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料理の量が多い訳

 カエデは、暗闇に聞こえる一つの声と、会話していた。誰にも言えぬ泣き言や、自尊心が傷付く事も無い、己を虐げる言葉をつぶやくように。存在するかも分からない、その声の正体と、会話を続ける。

しかし、いつもその声は優しく答えていた。どんな事を言おうと、かならずカエデを肯定し、慰めてくれた。

そしてある時、その言葉の心地よさから、カエデは逃げるように告げてしまった。


「もう、この空間で、このまま消えてしまいたい。君が話を聞いてくれた事には感謝している、だから、もう……」


「それなら、私が変わってあげようか?」


「なんだって?」


「そんなに辛いなら、私があなたとして、変わりに生きてあげようか?」


その言葉に、カエデは抵抗を覚える。しかし、その思想には抗えず、カエデはゆっくりと頷いた。




翌日、レストランの開店準備が始まる早朝に、チャラ神とユイは店に顔を出していた。

昨日は迷惑をかけたと、お詫びの言葉と、注文した分の料金を払う為だった。

チャラ神とユイは二人並んで店主に頭を下げ、謝った。


「昨日はご迷惑をかけて、すみませんでした」


「最近の常連って事で、許して下さ〜い!!」


チャラ神のふざけた謝罪に、ユイは怒ってチャラ神の首元を掴み、さらに頭を下げるように力を込めた。

しかしチャラ神もその動作には屈しず、体をプルプルとさせながら必死で耐えている。ユイはとうとう頭を下げ続けるのを止め、チャラ神に体重をかけようとした。


さすがのチャラ神でも頭を下げている状態で体重をかけられる事は腰を患う一大事なので、体を捻り脱出した。

チャラ神にかけていた力のベクトルが一気に床に向き、ユイは倒れそうになったが、そこはレディに対する紳士の嗜みとでも言いたいかのように、手を貸し転ぶのを遮る。

なんとか踏み止まったユイは、立ち直った後、すぐにその手を弾いた。


「何やってるんだい、あんたらは」


店主の言う事は最もだった。謝罪をする途中、いきなり取っ組み合いに近い何かが始まり、店主の事も忘れ喧嘩を始めたからだった。

チャラ神とユイは改めて、店主に頭を下げた。今度ばかりはチャラ神も真剣だった。


「ごめんなさい」


その言葉を聞くと、店主は腕を組んでキッチンへと戻ろうとした。

その途中、二人に声をかけ言った。


「昨日の注文したもん、うちの従業員が食べちまったからさ。注文した分きっちり料金は貰おうと思ったけど、代わりに朝飯でも食べて行っておくれ。ビールは、朝からは出せないけどね」


「えっ、いいんですか?」


他の従業員が食事をする中の謝罪だったので、視線が痛かったユイだったが、ここで断るのもさらに視線が痛くなるだけなので、その言葉に甘える事にする。どうせ料金はチャラ神持ちだから、食べて損は無いのだ。


「ああ、いいさ。でも料金は、昨日注文した分だけ貰うからね。多少の迷惑料を貰わないと、他の客にも示しがつかないからさ」


「いや〜店長さんが朝からご飯を作ってくれるなんて嬉しいなぁ〜。これで僕も今日一日頑張れるってもんだよ〜」


「そうかい?じゃあ店に出すくらい、腕を振るわないとね。好きな席に座っといてくれ」


どう考えても目線が他の従業員に行っている事から、大勢の女性と食事をする事がそれほど嬉しいのだろう。ユイは呆れながら、誰も座っていない四人用のテーブル席のイスに、腰を下ろした。

チャラ神は残念そうな声を上げながら、ユイの行動に従い、正面の席に座った。


待っている間、全く会話が無かったが、チャラ神は従業員の顔をキョロキョロしながら確認していた。

チャラ神が勝手に思っている、店の主要人物達は、その場にはいなかった。チャラ神の想像している人物、キサツやカルナやシーヤンは、朝が早く他の従業員が起き始めてくる頃には朝食を食べ終わっているらしい。


残念そうにチャラ神はため息を吐いたが、代わりにオールバックの優男が、チャラ神に声をかけてきた。


「ご一緒していいですか?」


「ん?ああ、どうぞどうぞ」


なんだ男か、と、チャラ神が不満そうな顔をすると予想していたユイだったが、意外にもチャラ神はその男性に社交的で、和かな笑みを浮かべ、会釈をしていた。

やはりホモなのか、ユイは一瞬疑った。


「失礼ですが、最近よくいらしてくれるエイハブさんですよね?昨日はお一人では無かったようですが」


「うん、昨日はこの同僚と来ててね。恥ずかしながら喧嘩になっちゃったんだよね〜」


優男はクスクスと笑い、言った。


「あまり穏やかではないご様子でしたね。同僚を困らせるような真似をしてはいけませんよ?」


その言葉は、チャラ神ではなくユイに言った言葉のように感じた。しかしそれをごまかすように、チャラ神は笑いながら答える。


「いやー面目ない。でもでも〜、僕が店の女の子を見てただけで嫉妬しちゃうなんて、仕事の同僚としてはちょっとおかしいよね〜?」


「はぁ!?何それ、違うでしょ!?あれはあんたが嫌味ったらしく私に見せ付けて来たから…!!」


テーブルを叩き立ち上がったが、途中で口が詰まった。

そう、昨夜の出来事は、ユイ自身が悪いと、後々認めてしまったからだった。自分への被害妄想が勝手に働き、チャラ神が思ってもいない事を指摘してしまった。

逃げ出した後、深く反省し、追ってきたチャラ神に謝罪した事だった。


そこでチャラ神もレストランに足を運んだ本当の理由を打ち明け、ユイに迷惑をかけてしまった人が、今は元気に仕事に励んでいると言う事を見せたかっただけだという事を知った。

そしてまた、変な疑いをした自分が、嫌になっていた。


下を向き、思い詰めるユイに、バームは声をかけた。チャラ神とはかけ離れた、本当の紳士のような気がした。


「大丈夫ですか?気分が悪いなら、二階にある宿で少しお休みになった方が良いですよ」


「ううん…大丈夫。すみません、取り乱しました」


ユイは心を落ち着かせ、再びイスに腰を下ろした。


するとそこに、ちょうど良いタイミングで店主が料理を持って来た。朝っぱらから食べるには、かなり堪えるナペチリーニョの量だった。


「ほら、昨日頼んでた奴だよ。なんだいバーム、あんたもそこで食うのかい?」


「はい、ご一緒させてもらえる事になって」


「それならもっと早く言いな、ちょっと待っておくれ、今バームの分も作ってくるから」


そう言いキッチンに戻ろうとする店主を、ユイは必死になって止めた。あまりに量の多いナペチリーニョの大皿に、更に追加されるなど、考えられない事だった。


数週間前までは絶対に無かった贅沢な悩みを抱えつつ、ユイは店主の手を取った。


「だ、大丈夫です。私、それほど食べないですから。だいたいこのホモ男も、そこまで食べる奴じゃないんで」


「ファッ!?ちょっとユイちゃん!だから僕はホモなんかじゃないって!!」


店主はそのやり取りを気に留めず、残念そうに答えた。


「そうかい?そこまで言うなら、あたしゃそれでも良いんだけど。足りなかったら、絶対言うんだよ?」


「お、お構いなく」


店主はキッチンに戻り、ユイは深いため息を吐いた。バームもどことなく、安心したような顔をしていた。


「はぁ…贅沢な悩みって事は分かってるんだけど、朝からこんな量食べ切れる訳ないわよ。あの店主、なんでこんな量を出すの?」


ユイはバームに聞いた。バームは一瞬苦笑いをし、フォークを置いて話した。


「これは僕が聞いた話なんだけど、店長がまだ若かった頃、付き合っていた男性に量が少ないと指摘されたそうなんだ。それで、店長はあんな性格だから店の悪口を言われたと勘違いして大激怒。その結果関係は破綻して、その出来事から年々料理の量が増えてったんだってさ…」


「ああ…」


納得したユイは、フォークでナペチリーニョを刺し食べ始めた。チャラ神も気まずそうな顔で食べ始め、しばらく会話は止まってしまった。


「ところでエイハブさん!エイハブさんがここまで毎日お店に来るって事は、誰かタイプの子がいるって事ですよね!?」


突然バームがノリノリでチャラ神に聞いて来た。その手の話は大好物のチャラ神も流れに乗り、ユイはそれを眺めていた。男の恋話も、案外悪くないと思った瞬間だった。


「どうだかな〜?でもわざわざ僕にそんな事聞くって事は、バームくんも実は他の従業員に思い人でもいるんじゃないの〜?」


「やっぱり、バレちゃいますか?実は僕も、1年ほど前から気になる人がいまして。店に入った時に色々教えてくれたカルナさんの事がそれから気になって気になって。なんとかアタックしたいんですけど、こんな頼りない僕じゃ相手にされないかな〜って、今考えている所なんです」


「気にする事はないバームくん!わかった、わかったよ!今度休みの日一緒に飲もう!男同士で盛り上がろうじゃないの!!」


「はい!!」


やけにテンションの高い二人に、周囲の従業員はクスクスと笑っていた。

どうやら店の中ではバームがカルナに恋心を持っている事は有名な話らしく、カルナがいない今の状況で、皆が皆バームの事を笑っていた。

そこまで大声で話せるなら、さっさと告って玉砕しろと言わんばかりに。


しかしバームは思い出したかのように、チャラ神の話に戻した。


「あっ、ところでエイハブさんは、結局誰目当てで来てるんですか?結構声をかけてるキサツさんですか?それともうちのニューフェイス、カエデさんですか?」


「バレちった〜?いやぁやっぱり白亜って目がついついっちゃうよね〜。まあ、実は昔からの知り合いって事もあってなんだけどね。でもあっちは忘れちゃってるんだろうな〜」


ユイはその言葉に、顔を下に向けた。

どう言う訳かは分からないが、エイハブは元はカエデの持つマジックアイテムで、それが何らかの理由で人化してしまっている。

そのせいで、バッグから魂が抜け、カエデの知らない人としてのエイハブになってしまったのだろうと、ユイは予想していた。

マジックアイテムから魂が抜けると言う話はよくあり、特に所有者の精神状態の変動が激しい時、物から魂が抜け落ちてしまう事が多いと言う。

しかしユイも抜け落ちた魂が人の姿になるなど聞いた事は無く、戸惑いつつも若干の罪悪感があった。


そんなタイミングで、浴場から帰って来たカエデ達が、店に入ってきた。

その手には、何やら本を何冊も持っていた。


「カエデさん、カウンター置いときますね」


「うん、手伝ってくれてありがとうキサツ!後は私一人で運ぶよ。ヴィヴィ、ウー、サリッヂ、お姉さんこの本運ばなきゃだから、先に部屋に戻ってて」


「分かったー!!」


元気良く階段を駆け上がるウー、マイペースに歩くサリッヂがヴィヴィの手を引いて、カエデの部屋へと戻った。

カエデの帰りを察知した店主が、出迎えにキッチンから出て来て、カエデに言った。


「おかえり、カエデ。何だい、こんな大量な本、どうしたんだい?」


「ただいま、ママさん。最近、ようやく気持ちの整理がついて来て、気分転換になるかと思って魔法の勉強をしようと思ってるんです。いつまでも私がこの調子じゃ、ヴィヴィも元気になってくれませんもんね」


店主はカエデの肩を力強く叩き、カエデに言った。


「よく言った!さすがは恐れ知らずの無鉄砲者だね!!あたしゃあんたを尊敬するよ!今やヴィヴィ達にとってあんたは立派な保護者なんだ、これからもしっかりやるんだよ」


「はいっ!」


その様子を眺めるユイとチャラ神。ユイがチャラ神の顔を伺うと、満足そうではあったが、どこかもの寂しそうな顔をしていた。

そんなチャラ神を気遣い、ユイは声をかけた。


「ねえ、大丈夫…?」


「大丈夫だよ、別に僕は、何も思ってないから」


理由も言わず大丈夫かと聞かれ、その理由が思い当たる時点で大丈夫とは言い難い。


そんな時、話を割って入るかのように店にカルナが戻って来た。手には大きな紙袋を抱えており、どうやら店の買い出しに行っていたようだ。


「店長、ただいま戻りました。キッチンまで運びますか?」


「いや、カウンターに置いて貰えればいいよ。朝っぱらから悪かったね、しばらくは他の奴に準備させるから、あんたは裏で休んでな」


「分かりました。カエデさん、私も本を運ぶの、手伝いましょうか?」


「えっ、カルナさんは休憩でしょ?休んでてよ。一応全部あるか、数えながら部屋に運びたいから」


「そうですか。そう言うのなら、私は休憩に入ります。店長、何か用があったら呼んでください」


「ああ、分かったよ」


そんなカルナの登場に、従業員はバームを見ながらクスクスと笑った。

そんな従業員の視線の移動を感じたカルナは、他の従業員と同じようにバームの座るテーブルの方を見た。

顔が赤くなり、固まるバーム。それを冷やかしながら、チャラ神はバームを突っついた。

ユイは一瞬焦ったが、チャラ神から借りたメガネとやらのカモフラージュ効率を信じ、さほど気にしない風に振舞っていた。

しかし、カルナはユイを見て、軽く鼻で笑い、店の裏へと入っていった。固まるユイの側で、男共が騒ぎ出す。


「ど、どうしようエイハブさん!今の、絶対僕振られましたよね!?」


「大丈夫!今度お兄さんと飲みに行こう!その時また作戦会議をすればいいさ!」


煩わしい程にまで騒ぐ男共に、ユイは何の感情もおぼえなかった。その代わり、心の中に焦りという感情が、どっとこみ上げてきた。

どうも、読者さん。投稿主のブックです。

1日1話と言ったな、あれは嘘だ!!

とまあ、作中出てくるバームくんですが、あまり登場場面が少なく覚えてる方が少ないと思うので補足ですが、彼はカエデの働くレストランの唯一の男性店員です。

エルバっぽく紳士的に登場してきていますが、彼はエルバ程紳士的でもないし、根性なしなのでエルバの方が人柄はいいです。

仕事自体は一生懸命ですが、どこか抜けている面が隠せない、そんな人物です。

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