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本当のカエデ

ロードワームによる傷害事件から2日が経ち、カエデはある人物に謝ろうと、朝早くから準備すら始まっていないレストランの中で、その人物を待っていた。

一番初めに店にきた店主が、気に留めた。


「もう動いて大丈夫なのかい」


「大丈夫です、むしろ動いてないと、最近の性に合わないっていうか」


「そうかい」


店主はそうとだけ言い残し、キッチンで何やら料理を始めた。おそらく、従業員達の朝食を作っているのだろう。

そこでカエデはキッチンに向かい、店主に話した。


「あの、ママさん。子供達の事何ですけど、おとといだけって約束だったのに、昨日まで泊めちゃったので…その、お金を…」


カエデの話を聞いいていたのかどうかは分からないが、誤魔化すように、別の話を始めた。


「そう言えばカエデ、あんたがうちに泊まるようになってから、客足が段々増えて来てるのさ。あまり見なかった顔までよく見るようになったから聞いてみたんだけど、どうやら今のこの店には、店を出た後も気が踊る、何かがあるらしいんだ。多分、それはあんたの事だろうと思ってるんだけどね、実際の所本当なのか確めようが無いから、しばらくは滅多な事をしない限り黙っておく事にするよ」


フライパンの中で食材を回しつつ言った店主は、まるで気にしていない様子だった。カエデは深く一礼だけして、先程座っていた店のテーブル席に戻った。


そこにタイミングよくシーヤンが来て、軽く挨拶をした。


「おはようシーヤン。朝は弱そうなのに、意外と早起きなんだね」


「にゃーは他のにゃー達と一緒に寝ているから朝起きるのも早いのにゃ。特に最近はにゃー2世共がにゃーにゃーうるさいからすぐ起きちゃうのにゃ。おにゃーもにゃーを飼うならある程度育ったにゃーを飼う事をオススメするにゃ」


「それって、猫語?」


訳を言えば、シーヤンは飼っている猫と寝ていて、最近は子猫達もいるため朝の早い子猫にいつも起こされてしまう、と言う事だろう。

カエデは猫を飼う予定は無いが、もし知人が飼いたいと言い出した時、忠告をしてやろうと思い、覚えておいた。


「にしてもおにゃー、もう動いて大丈夫なのかにゃ?」


やはり怪我の事に話が変わった。シーヤンは昨日は非番だったので、事件の事は後々聞いたらしく、キサツやチャラ神といった、大袈裟なリアクションをする人に比べて、とても静かな質問だった。

しかし今のカエデには、それくらいの日常会話程度の話の方が楽だった。


「うん。もう痛みも引いたし、今日からはまた何かしようと思ってる。残念ながら院の仕事は、今日は無いんだけどね」


シーヤンは数回頷いた後、店主の出して来た肉野菜炒めを席に座って食べ始めた。

朝から重い物を食べて大丈夫なのか心配になったが、もしかしたら起きてから既に時間も経っているのかもと勝手に想像し、考えない事にした。

しかし思想は食いしん坊のままのカエデは、その肉野菜炒めに好奇心が湧き、シーヤンに聞いた。


「一口貰っていい?」


それを聞くと、シーヤンはフォークにキャベツのような葉っぱの野菜を刺し、カエデに向けた。


「にゃ」


これならあげると言わんばかりの素振りだったが、出来ればお肉が欲しかったカエデは、その葉っぱを食べた後、もう一度聞いた。


「出来ればお肉も欲しいな」


そう言えば間接キスと、ウブな男子によくある想像をしてしまったが、シーヤンは何の気にもする事無く、今度はピーマンをフォークに刺し、カエデに向けた。


「にゃ」


こいつ野菜嫌いだな。カエデはそう思いつつ、ピーマンを食べた。

その味は、何処と無く母親の作る味と似ていた。塩胡椒だけの簡単な味付けで、父の体の事も考え薄味になっている炒め物。その味に似た物を食べると、自然と涙が出て来てしまい、それを見たシーヤンが何かを誤解した。


「おにゃー、泣くほど野菜が好きなのにゃ?それならにゃーのかわりにもっと食うにゃ!!」


調子付き、切られた野菜を1つ2つ3つと欲張ってフォークに刺し、シーヤンはまたフォークをカエデに向けたが、その一連の動作を見ていた店主がシーヤンの後頭部を殴った。

勢いのあまりシーヤンはテーブルに顔を強打し、何かを察し肉野菜炒めをズラしたカエデの手によって、食材が粗末にされる事は間逃れた。

この店主なら、たとえシーヤンの顔が料理に埋もれたとしても、そのまま食べ続けさせそうだとは思っていたが。


店主は片手にトレイを持っており、そのトレイの上には、ごく少量の肉野菜炒め物(肉入り)と、コーンスープの入ったマグカップが乗せられていた。

店主はそれをテーブルの上に乗せ、そのままキッチンに戻ったが、フォークが無かったのでカエデは黙って、カウンターの裏からフォークを取ってきた。


「シーヤン、大丈夫?」


改めて話しながら肉を食べるカエデ、やはり懐かしい味だった。

そんな感想をぶち壊すかのようにデコを真っ赤にしたシーヤンが顔を上げ、そのデコの染まりようにカエデはクスッと笑った。


「…大丈夫じゃないのにゃ。あの怪力おババ、これならまだにゃー達に引っ掻かれた方がまだマシにゃ」


再び笑い、カエデはコーンスープを飲んだ。

その時、店の従業員である、カエデの言うクラスの女子っぽい集まりのリーダー格である、アイドロが店に入ってきた。


「あっ、カエデっち、美味しそうなの飲んでるじゃん!」


アイドロはカエデの飲んでいたコーンスープを取り、数口飲んだ。


「んーやっぱり美味しい!ママー、私にも同じのー」


再びテーブルに置かれたマグカップを、カエデは左手で持ちやすい位置に置き換えた。


「間接キスなんて、女同士ならノーカウントにゃ」


カエデの気にする事をズバリシーヤンに言われたが、心は男子のカエデにとって、色々と突っ込みたい発言であった。しかしそう言われ、今度は今もなお間接キスを嫌がるのは、ある意味アイドロに苦手意識を向けていると誤解され、別の意味で面倒になりそうなので、仕方なく右手で再びコーンスープを飲んだ。

苦手意識があるのは事実だが、先程よりうっすらと甘味が強かった気がしたカエデは、顔を顔を赤くした。


「やっぱりカエデはウブなのにゃ」


「うっ、うるさい!あんまり無かったんだよこう言うの!!」


もはや1度として無かったまでもある。同年代の女性と同じコップで同じ飲み物を飲む事が、初体験だった。

もし現実世界でそのような事をしたとすれば、間違いなくその本来のコップの飲み物の持ち主にキモがられ、嫌な顔、もしくは泣かれるまでカエデの想像の中にはあった。

ましてや、カエデ自身も、自分が使ったコップを何の躊躇いも無く使う両親の事が、理解出来なかったまである。

そこまで間接キスと疎遠していたカエデに取って、一連の事態は想像も出来なかった事態だった。

それと同時に、嫌な顔一つ、むしろ自分からカエデのコップを手に取ったアイドロに、もう少し話してあげれば良かったなと、後悔した。


裏に通づる開けっ放しのドアの前で、早く早くと動きを止めないアイドロを見て、小っ恥ずかしくなって料理をがっついた。喉に詰まり、コーンスープを一気に飲み干すが、今度はコーンスープの熱さにやられ、立ち上がってキッチンへと走って行った。


「あいつ…さっきから何してるにゃ」


自分でも動揺している事が分かるカエデは、店主から水を貰い、一気に飲み干した後、ゆっくりと階段を上がろうとした。


「ごちそうさま…」


「ちょっと待ちな!皿、キッチンに返してから戻りな!!」


店主は相変わらずぶれなかった。そんな店主に言われた通り、皿をキッチンに戻すと、カエデは階段をゆっくり上がったが、その途中、誰かの足が見えた。

見上げると、階段に立っていた人物は、キサツだった。


「カエデさんも、あんな風に動揺する事ってあるんですね。すこし、可愛かったです」


「うっ、うるさい!それより、また寝るから!!」


「ヴィヴィちゃん達、まだベッドの上で気持ち良さそうに寝てましたよ?」


子供の様子を見に行っていたのか、キサツはそうからかい、カエデは顔を逸らした。

その様子をみてキサツはすこし笑ったが、再び口を開く時には、重い言葉を発していた。


「でも…本当に良かったです。カエデさん、こんなに元気になったんですね…良かった…」


態々大袈裟に振る舞いすぎたのか、カエデの心に深い傷が残ってしまったと勘違いするキサツに、カエデは誤魔化す事しか出来なかった。


「うん、もう平気。傷口も、もう塞がったみたいだし」


包帯をすこし左右に動かしてみたが、やはりまだ傷口が痛んだ。本当はまだ傷口が塞がりきらず、包帯の下に当てている布に、すこしずつ血が滲み出続けていた。

しかし外部から見て分かる程の量ではなく、キサツは安心したように、カエデの肩を叩きながら階段を降りた。


「では、私は浴場に行ってきますね。カエデさんは…まだ止めといた方が良さそうですね」


「うん、沁みるの嫌だし」


そんなキサツと入れ替わりで、カルナが店にやって来た。しかし普段と服が違い、私服だろうか、やけに大人っぽく見えた。

このレストランでは、出店する時から店の従業員服を着て来なければいけない。その事から、私服で従業員が店に来る事はなく、その場合非番であるが店に顔を出すと言う、限定的な状況である事を、カエデは察知した。


「シーヤン、カエデさんは今、どうしていますか?」


「そこの階段で突っ立ってるにゃ」


嫌そうに野菜をモグモグしていたシーヤンは、フォークでカエデの方を刺した。店の入り口からは、カエデの足しか見えず、カエデは数段降りると、安心したような顔をして、帰ろうとしていた。


「予想以上に元気そうで、安心しました」


「あっ、まってカルナ!その、話が!!」


カエデは階段から急いで降りようとすると、躓きそうになり、店の裏から掃除道具を持ってきたバームに、何とか支えられ踏み止まった。


「おっと、階段で急ぐのは危ないですよ」


「ごめん、助かったバーム」


カエデはバームから離れ、店先から歩き出そうとしていたカルナを、呼び止めた。


「カエデさん?どうしました、それ程急いで」


「その、一昨日は色々と迷惑かけちゃったから、謝りたくて…ごめんなさい!!」


カエデが頭を下げると、カルナは困り果てた顔をしていた。


「頭を上げてください、カエデさん。あれはあくまで事件なのですから、カエデさんの謝る事ではありません。どうか、お気になさらず」


「そう言う訳にはいきません、私がドジったせいで、カルナさんを巻き込んだって言えると思うので。せめて、謝らせて下さい」


カルナは再び困り果てた顔をしたが、ちょうどその時、聞き覚えのある金属のカチャカチャとした音が、2人の耳に聞こえた。


「そこで何をしておられる?カエデ殿」


そこには、昨日カエデに聞き込みにきた軍人、マリリンの姿があった。


「マリリンさん!?」


カエデはなぜマリリンがこの場にいるのか不思議に思ったが、堅苦しいマリリンは珍しく笑い、お土産らしき紙袋を、2人に見せた。


どうも、読者さん。投稿主のブックです。

作中に不穏な空気が出ていますが、この回が最後のほのぼの要素?となります。次回はなんとマリリンの口から、衝撃の事実が!?ブックさんの大好きなくらーい話の始まりだあぁ!!


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