私はもう戻らない
早朝の事、急遽周星院でお茶会が始まり、その出来事とは似合わない話を、エイハブとカエデは始めた。
「院に戻らないってどう言う事?」
それは、カエデがエイハブに、もう院では仕事を出来ないと言った事が原因だった。
カエデは今まで、人を救う為の言わば休息を取っていた。しかしそんな人物が、休息はおろか止めると言いだしたらどうか、納得が付かないのは当然の事だろう。
だがその事実を知らない他の面々は、まるで気遣いの出来ない人を見るかのような目で、見られていた。
「なんでさ!ロードピープルを救う為じゃなかったの!?僕とカエデくんが別行動をしたのも、その為じゃなかったの!?」
「そう言う訳じゃないって、私はただ自分のやり方でやるだけであって、別に誰かを救おうとする気持ちが無くなった訳じゃないって」
「そう思うなら、一番合理的な場所が周星院なんじゃないの!?」
「チャラ神にとってはそうなのかもしれない、でも今の私にとっては違う。だからだよ」
エイハブは立ち上がった。エルバが煽てるが、意味は無かった。
「カエデくんが一人で頑張ったって、ロードピープルは救えないでしょ…」
その言葉が、カエデに無力と言う言葉を足すかのように感じたキサツは、異議を唱えた。
「カエデさんは変わったんです!持ち主の変化にすら気付けない人は黙っててください!!」
「そう言う意味じゃない!僕はただ、カエデくんが心配なだけだよ!!」
感情の入れ違いに、場のが静まり返った。
サリッジが、ヴィヴィとウーの袖を引っ張り、廊下で待っていようと提案していた。
ウーはクッキーが食べれなくなってしまうと文句を言っていたが、エルバが立ち上がり、クッキーの盛られた皿をウーに渡した。廊下で食べていいという事らしい。ウーはその行動に従い、喜んで廊下に飛び出して言った。
ヴィヴィは心配そうにカエデの顔を見ていたが、立ち止まるヴィヴィの手を、サリッジは引いていた。
子供達が部屋から居なくなり、一層静かになった所で、エルバが口を開いた。
「エイハブさん、カエデさんなら大丈夫ですよ。カエデさんご自身のお考えもあるのですから、我々年上が、口を挟み過ぎるのは野暮ですよ」
エイハブは納得のいかない顔をしたまま、席に座る。その後呟いた。
「ユイちゃんがいるからって理由で院に戻らないなら、僕やユイちゃんの方から、院から出て行くから」
「妄想はご自由に。ただ目的が違うだけとなら、説明するけど」
カエデはこう唱える、現実を変えるのは、その理屈を超えた現実だと。
しかしエイハブはこう唱えた。現実を変えるのは、皆が変えたいと思う、理想だと。
両者の対立に、かつて理想を掲げていたエルバはうっすらと笑っていた。
「キサツ、もう行こう。早く帰らないと、ママさんにきっと怒られるし」
「そうですね、今日は非番って訳でもないですし、こんな所でいつまでも油を売ってはいれませんね。では皇鳳様、私達はこれで失礼させて頂きます。ご迷惑をおかけしました」
「迷惑など、かけられてはおりませんよ。また遊びに来て下さい、お茶くらいは、ご馳走しますので」
最後に会釈をして、カエデとキサツは、立ち上がり部屋の扉を開いた。
そこには、静かに待っている子供達の姿ではなく、新たな寮への移住が終わっていない、院に残っているロードピープルの子供達と、クッキーを分け与えながら楽しそうに話していた。
カエデはその姿を見て、笑っていた。
「ウーは誰にもあげない子だと思ってた。人思いだなんて偉いね」
「えへへ。ウーね、裏路地の人はみーんな友達なの!だから友達にはね、いっぱいいっぱい優しくしてあげるの!だからおねーちゃんも、友達と喧嘩ばっかしちゃだめだよ?」
「ははは、そうだね。エルバ、お皿テーブルに置いとくよ?」
「はい、そうして下さい」
「ほらほら、進んだ進んだ。ずーと廊下にいられたら、お姉さん達通れないよ?」
「ウー、いい事思いついた!みんなでお風呂行きたい!きっと楽しいもん!!」
「通報した。それウーの願望でしょ?しゃーない、みんなで行くか〜」
他愛もない会話は、扉が閉まるまでずっと聞こえてきた。その中には、カエデがまだロードピープルの事を思い続けている事が、はっきりと分かる言葉も聞こえて来た。
エイハブは頭を抱えて、ため息を吐いた。
「ったく…結局お人好しのままじゃん…」
怒鳴ってしまった事に後悔しているかのようにも見えたエルバは、エイハブの肩を軽く叩き、言った。
「カエデさんは、我々よりもっと多くの物を見ているのでしょう。ロードピープルの為だけではなく、もっと幅の広い視野をお持ちのはずだと、私は思いますよ」
「そうであると願いたいんだけどね。本当はあの子がそう言う子だと言うのも分かってるよ。でもカエデくんが無理をしてるのか、僕自身が変化を受け入れられないだけか…そんな天秤を、かけたかっただけなのかもね」
古い廃市場に、今日も集会をする為か、革命団の参加者が集まっていた。
しかしその人数は明らかに少なく、集会を待つ態度でもなく、あるビラを持ってそれぞれ誰かと話していた。
中には、その一部の会話の途中で、帰ってしまう者もいた。
古参のメンバーでもあるユーグレアも、他の人々が持つビラを見て、心を迷わせていた。そのビラは、王宮が発行した、正式な証明文。幾つかの証明が書かれていたが、人々が目にした文章はただ一つ。
王宮は今後如何なる理由があろうとも、この度発生したロードピープルに関する一連の事件で発生した王宮の負債を、民衆又は各公務兵に課す事を禁ずる。
この言葉に、一部の被害妄想を膨らませていた革命団参加者は変えられた。
そんな人物達は口を揃えて言った。
献上金が増えさえしなければ、国がロードピープルをどうしようと文句は言わない。むしろ国として正当な対処をしてくれて、大助かりだと、言っていた。
それが革命団の現状だった。この事から、参加者は減ってしまった。一度は500を超える人々が、パルドランド王宮に不満を持っていた。
しかし現在は、不満を持ち続けている者は数える程しか居ない、それは革命団の代表である、ヴァレンティンやその取巻きだけだった。
「ヴァレンティンさん!大変です!!先程集計した所、前回集会に参加した328名より、200名以上減っています!」
「やはり王宮を目の敵にしているだけの連中を、信用する訳にはいかなかったか…それで、今ここにいる人数は?」
「わ、我々含め、84名のみです…」
「は、84名!?」
「たった84人だと!?」
取巻きの幹部達は慌てていた。元々幹部達の提案により、革命と言う理由を掲げ、王宮に不満を持つ者を取り込む活動をしていた。
王宮は街民よりもロードワームを選んだ。そんな建前を口実に、次々と革命の参加者は人数を増して来たが、その理由を王宮は最も簡単に途絶えさせてしまった。
しかしヴァレンティンは、動じずある事実だけを確認した。
「それで、集計と言っても点呼は取ったんだろ?今いる奴は、前から参加してる古参の奴なんじゃないか?」
集計を取っていた幹部が、急いで紙の束をパラパラとめくり、答えた。
「84名中…52名が、撲滅運動からの参加者です……」
「……そうか」
ヴァレンティンは、積み上げられた木箱の上に駆け上がった。その音に気付き、参加者達は一斉にヴァレンティンの方を向く。帰ろうとしていた人々も、足を止めてヴァレンティンを見た。
「まず初めに、お前達に謝らない事がある。撲滅運動以来、王宮はロードワームに対して贔屓を続けて来た、それもかなりの額をだ。それを俺は早とちりをして、王宮は、負債を撲滅運動を起こした俺たちに背負わせるとばかり思っていた。そのせいで皆にあらぬ不安を与えてしまった。すまなかった!!もしここに居ない者に会ったら、そいつにも俺が謝っていた事を伝えて欲しい。…そこで、一種の解散宣言をする。そんな誤解から、革命団に参加してしまった者は、帰って貰っても構わない。もし革命に疑問や不満を持っている者がいても、帰って貰っても構わない。もう誰も止めない、好きにしてくれ。だが、もしこの中に、こんな俺にでもまだ付いて来てくれる奴が居たら、手をあげて欲しい!綺麗事はいい、ロードワームに恨みがある奴は、手をあげてくれ!!最後に俺に…どうか力を貸してくれ!!ったのむ!!
ヴァレンティンは深々と頭を下げた。
それでも、ぞろぞろと人々は帰って行く。
まさかこの演説で帰るとは思ってもいなかった、古参のメンバー達も帰って行った。
ヴァレンティンは足音が止むまで、頭を下げた。名声を棄て、プライドを棄てた。そこまでしても、残ったのはたった29名、予想よりはるかに下回る、人数だった。
この結果に、幹部達はその場に崩れ落ちた。自分達の余計な行動のせいで、ヴァレンティンに迷惑をかけてしまった。だがこの男は、文句一つ言わずにこう言うだろう。
よく残ってくれた、と。
幹部達の中には、悔しさから涙する者もいた。自分達で築いて来た物が壊れ、ヴァレンティンに対する信頼までも失ってしまった。彼らもまた、ヴァレンティンのように、プライドを棄てた。
しばらくして、ヴァレンティンは頭を上げた。そこには手を挙げる人など誰も居ない、ハッタリのツケが回ってきた、そう覚悟した。
しかし、彼らはヴァレンティンのように木箱を駆け上ると、側に来るだけだった。
「何言ってるんだよヴァレン。お前は今も昔も頑張ってるだろ。逆に最近は、変に上下関係が出来ちまってギクシャクしてただろ?ここにいる俺たち全員は、ヴァレン、お前が好きなんだ。誰もお前に文句なんか言えやしねえよ、な?」
「お前ら…」
ヴァレンティンは、見回した。側には初めてメンバーを集めた時の顔や、昔ながらの商売仲間。酷く見飽きた顔達が、揃っていた。
その中には、ユーグレアの姿もあった。
「ヴァレンティンさん。僕達の恨み、しっかり晴らしましょう!」
「ユーグ…お前…」
「もう革命がどうなんて、どうでもいい!僕たちがあのクズ共に受けた仕打ちを、返してやりましょう! 」
街外れの廃市場に、男達の雄叫びが響いた。彼らのやろうとしている事は、もはや何の筋も通ってはいない。それでも彼らは、今までの中で一番、清々しい顔をしていた。
あれから王宮からの義援金を元に、次々と古い建物を買い寮へと変化させ、その関連の責任者もとい第一寮の寮長となったユイ。古いながらも広く住み心地の良い建物で、8人の元ロードピープルの子供達と暮らしている。
その為、主に寮の家事に追われ院の仕事は手付かずになってしまっていたが、ユイはパルドランドの人生の中で、一番充実した時間を過ごしていた。
そして、今は夕食の食材を買いに出た、帰りだった。
「少し買いすぎちゃったかもね、でも食べ盛りの子なんだから、この程度少ないくらいなんだから。でも、重い物は重いのよねぇ…あーもう、こんな事になるなら誰か連れて来れば良かった。どーせエイハブあたりは暇なんだろうし、荷物持ちくらいあいつでも出来るでしょ」
大きな紙袋を抱えたユイに、裏路地から人影が現れた。その裏路地は、通り抜ける通路などない行き止まりだ。何かの待ち伏せかと疑ったが、その人物が知り合いだった為、警戒を緩めてしまった。
「その荷物…少し持とうか?」
「あっ、ユーグレア良いところに。袋一つしかないんだから全部持って、そうしてくれたら後で何かご馳走するから」
「ご馳走?いいね。じゃあ代わりに持つよ」
「どうも。なんか悪いわね、この前あんな事言っちゃったけど、前言撤回。あんたやっぱいい奴だわ」
ユーグレアは答えず、受け取る降りをしてわざと手袋をユイの顔元に寄せた。
その瞬間、ユイに強い衝撃が襲い、気を失った。倒れそうになったユイを紙袋ごと支え、ユーグレアは路地裏にユイを運んで行く。
その裏路地は、行き止まりのはずだ。隣接する建物の扉も無く、地下への抜け道も無い。
何やら異様な雰囲気を察知した、少し離れた場所で出店を構えていた商人が、店を離れて様子を見に行った。
しかしそこには、リンゴが一つ、転がっているだけだった。
どうも、投稿主のブックです。
いよいよ作品もクライマックスに近づき、明日2話投稿する分でストックは終了します。
また、以前より続きを書きたいと告知はしておりますが、明日の投稿を境に、いったんの完結とさせて頂きます。
続きを書きたい思いが無い訳ではありませんが、作品の構成上まだ完成していないので、めちゃくちゃにならないように完成次第一気に投稿、と言うスタンスにしたいんですよ。
とまあ、何か月後、何年後になるかは分かりませんが、また投稿を再開する時に覚えて頂けたら幸いです。




