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お前が引き金だ

パルドランド王宮にて、カエデとエルバは、複数の任徒達と今後の政策について話した。

そして、以下の事が決定した。


この度、ロードピープル保護及び養護の為に使用した国債の負担は、全て王宮が持つ事。

王宮は、今後ロードピープルのみならず、一般王国民に対する政策もする事。

ロードピープルに関する一連の騒動に、妨害工作及び障害行為が行われるまで、王国軍の介入をしない事。


エルバが任徒側に提案した条約は全て通り、ようやく肩の荷を降ろす気分で、任徒らとの会話を終えた。



さすがに疲れが溜まったエルバも、アンティークな家具の並ぶ会議室の中で、腕を伸ばした。

エルバはカエデの様子も伺ったが、カエデは椅子から立ち上がるだけで、疲れた様子は見られなかった。


「おつかれ、エルバ」


「カエデさんこそお疲れ様です。久々の現場復帰、と言うには、スケールが大き過ぎる現場復帰でしたけど」


冗談を交えつつ、エルバは椅子から立ち上がる。他の任徒らも、会議を終え、各自会議室を後にした。その姿を見て、エルバはカエデに自分達も帰ろうと声をかけようとしたが、カエデはある人物を呼び止め、何やら話し始めた。


「さて、僕たちも院に…」


「あっ、ウーロンさん!」


カエデの言葉に、任徒の一人であるウーロンが立ち去ろうとする足を止めた。


「何でしょう?」


「実は提案があるんだけど…」


こそこそとエルバから離れて話すカエデ。しかしエルバは、カエデはカエデなりの考えがあるのだろうと、追及はしなかった。


「なっ、なんですと!?それは本当ですか!!」


「シー!今はまだ公開する時じゃない。ウーロンさんには言っておくけど、他言無用でお願いしますよ?」


「ええ、まあ、白亜様のお言葉ならば…」


話を終えると、ウーロンは苦い顔をしたまま急いで会議室から出て行ってしまった。王宮内にある会議室に、二人として取り残されたエルバは、ようやくカエデに言葉をかけ直した。


「さて、僕たちも院に戻りましょう」


「いや、院には戻らないよ」


「…そうですか」


カエデの言葉を、エルバは受け入れた。今回、カエデはエルバと共に王宮に出向き、パルドランドの詳しい内情と、その対策について話しにきた。根本的な事を言えば、これもロードピープルの為だと言えるだろう。しかし、ロードピープルの為に努力を続けてきたカエデは、それだけは受け入れなかった。自分には保護をした子供達に合う資格などない、そう思っているのではないかと疑ったが、エルバは聞かなかった。



会議室から出ると、レッドカーペットの轢かれた長い廊下に出て、会議室の扉の側に王宮に働くメイドが立っていた。


「お出口まで、ご案内させていただきます」


「ありがとう」


長い廊下の先の、両開きの扉まで進み、そこを開けると王宮の正面ホールに繋がった。中央に階段とカーペットの轢かれているそのホールで、メイドはわざわざカーペットまで直進し、カーペットの上に辿り着いてから出口へと向かった。

そのまま出口までまっすぐ行けば距離が近い、そのような考えは、どうやらパルドランドの流儀には反するようだ。


出口となる扉を通ると、目の前には白く光沢のあるいかにも高級そうな馬車が止まっており、複数のメイド達が、馬車までの道を作るように両側に立っていた。


「うわー、やっぱり王宮ってすごいね。お客さんを返す時もこんな待遇してくれるんだ」


「それはそうですよ。パルドランドには令状さえ持っていれば、一般人でも王宮に出向く事は可能ですが、その一般の方が帰る時も、このような待遇はされているようですよ」


「すごいね、うちの店なんて食べたら金払ってさっさと帰れ!!って感じなのに」


「それはさすがに持て成しが足りないのではないですか?」


「甘い甘い。そんな事行ってたら、後から来たお客さんが席に座れないもん」


「ははは、それもそうですね」


そんな話をしつつ、二人は馬車に乗った。馬車を扱う黒い礼服の男に、エルバは院に着く少し前の場所でカエデを下ろして欲しいと頼み、柔らかいクッションの拵えられたソファーに座った。

馬車の中でソファーに座るとは。カエデは行きの馬車とのギャップを強く感じてしまった。



馬車は走り出し、王宮の敷地から街のレンガ道に路地が変わり、少しガタガタと馬車が揺れながら院へと向かう。

その後はカエデは何も話さなかった。エルバも何もカエデに言葉をかけず、ただ静かな空間が馬車の中に広がった。

しばらくして、馬車は院に着く少し前の市場付近に止まり、カエデを下ろした。


「じゃあ、私は私なりにやってるから。院の事は任せたよ」


「はい、勿論です。それに院には、カエデさんの意志を継いだ人たちが、今はたくさんいますから。心配しないでください」


「そっか。じゃあ、また」


「ええ、お体に気を付けて」


エルバは馬車から、カエデが足を数本進めるまで手を振った。だがカエデはすぐに細い路地へと曲がり、姿を見せなくなってしまった。

エルバ自身、今の院にカエデが加われば、ロードピープルの問題は今よりもっと迅速に解決出来ると確信している。

しかし、救おうとしたはずのロードピープルに裏切られたカエデを、無理に引き止める事はエルバには出来なかった。エルバは疲れと共にため息を吐き、馬車を扱う男に、告げた。


「では、院までお願いします」


「はい」


先程まで、向かい席である馬車の正面には、カエデが座っていた。まだその温もりが残る席を眺めながら、エルバは思った。

いつの日か、カエデと共に院に戻れる日が来るのだろうか、と。

その心が、強く響いた。







「ただいま戻りました」


エルバは主に協力者が待機している、相談所の扉を開きながら言った。

しかしそこにはエルバを迎え入れる言葉は無く、緊迫した空気と、小声の怪しい単語のやり取りが、エルバに感じさせた。


「どうかしましたか?」


固まる協力者達の間に、エルバが割って入る。その言葉にいち早く反応したのは、エイハブだった。


「それがエルバが王宮に行った後、厄介な事が起きてね。どうやら暴徒達がまた集まり出していたらしいんだよ」


「なんだって!?それで、被害は!?」


「いや、ただの集会だったらしく、暴動が起きたって訳じゃないんだよ。でもマリリンの情報からすると、指揮を高める為の集会に見えたらしいんだ」


「王宮は支援金の負債を王国民には背負わせないと、約束してきたばかりだと言うのに…」


重い空気が漂っていたが、エルバのその言葉に、協力者達は驚いた。


「って事は、商人達にもその事を教えれば、暴動なんてバカな事は止めてくれるんじゃねえか!?」


「そうよ!これでやっとパルドランドにも平和が戻ってくるんだわ!!」


街民や主婦が言い、その言葉につられ協力者達は次々と表情を緩めた。軍人であるマリリンまでも、重い腰を長椅子に下ろし、医師は早速記者に伝えてくると飛び出した。

そこにどこに行っていたのだろうか、ユイが戻り、急ぐ医師とぶつかりそうになっていた。


「ごめんよ!!」


そう言い残し、医師は飛び出して行ってしまった。

ユイは緩くなった雰囲気に謎めき、唯一の女性協力者同士である、主婦に聞いた。


「ねえ、なんでこんな腑抜けた感じになってるの?」


「ああ、ユイちゃん!いいところに戻ってきたね。今、エルバさんが王宮で、献上金を更に取り立てるって事はしないって話を付けてきてくれたんだよ!!」


「えっ?なんだ、おめでとうエルバ」


ユイは拍手をしてエルバを祝ってくれた。それにつられ、協力者達は拍手をする。唯一マリリンだけは、腰が抜けて動けなくなってしまったと言い、街民の男性に引っ叩かれた。


「この銭ぐらいがよぉ!こんな時くらいは祝ってやれよ!!」


笑顔で皮肉を言い、思わずマリリンも苦笑い。だが、状況を理解したユイは、ある事を告げた。


「良かったわね。でも暴徒が消えるかとは、別の話だけど」


その言葉に、全員が耳を疑った。エイハブだけはその言葉を理解し、補足と共に言った。


「やっぱり、暴動が続くそもそもの理由は、ロードピープルと商人の所得格差にあったって事だね…」


腰を抜かしていたはずのマリリンが立ち上がり、エイハブに聞く。


「所得格差?それは、どう言う意味ですかな」


「ロードピープルの保護及び養護の最低条件は、暖かい食事、凍えない家、しっかりとした身なりの3つだったよね。でもパルドランドには、その3つ全てを兼ね備えている人自体が少なかったんだよ」


「大抵そう言う商人に限って、ロードピープルに対して理解がある奴が多かったのよ。だからと言って積極的に協力してくれたって訳ではないけど、服を直してくれたり売れ残った食べ物とかを分けてくれたり、結構、贔屓にして貰ってたのよ。そんな相手が、或る日突然自分達よりいい生活をし始めたのなら、面白いとは思わないかもね」


ユイのその言葉に、協力者はようやく意味を理解した。

始めはただのロードピープルに対する怒りだけだったのかもしれない。しかし、今は嫉妬と言う余計な感情が、加わってしまったのだろう。


初めて起きた暴動騒動の時、逮捕した暴徒の証言にもよると王国軍から逃れたのはほんの数名だけだったらしい。だが、現在もなお暴徒は勢力を伸ばしている。それは、マリリンが告げてきた、暴徒の集会が行われていると言う言葉が、より強く表していた。


白亜の為って言ってたけど、結局自分の事しか考えていない連中だったわね。

ユイの言葉が、重く降りかかった。







一方、ユーグリアはヴァレンティンの経営していた武器屋に訪れようとしていた。自分は本当に落ちぶれてしまったのか、ユーグリアは聞きたかった。

きっとあの人なら、そうじゃないと言ってくれる。そんな勝手な妄想や、強い執着心がある事に、ユーグリアは何一つ疑問を思わなかった。


集会が終わり、かなりの時間経っている。さすがに店に戻っているだろうと思い、ユーグリアは閉店している武器屋の扉を開けた。


「ヴァレンティンさん、実はお話が…」


ユーグリアが店に入ると、ヴァレンティンはすぐ側に立っていた。かつての商品を見ていたのだろうか、戸惑いつつも、ヴァレンティンは答えた。


「おっ、おお。どうしたユーグ、お前が俺の店に来るなんて珍しいな。裁縫のナイフの切れ味でも落ちたか?それなら、世話になってるって事でナイフ一本くらいは持っていってもいいけどよ」


ヴァレンティンはそう言いつつ、鞘に収まった小ぶりのナイフを一つ取り、ユーグリアに渡そうとした。

しかしユーグリアは受け取らず、様子の異様さに気付いたヴァレンティンは、聞いた。


「…どうかしたのか?」


「ヴァレンティンさん…俺は落ちぶれてしまったのでしょうか…」


「なっ!?バカ言うんじゃねえ!革命団に参加してる奴が、落ちぶれている訳ねえだろ!世界に変革を求める、立派な奴だろ!ユーグ、お前もその仲間なんだぞ!?」


「ははっ…そうですよね…あいつらがおかしいんだ…」


「おいおい…今のお前も相当おかしいぜ?何があった、言ってみろ。俺たちが何とかしてやる」


「やっぱりヴァレンティンさんはすごいですね…そんな事が言えるんだから…実はさっき、昔よく服を縫い合わせてあげてた、ロードワームにあったんですよ…」


「ああ、それで?」


「そいつ、王宮の援助を受けて、どうしてたと思います?着てたんですよ…ウールを、毛糸の服を!少しでも寒くならないようにって、昔服を縫い合わせてやった奴が、見せつけるように!!」


「ユーグ…確かお前は、ご両親を真冬に…」


「ええ…眠ったままですよ…薄っぺらい服で、何も掛けずに。父さんも母さんも、目なんて覚まさずに!!」


「ユーグ!!」


「っ!ええ、分かってます。すみません、取り乱しました…」


「俺たち革命団に、そんな不純な動機は必要ないだろ。お前は凍え死ぬような人が一人もいない、そんな世界に変えるんだ。そうだろ?」


「…そうでした」


「よし、落ち着いたな。しかし、子供と言えどひでえ事言うな。自分を棚に上げて、そんなに楽しいってか」


「あっ、いえ。落ちぶれたって言われたのは、その子じゃないんです」


「ああ、さすがにな。じゃあ誰だ?」


「…ユイ」


「なっ!?そ、そんな…!!」


「大丈夫ですか?すっごい動揺してましたけど…」


「あ、ああ。大丈夫だ。けどよりにもよってあのロードワームのボス格か…」


「ええ、あいつなんですよ…」


ヴァレンティンは言葉を探していた。革命団で、自分だけが知る、革命のきっかけとなった事件の事を。

白亜がアウターゲートに傷を負わされた、それが革命団結成の一歩だった。

だがヴァレンティンは知っている。裏路地に語られる、アウターゲートと言う謎の存在。その人物が、ロードワームの世話役のユイだと言う事を。

ヴァレンティンは、ユーグリアにある事を告げた。


「…革命とは関係ないが、個人的に許せない。適当な理由をつけて、ユイを俺の前に連れて来てくれ」


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