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差別だけはさせないで

朝の日差しが窓から差し掛かり、カエデの顔に直接光が当たり、カエデは日の出からそう時間の経っていない時間に目を覚ました。

部屋の中はとても物静かで、子供達の微かな寝息だけが聞こえた。

そんな中、カエデは自分にかけられていた見覚えの無い毛布の存在に気付いた。体を起こす瞬間、スルスルっとカエデからずり落ち、毛布は床に落ちた。


「誰か来たのか…?」


カエデはその毛布を取り、たたんでテーブルの上に置いた。2度寝をする気分でもなく、カエデはゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋を出た。

階段を下り、店の中を見渡しても、物音一つなく、とても静かだった。

カエデは初めて、レストランの入り口が大扉で閉まっているのを見た。

誰もいない、一人の時間は久々に感じる。パルドランドに来てから、シャワーやトイレを除き、一人だけの空間だった事は一度も無い。当たり前だった元のカエデの日常は、今ではとても新鮮に感じられた。


「この世界も、こんな静かな時間があったんだな…」


カエデは店のキッチンなどがある従業員スペースに行き、裏口から外に出て、店の前に立った。

通行人はおらず、まるで世界の時計が止まったかのような、不思議な雰囲気に包まれていた。


その時、妙な気配を感じる。振り返ると、それは昨日、寮で出会った茶髪の女性だった。


「あんた、本当に何が目的なの?」


「お前…監視してたのかよ」


「まあね、いつあんたが本性を現して、あの子達を売り出すか興味があったのよ。行動に出るのは深夜か誰もいない早朝だと思ったんだけどね、まさか呑気に日に当たりに来ただけとは思いもしなかったわ」


そんな事するはずが無い、侮辱に侮辱を重ねられたカエデは珍しく激情しそうになったが、それよりも先に、カエデの口を理性が動かした。


「…一つ聞かせろ。俺の友人に元ロードピープルだったキサツと言う女性がいるが、彼女を売った張本人はお前か?」


眉間にシワを寄せ、あからさまな怒り顏を見せるが、茶髪の女性は何も意識する事なく、話を続けた。


「ええ、そうよ。あれはやけに寒い秋の事だったかしら?その年は酷く冷えたから、凍え死ぬ前にお金をどうにかして手に入れたかったのよ。理由はただそれだけ。あっちは私を勝手に慕ってたみたいだけど、あんなの私から言わせれば邪魔以外の何物でもなかった。だから邪魔者を騙してお金に変えた。利用しただけなのよ、私が生き残る為、ただそれだけの為に」


「ロードピープルなら、売りに出される恐怖くらいは知ってるはずだろ!なのになんでわざわざ騙してまで売ったんだ!?」


怒鳴るカエデに、女性は冷静に答えた。


「勘違いしないでよね。そもそもあの子を売ったって言ったって、わざわざ値段の安い奴隷商人に売った訳じゃ無いわよ。もう働ける年齢だったから、奴隷よりは高いけど、安めに求人業者に売ったのよ。奴隷よりはよっぽど良心的でしょ?」


「何が良心的だ!お前は大切な人に裏切られて、誰も知らない世界に放り込まれる恐怖を知ってるって言うのか!?なぁ!!」


「あー、めんどくさい…いい?ひとつ言わせてもらうけど、あんたみたいな生まれつきの温室育ちなんかより、こっちはよっぽど苦労して生きてきたのよ?そんな多数が喜ぶ事ばかり言ってても、裏路地では生きて行けない。だから利用出来るものは何でも利用する。それであんたはどうする?それも否定して、ストレートに私に死ねば良かったとでも言う?」


「だからと言って、人を陥れる事をしていい訳じゃないだろうが!!」


「ありふれたふざけた正義感ね。もし自分が直面したら、自分の事しか考えれなくなるって事も知らないくせに。まあバイバイ、しばらくあの子達は預けとくわ。もし邪魔だって言うんなら、あんたがあの子達を奴隷商人に売ろうとしていたって嘘をついて、勝手に連れて帰っちゃうから。じゃあね」


「あっ、まだ話は終わってないぞ!!」


立ち去ろうとする茶髪の女性を追おうとしたが、振り返った瞬間女性は動かなくなり、簡単に捕まえる事が出来た。

捕まえると言う単語が、肩を掴んだだけでそう言えるのかどうかは、別として。


カエデも女性が止まった原因を目撃した。そこには赤髪の女性、カルナが立ち塞がっていた。


「あなたも身売りをされる恐怖を知らないから、そんな事が言えるんです。恥を知りなさい。薄汚い、ロードワーム風情が」


カルナの声は特に変わった様子はないが、明らか顔は茶髪の女性に敵意を向けている。

カエデは女性の腕と肩を掴み、つぶやいた。


「捕まえたからな。たっぷり話があるから、中で聞かせてもらうぞ」


しかし女性は、冷静にため息をついた。


「はぁ…捕まえたって、誰の事言ってるのっ!!」


女性は体を急に前に倒し、カエデの手を離させてカエデの側頭部に回し蹴りを入れた。

その場に倒れたカエデを案じ、カルナは手を貸そうとするが、その間に女性は逃げた。


「待ちなさい!そこのロードワーム!!」


カルナは必死に叫んだが、カエデはカルナを止めた。


「いいんだ…もうこうなっちゃ、あいつを止める手段は無い。また今度、とっ捕まえようよ…」


「ですがカエデさん!!」


カルナはカエデの頭を膝に乗せ、蹴られた場所を手で押さえ続けた。

しかしカルナの手に、生温い液体が触れた感覚があり、まさかと思いつつ手を確認した。

その手には、血が付いており、手を離した側頭部からは、血がポタポタと垂れる。白い肌や髪が、その血の量を一層引き立たせ、カエデは意識を失った。


「カエデさん!?しっかりしてください!!カエデさん!!」


傷口は大きく、硬い金属のような物で殴られたような跡が、残っていた。


「あのロードワーム、余計な小細工を…!!」


靴に金属を仕込んでいたのか、傷口は到底人に蹴りを入れられた程度のレベルではない。カルナはカエデの肩と膝の下に手を回し、持ち上げた。

その後、カエデの部屋のベッドの子供達を起こし、急いでその場にカエデを寝かせた。




カエデが目を覚ます頃には、すっかり日も上がり、ちょうどお昼頃になるであろう時間に、目を覚ました。

そんなカエデの周りには、心配するようにヴィヴィやサリッヂ、チャラ神を持ったキサツやエルバ、そして知らない黒髪の女性と、店主までもが、カエデを囲っていた。

ウーだけは、カエデの隣で寝ていた。


「カエデさん、大丈夫ですか!?」


キサツが心配そうに、体を起こそうとしたカエデに手を貸そうとした。

しかしカエデは手を軽くあげ、それを拒んだ。


「災難だったね、ロードワームに絡まれるなんて」


店主もらしくない声でカエデに聞く。しかし根が優しいのは知っている為、カエデは何ら違和感を感じる事もなく、店主に答えた。


「ええ…迂闊でした。まさか襲われるとまでは思ってませんでしたよ。そう言えば、カルナさんも一緒に居ましたけど、カルナさんは今どこに?」


「カルナなら、詳しい事情を聞くために治安管理所に行ってるよ」


「そうですか…」


カルナがどう説明したかは分からないが、少なくともカエデは、キサツには襲われた人物の事を話さないように気をつけようと思った。おそらくだが、カルナもキサツに聞かれるような真似はしないだろうと、勝手に想像した。


「お姉ちゃん…だいじょーぶ…?」


引っ込みがちなサリッヂが声をかけてくれた。話しが得意なヴィヴィやウーではなく、サリッヂに聞かれ、若干嬉しかった。


「うん、大丈夫!もうお姉さんは元気全開だから!!」


しかし頭に包帯を巻かれた姿は、元気と言うには痛々しく、説得力を感じられなかった。


「申し訳ありませんカエデさん…私があのような事をお誘いしなければ、こんな事には…」


エルバが申し訳なさそうな声で言った。実際、申し訳ないと口でも謝っている。

しかし、それに答えたのは、カエデではなくチャラ神だった。


「本当だよ!カエデちゃんの良心を擽って、ロードワームを救おうとか変な事を教えたから、こんな事になっちゃったんだよ!!」


「いや違うチャラ神!これは私が自分でやってる事、自分が好きでロードピープルを救おうと思ってるんだ。…そうだよね?ヴィヴィ…」


「う、うん…」


元ロードピープルのヴィヴィに聞くのは、あまりにも卑怯だった。既にカエデは3人の子供を自ら保護している、と言う実績がある事から、チャラ神は何も言えなくなってしまった。


一気に会話が途切れてしまった所で、カエデは改めて黒髪の女性に尋ねた。


「えーっと、それでなんだけど、この方が治安管理所の方?」


そう聞くと、黒髪の女性は敬礼し、丁寧な言葉ながら力強く答えた。


「はっ!王宮街内治安管理部隊所属、マリリン・ドワークレッド王宮軍兵であります!!この度は、カエデ殿に事件の状況を伺いに参りました!!」


「そっ、そう。随分気合が入ってるね…」


「お褒めに預かり、誠に恐縮であります!」


やりにくい相手だと思ったが、カエデは事件の説明をしようとした。そこで店主に、カエデはある事を頼む。


「ママさん、子供達を、部屋の外に連れてってください。あまり聞かせるには、いい話ではないので」


「そうみたいだね、ほらあんた達、カエデは今から大切な話があるから、一旦席を外すよ」


サリッヂは嫌そうな顔をして、ヴィヴィは駄々をこねた。


「やだぁ…ヴィヴィ、お姉ちゃんの看病する…」


「お願いヴィヴィ…今だけでいいの、軍人のお姉さんのお仕事の邪魔になっちゃうから、今だけは、ね?」


「…うん」


ヴィヴィは泣きそうになりながら、ウーを持ち上げた店主に付いて行った。


「キサツさんとエルバも、席を外してほしい。今はちょっと…あまり人に話したくない状態だから…」


「カエデさん…でも…」


キサツは心配そうにカエデの手を取ったが、昨日のカルナとの会話の内容を知っているチャラ神が察し、2人を出て行くように誘発した。


「…カエデちゃんは必死になって救おうとしていた相手に、こんな事をされたんだもんね。無理もないよ。僕たちは、少し外で待ってようか」


その言葉に、エルバも同感する。


「そうですね、我々がいると、話しにくい事もあると思うのです。私も、お言葉通り、席を外させて貰います」


「皇鳳様まで…でもカエデさん、私はカエデさんが心配で…」


キサツは最後まで粘ろうとしたが、カエデはキサツの手を握り、お願い、と小声で告げた。さすがのキサツも諦め、複雑な顔をしながらも、部屋を後にした。

話は変わるが、その様子をみても表情一つ変えない、マリリンと言う軍人はすごい人物だなと、カエデは馬鹿な事を考えていた。

実際、カエデの心にはそれ程精神的余裕がある。わざと大袈裟に振る舞ったのは、すべてキサツの為だ。彼女だけには聞かれたくないと言う気持ちが、カエデの嘘の演技の理由だった。


「じゃあ、どこから話せばいいですか?」


カエデはマリリンに聞く、あまりにあっさりとした変化に、さすがのマリリンもメモからカエデの顔に視線を変えたが、再びメモ帳に目を戻し、話し始めた。


「では、事件の時刻と、その前後の行動を教えてください」


「えっと…あれは日が出てからすぐの事だと思うから…恐らく時間は4時半くらい。すこし早起きしちゃったから、表で外の空気を吸おうと思ってたら、茶髪の同い年くらいの、女の人に会いました」


「身長、正確な髪型、顔の特徴など、可能な限り詳しく教えて頂けませんか?」


「裏路地のボス格、だったはずです。既にマークされてるのなら、そう言った方が分かりやすいかと」


「アウターゲートですか…わかりました。それでは、事件までの経緯を、教えてください」


アウターゲート、外れた門、と言う意味だろうか、カエデはその通称の意味が理解出来なかった。

しかし今は深くは考えず、軍人の質問に答える。


「さっきまでいた、3人の子供達なんですが…実は昨日、その人物に子供を任された?ような感じになり、私は保護をしましたが、あいつは奴隷として売りに出すのでは、と煽って来たんです。そしてムカついて、そいつの肩を掴んだんです。そしてそこに同僚も来て、2人で囲めたので腕を掴んだんですけど、振りほどかれて回し蹴りを食らった、と言う訳です」


「なるほど…その同僚の女性の証言と、大体一致していますね。詳しいご意見、ありがとうございました。それでは私は管理所に戻るので、これにて失礼します。協力、感謝します」


軍人は椅子から立ち上がると、そのまますぐに帰ってしまった。

それと入れ替わりに、先程の面々が部屋に戻ってくる。特にキサツとエルバはカエデを心配そうな顔でみたが、店主は場を改めようと言葉を発した。


「まあ、なんだ。あんたは最近色々やり過ぎてたんだ、いい機会だと思って、数日はゆっくり休みな。店の事は気にしなくていいから、しっかり治すんだよ」


「すみません、ママさん」


そう言い残し、店主は店に戻った。

それにつられるように、エルバも話しをする。


「カエデさん…私一人でも、学校の話は進めておきます。ですので、治ったら絶対に戻って来てください。いつまでも、待っておりますので」


「勿論。治ったら、すぐに行くよ。別に今日からでもいいんだけど、さすがにそれはママさんに怒られるだろうしなぁ」


「その言葉が聞けて良かったです。では、私も院の仕事に戻ります、どうか、お早いお戻りを願っております」


「うん」


最期に、キサツとキサツの首にかかるチャラ神と子供達だけが残った。先程店主に起こされたウーだけは何が起こったのか理解していないが、キサツもヴィヴィもサリッヂも、カエデの側から離れようとしなかった。


「…少し寝たいんだけど?」


しかし、今の彼女達にそんな理論は通用しない。一向に離れようとせず、カエデは寝る事を諦めた。


仕方なく想像の世界に意識を飛ばすカエデ、そこである事を考えていた。茶髪の女性、アウターゲートの言う言葉に、何かの一貫性を感じていた。

キサツは働ける年齢であったため、求人業者に。そしてヴィヴィやウーやサリッヂは、最初に保護をしようとしていたカエデに、身柄を任せた。

それは両方、結果的に幸せな生活を送れるような、プラスの変化しかしていない。

本当にアウターゲートは非道な存在なのか、それともロードワームと言う呪縛から救う為に仕向けているだけなのか。どこにもその2択の後者であると言う根拠は無いが、カエデは微かに、彼女に信頼に近い、何かを感じていた。





 翌日、カエデはその日も早朝に目を覚ましていた。

なぜだか、嫌な予感がする。悪夢にうなされた記憶も残っているが、それ以上の何かが、カエデの目を覚ました。


「今日も静かだな…」


 子供たちを起こさぬよう、ゆっくりと扉を開き、自室から出る。

その時、カエデの背後から、聞きなれた声が聞こえて来た。


「まだ安静にしていた方がいいですよ」


「うわっ!?なんだ、カルナか… 嫌な夢を見てうなされたからさ、ちょっと気分転換に」


「そうでしたか。それなら、少しばかりお話をしませんか? 幸い今日は私も非番です。今後の事を、すべて一人で抱えるのは辛いでしょうし」


「…そうだね。気を使ってくれてありがとう。それで、話ってどこで?」


「カエデさんの隣の部屋にしましょう。先ほど、お客さんが出て行ったばかりで、これから清掃なんです。あまり汚れていませんでしたが、話をするには充分でしょう」


「勝手に使って、ママさんに怒られない?」


「大丈夫です。店主はまだ店に来る時間ではありません」


「それなら安心だね」


「ええ。それと一応お伝えしておきますが、今日は外には出歩かないようにしてください、窓を開ける事も、極力避けてください」


「どうして?」


「今日は、嵐になりそうですので」


 カルナは、カエデを隣の部屋に招いた。その後はカルナに、飲み物を飲みながら人生相談らしい話をしていたが、カエデに強い眠気が襲う。

カルナは疲労が溜まっているとカエデに告げると、カエデの自室で寝かしつけた。

その時、子供たちが目を覚ましてしまったが、カルナは子供たちに、こう告げた。


「カエデさん、だいぶお疲れのようでしたから、あなたたちが守ってあげてください。カエデさんは、あなたたちが思っている程、強い人間ではありませんから」


「う、うん…」


 不安そうに、サリッジは答える。カルナはそのまま部屋を立ち去ると、胸をなでおろし、大きくため息を吐いた。


どうも、読者さん。投稿主のブックです。

昨日一昨日と投稿順間違えてました、ばらつきが出てしまって失礼。

さてさて、転載を始め、今日でちょうど1週間が過ぎましたね。話も中盤を迎え、1章も終わりが近くなってきました。

そして非情に申し訳ない連絡なのですが、2章より1日1話投稿に変更させていただきます、ご理解を頂けると、幸いです。

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