは声を荒げた。しかしカエデは、それを手篭めにするかのように、たった一言で沈めた。


「じゃあ職業訓練校事態、止めるか?今の俺たちの財力では、全員受け入れるなんて到底不可能だ。何人いるかも分からない奴らに、いちいち手を貸してたら、その間にまた別の場所からもロードピープルがやって来るぞ。そしてまたその全員を受け入れて、景気の回復しきっていない街民から、さらに厳しい税金を取り立てるって言うのか?そんな事じゃ、根本的な解決にならないんだよ」


「では、カエデさんはどうするおつもりなのですか!!」


エルバはカエデの肩を掴み、揺すった。それほど動揺するとは想像もしていなかったが、カエデは落ち着いていた。


「現実を解決するのは理想じゃない!それを更に上回る理屈の現実、ただそれだけだ!!それに、受け入れるロードピープルは俺たちが決めるんじゃない、彼らに決めて貰う。まずロードピープルの居住場所が決まったら、そこに張り紙をするんだ。ロードピープルのための職業訓練校が出来たって感じでな。うまくいけば普通の仕事にもつけて、今以上の生活が出来る。少なくとも、生徒でいる内はそれが保証される。まだ心に希望を持った子なら、きっと生徒になってくれる。それといいかエルバ?お前が思っている程、ロードピープルの心は穏やかじゃない。きっと罠だと勝手に想像して、救いの手を振り解こうとする奴なんてゴロゴロいる。そんな奴まで無理矢理手を取って、集団行動の輪に入れるんだとしたら、俺はそれこそ奴隷商人と変わらないと思うね。だから彼らに任せるんだ、自分の人生は、自分で決めるものだと、教えるように。選択をさせてやれ」


エルバは黙った。その通りだと、思ってしまったから。自分よりはるかに現実を見て、向き合っている。その人物に歯向かってしまった、自分を恨んだ。


「…そう、ですよね、職業訓練校の主役は、私達ではなく彼らなのですから。私が間違っていました。取り乱してしまいすみません、カエデさん」


「いや、いいんだ。俺は戦争未経験者だから、実現しない理想に縋りたい気持ちがわからないだけなんだ。実際、縋るだけで救われる人がいるって言うのも、分かってるんだけどな。ともかく、彼らの家を探しに行こう。職業訓練校の、学校の生徒を迎えられる、立派な家を」


「ええ、そうですね。見つけ出しましょう、夢に向かう、第一歩を」


カエデはストールマントを、エルバはコートを手に取り、周星院を後にした。生徒が生活をする場所、寮となる場所を探しに。




「カエデさん、つかぬ事をお伺いしますが、目的地が決まっているのですか?やけに自信の満ちた足取りをしているように見受けられますが」


カエデの足取りは軽かった。エルバと出会う前まで通っていた大通りを、迷いなく戻っていた。

そしてカエデが答えた。


「ああ、実はここに来る前にいい場所を見つけてな。やけにボロい建物だな程度にしか思わなかったけど、3階建で売りに出されていた場所があったんだ。広さもそれなりにあるだろうし、掃除さえしっかりすれば何とかなるんじゃないかと思ってね。ほら見たぜ」


その建物は、確かに古くはあったが、外から見ても広いと言うのが見て分かった。大通りから外れた小道に建物の入り口があり、その扉には、何やら変な文字が書いてあった。ちなみに未だ文字の読めないカエデは、それをじっくり読むふりをして、エルバが音読するのを待った。

しかし、エルバは他の事を話しだした。


「それで、この建物。本当に売りに出しているんですか?張り紙も、この有様ですし」


その張り紙の内容が理解出来ないカエデにとってこの有様も何も無いが、とりあえずは話を合わせる。


「そっ、そうだなぁ。とりあえず、ここに書いてある住所の場所に行ってみるか」


するとエルバは謎めいた顔をし、カエデに聞いた。


「何言ってるんですか?ただロードワームは入るなって書いてあるだけじゃ無いですか。本当に嫌な言葉ですねぇ…」


恥ずかしさのあまり逃げ出したくなるカエデ、その感情を拳にのせ、扉を殴った。


「あっ、ちょっと!もし人が住んでたらどうするんですか!!」


「うるさい!むしろノック代わりになるなろ!」


カエデは誤魔化したが、中からは物音が聞こえ、本当に誰かが出て来ようとしていた。

まさか本当に人が居るとは思わず、逃げ出そうとしたカエデをエルバが捕まえ、しっかり肩を押さえられ逃げられなくなった。


「用があってノックしたんですから、責任もってしっかり対応してください!!」


「で、でもなエルバ!実はおれコミュ障でこう言うの苦手で、何話していいのか全くわからなくて!!」


「何を意味の分からない事をおっしゃるのですか。いいから、きっちりお願いしますよ!!」


「やだ!離せエルバ!!離せえええぇ!!」


中から聞こえる物音は、次第に大きくなってくる。そして扉が開き、中から立ってるのが不思議なくらいの、老婆が姿を見せた。


「…誰だい。飯をくれって言うなら、お断りだよ。ほら帰った帰った」


「カエデさん、ほら早く」


「えっと、その…あの…」


「あぁ?もっとはっきりしゃべっておくれ。聞こえないよ!!」


「でも、えっと…私…」


あまりに怯えるカエデを見て、何か不自然だと思ったエルバが代わりに話しをし始めた。


「どうも、初めましてお婆さん。実は折り入って頼みたい事があるのですが、少々お時間よろしいでしょうか?」


その声は老婆にも聞こえるようはっきりと言い、ようやく老婆が状況を理解した。


「あんれま!だれかと思えば皇鳳様と白亜の子じゃ無いかい!!この老婆めにわざわざ会いに来て下さり、誠に光栄でございます…この度は何のお告げもお受けしたく思い、何事も聞き入れる所行でございます…」


態度の変貌に戸惑うカエデ、それを、エルバが説明した。


「昔は皇鳳と言う存在は絶対で、そのありがたみを利用してよからぬ事をしようとしたお方が多かったのです。おそらく、このお方もその思想の持ち主でしょう。ですがそれも相当昔の話ですので、このような方を、私も初めて見ました…」


「ああ、なるほど…ねえ、おばあちゃん?実はお願いがあるんだけどさ」


宣言通り立場の確立したカエデには、恐怖心は無くなっていた。近所のおばあちゃんに話しかける気持で、老婆と話す。


「はいっ!この老婆、命が尽きぬ限り白亜様のお言葉の仰せの通りに!!何なりと、何なりとお申し付けください…」


「実はさ、おばあちゃんが今住んでるこの家、ある事に使いたいから、申し訳ないけど立ち退いて欲しいんだけどな〜って。…お願い出来ない?」


それには動機が不純過ぎると思ったのか、エルバが言葉を付け足した。


「と、いう話もございますが、あなたの長寿の記念に、健康の象徴として周星院で暮らして欲しいのです。院に来て下されば、皆さんが院に来た時、きっと良い気分になると思うのです!ですので、是非お願いしたいのですが、如何でしょう?」


「勿体無いお言葉!私めのような小汚い老婆の為に、そこまでして下さるとは…この命、皇鳳様のお役にたてるのならば、何なりと、何処へでもお連れください…」


カエデとエルバは困った顔を見合わせた。そして、改めてカエデが老婆に聞いた。


「じゃあおばあちゃん、この家、使わせて貰っていい?勿論おばあちゃんの大切な物とか、生活に必要な物とかは、院に持って行って貰うけど」


「ああ、この家の物なら、ご自由にお使いください。このババにはもう、必要の無い物ですから…」


熱心な対応から一変、老婆は取り憑かれた何かから解放されたように、落ち着いた表情で話した。


「失礼ですが、ご家族は?急にお引越しなられては、心配される事でしょう」


すると老婆は、エルバに顔を向け、老婆なりの笑顔を、向けてくれた。


だがその言葉は、笑顔とは裏腹に、心を突き刺す鋭利な言葉として、エルバの心に残した。


「昔は主人と息子の3人で暮らしておりましたが…主人には病で先立たれ、息子は戦争で命を落としました。息子と行っても、50を過ぎた中年太りの、はしたない息子でしたが…」


戦争、その言葉だけがカエデの心にも残った。もし自分のせいで戦争が起こってしまったら、と言う事を考えてしまった。

しかし、エルバは話を止めなかった。変わりに、溢れそうになったカエデの涙を止めるように。


「そうでしたか…ですがあなたは生きておられる。壮絶な苦労の中、立派に生き抜いてこられました。そのようなあなたを、私は尊敬します。是非、我が国民の、平和の象徴として、その身をお表しください」


老婆は涙を拭いながらエルバの手を取った。

しかしカエデとエルバは複雑な心境だった。なんと老婆の保護と言う条件だけで寮を手に入れたが、心にはぽっかりと、穴のような何かが残っていた。


自分達が知る事は、平和へのスタートライン。しかしそれは想像の平和だけで、時期にこの老婆に、平和とは何かを、教えられる日が来る。2人はそう確信し、老婆を院に連れ帰った。


どうも、読者さん。投稿主のブックです。

毎日2話ずつストック分を投稿していますが、結構移せたと思ったらまだまだ全然移せていない事に驚きです。

およそラノベ1冊分の文字数を意識して書いたので、十数万くらいは投稿できますね。まだ半分以下じゃねえか……


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