願い事は叶えよう
人生が楽しいかどうかは、周りの環境と自分の相性である。そんな持論を持つ高校生、カエデの前に、突如として何でも願いを叶えてくれると言う、謎の人物が現れた。
その人物は、髪を到底地毛には見えない程にまで金色に染め、まるでホストのような風貌の、怪しいやや長身の男だった。一目みると、まるでその人物の適当さが見て分かる、そんな人物だ。
カエデは不信感を覚えつつも、その男と接する事になり、3ヶ月の月日が流れた。そんなある日、男は突然カエデに告げる。
「カエデく〜ん、君のお願い事、一つだけ叶えてあげるよ〜」
「ファッ!?」
突然の告知だった。男は普段通り、カエデの部屋で他愛も無い話をしている真っ最中、切り出して来た。
元々アニメやゲームの話で距離感を縮めてきた彼らであったが、カエデは男が本当に特別な力の持ち主だと言う事を、知っている。この3ヶ月間、接し続けてくるにあたり、自慢気に披露される不思議な出来事を何度も見て来ている。その為の困惑だった。
「チャラ神…それマジで言ってるの?」
チャラ神、それがカエデがこの男の呼び方だった。由来は、男自身が自分は神だと豪語し続けていたから。
「もちろんさ〜!だって僕の目的は、君のお願い事を一つだけ叶えてあげる事なんだからさ!!」
「へぇ、何でもいいの?それ」
カエデは薄ら笑いをしながら言った。
「もちろん!あ、でもでも、僕に干渉する事や、人の命を奪う事だけはダメだからね〜?」
「じゃあ金!念願の次世代ゲーム機購入の為に!!それで一緒にやろうぜ」
「んー…ダメ。お金は増やすと法律に触れちゃうから、僕が上司に怒られちゃうんだよね」
「そっか、じゃあゲーム機本体とかなら?」
我ながら欲のない、と善人ぶった事を考えつつ、まるで結果の変わっていない欲を言った。しかし男は、その言葉を、肯定しつつも拒む。
「僕はそれでもいいんだけど〜、実は厄介な条約があってね。僕は誰かのお願い事を叶え終えたら、その人の側から居なくならなきゃいけないんだよね。カエデくんとは趣味も合うし、出来れば長期的なお願いをして貰えると嬉しいんだけどなぁ〜」
「えぇー、それじゃあ何でも叶えてくれるって訳じゃなくなるじゃん」
お互い触れはしなかったが、願い事の内容次第では共に遊べなくなってしまう事態になるのは避けあっていた。男はそれでもカエデが強引にゲーム機をねだるのではないかと心配していたが、ホッとした反面、一瞬でも彼を疑った自分に小さく手のひらで頭を叩いた。
「なんでもいいんだよ〜?例えばカエデくんが運動神経抜群になるとか、クラスの人気者になるとか、頭が良くなるとか。気楽に言っていいんだよ〜?」
「そんなの興味ないなぁ。あっ」
「何かいい案、思い付いた〜?」
「ゲームみたいな魔法の世界で、俺好みの美少女に生まれ変わりたい!!…なーんて」
「わかった!カエデくんの願い、叶えてあげるよ!その願い、魔法の国へ!!」
「へっ!?今の冗談、冗談だから!!」
男は上機嫌で何やら怪しい儀式のような事を始めた。カエデの言葉は届いていない。
「タンマ!ちょっと心の準備とか色々、色々まだだから!1日、せめて1日待って!!」
「幸福の神ルーズよ、若き青年の願い、今叶えるが為降臨せよ!開け扉、いざ参らん!魔法の国パルドランドへっ!!」
「待ったアアアアアアあ!!」
光と共に現れた石扉のが開き、カエデはその中へと吸い込まれて行く。徐々に光がおさまって、石扉が閉じ、バタンと音をたてて床に倒れた。
ごくごく普通の部屋の中央に、奇妙な石扉だけが残り、2人の姿は、もうそこには無かった。
「いてててて…おい、チャラ神!どういう事だよこれ!!」
カエデは路地裏らしき、薄暗い細い道で目を覚ました。
左右にはレンガで作られた、家らしき壁。そこに寄りかかった時点で、カエデはいつもと違う出来事に、寒気を感じた。
「おい…なんだよこれ。冗談だろ?またチャラ神の、おかしな手品で夢とか見せられてるだけなんだろ?なあおい!」
壁に寄り添いながら声を荒げ、聴いているのかも分からない男に向かって叫んだ。
その時、腕に何かが引っ掛かり、引っ掻いてしまった。
「イテッ。って…」
傷口を見ようと手のひらを見ようとした時、本来の自分の腕とはかけ離れた、白く細々しい、華奢な腕が目に止まる。傷口も、小石が突き刺さったままで、それを取り確認してみても、それほど尖っている物には見えなかった。
「まさかとは思うが本当に…」
カエデは頭から順繰りと、身体中をペタペタと触る。顔を動かしただけで分かる、明らかに長いサラサラとした髪、まるで子供を連想するような柔らかいほっぺ、凹凸のまるで感じないスッとした首筋、両手で肩を触ってみても、まるで姪っ子の肩を触れているかのような感触だった。
「まさかここも…」
ない、あえて言うなら、その一言だった。代わりの申し訳程度しかない胸の膨らみさえも、今のカエデには大きい何らかの存在に思えた。
立ち上がり、足元を見る。小学高学年時代を思い出すその目線は、ようやくカエデを理解させる最後の要素だった。
「まさか…本当に…!俺好みの、美少女になったって訳なのかぁああああ!!?」
よく考えれば声も高くなっているかもしれない、自分の声は実際聞こえる声もよりも高く聞こえると言う事は聞いた事があるが、そもそも元の自分の声よりもはるかに高い。
「いやいや別に俺がロリコンだったって訳じゃないからな!?たまたま、偶然にも最近ハマってるキャラが幼女キャラであって!その彼女の小さいながら頑張る姿に惹かれたと言うか、ともかく俺好みと言えどこれは一時のブームであって俺は断じてロリコンだと言う事ではない!!本当だよ…?」
誰に弁解しているかも分からない言葉を並べた後、"自称"美少女は、急に落ち着き出しブツブツと自分の状況を言い出した。そして、あの男、チャラ神の事も。
「髪の色も、白。そりゃアルビノキャラ好きだけどさぁ…でも自分の好みの全部載せってなんか違うじゃん?って事は本当に俺の冗談が叶っちまったって訳か。じゃあチャラ神は?まさか本当に、俺の冗談を叶えたから俺の前からいなくなっちゃったんじゃないだろうな…」
考える途中、徐々に体の神経が身体中に行き渡って来ているのが分かる。全身に風が当たり、寒気がしてきた。裏路地は、あまり人に優しくなかった。
「うぅ、さむっ…取り敢えず、日の当たりそうな通りに出るか…」
日の光を頼りに路地裏から出ると、そこは想像も付かない、ファンタジーその物の世界が広がっていた。
場所はおそらく市場、果実屋に積み上げられた木箱からりんごが溢れ、屈強な男が武器屋で店主と何やら揉めている。かと思うとその隣の店に列を作っていた客が一斉に動き出し、揉めていた男の場所まで人が流れて来ていた。男は商品を握ったまま流されそうになるが、店主はその商品を手から奪い取り、流されて来たついでに店の商品をチラ見していた新たな客に媚びを売り始めた。
だが驚くのはそこではない、そうした何変わらずの日常を送っている彼らの服装は、ローブや鎧やドレスなど、ゲームや漫画で見た事のあるような姿であった。中にはメイドのような人物や、服か布切れか分からない位の、ボロい何かを羽織っている人も。
逆に自分が浮いてしまうのではないかと自分の服を弄った。感想を言えば間違いなく変わった服だと言う事は分かったが、少なくとも彼らの中で目立つと言う事は無さそうだった。
そこでカエデはようやく、身体中を触っていた時から気になっていた肩掛けバッグを開いた。中には何やら財布らしき小包と1枚の手紙が。重さからして小包の中身はお金だろうと、中から1枚だけコインらしき物を取ってみると、やはりお金のようなコインだった。おそらく、ゲーセンのメダル感覚で言う400枚はある。ただ価値はどれほどなのか、そもそも本当にこの世界の通貨なのか確認する為に、すぐそばの果実屋の人に聞く事になった。
「ねえおじさん、りんご1つ買うのに、これって何枚必要?」
「なんだ、嬢ちゃん観光客か何かかい?その100ゲルコインなら、4つは買えるよ」
りんご4つ、カエデはその金額を、仮に500円として考える事にした。そうすると、約20万の所持金、この世界のりんごの相場が安いだけなのかどうかは分からないが、目明日としては良さそうだ。
「じゃあこれで4つちょうだい」
「はいよ、ほら持てるかい?」
果実屋の人は手早くりんごを選別し、紙袋に入れて渡してくれた。
「ありがと」
なぜか心まで幼くなってしまったのか、店の人に手を振ってしまったが、おじさんが笑っていたので弁解はやめておいた。
するとすぐに果実屋の隣にちょこんと置いてある木箱を見つけ、人通りとは数センチ離れたその木箱を一旦の休息ポイントにしようと、果実屋の人に聞いてみる事にした。
「おじさん、すこしその木箱に座ってていい?」
「ああ、いいよ。ただそこから商品に手を伸ばすって事は考えないでね」
「しませんよ、りんごありますし」
冗談を交えつつも、木箱に腰を掛け、りんごを齧りエナジーチャージ。これには食べ物大好きのカエデもにっこりだったが、今は食の喜びではなく手紙を読む事を優先した。
手紙の差出人は、チャラ神。カエデはこの世界の説明と、別れの文が書いてあるのだろうと覚悟し、封を開け手紙を読み始めた。
「カエデちゃんへ、誰がちゃんだ!まあそれより続き。まずはじめに、願い事達成おめでとう。いきなりじゃ色々大変だろうから、君の所有物をそっちの世界の通貨として、勝手だけど換金させてもらったよ。これだけあれば何もしなくても1ヶ月は暮らせるから、そのうちに仕事を見つけてね。ちなみに僕も、カエデちゃんの願い事を見届けなくちゃいけない事になったから、後で僕も合流するよ。それまで心細いかもしれないけど、少女なりに頑張ってね。最後にそのバッグ、気に入らないからって勝手に買い替えないように…なんだよこれ!?無責任なのかマメなのかどっちなんだよ!?だいたい、このバッグがそんなに大事って言うのかよ?」
バッグをじっと見つめ、りんごを再び囓ろうとしたその時、突然バッグの小物入れの被せ蓋がパカパカと開き、聞き慣れた声が聞こえて来た。チャラ神だった。
「ハローハローカエデちゃ〜ん?元気元気ぃ?あれ、元気じゃない?どしたのどしたの〜?カエデちゃ〜ん」
「ああもう、そう言う事かよ…!!」
想像していた通り、魔法の国でよくある、道具が喋る、まさにアレだ。つまりはあの金髪のチャラチャラとした男が、今では少し小さめの革製肩掛けバッグに変身してしまったのだろう。カエデはいい気味だと言いたそうな、悪い顔をしてバッグを持ち直した。
「もっしもーし、聞こえてるぅ〜?聞こえてなくても勝手に話し進めちゃうけど〜。マジ能天気メンゴー!!」
「あぁうるさいな!とりあえずチャラ神、お前話があるんだろ!?先に言わせてやるから、後で色々聞かせて貰うからな!!」
「カエデちゃんご立腹なう〜、そんな怒ってるとせっかくのかわいい顔が台無しだよ〜?もっともっと、スマイルスマイル!!」
「ああ、スマイルな…お前がなんで冗談の願い事に乗り気だったのかも、お前の女性に対する接し方全部分かったよ!お前格好だけじゃなくて喋り方もチャラいのな!このチャラ神!!」
「ご立腹まじゴメ〜、でもさー、そろそろ話進めないと、ちょっと気分的に良くないかな〜みたいな?だから早速本題移りたいんだけど、いいかな〜?」
「いいよ、もう脱線させんなよ」
「分かった分かった、本当にゴメンって。それじゃあここからは普通に喋らせて貰うよ?カエデくんは今、君の願い事通り魔法の国で美少女として生まれ変わった。でもそれはカエデくんの冗談、って所まではいいかな?」
「そう。で、俺が言いたいのはなんで冗談なのに間に受けて儀式っぽいのを始めちゃったのかって事。今まで手品やる時だって、待ってって言ったら待ってくれてただろ?」
「それがねカエデくん…お願い事だけは、特別なんだよね。僕たち、幸福の神の仕事は、対処の人物の本心の願い事を叶える事なんだよ。だから、実現出来る事を言われた場合、それを実現しなきゃいけない。これは僕がそうしてるとかじゃなくてさ、ルールなんだよね。神同士の」
「そう言う事かよ…全く…」
「怒らないの?カエデくん」
「怒らないよ、元は俺のためにやってくれた事なんだし。と言うかチャラ神、お前はなんで願い事を果たしたのに、俺の前からいなくなってないんだよ?」
「そこ、そこなんだよカエデちゃん!」
「カエデちゃんいうな!」
「僕たち幸福の神は、対象者の本心の願い事を叶える仕事だってのはさっき説明した通りなんだけど、カエデちゃんの場合、冗談であって本心ではなかったんだよね?」
「つまりは本心の願い事を叶えなければいけなくなった、って事?」
「物分りいいねカエデちゃん!そうだよそう言う事!!でもね〜…少し厄介な事になってね。神は願い事の力を使うには、その対象者と信頼を結ぶ必要があるんだけど、一度願い事の力を使った対象者には、もっと強い信頼の力が必要なんだ。だからほら、信頼の力が少なすぎて、僕は今こんな姿にって…そう言う事なんだ」
「…わかったよ」
「ゴメンカエデくん!君の信頼がもっと強くなった暁には、必ず君を元の世界に戻してみせるから!!」
「もういいよ」
「えっ?」
カエデは立ち上がり、バッグをパンッと叩いた。
「要は、ゲームみたいな体験をしてみたいって夢を叶えてくれたんだろ?じゃあもう、チャラ神を責めたりはしない。だからこれから、この世界で頑張ろう!お互いの信頼を、勝ち取る為にさ!!」
「カエデくん…ああ、僕達の絆を、取り戻そう」
1人の少女と奇妙なバッグが、新たな1歩を踏み出した。が、次の瞬間、カエデは何かを思い出し歩みを止めた。
「あっ、やべ」
「ん?ど〜したの?カエデちゃん」
「この後どうするか、まだ考えてなかった…」
「…とりあえず、宿探そう。カエデちゃん」
皆様初めまして、ブックと申します。
数年前に他サイトにて執筆活動を行っていましたが、再び小説が書きたくなり、過去に書いていた作品の続きを書こうと思い、こちらに投稿する事にしました。(他サイトでは完結扱い)
これから1月くらいはストック生活ですが、毎日投稿を意識するので今後ともよろしくお願いします。
あと、毎回あとがきではふざけます。