ヒーロー
しばらく前の事。カエデはレストラン、ルークスで夕方の開店の準備をしていた。
カエデの役割は、従業員達の朝昼の食事によって汚れた店内を、片付ける事だった。
ルークスでは、朝方に一部料理の仕込みや食材の買出しに行く従業員がシフトに入り、昼方にそれ以外の従業員が、シフトに入る。
つまり朝方に働く従業員と、昼方に働く従業員の為に、店は従業員用の食事を2回も作らないといけない。
その為、その前日の夜にそれ程店内を綺麗にしても、汚れてしまう部分はあるのだ。
当のカエデは本日昼から夕方にかけての勤務。朝からキサツ達とゆっくりと風呂に入り、多少の寄り道をしてから仕事に勤しんでいた。
仕事途中、店の清掃だけとならば、自然と従業員達の会話が始まるのは、もはや日常的な事だった。
「カエデさん、明日休みでしたよね?久しぶりに買い物に行きませんか?」
「そうだね、せっかくの休みなんだし、どこか遊びに行こうか。買い物は〜…商人の人に迷惑をかけない程度の値切りだったら、付き合うけど」
「そうやってカエデさんはすぐ人の心配ばかりしますね〜。相手だってプロの商人なんですよ?少し客に値切られたくらいで、簡単に折れてしまう方が悪いんです!だから私は賢い買い物をしてるだけなんです!!」
キサツは自信満々に掃除の手を止め胸を張った。それはまるで、えっへんとでも付け加えられそうなポーズに、シーヤンが野次を飛ばした。
「でもそのせいでおにゃーは商人から嫌われてるのにゃ。二度と値切って貰えなくなった奴もゴロゴロといたにゃ」
「ぎくっ…そ、それは私の買い物センスにその商人がついてこれなかっただけですよ!私なんかはまだまだ若い言わば時代の最先端、そんな時代を理解出来ない古い考えを持った商人がいるからこそ、パルドランドは不景気なんかになっちゃうんです!」
普段と変わらない、キサツのトンデモ理論が炸裂し、一同苦笑い。しかしカルナだけは、キサツに事実と言う刃を突き立てた。
「たとえキサツがどれ程若くて、時代の最先端だとしても、それは、一消費者一人だけの意見でしかありません。少なくとも、この店で働く他の従業員があなたに賛同しない以上は、キサツだけの意見でしかないのですよ」
「図星だね、誰も賛同してくれないみたいだよ。残念!キサツ!!」
「もぉ〜、カエデさんは賛同してくださいよ〜」
「あははっ、無理」
そんな会話を繰り広げていると、キッチンから店主が姿を見せ、手を止めていた従業員を睨んだ。
その気配を察知したのか、一斉に掃除に戻る従業員達。ただ一人、キサツだけは、カエデに縋り付くようにしたまま、駄々をこねていた。
「キサツ!!真面目に働かないと、あんたの給料アップも真面目に考えないよ!!」
「はっ、はいぃ!?働きます、働きますから!それだけはご勘弁を!!」
従業員達は、手だけは止めずキサツを笑った。この店では、客に迷惑をかけない他、仕事さえこなしていれば何をしても文句は言われない。その為の、笑い声だった。
そんな半べそをかきそうになりながら急いで掃除を再開するキサツを見て、カエデはカルナに聞いた。
「ねえカルナ、もしかしてキサツが値切り上手なのって、お給料が少ないから?」
「ええ、ご存知の通りいつもふざけていますから、他の人より昇給の額は少ないですよ」
「デスヨネ〜」
そろそろおしゃべりも終わりにして、真面目に仕事に取り掛かろうと思っていた矢先、カルナはカエデに、ある事を耳に挟んだ。
「…話は変わりますが、例のロードピープルのボス格の女、先程何者かに連れられていましたよ。あまりに異様な雰囲気だったので、一応お伝えだけはしておこうかと思いました」
「えっ、それ、いつ!?」
耳元で囁いたカルナに、カエデは勢いよく聞いた。仕事の手を止め、店主に大声で名指しを受けたが、構わなかった。
「そこで、どんな男に、どんな風に!?」
「店の買出しに行っていた時です、例の女が知人らしき人物と話していたかと思ったら、突然倒れそうになり、男に支えられていました。初めはただの立ち眩みかと思っていましたが、行き止まりの裏路地に連れ込んだあたりがどうも納得出来なくて」
「それで教えてくれたんだ…」
店主は突然様子が変わってしまったカエデを見て、呆れたようにため息を吐きながらキッチンへと戻ろうとしていた。そこで、従業員であるアイドロが、店主に話しかけた。
「ママー、なんかどこかで騒ぎが起こってるっぽいよ?」
「騒ぎ?ほっときな、首突っ込んだってろくな事になりゃしないよ。身内が巻き込まれた訳でもあるまいに」
その会話を耳にして、カエデは持っていたモップをカルナに託し、エプロンを外して店主に言った。
「ごめんなさいママさん!もしかしたらロードピープルの事かもしれない、行かなきゃ!!」
「あっ、こらカエデ!あんたの分の仕事は誰がやるんだい!!」
カエデは階段を駆け上がり、自室に入った後、すぐにまた階段を駆け下りて来た。
その時には既に、店の制服から、カエデの私服である白亜の服に、着替えていた。
「今日の分のお給料はいらないんで!!」
勢い良く飛び出すカエデに、店主は呆れて声もかけなかった。店中が静まり返る中、再び深いため息を吐いた店主は、呟いた。
「ったく、仕方ないねぇ…」
その言葉に、この場にいる従業員全員が、ホッとした。仕事中に仕事を放り出し、どこかに行ってしまうのは店主が一番嫌う事だったから。しかし店主は、カエデにとってロードピープルは身内とも呼べる存在だと、認めているのだろう。
そんな深い追求を考える事もなく、ほとんどの従業員が、店主の怒声を聞かなくて済むと言った、簡単な理由にホッとしていた。
そんな時、店主が音頭を取るように、手を叩いた。
「ほら!カエデがどっか行っちまったんだ。あいつのツケでそれぞれ好きな料理食わせてあげるから、今は精一杯働きな!」
「はいっ!!」
従業員がそれぞれ、仕事中に戻った。その動きはやけに早く、どこからもパフェたらケーキやら甘いスイーツの単語がポツポツと浮き出ていた。
しかし、一番甘い物にうるさそうなキサツは、別の事を呟いていた。
「行かなきゃ…私も、カエデさんみたいに…」
「は?何言ってるんだい、キサツ。あんたはしっかり働かなきゃ、本当に給料アップは先延ばしにするよ?」
「それでもいいです!私も、カエデさんみたいになりたい、カエデさんの力になりたい!もうこれ以上、カエデさんが危ない事に関わって、傷付くのは嫌なんです!!だからっ!!」
キサツは手に持っていた台拭きを放り投げ、自分もエプロンを取った。
その放り投げた台拭きはシーヤンの顔に当たり、やいのやいのと怒ったが、キサツは聞かなかった。
「だから、私も行きます!!」
「はぁ…もしただのくだらない騒ぎだったら、カエデも連れて帰ってくるんだよ。わかったかい?ほら、さっさといきな!!」
「はいっ!ママ!!」
「そんな事よりおにゃーはすぐに謝れにゃ!!」
キサツは店主に背中を押され、そのまま店から走り出て行った。シーヤンが店の表までキサツを追おうとしたが、予想以上に足が早く、ここでキサツを追い続けても、後で自分までも店主に怒られる羽目になる為、すぐに諦め店に戻った。そこでシーヤンは、恐ろしい会話を耳にしてしまった。
「店長、私とシーヤンはそろそろ上がりですが、キサツとカエデさんがいなくなってしまったので、このまま続けます。元はと言えば、カエデさんに小言を挟んだ私のせいでもありますから」
「あら、そうかいカルナ、悪いね。シーヤンも任せたよ」
「にゃああああああ!!?」
シーヤンの悲観の嘆きが、店内に木霊した。その後店主の事も、おババだの悪魔だの言葉を騒ぎ立て、手痛いお仕置きを喰らう羽目になった。
キサツは、院の方に人々が向かっているように同じく、周星院へと向かった。その場で今何が起こっているのか、カエデが無事なのかどうか、確かめたかった。
しかし院の前へと着く前に、大勢の人混みがキサツの邪魔をする。だが、それがお目当の騒動の正体である事を理解したキサツは、出来るだけ前に前にと、人混みを掻き分けた。
その時、ある声が轟いた。
「あっ、あいつは!アウターゲート!!」
その言葉がキサツの体を透き通り、人混みの一番前へと出て来たキサツは、固まった。
パルドランドの闇、絶対なる恐怖の象徴、アウターゲート。
その存在が、かつて自分を裏切った、ユイだったと言う事実を、目の当たりにした。
気が動転しそうだった。まさか本当に、騒動の正体が、自分の知る人物の身に起こった事だとは。そして今、その人物が、複数名の男に囲われ、刃物を突き立てられている様を、目撃してしまった。
何年も憎み続けても来たはずなのに、殺してやりたいとさえ思ったはずなのに、キサツはその現場を見てもなお、助けたいと思った。
自分が殺す為でもなく、カエデの為でも無く、ただ純粋に、心の底から。
しかし、キサツは動けなかった。どれ程助けたいと思っても、自分の無力さが想像出来た。どこかで、キサツの知る人物、エイハブが助けを願って叫び続けている声が聞こえる。そんな、自分より遥かに不祥事の対処に詳しいはずの人物が何も出来ていないのだと思うと、怖くて動けなかった。
そして、ようやく理解出来た。自分はユイを恨む事で、自分を苦しめ続けて来ていたのだと。
「私が許してさえいれば…あなたはこんな風には…ごめんなさい…ごめんなさい…!!」
キサツはその場に泣き崩れた。キサツは、ユイを恨む心が、アウターゲートを恨む、そんな自分たちの心が、彼女を殺してしまう事になったのだと、思っていた。
自分と民衆を天秤にかけ、自分が許す事イコール民衆がユイを許す事なのだと、そう思い込んでしまった。
それでも、時は戻らない。後悔だけが募る中、キサツの耳元で、透き通った声が、何かを囁いた。
「やっとキサツは、恨みの呪縛から、解かれたんだね…あとは私に…いや、俺にまかせて」
「えっ…?」
キサツの横を長く美しい白髪の人物が、横切った。その人物は、その場で声を轟かせた。彼女なら、キサツはほんのすこしの希望を、見たような気がした。
「そのエンターテイメント、少し待って貰おうか!!」
野次馬の民衆達が、数歩前に出た白亜の人物に、一斉に目を向けた。
それはヴァレンティン達も例外ではない。ヴァレンティンはユイを抱え込んだまま、その人物に、問い質した。
「あ、あんたは何なんだ!?白亜って言ったって、お前に止める権利も義理もねえだろ!!」
「確かに、私には止める権利は無いのかもしれない。でも、義理ならある」
カエデは民衆と犯人達に開いた、大きな空間を一歩一歩進んだ。ヴァレンティンも怖気る事無く、理由を聞いた。
「ストップだ!じゃあその義理ってのを言え!ちゃんとその筋が通ってるのなら、それ以上も進んでもいい!それでどうだ!!」
「ああ、分かった。じゃあ私から聞きたい、お前達の目的は、白亜を傷付けたロードピープルが許せないから、あんな騒動を起こした。けどそれを、仮に私が許すと言ったら、お前達の目的は何になる?」
「それ以外じゃねえ!こっちにはこのアウターゲートに、個人的な恨みが山程あるんだ!その代表が俺だ!こいつは、俺の店の陰口を…ある事無い事広めまくりやがった!そのせいで俺の店は潰れた!」
「それはアウターゲートとして、当然の事だったからだ。あんたの言われた陰口ってのはこうだろ?今時武器屋の商売だなんて、戦争を促しているようにしか思えない。違うか?」
「あっ!?な、なんでそれを…」
「実際そうだろ。3年前、パルドランドはハレガントルとの戦争で敗れ、多財の損害賠償を請求された。当時のパルドランドに必要だったのは、武器では無く復興の為の健全な商売。血を流す事を前提とした商売は、一番嫌ったはずだ」
「だ、だが!そんな事こいつの勝手な想像じゃねえか!それにアウターゲートは、この薬屋までも潰したんだぞ!?敗戦がどうこう言うなら、薬なんて重宝するもんじゃねえか!!」
ヴァレンティンは、指で仲間の一人を指差した。その人物は頷きながら、カエデを見つめた。
「その薬屋は、町外れにあり、どこの病院にも抱えられていなかった。そうだろ?」
「な、何故それを!?」
ヴァレンティンから指差された人物は、戸惑いながら答えた。それをカエデは、説明する。
「確かに、薬は必要な物だ。でも薬は必要でも、必要な量には限りがある。病院の付属で無い限り、商売として成り立つとは到底思えない。だからアウターゲートは、あんたの薬屋を潰したんだ」
「はっ!そんなの当て付けだ、そんな正統ぶった理由、どこに根拠がある!!」
ヴァレンティンの言葉に、カエデは懐からある紙を出した。その紙は、一目見てある事実を伝える、紙だった。
パルドランドでは、製紙技術がそれ程発達していない。そのため、一般的に使われる紙は、木の色が残る薄黄色の紙ばかりだった。
しかしその紙は、純白の美しい紙だ。それ程上質な紙は、王宮以外では使用されない。つまり、王宮の発行した証拠が、確かにあったのだ。
その紙に書かれた事を、カエデは読み上げた。
「任命賞。この度、ユイ・リリアルハーンには、アウターゲートの命を任ずる。
アウターゲートは、以下の事に則り、行動しなければならない。
一つ、生産性ののぞめない商売は、いかなる手段を用いても排除せねばならない。
一つ、この事で人の道を外れるような者が現れた場合、いかなる手段を用いても止めなければならない。
一つ、パルドランド全王国民の為、恨まれ続け無ければならない。
…パルドランドの国王は白亜だ。そして王宮は、王家のエーテルを用いて、政治を行っていたんだ。パルドランドに貢献できる人により多くのエーテルを与え、貢献ののぞめない人に、エーテルを分け与えない。しかしそれでは不平等、だからこそ、皇鳳と言う存在が、平等にエーテルを分け与える。貢献出来るようになる為の、必要最低限のエーテルを分け与える為に。つまりアウターゲートは、政治政策の1種だったんだ。しかし王宮がこのような荒業をしているとバレたら、大変な事になる。だからこそ、アウターゲートと言う存在が、王宮の悪名を、肩代わりしてきたんだ」
読み上げられた文章に、ヴァレンティンは動揺した。しかしその時には既に、誰もがアウターゲートの悪名を、王宮に対する怒りに、変えていた。
そんな心の憑依を代弁するかのように、ヴァレンティンは聞き立てた。
「じゃあ、アウターゲートは全部王宮の指示でやってたって事なのかよ!?」
「そうだ」
「ふざけんな!王族ってのは、皆に平等にエーテルを分け与えられる者がなるんじゃ無いのかよ!?だから、50年前の革命にで、白亜が国王になったんじゃ無いのかよ!?」
ヴァレンティンは、50年前のパルドランドで起きた、革命の話をしていた。当時、パルドランドではエーテルが枯渇していた。それは、王族がお抱えの白亜のエーテルを、使い込んでいると噂されていたからだった。それがきっかけで王宮の信頼は薄れ、時期にエーテルを使い込んでいた事が、事実だと発覚する。そこで起きた革命が、パルドランドの歴史に残る、白亜革命だった。白亜を王族にする事で、国王は自身のエーテルを、王国民に与えられる。そんな理由で、パルドランドは、白亜の血統が、王族を務めていた。
しかし、今のパルドランドは違う、カエデは力強く拳を握り、嘆くように語りかけた。
「連れて行かれたんだよ!ハレガントルに!!白亜が、全員!!…ハレガントルの戦争の目的は、パルドランドの白亜を奪う事にあった。自国のエーテルが枯渇して、そうするしかなかった。そしてパルドランドは負けた!その結果、王家の白亜は連れて行かれた!国王の妻も、白亜である息子も!その他、王国民の白亜も、動物も何もかも!そうしてパルドランドからエーテルが無くなった!しかしそれを恐れた国王は…自らを捨て…永遠の眠りと共に、微量のエーテルを放出し続ける道を選んだ…」
その言葉は、まるで誰かを思うかのように、民衆は感じていた。その違和感の正体が分かるのは、少しばかり先の事だ。
「いくらハレガントルと言っても、そんな微量のエーテルしか放出しない白亜なんて、お目当じゃなかった。こうして国王はパルドランドに残り、その少ないエーテルだけで、任徒達は王国を支え続けた。本来、この程度のエーテルでは王国は成り立たない。それでも、任徒達は知恵を絞り、人が自身のエーテルだけで生き抜く未来を作った!それが今のパルドランド、不景気たる由縁だ!!…悪いのはアウターゲートでも、任徒でも、国王でもない…全ては四年前の戦争さえ起きなければ、こんな事にはならなかった!!」
カエデはパルドランドの全てを話した。この数日、院とは別行動で調べ上げてきた、王宮の全てを。それには任徒達の協力があっての事だった。
その演説を聞いていたエルバは、ある事を思い出す。初めてカエデと王宮に足を運んだ時、ウーロンと話していた、何かの事を。
「カエデさん、まさかあの時!?」
エルバの叫びに、マリリンが振り向いた。しかし事情を聞く暇も無く、カエデは言葉を続けた。
「ここに宣言する。私はアリッシュ・シュトーベル。パルドランド王族の性を持つ、ビビアン・シュトーベルの実の娘だ!!」
その言葉は、新たな王の誕生を意味する言葉となった。パルドランドの王に必要な条件は、民衆に平等にエーテルを分け与えられる事、その上元国王のエーテルが亡き今、それが出来るのはカエデしかいない。
カエデ自身が悩み抜き、任徒達も納得した、最も最善な、人々の救い方。これでようやく、文字どおり人々全員を救えるのだろう。一斉に歓声が上がり、カエデはある事を指示した。
「この場にいる全王国軍兵士に命ずる!暴徒共を捕らえ、絶対にアウターゲートを救出するんだ!」
その掛け声で、王国軍の兵士は一斉にヴァレンティン達に襲い掛かろうとしていた。人混みから大勢の軍人が現れ、サーベルを引き抜きながら迫って来る。
ヴァレンティンは、アウターゲートを人質にするため、再び持っていた剣をアウターゲートの首元に刃を向けた。しかし、ある一定の位置からは、腕がなぜか動かなかった。
「ユーグ!離せ!!俺らはもう、こいつを殺して自分も死ぬくらいしかねえだろ!!」
「馬鹿言わないで下さい!エーテルがある限り、僕たちにも未来はあります!!」
「黙って処刑されるのを待てって言うのかよ!?」
慌てふためくヴァレンティンの片腕で、何かが動く。それは気絶しているはずのアウターゲート、ユイだった。
ユイはヴァレンティンの腕からするりと抜け、呟いた。
「ったく、何全部バラしてるのよ」
腕から抜けたユイはユーグに抑えられるヴァレンティンの顎を殴り上げ、ヴァレンティンは宙に舞い、持っていた剣を手放した。
「確保おおおお!!」
大勢の軍人達がリーダーのヴァレンティンを捕らえ、それが引き金となり、次々と逮捕された。
それはユーグレアも例外では無かったが、ユーグレアは抵抗すること無く、受け入れた。
「ちょっと待って、ユーグレア」
連行されて行くユーグレアを、ユイは呼び止める。軍人は王宮の使徒と身分が明かされたアウターゲートの言葉を聞き入れ、唯一抵抗しなかったユーグレアの連行を中断した。
「あんた、私を誘拐した癖に気が変わってたでしょ?」
「うん…君の言う、人の道を外れる前にって言葉が妙に引っかかって。自分が死ぬかもって時に人の心配をするなんて、普通じゃないし。だからこそ、最後まで誰かを信じようと思えたんだけどね」
「っそ、もう良いわ。連れてって煮るなり焼くなり好きにして」
「はっ!!」
怪我だらけのユイに、鬱陶しい人物が泣きながら寄ってきた。擦り傷の部分をダイレクトで頰ずりをする愚か者のエイハブを、ユイは思いっきり殴りつけた。
「うぐっ!?」
「馬鹿!?傷口よそこは!このホモ野郎!!」
「ホモ野郎!?酷いよユイちゃん!僕がどれだけ心配してた事か!!」
「うるさいわね!ホモに心配される義理は無いわ!ホモはホモらしく男と仲良しごっこでもしてなさい!!」
「えぇー!?」
そこに、エルバとマリリンも現れ、ユイに話しかける。二人とも、申し訳なさそうな顔をしていた。
「ユイさん…すみません、皇鳳である僕が、何も出来なくて…」
「いいのよ、身分を隠してたのは私の方だし。むしろ懸命な判断だわ。マリリンも、あなたが気を悪くする事では無いわ」
「そう言ってもらえるとどれ程幸せな事でしょうか…」
珍しく、マリリンは普通の口調だった。ユイは、こいつ本当はふざけてただけじゃ無いか?と疑ったが、マリリンのお調子者具合も大概だった。
「あぁ!?忘れておりましたぞ!エイハブ殿、院を出る時戸締りはしましたかな!?」
「え、えぇ!?今それ聞く!?」
「一大事ですぞ!!」
「ははは、それなら大丈夫です。相談室には、まだ他の方も残っておりますから」
「そ、それなら一安心ですな!!あれ?ユイ殿?ユイ殿〜」
ユイはそんな院の3バカ達に呆れ、何処かに帰ろうとしていた。その場に、見たくも無い顔が、カエデが現れる。これで何人目だろうか。
「よく耐えたな、ユイ。良くやってくれた」
「あんた、バッカじゃ無いの?なーにがアリッシュよ。王族が英雄の名前なんて付ける事なんて無いでしょ」
「あれ?本で読んだニュアンスをたまたま使っただけなのに、そんな有名な人なの?」
「50年前の、革命を起こした張本人の名前よ。その人物は、あなたとは違って男性だったけど」
「マジで!?」
「…あなたも大概うるさいわね。…はぁ、もう疲れたわ。今日はもうゆっくり休みたいんだけど」
「おっと、それはどうかな?ユイ。まだお前には話すべき人がいるだろ?」
「…生意気な白亜ね」
ユイはよろよろと歩きながら、カエデに言われたその人物を探した。4年前、一番初めの、アウターゲートとしての仕事だった、心からの親友。
思えばあの日から変わってしまったのだろう、あの日、キサツをあの女店主にさえ託さなければ、自分はいつまでも、キサツの為だけに生きていただろう。まったく頼りのない、年上の妹のような存在に。
そんな人物が、ようやく目の前に現れた。キサツも慌ただしくなった人混みの中で、誰かを探している様子だった。
キサツがユイに気付き、駆け寄って来る。その第一声は何だろうとユイは期待したが、もし仮にユイが誰かと賭け事をしていたのだとしたら、ユイの負けだっただろう。キサツはユイを抱きしめて、謝った。
「ごめんなさい…ごめんなさい…!私がバカだった!!あなたのおかげで…私は幸せになれたはずなのに…それなのに、私はあなたが裏切ったとばかり思ってた…本当にごめんなさい…!!」
「いいえ…私も謝るべきなのよ。ごめんなさい、キサツ…任務の支障になると思ったから、たったそれだけの理由で、あなたを見捨ててしまった…でも、あそこのお店の店長、いい人でしょう?」
ユイはキサツの頭を撫でて、笑って見せた。キサツは抱きしめ直し、大泣きした。そしてユイは、キサツの肩に首を落とし、動かなくなった。
「ユイ…ねえユイ!?どうしたの?ねぇ!?」
キサツの叫びに、カエデ達が駆け寄って来た。キサツはユイをユラユラと揺らしたが、それでも反応が無い。
エルバが急いでユイを横に寝かすように指示をし、しゃがんで容態を確認する。しかしエルバは大きく目を見開くと、口を開いた。
「ユイさんの生気が薄すぎます…… このままでは彼女は本当に!!」
「なんだって!?」
思わず駆け寄るカエデ。上着を脱がせると、ユイの体はひどく傷つき、致命傷とも言える外傷が、いくつもあった。
それを服で誤魔化し、今の今まで黙っていた、心配をかけたくなかった、ただそれだけでは説明付かないその状況に、カエデは文句を付ける。
「最初から死ぬ気だったって言うのかよ……!!」
「カエデさん、何を……!?」
エルバは、カエデの顔をうかがった。
「エーテルでユイを治療する!」
「待ってください!エーテルが干渉できるのは現象だけです、傷の治療は、エーテルだけでは出来ません!!」
「そうかい。それなら、ルーンがあればいいんだろう?」
「それってまさか!?」
「大丈夫、私は正気だよ。チャラ神!!」
「分かってるよ!!」
エイハブがカエデにかけより、カエデの腕を握った。
するとエイハブの体に色彩が無くなり、うっすらと透明になり、姿が消えていく。
エイハブの体は、かつてカエデが食事から吸収したエナジールーンを使い生成した、ルーンの集合体だ。
そのルーンを使えば、傷を治すはおろか、人間一人分の体を生成する事も造作にできる、カエデには確信があった、ユイは絶対に死なない、と。
「悪いなチャラ神。またしばらく、肩掛け生活が始まりそうだ」
その言葉を境に、ユイに触れるカエデの手から、光が発し、周囲を光で包んだ。
その光が晴れた時、ユイは再び瞳を開き、起き上がった。
どうも、読者さん。投稿主のブックです。
ここまであずまるふぁんたじーを読んでいただき、誠にありがとうございます。
執筆当初、ここまで作品を盛り上げるつもりはなく、他サイトの連載当時も、適当に書いてエタると思っていましたが、ここまで書き切った時の感動は、今でも覚えています。
後半、物語が早足になってしまった感じも否めませんが、カエデは無事に、皆を救う白亜になれたのではないでしょうか。
名残惜しいですが、これにてお別れです。いきなり投稿の方法を変えたり間違えたり、相談で長話をしてしまったり、読者の方にも、身内にも、大変迷惑をかけてしまったと思っています。ですが、この作品を読んで、少しでも明るい気持ちになれたら、いいなぁって思ってます。
長くなってしまうのはあれなので、これにて。
今までありがとうございました。




