先生と呼ばれたくて
カエデは寮の本来の入り口から入り、子供達を招いた。しかし誰も動こうとせず、カエデは疑問に思った。
「どうしたの?入ってこないの?」
「だってお姉ちゃん、これ…」
長髪の子供が、開きっぱなしの扉を指差した。何の事か一瞬分からなかったが、チャラ神の言葉が、カエデを瞬時に動かした。
「カエデくん…まさかさっきの扉の張り紙って、おばあさんがもう住まないからって、立ち入り禁止みたいな張り紙してたんじゃないの?」
「あっ、あー!これね!いいのいいの、こんなの丸めて、ポイってこう、ね。いらない物はバッグにしまっちゃおうね」
「しまっちゃおうおばさんかな?」
「せめて今だけはお姉さんと呼べチャラ神」
「はいは〜い」
「ほら、ここ…前までは誰も住んでなかったのでしょ?だから張り紙がしてあったがけで、もうお姉さんの家だから、平気平気。おいでおいで」
必死の誤魔化す笑顔で、改めて子供達を招き入れ、窓の扉を開けた。
すると埃が舞い、カエデはむせ、子供達はそれを心配そうな顔でみていた。
「ごっ、ごめんごめん!まだこの家買ってから、日が浅いから、掃除とか出来てないんだよね。でも水道はちゃんと使えるから。ねっ?」
そう言えばシャワーはちゃんと温かいお湯が出て来るのか心配になったが、そもそもどう言う原理で水を温めているのかすら知らないカエデは、心配になりキッチンのもう片方の蛇口をひねり、流水に手を当てた。
それは初めは冷たかったが、間違いなく慣れという部類がもしかしたら冷たくないかも。と言う感覚を生ませた。
しかしお湯は、全く出なかった。
「ですよねー…水道が通ってるだけまだマシだって言うのに、お湯までは高望みしすぎか…でも今の状態で浴場に連れて行く訳にもいかないし、レストランにはあまり迷惑をかけれない…ねえ、悪いんだけどさ、今のところは、水しか出ないんだけどそれでいい?」
水浴びには少し早い季節だが、風邪をひくような季節でもない。苦渋の断念だったが、子供達は元気よく、頷いた。
「うん!」
その眩しさが、カエデの申し訳なさを倍増させた。
まだ4、5歳児の子供達は、何の躊躇いもなく服を脱ぎ出し、カエデの手を引いた。
「ねえねえ、お姉ちゃんも一緒に入るんでしょ?早く早く!!」
「えっ、えぇー!?お、お姉さんは体が冷えやすいタイプだから、お湯じゃないと風邪を引いちゃうなー、なんて…」
子供に言い訳は通じなかった。涙ぐみながら、カエデの手からそっと離れた。
「やっぱり、お姉ちゃんも私たちと一緒じゃ嫌なんだ…」
「ごめんごめん!嘘!冗談だから!お姉さんも一緒に入るから!!」
「本当!?」
「うん、ほんとほんと」
子供達は再び大喜び、チャラ神は、素直にカエデを褒めようとしていた。
「カエデくん、さすが甥っ子がいただけあって小さい子の扱いは慣れてるね〜」
その言葉を受け入れず、カエデはボソッといった。
「そうなると、お前邪魔だな…」
「へっ?」
例えチャラ神であっても、今の自分の裸を見られるのを嫌ったカエデは、チャラ神を階段から2階に向かって放り投げた。
2階から、何かが壁に激突した音を聞くと、カエデはベルトを外し、扉の鍵を閉めて子供達に言った。
「それじゃあ、入ろっか」
脱いだ服を全てテーブルに乗せ、4人でシャワールームに入った。そこは小柄な女性一人プラス子供3人と言えどなかなか狭く、カエデは子供達にぶつからないようにするので必死だった。水を出すと子供達は水遊びを始め、お互いに水を掛け合っていた。
シャワーの主導権を握っているカエデはある一人を集中的に水で攻撃し、逃げようとしても水をかけ続けた。
「ほれほれ〜、遊んでないでまず体を洗わないと、こうなっちゃうぞ〜?次は君かな?君か〜?」
「きゃー!冷たーい!!」
ずっと水をかけられ続けていた子供を守るように、水に濡れおかっぱぽくなっている髪型の、割って入ってきた子供に狙いを変え、また水をかけ続けた。
しかしこれも遊びの範疇、今度は水から逃げ続けていた子供に水をかけ、最後に被るように自分にも水をかけた。
「ほらっ、お遊びはおしまい。頭洗ってあげるから、1列に並んで」
その言葉で子供達は列を作り、はじめに一番髪の長い子が、カエデの前に立った。
「君はあれかな〜?ここまで髪を伸ばしてるって事は、もしやオシャレさんだな!?」
「えへへ、あたりぃー」
傷んだ髪ながらも、髪の一部で三つ編みを編んでいた子は、嬉しそうに答えた。ワシャワシャと手で洗うが、よく手が引っかかり、カエデは痛くしてしまっているのではないかと、不安になった。
「…痛かったら言ってね?」
「ううん、ヘーキだよお姉ちゃん!」
しかし長い髪の洗い方を未だ知らないカエデは、ある程度ワシャワシャし終えた後、勝手に終わりにしてしまった。
「はい、終わり!次の方〜」
自然と頭洗い屋さんごっこが始まる。ノリノリのカエデは、さらに子供達を楽しませた。
「本日はどのような洗い方にしますか?ワシャワシャですか?それとも、ワシャワシャ?」
「ワシャワシャしかないじゃん!」
「そうですお客様!当店はワシャワシャしかございません!ワシャワシャ〜!!」
やはり短髪は引っかかりもせず、むしろ痛みも少なくサラサラと洗えた。さすがは子供の髪と、カエデは感心しながら、短髪の子のワシャワシャを終了する。
最後に、おかっぱぽくなっている子の頭を洗うが、カエデは短髪の子にシャワーを託し、両手を構えた。
「これ、ちょっと持っててね。ほうほう、あなたが最後のお客様でございますか?お客様は大変運がいい、開店来客数、3名目のお客様には、両手ワシャワシャをご堪能していただきます!!」
「いやー!!」
笑いながら答えるおかっぱ風の子、短髪の子や長髪の子も笑い、全てのワシャワシャタイムが終了した。
その後偶々置いてあったスポンジを子供達に託し、カエデはシャワーを受け取った。
「あとは、自分達で洗ってね。お姉さんも、髪洗わなきゃいけないから」
「はーい!」
元気な返事がカエデに帰ってきた。カエデは頭を洗うふりをして、子供達の様子を見る。
スポンジで体を洗い合いながらじゃれ合い、滑って転び頭を打ったとしても、笑ったまま立ち上がり、再びじゃれ合い始めた。その行動に、やけに違和感を覚えたカエデに、余計な記憶が蘇った。
ロードピープルを叩く商人の姿を、思い出していた。日常的にあのような事があると言う環境が、彼女達に痛みの慣れ、と言うのを教えてしまったのだろうか。
そんな想像をしつつ、カエデは子供達を見た。するとすぐに見ていた事がばれ、聞かれた。
「お姉ちゃん、洗わなくていいの?」
「ううん、もういいの。それにお姉さん、シャワーなら朝も入ったからさ」
それだけいい、カエデはシャワールームの扉を開けた。
水浴びの時間はもう終わり、お湯も洗剤もないシャワーだったが、とても楽しい、シャワータイムだった。
しかしある事に気付く、体を拭くタオルを、カエデは何一つ持っていなかった。濡れた体で部屋中を探すが、見当たらない。仕方なく、自分の防寒具であるストールマントを手に取り、悩んだ。
「ストールでも仮にもマントだ、多少乱雑に使っても問題ないはず。でもこれ、お店のお姉さんが絶対似合うってすごいオススメしてくれた物なんだよなぁ…そんなもので体を拭くなんて、ためらうと言うか普通無理だろ…」
しかし、おかっぱ風の子がくしゃみをし、このままでは本当に風邪を引いてしまうと心配したカエデは、何かを吹っ切り子供の体を拭き始めた。おかっぱ風の子も、すこし心配していた。
「お姉ちゃん…いいの?お洋服、濡れちゃうよ?」
「いいのいいの。これはこう言う使い方をする物だから。冒険家はマントをタオルとしても使うって、知らなかった?」
「うん、知らなかった!!」
「そっか、でもこれで今日からは、知ってる事になるね」
「うん!」
おかっぱ風の子を拭き終えると、次の子次の子へと、体を拭いた。終いには水滴を拭き取れないほど水浸しになったが、絞りって何とかカエデ自身の体も拭く。だが全ての水滴を拭き取れるはずもなく、寒気を感じた。すぐに服を着るカエデ達、そんな時、カエデは子供達に聞いた。
「次は何したい?」
子供達にとって、何をしたいか選択する事はとても貴重で、元気そうな風貌が一瞬にして、考え込まれてしまった。
どうやらまだ頭が混乱しているらしい彼女達を置いて、カエデは2階に放り投げたチャラ神を回収しに行った。
チャラ神を拾い上げ、埃のついたバッグをはたいた。
「やっぱ掃除しなきゃなぁ…今日はママさんにことわってから俺の部屋に泊まってもらうしかないけど、明日もそれで許されるかって言われたらそうじゃないし。…後で掃除道具でも持ってくるか」
「その前にカエデちゃん…僕に謝る事があるんじゃない?」
「へ?何が?」
チャラ神は普段見ない程、ご立腹だった。特にやましい事も考えず、勢いよく放り投げられ、埃まみれの場所に放置された。神として、これ以上の屈辱はない。ようやくカエデがその事に理解しても、チャラ神は言葉を聞こうとはしなかった。
「…すまん」
「もう知らないからね」
微妙な空気のままチャラ神を肩に掛け、1階の子供達の元へと戻った。しかし子供達は、まだやりたい事を決められず、戸惑ったままだった。
そこでカエデは、聞いてみた。
「みんな、今の服に何か思い入れはある?」
全員、首を振る。ロードワームの象徴とも言えそうな服は、シャワーを浴び終えた彼女達に取っても、触れたくはないものだった。
「じゃあ次は洋服を買いに行こう!お姉さんが奮発してあげるから、絶対に楽しむ事!!約束できる?」
「うん!」
長髪のオシャレ好きの子が、元気よく答えた。するとカエデは手を叩き、全員に合図を送る。
「じゃあ、早速買い物に出発!ほらほら、行くよ!!」
揃って扉から出て、カエデは鍵を閉めた。その歩く過程、カエデは最も重要な事を聞き出した。
「お姉さん、まだ君たちの名前を聞いてないんだけど、何ていうの?先に自己紹介しちゃうけど、私はカエデ。こっちは、マジックアイテムのエイハブ。よろしくね」
「どうも〜、はじめましてだねぇ〜。エイハブおじさんだよ〜。みんなのマスコットになれるよう、頑張るからみんなも僕の名前覚えてね〜」
子供に対しては普通に話すチャラ神だったが、カエデには何も言わなかった。普段のチャラ神なら何かを言えば必ずカエデに話しかけてきたが、今回はそればかりではない。本当に悪い事をしてしまったと、カエデは深く反省した。
「私、ヴィヴィ!おっきくなったら、お姉ちゃんみたいなきれいな人になりたいの!!」
一番オシャレ好きな、少女が答えた。カエデの印象では、一番女の子らしいと感じていた。
そして次におかっぱ風の子が自己紹介をした。楽しそうにしている時は普通の女の子だが、普段喋る時は、何処となくぎこちなさを感じた。少しばかり、親近感が湧く。
「私は、サリッヂ…それで、私は…」
曖昧な事しか言わないが、カエデにぴったりくっ付き、すっかり懐かれていた。かがんで頭を撫でると、にっこりと笑ってくれた。
「私、ウー!元気な元気な4歳なの!ウーはね!絶対絶対お金持ちになるんだ!!それでね、ウーはね!お金持ちになってね!!」
最後に、一番活発的な短髪の子が答えた。話が長くなるのは勘弁なので、カエデはウーに挨拶をした。
「よろしくね、ウーちゃん。ヴィヴィちゃんも、サリッヂちゃんも、みんなよろしく」
それぞれ頭を撫でてあげると、再びカエデの腕にしがみ付いて来た。左右に3人と1つを抱えたカエデは、少し圧迫感に近い何かを感じたが、黙っておいた。
そんな話をしている最中、ちょうど目の前に、服屋らしき出店を見つけた。隣には、アクセサリーショップなども。出店では珍しい、ファッション関連の店が、そこに並んでいた。
「おっ、ちょうどいい。すみません、4歳くらいの女の子に合う服って、売っていますか?」
「なんだ、今さっき買った子の服探しかい?残念だけどうちには、子供用でもドレスとか、高い物しか売っていないよ」
たとえ相手が白亜であろうと、ロードピープルを連れているせいか、店員の対応に苛立ったカエデは、店員の出鼻を挫いてやる気分で言った。
「値が張るものでも大丈夫です。いけませんか?」
店員は、困り果てた顔をした。その後不機嫌そうに顔を背け、会計の時を黙って待った。
「ウーこれにする!!」
カエデは商品をチラ見した瞬間、ウーが選ぶのではないかと密かに心配していた、子供用のタキシードを、見事にウーは取った。だがしかし却下する訳にもいかず、カエデは尊重した。
「ウーちゃんはそれなんだね。サリッヂは決まった?」
「うーん…悩み中…」
悩んでいる、と言う割には一つの商品を直視し続けている。普通の女の子らしいシャツとスカートの礼服を、カエデが手に取ってみると、驚きの物を目にした。
「2300ゲル!!?」
その唖然とした声に、店員が再び付け上がる。それほどロードピープルが嫌いなのだろうか。
「持ち金で足りるかい?いくら白亜様っていっても、王国から貰ってる生活費があっても、足りない金はあるんじゃないかい?労働者風情にそんな大金、払いたくないだろう?」
「いえ、買います!こっちとこっち、どっちも下さい!!ヴィヴィは決まった!?」
これまたヴィヴィもお目が高いのか、グリーンとホワイトを基調とした、見るからに高級そうなドレスを、ヴィヴィは選んだ。そのお値段、5800ゲル。合計金額では、カエデのテューカの元の値段より高い。総じて10200ゲルの出費をしたカエデは、最後まで店員に意地を張っていた。
「ほらヴィヴィ〜、こっちにもアクセサリーが売ってるよ?綺麗な髪止め、買ってあげようか?」
「うん!」
そこでもわざわざ高いものばかりを手に取り、例の店員に見せつけるように買って行った。
「カエデちゃん、良くやった」
これには喧嘩中のチャラ神も満足し、再び二人の会話が始まった。
「ただ、出費がな…これから学校の制服を作るとして、特注になるだろうから一人当たり3000ゲルくらい、その他でまた10000ゲル以上取られ、今の所持金が残り30000ゲルちょっと。でもエルバの貯金を合わせればまだ53万ゲルはあるから、それで他の生徒の制服も揃えて…」
嫌な店員から離れた場所で計算を始めたカエデ。しかし長続きをすると子供達が心配がるので、足りるな、と適当な言葉を言い、それを聞かせた。
その後カエデらは掃除道具なども書い、寮の掃除を始めた。暗くなり始めたその頃、サリッヂの腹が悲鳴を上げ始めたので、4人でレストランに向かう事となった。
途中、ウーは寝落ちした。
どうも、読者さん。投稿主のブックです。
念のためお伝えしますが、私はロリコンではありません。




