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怒られた

「他に買っておきたい物ってありますか?」


懐中時計や、防寒用の黒のストールマント、やや大きめのバッグ、寝る時用のパジャマ。そしてキサツに言われ購入した、ランタンやベルトに付けるサイドポーチなど、ある程度の物を買い揃えられた。どれもキサツが店に値切り、予想よりはるかに安く買えたそれらを見て、カエデは少し申し訳なさそうにしていた。主に店側に。


既に時刻は6時を回り、あたりも暗くなり始めてきた頃だった。

一つ一つ買った物を確認していくカエデに、チャラ神が確認した物を言葉に出した。おおよその物は揃っている。

当初の目的は達成されていた。


キサツはチャラ神が言った言葉一つ一つに頷き、買い忘れがない事に確信した。


「じゃあ、帰りますか。もう暗くなりかけてる事ですし」


「いいけど、ご飯とかどうする?お昼に出店で少し腹ごしらえしただけだし」


キサツは得意げに自分の胸を叩き、年相応に膨らんだ胸を揺らした。もしカエデが真似をしたら、ドンッと硬い音がするのだろう。


「私の家を何だと思ってるんですか?食事処ですよ食事処!酒場に近い事は否めませんが、立派なレストランです!店が腕をかけてご馳走しますよ!!」


「じゃあ、そうさせて貰おうかな。キサツさんの仕事姿も、見てみたいし」


「何を今更言ってるんですか、私は今日非番ですよ?」


「まあ、そうだよね。じゃなきゃこんな時間まで買い物なんてしてられないし。そうと決まれば早く戻ろう」


朝通った道を戻り、見慣れた店が見えてくる。もう店には、既に来ていた客で賑わっていた。


「ただいま!ママ、今日は私達もお客さんだから、店のオススメお願い」


慣れた足取りでカウンター席に近い2人用のテーブル席に着き、店主に注文を取った。しかし当の店主は、恐ろしい形相を浮かべ、キサツに問い質した。


「あんた…浴場で白亜の子をのぼせるまで話した挙句、魔冷気で冷やそうとしたって話、本当かい?」


「み、耳に挟んでいる通りだと…」


明るく元気であったキサツも、店主には敵わないらしく、らしくない弱気な声をあげた。


「あの、もう気にしてませんから!大丈夫ですよ!!」


「そう言う訳にはいかないさ!ほらキサツ、こっちに来な!!」


「ごめんなさいごめんなさい!もうしませんからぁ!!」


腕を引かれ、キサツは店の奥へと連れて行かれてしまった。それと入れ替わりで、落ち着いた雰囲気の赤髪の女性が、何かを持って来てくれた。


「今日はありがとうございます、キサツに付き合って貰って。あの顔、相当楽しかったんだと思いますよ。これ、ホットミルクです。」


「ど、どうも。でも私は何も。逆に何も分からない私に、いろいろ良くしてくれましたよ」


「少なくとも迷惑はかけてしまったかと。早朝からお客の部屋に行くなんて、普通では考えられませんよ」


「さすがにあの時はびっくりしましたけど、その結果、こうして一緒に買い物して、一緒に楽しめたからいいんです。ところで一つ聞きたいんですけど、キサツさんって、このお店の店長さんの娘さんなんですか?」


「いえ、キサツが勝手にああ呼んでいるだけです。店では、みんなもキサツを真似して呼んでいますけど」


その時、当の店主がカウンターの傍にある、店の裏につながる開けっ放しのドアから、店主が身を乗り出して店員に指示を出した。


「カルナ!白亜の子に変な虫が付かないように、しばらくあんたが相手してな!!」


「わかりました、店長。と言う事ですので、失礼します」


「あっ、どうぞどうぞ…」


赤髪の女性はそう言うと、丁寧に椅子を引き、そこに座った。カエデにとってあまり触れ合わない風貌の人だったので、何を話せばいいのかわからず、ホットミルクをちびちびと飲む事しか出来なかった。


「白亜の服、ちゃんと揃ったようですね」


先に話を切り出したのはカルナだった。カエデは最初何の事か分からなかったが、今日買ったテューカとぴったり合う元々着ていた服の事を思い出し、何の話か理解した。


「これですか?私もびっくりしました。まさか両親に着せられた服が、まさか皇鳳様が造ったテューカとぴったり合うなんて…揃ったって事は、まさかこれも皇鳳様が?」


両親が着せた、と言うのはキサツについた嘘と辻褄を合わせる為だった。現在カエデは、勉強不足だった為、両親に上京するよう言われた、一人の少女、と言う設定だ。


「その服は白亜のフゥース、と言うものです。昨夜あなたが来た時は驚きました。白亜を纏った白亜人が、こんな場所に何の用かと。どうやらテューカは今日手に入れたご様子ですが、代わりにマジックアイテムまで持たせてもらえるなんて、いいご両親ですね」


「そんな…いい両親だなんて」


その言葉にカエデは、実の両親の事を思い出し、複雑な気持ちになったが、世間知らずの白亜人、カエデになりきるため、必死にその感情を殺した。

そうもするうち、すっかり落ち込んだキサツが席へと戻ってきた。2人席であったため、カルナは席から立ち上がり、キサツにゆずった。


「カルナさん、私にもホットミルクお願いします…」


「キサツがホットミルク…白亜のお客さん、あなたも他に注文はありますか?」


「えっ?あぁ、私は大丈夫です。キサツさんにメニューはお任せするって約束ですから」


「そうですか、わかりました。あっ」


カルナは何かを思い出したかのように、最後にカエデに助言をした。


「おそらく店長は料金はいらないと言うと思います。ですがちゃんと払っておいてください、人手が足りなくなった時、強引に仕事に立たせるのは、店長の常套手段ですから」


「心しておきます…」


恐ろしい助言を聞き身震いしてしまったカエデ、やはりメニューは任せると言ったが、出来るだけ安上がりに済ませようと、自分でもメニュー表を手に取り見た。


「な、何にしようかなー!」


「カエデさん、カルナに何言われたんですか?」


「い、いや別に…」


そこで目に付いたのが、ナペチリーニョと言う料理だった。ニュアンスがパスタっぽく、気になった。


「キサツさん、ナペチリーニョってやつ、頼んでいい?」


「えっ、そんなのでいいんですか?もっと他にも、ご馳走沢山ありますよ?」


「いや、これにする」


「そうですか?カエデさんが言うなら、私はいいですけど。シーヤン、こっちにナペ一つ」


「はいなー!ナペ一つ、キサツ席に入りまぁーす!!」


おそらくカエデより若い女の店員が声を大きくあげ、店中に響いた。その声の大きさに目を引かれ、シーヤンと言う人物を観察し続ける。大通りに面するファミリーレストランのホールでバイトをしていたカエデが見ても、なかなかの動きだ。規則的に並んでいる訳でもない椅子やテーブルの間を、よくもあそこまで早く動けると、感心していた。


「シーヤン、仕事早いですよね。私もよくシーヤンを見習えってママに言われるんです。どうしたらあんな風に動けるのかなぁ」


カエデの目には一目瞭然だった。シーヤンの仕事が早い理由、早く移動が出来る理由が。カエデは完璧と言えないその動きに、うっすらと笑った。


「カエデさん、今バカにしました!?」


何かを勘違いしたキサツが怒ったが、カエデはそれも軽く笑いながら、キサツに説明した。


「違う違う、シーヤンのあの動きの理由。あれは歩いてるんじゃなくて、カカトに重心を取って、クルクル回るように移動してるからだよ。でもそんな事してると、もし突然お客が席を立った時…」


カエデはシーヤンがちょうど席の後ろを通りかかった時を見計らって、席を立とうとした。


「にゃっ!?」


唐突に動いた椅子にシーヤンは躓き、転びそうになった所を、カエデは手を引いてそれを防いだ。勿論、このイタヅラは品を出し終わった何も持っていない状況で披露したのだった。


「ほら、こんな風にバランスを崩しちゃうんだよ。もしそれが飲み物を持っている時だったり、お客さんにぶつかって料理をこぼしてしまった場合、トラブルに発展しかねないからね。その移動は悪くないと思うけど、それならカカトとつま先、交互に両方使った方がいいよ。その方が、すぐに足の裏を着けられてバランスを崩してもすぐ立て直せるから」


「は、はいな。これから気をつけるにゃ」


カエデの口から想像も出来ない言葉が出てきて、キサツは驚きの余り言葉が出なかった。そして、カエデは聞いてもいないのに思い出話を始めた。


「俺も夏の短期バイトで、プールサイドのフードコートでバイトしたっけなぁ…あそこはよく滑るし、椅子やテーブルの位置もばらばらだったから、慣れるまで大変だったなぁ。結局最後は滑るように移動してたっけ?でもお客さんにぶつかりそうになった時急に止まれるように、わざわざバイト上がりに一人で練習したっけなぁ…」


腕を組みうんうんと頷き、自賛していた所。会話のほとんどをカエデに任せていたチャラ神が久々に口を開いた。


「カエデちゃん、思い出話言っても誰も分からないから!!」


「あっ、ご、ごめんキサツさん。つい昔の事思い出しちゃって」


「カエデさん…これから仕事先、どうするとか決めてます?」


唐突の話だった。カエデは何も考えず、真実を言った。


「無いけど、急になんで?」


「カエデさんならやれます!一緒にこの店で働きましょう!!」


キサツはまたカエデの手を掴み、テーブルに身を乗り出しカエデに近付いた。


「キサツ、顔近い…」


とうとう呼び捨てにまでなり、カエデは呆れた様子だった。しかし未だ若干顔が赤くなっていた事に気付いたチャラ神は、部屋でいじるネタにしようと考えていた。

そしてちょうどそのタイミングにカルナがナペチリーニョを持ってきて、その現場に遭遇した。余りの顔の近さに何かを誤解したカルナは、ごまかすようにその場で反転した。


「ナペチリーニョでお待ちのお客様の席は…」


「はっ!?カルナさん!誤解、誤解だから!!そう言うんじゃないから!!」


「そう言うので無ければ何ですか?私には、それ以外の何物にも見えないのですが」


「違う、そうじゃないって!多分分かってるんでしょ!?キサツさんの変な癖って事くらい!!」


カルナは呆れたような表情に戻り、キサツの耳を引いた。


「いたたたた!!」


「キサツ、白亜のお客さんが困ってるのだから止めなさい」


「別にいいじゃないですかぁ〜…友達同士の軽いスキンシップですよ?」


「あなたのスキンシップは危ないレベルだと言っているのです、いい加減気付きなさい」


身を乗り出したキサツをどかしたカルナは、テーブルにナペチリーニョを置き、最後にキサツの頭を叩き、振り向いた後小さく手を振りながら、他の仕事に戻った。

その一部始終を見終えたカエデは、ナペチリーニョをみて突然感動し始めた。


「パスタだっ!!」


細長い棒状のパスタではなかったが、リボンのような形のパスタに、トマトソースやバジル、コショウなどがふりかかり、縦切りのマッシュルームがちらちらと姿を見せながらも、玉ねぎやピーマンなどと言ったオーソドックスな具材が一緒に炒められた、ケチャップソースのその料理は、現実世界に存在する、カエデにとって最も身近な料理だった。


一口味わうと、トマトの酸味がバジルの風味に中和され、つぶつぶ舌触りのコショウがスパイシーな感覚を口に覚えさせた。パスタの柔らかい食間の後に、玉ねぎのシャキシャキとした食間、玉ねぎの甘みを感じる中、その正反対の存在のピーマンが、一層甘みを強く感じさせる苦みへと化けた。飽きのこないよう仕込まれたマッシュルームが一度オンラインすると、今度はマッシュルームを探す楽しみがフォークを進ませた。手が止まらず、食べ続けているカエデは、幸せだった。


「幸せそうな顔して食べますね、カエデさん」


それを他所にキサツはフォークで刺しては口に運びの繰り返し。食べ慣れている味だからこその単純さではあったが、カエデは自分だけの幸せを、噛み締めていた。


しかしレストランと言えど酒場と言われたりもするこの店の料理の量は、到底成人男性一人が完食出来るような量ではなかった。大人数でいくつも料理を頼む事を想定された店の態勢は伊達ではない。

いくら女の子2人分にと減らされた量であっても、充分な量だ。今や少食になってしまったカエデには辛いものがあり、半分以上を残し、カエデはギブアップをしてしまった。


「これくらいなら本当は余裕なはずなのに…」


「カエデさん食細いですね〜、足りるんですか?」


キサツはフォークをクルクルと回し、そう言った。

朝からほとんど食べず、実は腹ペコだったキサツが黙々と食べ進め、残りは物の十数分で片付いた。逆にカエデはなぜそれ程食べれるか疑問に思ったが、言われてみれば自分も食べ盛りの時はあり得ない量を食べていた事を思い出し、黙っておいた。


その後、食休みの一環として、2人は他愛もない話をしていた。キサツが今まで仕事で失敗して、どれだけ店主に怒られてきたか。カエデが初めこの街で2時間ほど放浪し、挙句それが同じ場所をぐるぐるしていただけだったと言う事。終いには店で働く人物の失敗談などを始め、大いに盛り上がった。

時刻が9時を回る頃、次々と客が帰り始め、カエデもそろそろ部屋に戻ろうかと思っていた。食事代+宿代2日分をしっかり準備し、助言をしてくれたカルナに会計をお願いした。宿代が2日分だとカルナは指摘したが、カエデは借りを作るのが怖いと言い、支払った。昨日泊まった分の代金は、本当は勝手に料金をチャラにしたキサツが持つはずだったのだが、カエデはしっかりと払った。


「カエデさん、明日は私仕事だから、一人で観光、楽しんで来てください。あ、迷子になっちゃだめですよ?」


「怖いから明日は何処にも行かない、なんてね」


「明日は仕事でも探したりするのはどうですか?さっきも言った通り、ウチで働くってのも私は構わないんですけど」


「ん〜考えておくよ。それじゃあ、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」


階段のすぐ側の部屋に戻り、今日買った物とチャラ神をそれぞれテーブルに置き、シャワーを浴びた後、今日買った物を漁りその中からパジャマを出して、それに着替えベッドに寝っ転がった。そこで何かのスイッチが変わったかのように、大きなため息をして、掛け布団をかけようとした。その時、チャラ神が話しかけてきた。


「カエデちゃん…ちょっと話があるんだけど」


「誰がカエデちゃんだ。俺は疲れてるんだよ、誰かみたいに誰かに運んで貰ってる訳じゃねえからな。んじゃおやすみ…」


「いやそうじゃなくて…大切な話だと思うんだ」


「ああ?なんだよ」


チャラ神のあまりの深刻そうな声に、放っておく訳にもいれずカエデは体を起こした。


「カエデくん…今日の事、覚えてるよね?」


「覚えてるよ、はっきりと。それがどうした?」


「僕の勘違いなら嬉しいんだけどさ、カエデくん、今日ちょっと変じゃなかった?口調も全く、違ったし」


「そりゃあ相手は女子だぜ?気も使うだろ」


「でもさ、コミュ障のカエデくんがだよ?お店の人に自然と気を使ったり、キサツちゃん以外の他の店員と普通に話したり…いつもなら、虚取ったりパニクったりして気を使う余裕なんてなかったり、そもそも話せなかったりするはずでしょ?」


「そんなの慣れだよ慣れ。俺だって昔から店の店員と話せなかったって訳じゃないし。お互いの立場や関係が確立してない相手同士で話すのが苦手なだけなんだよ」


「じゃあ最後に…カエデくんはついさっき、何をした?」


「普通に飯食って、キサツさんとわかれて、部屋に戻って来た。ほら」


「部屋に戻って来てから、何をした?」


「そりゃあ部屋に戻って来たら、チャラ神と買った物をテーブルに置いて、それからシャワーに…」


「何不思議思わず、入ってたよね?」


「本当だ!どう言う事なんだよチャラ神!?」


「あくまで僕の予想だけど、おそらく今日のカエデくんは、現実世界や元の自分の事を忘れかけていたんだと思う。だからさっきも、朝はあれほど嫌がっていたシャワーも平然と入ってた。それに一番の裏付けがあってね。カエデくん…ご両親の話を聞いた後、バイトの話で盛り上がったでしょ?」


「あっ!」


「つまり現実世界に関与していない時間が長いと、どんどんこの世界の影響を受けちゃってるんだよ。カエデくん自身が、本物のカエデちゃんに変わってしまうように」


「もしかしてチャラ神、お前が今日だいぶ黙ってたのも、それが原因で!?」


「うん、マジックアイテムが持ち主の会話を邪魔する訳にはいかないって、変な事を考えちゃってね…」


「まじか…」


カエデ達は、ようやく自分達がどう言う状況にあるのかを思い出した。どうやらこの世界に居続けると、少しずつ元の記憶が無くなっていってしまうらしい。その事実を知るまで、一体どれほどの記憶を忘れそうになり、どれほどの記憶が無くなってしまったのか、カエデは焦った。

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