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最高のエンターテイメント

頭を横に倒し、気絶していたユイは左頬に水滴が触れた事に気付き目を覚ました。薄暗いジメジメとした場所に、イスにロープで縛り付けられていた事を理解した。


目を覚ましても眩みは治らず、イスに縛られていなければ、今にも倒れてしまいそうな感覚だった。

辛うじて口は動く、呂律が回っていないが、言語として理解出来るレベルの言葉は、喋れた。

しかしユイはあわてる事も無く、冷静に暗闇に潜む人物に、語りかけた。


「この私を拉致するなんてやるわね、是非ともその顔を見てみたいものだわ」


「褒めてくれているみたいだが、逆にお前の警戒心が薄かったんだと思うぞ」


暗闇の中から、元武器商人の、ヴァレンティンが姿を現した。しかしユイにはその姿は霞み、声を頼りに人物を呼び当てる。


「確か私が記憶してる限りではユーグにやられたと思うんだけど?って事は、ヴァレンは何かのボス格かしら。はっ、職を失った者同士、仲良しごっこでもしてるみたいね」


そんな挑発に、暗闇の中に足を擦る音が聞こえた。それも複数。

温度や湿気、音の響き具合から、ここは地下で、ロウソクで照らされていない場所にも、複数の人がいる事を、ユイは推測した。


「やめろ、手は出すな」


ヴァレンティンは暗闇に紛れる仲間に指示をした。先ほどとは違い、ゆっくりと動く服の擦れる音が響き、その間にユイは頭を上げた。


「ようやくお目覚めか、ユイ。おっと、逃げようなんて思うなよ?今お前には見えていないだろうが、ここには俺を除いて6人の仲間がいる。それにここは地下水路だ、仮に俺らを振り切ったとしても、地上に戻るにはハシゴを登らなければならない。イスに縛り付けてある今のお前では、ハシゴを登るなんて不可能だろうしな」


「状況説明どうも。監禁相手に易々と情報を言うなんて素人丸出しね、やっぱり商人崩れは商人崩れでしかないのね」


「それ程余裕があるって事だよ。分かるだろ?」


ユイはヴァレンティンの言葉を瞬時に理解出来た。自身はただイスに縛り付けられているだけではない、全身に力が入らなかった。

おそらく、何かの薬物だろう。


「薬草売りのウォッチまで仲間って事ね…面白いメンツじゃない。それでみんな集まって何をしてるの?お遊びなら、このくらいで止めておかないと犯罪になるわよ」


「とぼけるのもいい加減にしやがれ!分かってんだろ!?俺たちは暴動を起こした一員、そして、俺がそのボス格だって事も!もちろん、お前がなぜ拉致られたのかも分かってんだろ!?アァ!?」


突然のヴァレンティンの怒声が地下に響き、ユイの胸ぐらを掴んだ。あまりの力の入れ具合に、Yシャツの第一ボタンが取れる。一層掴みやすくなったそれを持ち上げ、イスごとユイを投げ飛ばす。地面に叩きつけられ、滑るようにベクトルが加わり、ユイの右手が大きく擦り切れた。

何かにぶつかり止まったが、そこにはヴァレンティンの仲間がおり、ユイがその人物を見上げると同時に強く蹴り飛ばした。


再びロウソクの光が照らす円の中に戻され、咳き込んだ。

腹部を強く蹴られたせいで、口から胃液とも違う体液がこぼれ出た。


そして、男は言う。


「ヴァレンティンさ〜ん、手は出さないんじゃなかったんですか?完全に今のイッちまいましたよ?」


「ははは、悪い。つい手が滑ってな」


その人物たちの会話は、もはやユイの知る商人達ではなかった。文字どおり商人崩れの、ただのチンピラへと成り下がっている。それでも、ユイは挑発を続けた。


「自惚れね…力自慢でもしたいんだろうけど、裏の世界はあんたなんてゴミ以下よ。まだ遅くないわ、本当に裏の世界に落ちる前に、ここでやめっ、ゴホッゴホッ!!」


口に鉄の味が広がった。その体液も、口にとどまる事を知らずあふれ出た。内臓がやられたのだろうか、胸部が酷く痛む。

監禁は何度か経験しており、余裕を持っていたユイ自身も、次第に恐怖心が増して行く。痛みのあまり口も開けなくなったユイを見て、ヴァレンティンの仲間達は一斉に笑い始めた。


「ざまぁねえぜ!俺らを散々苦しめて来た罰だ!!」


「ヴァレンティンさん、もう今殺しちゃいましょうよ!そっちの方が、苦しまないしせめてもの人情ですよ!!」


会話の合間に刃物と刃物を擦る音が聞こえた。その瞬間、間々に想像をつけ、適当に相手を挑発していた事に、ある一貫性が生まれた。

彼らは、暴動事件を起こした犯人達で、自分がアウターゲートだという事もバレている、と。


近頃起きた、一連の商人達の結束も、マリリンの口から噂されていた、革命団とやらの結成も、全てここにいる、ヴァレンティンの手によって行われたものなのだろうと。

しかし王宮の動きの影響で、次第に仲間が減り、そしてまた減り、目標と言うものを失くしてしまったのだろう。そう、アウターゲートを殺すと言う、目標だけは。それはロードワームに対する、最も効果的な制裁である事も、ユイ自身が理解出来たから。


だがこの場で死ぬ訳にはいかない、ユイは現在、アウターゲートとしてではなく、ユイ本人としてロードピープルの為に、周星院で努力を続けている。やっと平和に暮らせると思った矢先に、自分のせいで混乱が繰り返される。

それは、今まで犯した過ちの代償だと言われても、到底ユイに納得出来るものでは無かった。

ユイは初めて、誰かの為に泣いた。


それでも、ヴァレンティン達の会話は続いた。


「そうだな、殺すか。俺たちの報復だ。やっとこの時が来たかアウターゲート…俺の店を潰したお前に、俺の店の商品で殺せる日がよぉ!!」


「ま、まって!ヴァレンティンさん!!」


ヴァレンティンは、腰掛けていた剣にかけた手を止めた。声の人物、ユーグレアがユイの元まで歩き、しゃがんでヴァレンティンに言った。


「こ、こいつ泣いてますよ?やっぱり、アウターゲートって言っても死ぬのは怖いんですよ」


「ユーグ…まさか止めるって言うんじゃないだろうな。その場合はっ!!」


ヴァレンティンは剣を引き抜いて見せた。その行動に反応し、ユーグレアは怯えたが、言葉を続けた。


「そ、そうじゃないです!言いたいのはそうじゃなくて、死ぬのが泣くほど怖いって思えるなら、もっと絶望させてから殺した方がいいんじゃないですか?」


「ほう?」


ヴァレンティンは剣を納める。それほど興味のある話だったのだろう。


「アウターゲートは…ユイはロードワームの奴らにとってはヒーローみたいなものなんです。でもロードワームの奴は、恐怖の象徴であるアウターゲートが、ユイ本人だと言う事を知りません。だから!ロードワームの奴にその事をばらして、さらにアウターゲートを嫌う人々の前で殺した方が!僕たちの目的にも…かなってるんじゃないでしょうか…?」


「なかなか面白い考えだな、だが一つ俺がその提案に付け足そう。こいつを殺すのは、最もこいつを怨む俺らじゃなく、そこらの普通の街民だ!その方が、こいつも絶望出来るだろうよ!それ程自分は嫌われた存在だったかって分かるからなぁ!」


「…狂ってるわね」


ユイは泣きじゃくりながら言った。しかしすぐにヴァレンティンの仲間の手によって、薬品の染み込ませた布を口元に押し付けられる。

必死にもがいたが、数秒で気絶した。


「よし、そいつをイスから解いてから、地上に持って上がるぞ!俺の指示する場所に着くまでこいつの正体を明かすのはナシだ!それまでこいつは、ただの人質として移動する。その方が、ヤジも付いてくるしな」


「うすっ!!」


ヴァレンティンはロウソクの入ったランタンを手に取り、地下水路から地上に上がるハシゴに登った。

行き止まりの路地裏のマンホールが持ち上がり、地下水路に光が射した。








「なんだって?ユイちゃんが戻ってこない?」


「うん、ユイねーちゃん、買い物に行ったきり戻ってこないんだ」


一方院では、ユイが帰らぬ事態を心配し、寮の子供が院に相談に来ていた。エイハブは頭をかしげて、エルバに聞いた。


「エルバ、何か知ってる?僕が知る限りでは、ユイちゃんは仕事をサボってどこかに行くようなタイプではないと思うんだけど」


「いえ、私も特には。しかし妙ですね、ユイさんはいつ頃に買い物に出掛けたのですか?」


「うーんと、4時間くらい前」


エイハブは時計を確認した。時刻は午後2時を回ろうとしている。それから4時間前と言うと、おおよそ10時ごろに買い物に出掛けたのだろう。

パルドランドがいくら交通手段が無いと言っても、ユイの勤める寮は市場と隣接している為、買い物にはせいぜい1時間とかからない。


仮に買い物の量が多かったのだとしても、一度は寮に戻ってもおかしくは無いだろう。子供達の昼食の事も考えず、どこを歩き回っているのだろう、エイハブは立ち上がった。


「エルバ、すこし探してくるよ。もしかしたら、何らかのトラブルかもしれない」


トラブルと言う言葉に、エルバも想像した。ユイは現在、院でロードピープルを救う活動をしている。仮にそれをよく思わない人物らとトラブルになっていた場合、院の責任者とも言える皇鳳が黙っていられる訳もない。

エルバも立ち上がり、心配そうに聞いていた主婦の協力者に、指示した。


「私も探しに行きます。すみませんが、第一寮の子供達に食事を作ってあげて下さい、お願いします」


「え、ええ…わかったわ」


そんなエルバと同じく、エイハブもユイの身を心配していた。

もしユイの正体がバレ、アウターゲートとしてトラブルに巻き込まれていた場合、それはエイハブ達では手も出せない領域の話かもしれない。

実際、エイハブはユイから裏の世界の事をすこしばかり聞いていた。人情を外れた者たちの、地獄のような巣窟、それが裏の世界だと。現世で言うテロリストのような存在だと想像し、エイハブはその危険性を想像した。

もし、仮に現世で誰かがテロに巻き込まれたとしても、それは一般人が解決出来る問題ではない。エイハブはそんな違いを、感じていた。


そんな時、マリリンが勢い良く院の裏にある相談室へと入って来た。彼女は息を切らし、酷く汗をかいていた。


「ど、どうしたのマリリン?汗凄いよ?」


「エイハブ殿!そんな事を言っている暇はありませんぞ!」


マリリンは、何かを続けようとしていたが、相談室に訪れていた子供を目にすると口を閉じ、改めて別の言葉を続けた。


「とにかく、今は移動しながら!!」


「わ、わかった」


相談室から出て、しばらく歩いた所で、エルバがマリリンに聞いた。


「まさかユイさんが、トラブルに巻き込まれたと言う話ですか?」


「ご存知だったのですか!?ならば、今はもう説明をする暇も省きますな!ユイ殿を人質に、例の騒動を起こした主犯とその一味が、周星院に向かって来てますぞ!!」


「何だって!?」


「現在、王宮より軍に緊急の出動命令を仰いだ所ですぞ!現場に急行中との事です。して本隊が到着するまでは、このマリリンドワークレッドが、命に代えてでも!」


そんな会話の中、次第に周囲もザワつき初めて来た。大人数が歩く音が遠くから聞こえ、エルバやマリリンにとっては嫌な響きが、耳に入る。暴動事件の時と、同じ感覚だった。

空気自体が痺れているかのような緊張感、そしてそのざわめきが、全く同じものだった。






しばらくして、大通りが人で埋め尽くされ、その中央には大きな空間が開き、その空間に、憎むべき主犯とその一味が、ユイを人質に取りやって来た。


エイハブはボロボロになったユイを見て、握りこぶしを作り人混みから飛び出した。

しかしそれは、主犯であるヴァレンティンの言葉により、止められた。


「おっとお兄さん!こっから先はエンターテイメントなんだ。それ以上近付いたら、この女の首はすっ飛ぶぜ!!」


「くっ!在り来たりな決まり文句を!!」


エイハブは足を止め、人混みの中へと戻るようヴァレンティンは指示をした。言う事を聞くエイハブを見て、ヴァレンティンは怪しげに笑った。


「さあさあ皆さん、この度は良くご集まり頂きました!我ら、新生パルドランド革命団の者でございます!近々のお騒がせ、街民の皆様には大変ご迷惑をおかけしております。ですが!それも今日で終わり!この女を殺す事こそ、我らの目的だったのですから!」


話を進める中、エルバは人をかき分けエイハブと同じく、人混みから数本前に出た。そして、演説らしき物の途中で、口を挟む。


「私は、パルドランド王国第一周星院皇鳳、エルバと言う者です!あなた方に問います、なぜ、あなた方はかのような女性を殺さねばならないと言う残酷な事をしなければならないのでしょう、その理由をお聞かせ願います!!」


「…皇鳳様のご指摘とあらば、ご説明致しましょう!我ら革命団がこの女を殺さなければならない理由、それは、この女の偽りを解いてからにしましょう!ガラスの仮面をとった、この女の本当の姿を!!」


「ま、まさかユイちゃんのメガネを!?」


エイハブの言う通り、ヴァレンティンは、ユイがかけているガラスの顔飾りに手をかけ、強引に外した。その瞬間、ギャラリーは一層ザワつきを増し、人によっては大声を上げた。


「あっ、あいつは!アウターゲート!!」


「何ですって!?」


その言葉に、エルバが反応した。そして、エルバはエイハブに問い質した。


「エイハブさん、どう言う事ですか!ユイさんが、アウターゲートだと言うのは、どう言う事なのですか!!」


「落ち着いてエルバ!それより先に、皇鳳の権限であいつらを止める事は出来ないの!?弁解は後でするから先にそっちを!!」


「犯罪者が院で働いていたと言う事実がある以上、皇鳳の立場など何の意味もありません!もし私がその事実を知っていたとしても人々は私の言葉を受け入れず、私が知らなくともその事実を見抜けなかった私にもはや信用などありません!!」


「そんな!?じゃ、じゃあ…」


「我々の手で止める事など、もう不可能です!!」


「それなら、王国軍は!?ねえマリリン、どうにか出来るよね!?」


エイハブの問い掛けに、マリリンはゆっくりと首を横に振った。マリリンにも、いや、王国軍にも、どうにも出来ない事だった。


「…アウターゲートは、現在も尚指名手配中の犯罪者ですぞ。王国軍の仕組み上、いかなる場合であろうと犯罪者を助ける行動を取ってはならない。この規定がある以上、我ら王国軍が出来る事は、この場に集まる多くの街民が、アウターゲートの最後の抵抗に巻き込まれぬよう、警護するだけですぞ…」


「そんなっ!!誰か、他に誰か!誰かユイちゃんを助けれる人は!!」


エイハブのその嘆きに、誰も手を貸す者はいなかった。逆にエイハブ自身がアウターゲートの仲間だと指摘され、その流れは止まる事を知らなかった。


エイハブは、近くにいた3人の男達に捕まり、その場に押さえ付けられた。


「おら!堪忍しろ、裏の世界の住人が!!」


「くそっ、離せぇ!エルバ、マリリン!また見捨てるって言うの!?また降り出しに戻るって言うの!?僕たちは、パルドランドを平和にするんじゃなかったの!?ねぇ!!」


エルバもマリリンも、顔をそらした。確かにエルバもマリリンも、可能ならばユイを救いたい。しかしそれは、同時に院と言う組織その物の存在が危うくなる。院がなくなれば、ロードピープルの寮制度も無くなり、最も最悪な事態に陥ってしまう。

もちろん悔しい、これ以上犠牲を出さないと誓った言葉が、嘘になってしまうから。しかしそれでも、ユイが院でやってきた事までも消えるよりは遥かにマシだ、勝手にそう、決め付けていた。自分の心が、これ以上傷つかない為にも。


「くそっ!くそっ!!」


エイハブは地面を何度も殴った。いつかその手も押さえ付けられるまでは、殴り続けようと誓っていた。

もうお終いだ、そう思った。


しかしその時、儚くも力強い声が響いた。


「そのエンターテイメント、少し待って貰おうか!!」


大勢の人々が、その声の主に目を向けた。それはエイハブも例外ではなく、人と人の足の隙間から、微かな姿を見た。


部分部分ではっきりとは分からなかったが、その人物は、白く長い、サラサラとした髪を、なびかせていた。

次回、最終回です。

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